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第170話:合流

 数日前の嵐に似た天候が嘘のように晴れたメルセナ湖。


 穏やかな風で湖面が僅かに波立ち、太陽の光をキラキラと反射する風景は景勝地と呼べるほど目を楽しませてくれる。

 レテ川をはじめとしたメルセナ湖に流れ込む幾多の川も落ち着きを取り戻したのか、濁流染みた流れを発生させるということもないようだ。

 冬の季節のため気温は低いが、その分太陽の光が温かく感じられる。状況さえ違えば優雅な水上遊覧と洒落込むところだろう。


 ――状況さえ違えば、だが。


「あの野郎、追ってきてやがる……ネディ、もう少し速度を出せるか?」

「……頑張る」


 人が二人も乗れば満員になる、氷の小舟。その後部に陣取って後方を確認していたレウルスが呟くと、青い少女――ネディが水の流れを操って船を増速させた。


 レウルスの視界の先では、レウルス達を追うように水面が不規則に隆起している。孤島から脱出したレウルス達を追うようにしてスライムもメルセナ湖に飛び込んだのだが、そのまま追いかけてきているのだろう。

 距離があり、スライムの体が無色透明に近いため目視することはできないが、隆起した水面の様子と巨大な魔力が追いかけてくることから間違いはないと思われた。


(さすがに水面を泳ぐってことはないみたいだが、水中を移動できるのか……厄介な)


 移動速度ではネディが操る小舟の方が勝るが、巨大なスライムに尾行されているのは精神的にも圧迫される。もしもネディが力尽きればそのままスライムの餌食になるだろう。

 巨大なスライムが小舟の後ろをついてくる様は、レウルスに前世の記憶を呼び起こさせた。鮫か何かに襲われる映画だっただろうか、と現実を逃避するように内心で呟く。


「ネディ、魔力は大丈夫か?」

「……うん、まだもつ。岸に着くまでは大丈夫……多分」


 ワンテンポ遅れて返事をするネディだが、それだけ集中しているのか、あるいはレウルスが考えた名前に慣れていないのか。

 水の流れを操ることに集中しているネディの様子を尻目に、レウルスは周囲の確認を行う。天候が回復して視界も良好だが、メルセナ湖は非常に大きい。レウルスが確認した限りでは孤島を除くと周囲には水しかなく、陸地が見えることはなかった。

 それでも、水しぶきを上げながら水面を疾走する小舟の速度を思えば、メルセナ湖の岸まで辿り着くのもそう遠いことではないはずだ。問題があるとすれば、岸にたどり着けても場所によってはエリザ達と合流するのが難しいという点だろう。


(エリザとサラの魔力は……まだ感じないか。後ろにスライムがついてきてるから、余計に感じにくいのかもな)


 送り狼ならぬ送りスライム状態では魔力も上手く感じ取れないのかもしれない。ネディが小舟の速度を上げたおかげで少しずつ距離が離れているが、スライムは正確にレウルス達の後を追ってきている。


(目はないと思うんだが……魔力を感じ取ってるのか? それとも何か別の感覚器官があるとか……『核』が目の代わりをしてるって可能性もあるのか?)


 レウルス達が通った場所をなぞるように追跡してくるスライムの姿に、レウルスは内心だけで戦慄した。もしかするとスライムという魔物は一度対峙した獲物に執着するのか、あるいは執念深いのか。

 ネディのおかげでスライムとの距離が徐々に離れていくが、レウルスとしては一秒でも早くエリザ達と合流しなければならないと思ってしまう。


「ネディ、可能ならレテ川の方に進んでくれるか?」


 エリザ達とはぐれてしまったが、おそらくは目的地であるヴァルディかその周辺にいるだろう。ある程度近づけばエリザとサラの魔力も感じ取れるだろうと期待し、レウルスはネディに頼みごとを行う。


「……どこ?」


 だが、孤島から出たことがないと思わしきネディには通じなかったようだ。レウルスは僅かに考え込むと、参考になるかわからいものの答えを口にする。


「あー……多分、メルセナ湖に流れ込む川の中で一番大きな川……かな?」


 レテ川並に大きな川が何ヵ所もあるとは思えない。メルセナ湖の大きさを考えると可能性はゼロではないが、レウルスはレテ川以外に存在しない方に賭けることにした。


「わかった。流れが大きいところに行ってみる」


 そう言うなり、小舟の進路が変わった。本当に可能なのかはわからないが、ネディなりにレウルスの要請に応えるつもりのようだ。


 良い子だ――レウルスはそう思う。


 己の危険を顧みずにスライムを凍らせ続けていたのもそうだが、スライムの脅威を知らせて人間を少しでも逃がそうとするその姿勢。レウルスとしては少しばかり眩しく思えるほどだ。


(本当に“それしか”知らないって可能性もあるけどな……)


 もしかすると性格以前の話かもしれない。それならば今後知っていけば良いだけの話であり、そのためにもスライムを倒す必要がある。


(しかし、ネディにスライムか……エリザに怒られそうだな)


 ネディはともかく、スライムを連れてきたといって喜ぶ者はいないだろう。


 サラは笑って流し、ミーアは怒るよりも先にレウルスが無事に戻ってきたことで安堵しそうである。ジルバがどんな反応を示すかは謎だが、少なくともエリザは怒りそうだ。

 もっとも、それも再会しなければ確認しようがない。相変わらず敵意を漲らせながら追ってくるスライムをチラリと見やったレウルスは、深々とため息を吐いた。








「っ! きた! ネディ、あっちに進んでくれ!」


 孤島を出発して一時間近くが経過し、徐々に引き離していたスライムも見えなくなった頃。レウルスは自分の中で魔力が“つながった”感触を捉えて声を張り上げた。


 弱々しく、勘違いにも思えそうなほどか細い――それでも確かな、エリザとサラの『契約』の証。二人の魔力が流れ込んでくるの感じ取ったレウルスは、背負っていた愛剣の重さも徐々に軽くなっているように感じられた。


 レウルスが方向を指示すると、ネディは黙ってそれに従う。しかしすぐにレウルスの顔を見つめて、不思議そうに首を傾げた。


「……“強く”なった?」

「ん? ああ、『契約』してる仲間二人から魔力が送られてるからな」


 ネディの質問に少しばかり引っかかりながらも、魔力が増えたことを指しているのだろうと判断してレウルスが答える。ネディは数秒首を傾げていたが、レウルスの返答に納得したのか前を向いた。


「あとちょっと」

「ああ……本当に助かったよ」


 レウルスも視線を小舟の前方に向ける。まだまだ距離があるが、既に陸地も見えてきた。あとはエリザ達と合流し、スライムを仕留めるだけだ。


(その仕留めるってのが難しそうだけど……エリザの雷魔法があればなんとかなる……か?)


 サラの火炎魔法では相性が悪いだろう。ヴァーニル並の火炎魔法を使えるのならば話は別だろうが、雷魔法を使えるエリザがいる以上、サラに無理をさせる必要もない。もちろん、スライムを“削る”のを手伝ってもらう必要はあるが。


「……ん? エリザ達も動いてるのか?」


 スライムへの対策法を模索していたレウルスだが、エリザとサラの魔力が移動していることに気付いた。まだまだ距離があるものの、レウルスの指示で小舟は真っすぐエリザ達の魔力に向かって進んでいる。

 それだというのに、エリザ達は距離があってもわかる程度には速い速度で移動しているのだ。

 向こうも魔力のつながりが復活したことに気付いたのだろう。もしかするとレウルスを出迎えるべく、慌てて走っているのかもしれない。


(心配をかけちまったな……いやまあ、荒れたメルセナ湖に落ちた上にスライム引き連れて合流するんだから、その心配も合ってるんだろうけど)


 エリザを助けたことはともかく、後者に関しては何故こうなっているのかレウルスにもわからない。ネディに助けられたと思いきや、凍ったスライムと対面する羽目になったのだ。

 キマイラ、吸血種、火の精霊、火龍、ドワーフに『城崩し』ときて今度はスライムである。一年にも満たない間に様々な種族に会い過ぎだろう、とレウルスは苦笑するしかない。


(……エリザ達に会えるとわかって気が抜けたかね) 


 小舟を操るのがネディでレウルスにはやることがないとはいえ、思考の“緩さ”に気付いたレウルスは少しだけ笑う。スライムに追われている現状で気が緩む辺り、エリザ達と再会できることがそれほど嬉しいのだろう。


「ネディ、岸まで魔力がもつか?」

「……うん、大丈夫」


 用心のためにレウルスが尋ねると、ネディは少しだけ考え込んでから頷く。レウルスとしてもネディから感じ取れる魔力の量は減っているが、底を突いた様子はないため嘘ではないと思われた。


 これならば岸まで辿り着き、エリザ達に事情を説明してスライムを準備万端で迎え撃つことができる――そう、思っていたのだが。


(あとちょっとで岸に……ん?)


 エリザとサラの魔力を感じるままに進んできたが、遠くに見えたのは元々の目的地であるヴァルディではない。ヴァルディの町並みどころか周囲に人工物が見えず、メルセナ湖に面した砂浜があるだけである。

 砂浜の奥には木々が生えており、視界が悪い。それでもエリザとサラの魔力は近づいている。


「……到着」


 一体何が起きているのかと疑問に思っていると、ネディが小さく呟いた。すると、小舟が徐々に減速して砂浜へと乗り上げる。

 メルセナ湖にあった孤島ではなく、きちんとした陸地に再び戻ってきたのだ。


「ありがとう、助かったよネディ。でも早速で悪いんだけど、あっちに移動だ」

「……? わかった」


 氷の小舟から飛び降りたレウルスは、ネディを促して駆け出す。ネディはそれに従ってレウルスの後を追って駆け出した。


 ――妙な胸騒ぎがする。


 強力な魔物の気配を感じ取った時とは別物の、第六感とでもいうべき感覚がレウルスの心中に焦燥の火を灯す。周囲に魔物の気配はないが、エリザやサラとの魔力のつながりが“焦り”の感情を伝えてきているように思えるのは錯覚だろうか。


『……ウス………レウルス! 聞こえる!?』


 森を掻き分けるように進んでいると、サラから『思念通話』が届いた。その声にレウルスは足を止めそうになるが、切迫したサラの声色に背を押されて移動を止めない。


『サラか! どうした、何があった?』


 数日ぶりに聞くサラの声だったが、懐かしむ暇はなさそうだ。そう判断したレウルスが説明を求めると、サラは切羽詰まった声色で答える。


『聞こえた? 良かったわ! 今、ジルバが戦って……ああもう! こっちにくるなー!』


 焦ったような声と共に、遠くで爆音が響いた。レウルスはエリザやサラの魔力と爆音の方向が一致していることを確認すると、眉を寄せる。

 サラの発言といい爆音といい、交戦状態にあると思われた。


「っ……悪い、ネディ!」


 少しでも急ぐ必要がある。そう判断したレウルスは背後を走っていたネディを横抱きに抱え上げると、エリザとサラの魔力で強化された身体能力を駆使して全力で駆け出す。

 レウルスは風のように森を駆け抜け、街道と思わしき整備された道が通る野原に躍り出た。そしてエリザ達の魔力が感じる方向へと視線を向け――。


「……誰だ?」


 そこには、ジルバと交戦する一人の女性、そしてエリザ達と交戦する一人の男性の姿があった。

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