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第157話:レテ川 その3

 最初こそ不安に駆られた船旅だったが、実際に船に乗ってレテ川を進み始めるとその不安も払拭された。


「おー……すごいのう」

「こんな大きなものが水に浮いて進むなんてすごいわね! 人間もやるじゃない!」

「わわっ! サラちゃんちょっと!?」


 エリザ達は船の甲板に設けられた手すりに掴まりつつ、後方へと流れていく風景を見ながらキャッキャと騒いでいる。

 サラが“危険な”発言をしていたが、それに気づいたミーアが即座に口を塞いでいた。幸いサラの発言は風の音に紛れており、甲板にいた者は操船に気を取られているのか気付いた様子もない。


 懸念していた船の揺れも大したことはなく、常に揺れてはいるものの船から投げ出されるようなことはなさそうだった。船酔いに弱い者ならば厳しいかもしれないが、少なくともレウルスは気分が悪くなる様子はない。

 カダーレの河港を出た当初はそれほど速度も出ていなかったが、レテ川の流れに乗ったのか船の速度はぐんぐんと増していく。船員が甲板を忙しなく駆け回り、風向きを確かめて帆を張るとその速度はさらに増した。


(オールで漕ぐのかと思ったけど、追い風が吹くと必要ないのか……風次第だけど、これならかなりの速さで進めそうだな)


 レテ川は大きいが、三十メートルを超える船が航行するには相応の水深が必要となる。レウルス達が乗った船は岸からある程度離れているが、陸地が後方に流れていく速度は予想よりも速かった。


「船長の話ではメルセナ湖の傍、このレテ川の下流にある町……ヴァルディまで四日前後で到着する予定だそうです。しばらくは船旅になりますね」


 エリザ達の歓声を聞きながら船の速度に感心していたレウルスだが、ジルバが話しかけてきたためそちらへと視線を向ける。


「四日前後ですか……けっこうかかりますね。いや、早いのかな?」

「焦るのはわかりますが、レテ川を下っているのでこれでも早い方なんですよ? “上り”となるともう少しかかります。上手い具合に風が吹けば良いですが、基本的に櫂で漕いでレテ川を遡りますからね」


 そんな話をしながら、ジルバはエリザ達を見た。エリザ達は人生で初めてとなる船旅に大喜びで、ジルバはその喜びぶりに目を細めている。


「ちなみに、陸路を進んでいたらどれぐらいの日数がかかるんですか?」

「そうですね……道の状況や天候も関係しますが、カダーレまでの移動速度から計算するとラヴァル廃棄街から直接向かって半月……いえ、二十日ほどですか」


 興味本位にレウルスが尋ねると、ジルバは僅かに考え込んでから答えた。これも若い頃から各地を旅したジルバだからこそ答えられるのだろう。


(カダーレで一泊したけど、何もなければ半分の日数で目的地まで行けるのか……)


 元々の船賃である金貨三枚は高いと思ったが、旅程が半分になる上に野盗に襲われる心配もないと考えると安いのかもしれない。

 時間を金で買ったようなものだが、ラヴァル廃棄街では水の枯渇という死活問題に直面しているのだ。すぐさま水がなくなるわけではなく、雨が降れば改善されそうではあるが、かける時間は少ない方が良い。


(どんなに急いでも往復で二十日……水の『宝玉』か特定の魔法使いを見つけるのに何日かかるか……運が良ければ到着したその日に見つかるかもしれないけど、下手すりゃ長期間見つからない可能性もあるよな)


 最終的に見つかるのならば許容できるかもしれないが、最悪なのは水の『宝玉』も魔法使いも見つからないことだろう。

 ヴェオス火山周辺では火炎魔法を使う魔物ばかりだったため、メルセナ湖まで行ければ水か氷の魔法を使える魔物がいそうではあるが――。


(言葉が通じて、できれば水魔法を使える魔物かぁ……人魚とか?)


 実際にメルセナ湖まで行ってみなければ、どんな魔物がいるかもわからない。ジルバに聞けば答えてくれるかもしれないが、船旅は始まったばかりである。聞く機会はいくらでもあるだろう。

 そうやってジルバと話していると、船の乗り心地を十分に堪能したのかエリザ達が近づいてくる。


「のう、船のどこで休むんじゃ? ここでそのまま寝るわけでもないんじゃろう?」


 エリザ達はそれぞれが期待に目を輝かせていた。船の乗り心地もそうだが、メルセナ湖までどうやって過ごすのか興味を惹かれたらしい。

 さすがにそれはレウルスもわからないためジルバに視線を向けると、ジルバは一つ頷いてから懐に手を突っ込んだ。すると、何やら金属で作られた鍵を取り出す。


「こちらですよ。案内します」


 どうやら船の船長から船室の鍵を受け取っていたようだ。船長と知り合いだと言っていたが、案内などを省いた“セルフサービス”で過ごすのも船賃を値引きした理由なのかもしれない。


 甲板の中央には小さな小屋のような建物があり、扉を開ければ船の内部に続く階段が設けられている。

 レウルス達はジルバの先導に従って階段を下りていくと、船の内部へと降り立つことができた。


 今世において初めて見た巨大船だが、さすがに前世のテレビで見た豪華客船などとは比べ物にならないほど小さい。

 当然ながら船の内部は狭く、船の内部――その中央に細い廊下が存在し、廊下を挟んで左右に船室が設けられているようだった。


 船の前方には船長室が、後方には船で運ぶ荷物や食料が詰め込まれた倉庫が存在するらしい。その船長室と倉庫に挟まれる形で船室が並んでいるのだが、船のバランスを考慮しているのか左右均等、鏡写しのように造られているようだ。


(どっちか片方に重さが偏ったら船が転覆しそうだしなぁ……)


 倉庫の荷物もその辺りを考慮して積んであるのだろう。


「この部屋です」


 そう言ってジルバが船室の扉にかかっていた鍵を開け、扉を開く。


 船の大きさと内部の構造から予想はしていたが、船室は非常に狭い。高さは二メートル近くあるためジルバの長身でも頭をぶつけることはないが、奥行は三メートルほどしかない。

 扉を開けると真っすぐな空きスペースがあり、その両脇に二段ベッドが設置されている。船室では荷物を置き、眠ることぐらいしかできないようだった。


「……寝る場所は四つか」

「わたし達は五人だし、交代で眠ればいいんじゃない? それとも一緒に寝る?」

「それならボクが一番小柄だし、エリザちゃんかサラちゃんのどちらかと一緒に寝ればいいのかな?」


 ラヴァル廃棄街の自宅で使っているベッドならばともかく、船室のベッドは最低限の大きさしかない。エリザ達は小柄なため一つのベッドを二人で利用できるかもしれないが、レウルスとジルバは体格的に一人で使うしかない。


「むむむ……レウルスは構わんが、ジルバさんと同じ部屋で眠るのか……」


 だが、ここでエリザが難色を示した。ただしそれはジルバを嫌ってのものではなく、“別の何か”を憂慮しているように見える。


「別にいいじゃない。何が駄目なの?」

「いや、ジルバさんならワシは構わんが……サラ、お主が寝ている間に傍でずっと祈りを捧げているかもしれんぞ。こう、この空いてる場所に膝を突いて、寝ているお主に向かって祈りを捧げて……」

「そんなわけないでしょ……ないわよね?」


 エリザの発言に対し手を振って否定したサラだったが、一応の用心を兼ねてジルバへと尋ねる。すると、ジルバは笑顔で首を横に振った。


「はっはっは。私も時と場所を弁えますとも。私は船長のところにお邪魔しますよ」

「あっ、そう? それならわたし達で使わせてもらうわね!」


(時と場所さえ問題なければ祈るってことじゃ……いや、何も言うまい)


 深く考えることなく納得した様子のサラだが、レウルスとしてはジルバの“日課”を知っているため何も言えない。そっと目を逸らすと、小声でジルバに話しかける。


「本当にいいんですか? エリザの言う通り交代で休めばいいと思うんですけど……」

「いえ、船長からこちらの地域のことを色々と聞きたいんです。こういった荷物や人を運ぶ仕事をしていると、情報も多く集まりますからね……」


 どうやらジルバとしては船長に用があるらしい。情報を集めることが目的のようだが、一体何の情報を集めるつもりなのか。


「レテ川を渡ってしばらく進むとベルリドとの国境線がありますから……グレイゴ教徒がこの国に手を伸ばしていないか確認したいんですよ」


 そう言って薄く微笑むジルバに対し、レウルスは曖昧に笑うことしかできなかった。








 船旅を始めて三日の時が過ぎた。


 ジルバが船賃の値引きの条件に『魔物との戦闘』を含めていたため警戒していたが、今のところ平穏無事な船旅である。


 相手は水棲の魔物のため、当然ながら水中を移動する。レウルスは魔物の気配の探知に長けてはいるが、それは陸上の相手限定だ。

 以前経験したことだが、魔物が地中を移動していれば感じ取れる魔力は曖昧になる。水中の場合は地中と比べて魔力を感じ取りやすいが、それでも“普段”と比べれば探知できる範囲はかなり狭まっていた。


 魔物の気配に気付いた時には船が攻撃を受けている――そんな不安もあったが、その不安を忘れてしまうほどに何もない。


 レテ川は大きく、場所によっては水深も相応に深くなるが、海などと比べれば可愛い物だ。魔物は普通の生き物と比べて体が大きい傾向にあるが、レテ川の水深では精々下級の魔物ぐらいしか生息できないだろう。

 それでも時折巨大な魔物がレテ川に現れることがあるようだが、レウルスが見つけるよりも先に見張りの船員が気づく方が早い。


 レウルスと違って目視で見張っているが、彼らはレテ川での航行に関してはプロだ。夜間の移動の際にも船の中で壁に耳を当て、水中の音で索敵を行うという離れ業を見せてくれた。

 そのため、結果としてレウルス達は魔物と交戦することなく、悠々と川下りを楽しめているのである。


 だが、エリザ達は最初こそ初めての船旅に興奮していたが、さすがに三日も経つと慣れて飽きがきたらしい。暇を持て余したように甲板に出ると、落下防止用に作られた木製の手すりの傍へと歩み寄る。

 当然ながらレウルスもそれに同行しているが、エリザ達が目を付けたのは手すりの傍に置かれた銛だ。


 金属で作られた銛は細長く、先端は鋭利に尖っている。それでいて“返し”がついているため魔物に刺されば容易には抜けないだろう。追い払うことを重視しているのか返しが存在しない銛もあるが、こちらは数が少ない。

 投げやすさを考慮してあるのか先端以外は太めに作ってあり、中にはロープが結んであるものも存在する。

 こちらは回収が可能ということでレウルスも試しに何度か投げてみたが、強化された身体能力で投擲すれば十分な武器になると思われた。


 そして、投擲に使った銛を回収しながらレウルスは一つ思いついたことがある。


「エリザの雷魔法を使う時って、この縄を使えばいいんじゃないか?」

「……どういうことじゃ?」

「ほら、杖の先に濡らした縄を結んでだな……」


 レウルスはそう言いつつ、銛の投擲を繰り返したことで水が滴るほどに湿った縄をエリザの杖に結ぶ。あとは縄をレテ川へと放って水につければ準備は万端だ。


「これで余剰の電気も川に流れる……はず?」

「…………」


 エリザは両手で握った杖に視線を落とすと、視線を滑らせてレウルスが結んだ縄を見る。そして縄を目で追って川に浸かっていることを確認し、顔を上げた。


「……格好悪いのじゃ」

「贅沢言うな。格好良さよりもお前が傷つかない方が大事だろ」


 電撃の全てを逃がすのは無理かもしれないが、多少なりとも自爆を防げるはずである。その辺りは実際に使ってみないとわからないと思うものの、魔力を消耗するのは避けたいところだ。


「それにしても暇ねー。船員さんに釣竿を借りて釣りでもしてみようかな」

「この船ってけっこう速いし、ボクは魚が釣れるとは思わないんだけど……」


 サラとミーアはレテ川を眺めながらそんな話をしている。


 カダーレの河港を出発した時と比べ、レテ川の“幅”は広がっていた。下流に近づくにつれて、川幅が広がっているようだ。

 支流と思わしき川が時折レテ川に合流しており、その分の水量が増えているのだろう。話を聞いてみるとレテ川は何ヵ所か分岐しているらしく、途中で進路を変えればマタロイの王都近くまでいけるらしい。


 今回は真っすぐ下るだけだが、王都向けの船も出ていたようだ。


「……ん?」


 ここ三日で聞いた話を反芻していたレウルスだったが、何やら船員達の動きが慌ただしくなっていることに気付いた。とうとう魔物が出たのかと意識を集中してみるが、感じ取れる範囲では魔力を感じない。


「何か騒がしくない? 川に何かいるの?」

「いや、魔力は感じないんだけどな……」


 魔物ではなく、別の問題が発生したのだろうか。しかしながら船の動きは相変わらず軽快で、異常は感じられない。


 少なくともレウルスはそう思ったのだが――。


「ここにいましたか……」


 船室に戻って大人しくしていようかとレウルス達が話し合っていると、ジルバが駆け寄ってきた。その表情に焦りの色はないが、僅かに懸念の色が見える。


「何かあったんですか?」

「いえ、“今のところ”は何もないです。ただ、今日になってレテ川に流れ込む支流の水が増えているらしくて。もしかすると支流の上流……位置的にベルリドでしょうが、そちらで大雨が降ったのかもしれません」

「それが何か影響するの?」


 ジルバの言葉にサラが首を傾げるが、レウルスは嫌な予感を覚えながらジルバの返答を待つ。


「水量が増えると流れの速さも変わるんです――ここからは“荒れる”かもしれません」


 その一言に、レウルスは気を引き締めるのだった。

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[気になる点] >レウルスが見つけるよりも先に見張りの船員が気づく方が早い 「先に」か「方が早い」かどちらかをトル
[気になる点] 陸路で片道約20日なのに往復で急いで20日とは?
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