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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
5章:異形の国喰らいと無名の精霊

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第159話:濁流 その2

 “この世界”に転生してからというもの、レウルスは前世ではお目にかかったことがないような巨大な生き物を見てきた。


 火龍であるヴァーニルに、『城崩し』と呼ばれる巨大なミミズのような魔物。特に後者はレウルスが知る中でも最大の大きさで、正確な全長は確認していないが百メートルを軽く超えていた。

 他にも前世では直接見たことがないような、人間とは比べ物にならないほど巨大な魔物を見てきた。


(でかい……この船と同じぐらいか?)


 拾い上げた銛を構えながら“魚影”を観察するレウルスだが、体の大きさだけで言えばヴァーニルと大差ないほどだ。


 強さまでヴァーニルと同等ならば全力で撤退するべきだろうが、幸いというべきか感じ取れる魔力はそれほど強力ではない。

 魔力の強さや体の大きさが魔物の強さとイコールではなく、少なくともヴァーニルのように規格外の魔物ではないだろう。


 だが、体が大きいというのはそれだけで一つの武器である。横から体当たりをされればそれだけで船が転覆しそうだ。

 状況さえ許せば逃げるのも一つの手だろうが、ここは船の上である。加えて言えば、レテ川の流れから脱し切れていない現状では船を降りれば濁流に飲み込まれるだろう。


 逃げ場がない以上は戦うしかないが、もしかするとヴァーニルのように言葉が通じる可能性もある。この船に近づいてきたのも、船が流されて困っているのを助けるためかもしれない――そんな可能性は万に一つ、億に一つあるかどうかだろうが。


「シイィッ!」


 レウルスは握っていた銛を全力で投擲する。投げた銛にはロープが結ばれていないが、この状況で必要もないだろう。魔物の体に銛が食い込んだとしても、巨体過ぎて回収もできないのだ。

 レウルスが投擲した銛は水面を貫き、そのまま巨大な魚影へと命中する。しかし水の抵抗が邪魔をしたのか、それとも魔物の体表で弾かれたのか、刺さった様子はない。


「左舷! 魔物が突っ込んでくるぞ! 漕いで避けろ!」


 グングンと勢いを増して接近してくる魚影に、船長と思わしき男が声を張り上げた。しかし濁流で思うように動きが取れない船ではいくら漕いでも回避できそうにない。

 レウルスは背負っていた大剣を握ると、鞘を嵌めたまま右手一本で振り上げる。そして落下しないよう左手で手すりを掴み、あと数秒で衝突してくるであろう魚影目掛けて大剣を振るった。


 船の高さがあるため、大剣を振るっても届きはしない。故に、レウルスは魔力の刃を放って魚影を少しでも怯ませようとする。


 レウルスが放った魔力の刃は降りしきる雨を斬り裂き、水面を割り、そのまま水中へと突入して魚影へと直撃した。

 さすがに銛とは異なり、魔力の刃は切れ味に優れる。水面を割ったことで威力が減衰したものの、魚影から血と思わしき赤い液体が噴き出た。


 ――だが、止まらない。


「チッ、浅いか! 何かに捕まれ!」


 手傷を負わせたものの怯んだ様子もない魚影に、レウルスは即座に声を張り上げた。そして自らも手すりを握る手に力を込め、衝突に備える。


「っ!?」


 重苦しい衝突音と共に、船が“横”に滑る。金属で補強されているはずの船体が激しく軋み、その衝撃で体が吹き飛びそうになる。

 それでもレウルスは左手一本で体を支えきると、目を凝らして魚影の動きを追った。


(いない……魔力は下、か? 潜ったのか?)


 体当たりをしたはずの魚影は見当たらず、感じ取れる魔力は船の下を通って右舷側へと遠ざかっていく。

 船と衝突したことで魔物も痛手を負ったのか、それともレウルスが放った魔力の刃を警戒しているのか。船の真下から突き上げるように攻撃をされると手も足も出なかったが、さすがにそれを可能とするだけの水深がなかったのだろう。


 このままメルセナ湖の“沖合い”に出れば話は別だろうが。


「おいおい! なんでメルセナ湖に入ってすぐなのにこんな大物がいやがるんだ!」

「船長! 今の衝突で船内に浸水が!」

「すぐに塞げ! 人手が足りないなら客のケツを蹴り上げて手伝わせろ!」


 船長が憎たらしそうに叫ぶと、船内にいたと思わしき船員が慌てた様子で駆けてくる。それを聞いた船長は即座に指示を出すが、どうやら今しがたの衝突で船体に大きなダメージが入ったようだ。


「おいそこの冒険者! 魔物はどこだ!?」

「船の真下……を通り越した! 右舷だ!」


 船員に指示を出した船長がレウルスへと叫び、レウルスも負けじと叫び返す。ジルバが話したのか、あるいはレウルスの動きから索敵に優れていると判断したのか。

 レウルスの叫び声を聞いた船長はジルバへと声を投げかける。


「ジルバの旦那! 銛を投げられるだけ投げて牽制してくれ!」

「任せてください……ふんっ!」


 ジルバは目を凝らして水面を注視すると、すぐさま銛を投擲していく。レウルスが多少とはいえ背中に傷をつけたため、溢れる血である程度は位置がわかるのだ。


「わたしも撃つわよ! 丸焼きにしてやるわ……って、全然効かない!?」


 船酔いをしてないサラが火球を撃ち始めたが、相手は水中にいる。放った火球は爆発して水面を吹き飛ばすものの、さすがに相性が悪すぎるようだ。


「こうしちゃいられない! ボクは浸水を塞いでくるね!」


 それまで船酔いでフラフラしていたミーアだが、切迫した状況に置かれたことで一時的にせよ船酔いが止まったのだろう。この場にいてもできることはないからと船内へと飛び込んでいく。

 ドワーフであるミーアならば足手まといになることもないはずだ。レウルスは止めることなくそれを見送ると、相変わらず顔色が悪いエリザへと視線を向ける。


 ドワーフと吸血種――人間の違いなのか、ミーアと違って相変わらず調子が悪そうだ。


 それでもエリザはしっかりと杖を握り、船の揺れで体勢を崩さないようゆっくりとした足取りでレウルスの元へと近づいてくる。


「ワシの出番……じゃな……」

「そうなんだけど……その状態で魔法を使えるのか?」


 この状況ではエリザの雷魔法以上に有効な攻撃手段はないだろう。氷魔法を使えるシャロンがいれば違った戦法も取れるのだろうが、この場にいない以上は仕方がない。


 問題があるとすれば、船酔いに陥ったエリザが“普段通り”に雷魔法を行使できるかどうかだろう。

 レウルスは手すりの傍に置かれていたロープを手に取り、エリザの杖に結びながら心配そうな視線を向ける。いくら自爆を防げるといっても、雨で甲板が濡れているため制御に失敗すると味方にまで被害が及びそうだ。


「集中すれば……多分……」


 自身を鼓舞するように杖を握りしめるエリザだが、このような悪条件下で魔法を使うのは初めてだ。足場も体調も不安定で、ドワーフ製の杖がなければ自爆覚悟で雷魔法を行使しても不発で終わるだろう。


「レウルスさん! 船尾にいきましたよ!」


 エリザが準備を整えていると、船の右舷で銛を投げていたジルバが声を張り上げた。それを聞いたレウルスは魔力を探るが、ジルバの言う通り魔物は船の後方へと移動しているようである。


 左舷ではレウルスが魔力の刃を放ち、右舷ではジルバが銛を投擲している上に効果が薄いとはいえサラが火炎魔法を叩き込んでいるのだ。“妨害”が来ない場所へ移動するのは当然と言えるだろう。


「エリザはそこで準備しててくれ! 俺がそっちに追い込む!」


 足場が不安定過ぎてエリザでは動けないだろう。そう考えたレウルスは右舷にエリザを残して駆け出し、雨で濡れた甲板を滑るようにして船尾へと向かう。


(早く仕留めないと船がもちそうにない……かといって仕留めるには攻撃手段が少なすぎる……)


 陸上で魔物と遭遇したのならば、いくらでも“料理”してやれる。しかし船上という足場も攻撃手段も限られた状況ではそれも難しい。

 相手は魔物で、卑怯だなんだと言うつもりは毛頭ない。そんな寝言を口走る暇があったら一撃でも多く叩き込むべきだ。


 船尾へと駆けつけたレウルスは、再び右手一本で感じ取った魔力目掛けて大剣を振り下ろす――その直前に硬直した。


 たしかにジルバの言う通り、先ほどの巨大な魚影は船の後方へと移動していた。レウルスも魔力を感じ取っていたため、それは間違いない。

 レウルスが思わず動きを止めたのは、巨大な魚影以外にもいくつか感じ取っていた魔力が急速に近づいてきたからだ。


 相手は水中にいるため正確な距離は測れないが、事前に感じ取っていた魚影以外の五つの魔力がどんどん距離を詰めてきている。五つの魔力は船の全方位から船尾目掛けて一直線に突っ込み――。


「…………は?」


 船ではなく、巨大な魚影目掛けて襲い掛かった。その予想外の行動に、どの魔物を先に倒すべきか逡巡していたレウルスは思わず大剣を右手から落としかける。

 一体何が起きたのか、急速に距離を詰めてきた魔物達は群がるようにして巨大な魚影を襲っている。特に、レウルスが最初につけた背中の傷を狙って攻撃を加えているようだ。


『――――!』


 傷口を狙われるのは巨体の魔物でも辛いのか、それまで水面に潜っていたはずの魚影が姿を見せる。そして激しく身動ぎをして暴れ、背中に取り付いた魔物を振り解こうとしていた。


 水上に姿を見せたことで全容を把握できたが、やはりと言うべきか非常に大きい。外見は鱗が生えた背びれのない巨大なシャチに近いが、その背中には二メートル近い魚の魔物がしっかりと噛みついている。

 レウルスが魔力の刃を叩き込んだことでできた、横一文字の裂傷。その傷口に鋭利な牙を突き立て、咬筋力に物を言わせてブチブチと傷口の肉を噛み千切っていく。


『キ、キ、キ、キ!』


 耳障りな甲高い鳴き声。それは獲物の肉を食い千切った歓喜の笑い声だろうか。


 背中の肉を食い千切られたことで暴れる魔物を嘲笑うように鳴き、傷口の肉を食い千切っては離れ、シャチに似た魔物と比べれば小柄な体を活かして動き回ったかと思うと隙を突いて再び傷口へと噛みつく。


『――! ――――!』


 一度噛まれるごとにごっそりと肉を持っていかれる激痛に耐えられないのか、シャチに似た魔物は水面を跳ねるようにして体に取り付いた魔物を振り払おうとする。


「っとぉっ!?」


 当然ながら、船の至近距離で船と同等の巨体を持つ魔物が暴れればただでは済まない。思わぬ事態に呆然としていたレウルスは激しい揺れに耐えようと手すりと掴み、握っていた大剣を再び振り上げた。


 巨大な魔物が流す血に誘われたのか、元々敵対する魔物同士なのかはわからない。レウルスにわかるのは、今ならば敵が水上に姿を見せていることだけだ。


「エリザ! 船の後ろに向かって撃て!」

「う、うむっ!」


 念には念を入れて、エリザの雷魔法で動きを止めさせようとする。エリザはレウルスの指示に従って杖を振り上げると、船の後方目掛けて一条の雷を叩き込んだ。

 体調が影響しているのか、落雷のように降り注いだ雷撃の威力はそれほど高くない。それでも水棲の魔物には効果が高いだろうと判断し、レウルスはエリザの雷撃に合わせるようにして魔力の刃を放つことにした。


 空気中の水分が多いからかレウルスは僅かに体が痺れるような感触を覚えたが、大剣を振るう右腕は問題なく動いている。魔力の刃も問題なく放つことができ、狙い通り雷撃で硬直する魔物へと命中した。


『――――!』


 雷撃が背中の傷口を焦がし、そこにレウルスの一撃が命中したのがきっかけだったのだろうか。あるいは他の魔物に背中の傷を噛み千切られたことで怒りを覚えたのだろうか。

 シャチに似た魔物は一際大きく体を震わせると、頭から潜るようにして背中から船へとぶつかってくる。


 雷撃で痺れているのか傷口に噛みついていた魔物は動かない。シャチに似た魔物が船に向かって“前方宙返り”をしても逃げず、そのまま船体に挟まれて湿った破裂音を響かせた。


「っ!?」


 激しい衝撃にレウルスが息を飲む。巨体を利用した体当たりに船体が激しく軋みを上げる。


「あっ!?」


 背後から響く驚いたようなエリザの声に、レウルスは反射的に視線を向けた。すると、そこには激しい衝撃で体が浮き上がったエリザの姿があり――。


「エリザッ!」


 ガキン、と脳内で歯車が噛み合うような音が響く。『熱量解放』によって瞬時に身体能力を引き上げたレウルスは、甲板が凹むほどの勢いで弾丸のように駆け出す。


 雷魔法を使ったことで気が抜けていたのか、エリザは手すりを掴むことができずに船の外へと体が投げ出されていた。それに気づいたジルバが右舷から駆けつけようとしていたが、激しい衝撃で船が揺れているため間に合いそうにない。


 “間に合う”のはレウルスしかいない。足を滑らせないよう、木でできた甲板を踏み割りながら疾走したレウルスは一秒とかけずに左舷への距離を詰め――そのまま跳んだ。


「レウ――」

「ジルバさん!」


 エリザがレウルスの名を呼ぶよりも早く、レウルスはジルバの名を呼んだ。空中でエリザの背中に左腕を回すと、体を捻りつつ腕力に物を言わせてエリザを投げ飛ばす。


 左舷に駆けつけようとしていたジルバへとエリザを投げつけ――レウルスはそのまま荒れ狂うメルセナ湖へと落下するのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  レテ川ではなくメルセナ湖なのでセーフ!と思いたいです。
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