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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
5章:異形の国喰らいと無名の精霊

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第153話:緊急依頼 その2

「メルセナ湖?」


 どこだそれは、とレウルスは困惑する。


 マタロイの最北端と言われても、レウルスの頭の中にはこれまで行ったことがある場所ぐらいしか地理的情報がない。

 あとは精々、エリザの生まれ故郷や知り合いの精霊教徒――ジルバから聞いた隣国の名前ぐらいしか知らなかった。


「……ん? 姐さん、俺の記憶違いでなければ、この町ってマタロイでもかなり南の方だった気がするんだが……」

「ええ、ラヴァル廃棄街はマタロイの中でも最南端……とまでは言わないけれど、それに近い場所にあるわ」


 レウルス達が住むラヴァル廃棄街は、マタロイと呼ばれる国に属している。そしてマタロイはカルデヴァと呼ばれる大陸の中にある国で、カルデヴァ大陸の中でも一、二を争う大国だ。

 当然ながらその国土は広い。前世ほど測量技術が発達しているとは思えないこの世界では詳細な面積は不明だろうが、大国と呼べるだけの広さがあるのだ。端から端まで歩けば一体何日かかることか。


 前世と違って車や電車、飛行機といった移動手段もないため、基本的に徒歩での移動となる。しかし、街道を歩いていても魔物や野盗に襲われることも珍しくはない。

 そんな状況でマタロイの南から最北端まで移動するとなると、相当の日数がかかりそうである。そもそも、そんな場所に行って何をしろというのか。そこまで距離が離れているのならば、今回の騒動に直接的な影響はなさそうである。


「一応聞いておくけど、そのメルセナ湖ってところの水が減ってるからこっちまで影響してるってわけじゃないよな?」

「それはないでしょうね。地理的に考えると、むしろメルセナ湖の方が“下流”にあるもの。ラヴァル廃棄街周辺の水が減ったことでメルセナ湖の水が減った……それならあり得ると思うわ」


 確認を取ってみるが、やはり今回の騒動に関係はなさそうである。それならば何故そんな場所に行く必要があるのか。


「坊や達……いえ、これは語弊があるわね。レウルス、貴方にやってほしいことは二つよ」


 ピクリ、とレウルスの眉が動いた。『坊や』ではなく名前で呼ばれるなど、滅多にあることではない。


「一つは、メルセナ湖周辺で水の『宝玉』を見つけてくること。さすがにメルセナ湖周辺に伝手はないけれど、たしかいくつか町があったはず……お金を渡しておくから、見つかったなら購入してきてほしいの」

「もう一つは?」

「どちらかというとこちらの方に期待しているのだけど……できれば水魔法、無理なら氷魔法を使える人材を確保してきてちょうだい。お金で解決するなら雇うという形でも構わないし、その辺りの判断は貴方に一任するわ」


 水の『宝玉』の確保、あるいは水魔法か氷魔法の使い手を探してくる。


 そこまで聞けば、レウルスにもナタリアが何を考えて依頼を出したのか理解できた。


「水の『宝玉』があればカルヴァン達がどうにかしてくれるか……」

「ええ。魔法具作りはそれほど得意ではないと言っていたけれど、水の『宝玉』があれば水を生み出す魔法具ぐらいなら作れると思うわ」


 それまで真剣な表情を浮かべていたナタリアだったが、ここにきてようやく表情を崩す。艶のある微笑みを浮かべ、手に持っていた煙管をくるくると回し始めた。


「わたしとしては後者……水魔法か氷魔法を使える人材の方が助かるわね。貴方のこれまでの“実績”から考えると、上手いこと引っかけてきそうだし……そうそう、カルヴァン達のように理性的なら魔物でも構わないわよ?」

「姐さんがどんな風に俺を見ているのか聞きたいところだけど、思い当たる節があるから何も言えねえ……」

「ふふふ……さすがに五十人も連れてこられると困るから、自重をお願いするわ」


 笑みを深めて注意を促すナタリアだが、レウルスとしては何も笑えない。


 吸血種であるエリザと出会い、マダロ廃棄街の救援依頼に出かければ火の精霊であるサラに取り憑かれ、火龍であるヴァーニルと一対一で戦い、ナタリアが注意したように五十人近いドワーフの集団を連れて帰ってきた。


 我ながら何をしているのだろうとレウルスは頭を抱えたくなるが、敵対した相手まで含めればキマイラとの遭遇に始まり、グレイゴ教徒に襲われ、二十人近い野盗の集団に襲われ、『城崩し』と呼ばれる上級相当の魔物に襲われと波乱万丈である。


「ワシとしては色々と言いたいことがあるんじゃが……本当に色々と言いたいことがあるんじゃが、ワシ達が離れて大丈夫なのかのう? メルセナ湖までどれぐらい離れているのかわからんが、その間は水が……」


 話を聞いていたエリザが疑問を投げかけた。


 レウルス達がラヴァル廃棄街に住み着いてからは魔物の脅威が減っているが、差し迫って問題なのは水の確保なのだ。

 先日のように近くの川まで水を汲みに行くとしても、護衛の戦力があるに越したことはない。


 その点ではエリザがいれば勝手に下級の魔物が避けてくれるわけだが、レウルス“達”とナタリアが言っている以上、エリザも旅の人員に含まれているだろう。


「後ろで凹んでいる子達の仕事にもなるし、エリザのお嬢さんが同行すると下級の魔物が寄ってこないでしょう? 水の問題があるから優先度は下がっているけど、食料の調達も可能ならしておきたいのよ」

「むぅ……ワシも好きでそのような体質になったわけではないんじゃが……」


 エリザがいれば水汲みは安全になるが、魔物が寄ってこないため食料は得られない。しかしながら最近の魔物の脅威の低減を思えば、下級の弱い魔物を“カモ”にして食料にした方が良いのだ。

 レウルス達が大暴れして目立っているが、ラヴァル廃棄街には他にも冒険者が大勢いる。彼ら、あるいは彼女らの仕事を奪うのはレウルスとしても本意ではない。それはエリザとしても同様だろう。


「カルヴァンのおっちゃん達もいるしなぁ……ニコラ先輩達と力を合わせれば中級の魔物が出ても問題ないだろうし……」

「そうね。だから貴方達に今回の依頼を回せるのよ。カルヴァン達を連れてきた時はどうしたものかと悩んだけど、今になって考えると彼らの力は大きな助けになるわ」


 油断は禁物だが、ラヴァル廃棄街の冒険者達と中級の魔物であるカルヴァン達がいれば町の平和は保たれそうだ。水汲みの護衛や“食肉”の確保についても過不足なく務まりそうである。


「……それなら、サラを置いていくかのう。最悪の場合、シャロン先輩が氷魔法で氷を作ってサラに溶かさせれば……」

「ちょっ!? エリザひどい! 反対、反対だからねっ!? 絶対ついていくんだから! 置いていってもついていくわよ!?」

「すまぬ、冗談じゃ。火を熾すだけならカルヴァンに頼めば魔法具を作ってくれそうじゃしな」


 焦ったようにレウルスの腰元にしがみ付くサラだが、エリザは軽く笑って肩を竦める。


 シャロンに氷を作らせてサラが溶かすというのは過去に一度やったことがあるが、火さえ熾せればわざわざサラがやる必要もない。エリザが言う通り、そのぐらいならばカルヴァンが簡単に魔法具を作ってくれそうだ。


「えーっと、それだとボクはやることがないような気が……」


 話を聞いていたミーアが恐る恐ると挙手するものの、今度はレウルスがそれを否定する。


「最悪の場合、ミーアに水の『宝玉』を探して掘ってもらう可能性もあるだろ……姐さん、そういうことだよな?」

「正解よ。ヴェオス火山の周辺では火炎魔法を扱う魔物が多かったように、メルセナ湖の周辺では水魔法や氷魔法を使う魔物が多いと聞くわ。産出される『宝玉』についても、その土地の影響を受けるの」


 レウルス達にはそれぞれ役割があるということだ。それぞれが自己の能力を発揮すれば、何かしらの結果を引き寄せそうである。


「でも、“それ”は本当にどうしようもない時だけにしてちょうだい。盗掘になるから気づかれると厄介だわ」

「そうするよ。買う『宝玉』の質もミーアがいればわかるだろうしな」


 簡単にではあるが、依頼の内容も理解できた。レウルスは脳内で依頼の内容を反芻すると、問題になるであろう部分を口にする。


「やることはわかった……でもよ姐さん、メルセナ湖って遠いんだろ? なるべく急ぐとしても、水がもつか?」

「“もたせる”わ」


 断固とした口調で告げるナタリア。彼女がそう言うのならばどうにかなるのだろうとレウルスは納得するが、問題は他にもある。


「俺達は全員『強化』が使えるし、道中はエリザの魔物避けもあるけど、メルセナ湖まで何日かかるんだ?」


 正確に言えばレウルスは『強化』が使えないが、エリザやサラとの『契約』によって常に似たような状況に在る。

全員が『強化』を使いながら移動すれば、一日の移動距離も相当稼げるだろう。


「そうねぇ……道に迷わないよう街道を使って、坊や達が日中に全力で移動して、魔物や野盗に遭遇しないとなると……“普通”なら二週間から三週間といったところかしら?」

「普通じゃない移動手段があるのか?」


 ナタリアの言葉に引っかかる部分があったためレウルスが尋ねると、ナタリアは何故か笑みを深めた。よくぞ気付いたと言わんばかりの笑顔である。


「ええ、ラヴァル廃棄街のずっと東……マダロ廃棄街やヴェオス火山よりもさらに東に、レテ川と呼ばれる川があるの。大きな川で流れもそれなりに速いのだけど、メルセナ湖まで通じているのよね」

「……船か」


 それならば道に迷うこともなく、陸地を走るよりも早くメルセナ湖まで到着するかもしれない――が、それはそれで問題がありそうだ。


「漁船じゃないよな? そもそも冒険者が乗れるのか?」


 レウルスは元々シェナ村と呼ばれる農村で農奴として生活しており、その境遇は非常に悪かった。その頃と比べればラヴァル廃棄街で冒険者として過ごす日々は最高と言えるが、冒険者というのは世間的にも非常に立場が悪い。

 金を払っても乗せてもらえないという可能性もあった。


「ふふっ……坊やも色々と考えを巡らせるようになって嬉しいわ。でも大丈夫よ、ちゃんと助っ人を呼んであるわ……あら、ちょうど来たみたいね」


 ナタリアがそう言うなり、冒険者組合の扉が開く音が聞こえた。それと同時に周囲の冒険者からざわめくような声が漏れ、それらの声を背中で受けたレウルスは振り返ることなくナタリアをじっと見つめる。


「姐さん姐さん、以前似たようなことがあったと思うんだ」

「あらまあ、それは大変ね」

「ああ、大変だったよ。何せ最終的にはどっかの赤トカゲと殴り合う羽目になったしな」


 そう言いつつ、レウルスは向ける視線に力を込めた。


「たしかに助かるよ。うん、頼りになるのは間違いない。俺としても心強い助っ人だと思う」


 足音は聞こえないが、魔力が近づいてくるのをレウルスは感じ取った。


 ラヴァル廃棄街において魔力を持ち、なおかつ板張りの床を物音立てずに歩ける人物などレウルスは一人しか知らない。


「そうでしょう? 今回は教会の子ども達にも影響があるから、快く引き受けてくれたわ」


 そう言われてレウルスが振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。


 年の頃は四十を幾ばくか超えているだろう。最近身長が170センチを超えたレウルスと比べても、更に十センチ近い長身の男性である。

 年齢の割に髪は真っ白になっており、これまで歩んできた人生の重厚さを感じさせる。顔に張り付いているのは見る者を安心させる柔和な笑みだが、そこに薄っすらと狂気を感じるのはレウルスの勘違いだろうか。

 長身の体は徹底的に鍛えられているのか、男性用の修道服に似た黒い衣服がところどころ筋肉で隆起している。


 レウルスが知る限りこれ以上はないと断言できるほどの助っ人――精霊教徒のジルバが笑顔で立っていた。

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