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第150話:引っ越し その6

 堂々と、真正面から突っ込んでくるヴァーニル。


 全身に炎を纏って飛来するその姿は、最早それ自体が一つの兵器に近い。あるいはレウルスも見たことがない上級魔法に匹敵するだろうか。このまま着弾すれば、一つの町ぐらいは軽く吹き飛びそうではある。


 そんなヴァーニルに対抗するように地を駆けるレウルスは、自ら炎に飛び込む羽虫に近い。

 仮にヴァーニルを殺す手段があったとしても、そのまま押し潰されて死ぬ。剣が届く距離でギリギリ回避しようにも、炎に焼かれるだろう。


 ――ならば、どうするか?


 殺し合いでもないというのに決死の覚悟を強いられている現状に思うところはあるが、ヴァーニルを止める手段は存在する。もしも止まらなくとも、その身に纏う炎ぐらいはどうにかなる――はずだ。


「例え火龍が相手だろうと、火の扱いならわたしの方が上だって証明してやるんだから!」


 レウルスの後方、エリザを守るように構えていたサラが気合いの乗った声を張り上げる。レウルスは振り返ることもなく地を駆けていくが、距離が離れているにも関わらず巨大な熱と魔力を感じ取った。


「溜めに溜めた魔力……これがワシの全力じゃ!」


 続いて、サラに対抗するようにエリザが吠える。こちらはサラよりも小さな魔力だったが、それでもバチバチと電撃が空気を焦がす音が響き渡る。


 レウルスがエリザとサラに出した指示は、特に難しいものでもない。それぞれ全力で魔法を撃ち、ヴァーニルの纏う炎を吹き飛ばすという単純極まりないものだ。


 可能ならばエリザの電魔法でヴァーニルの動きを少しでも妨げたいところではあるが――。


『ふむ……避けても良いが、無粋よな』


 あと数秒で激突というところで、ヴァーニルの声が聞こえた。


 それは自身の炎が破られることはないという自信によるものか、あるいは破られることを期待してのことか。

 殺し合いでない以上、ヴァーニルもレウルス達全員の技量を見極めて“楽しみたい”のかもしれない。


「その余裕、剥ぎ取ってやるわっ! くらいなさいヴァーニル!」


 先に魔法を放ったのはサラだ。レウルスの遥か後方で熱と魔力が膨れ上がったかと思うと、レウルスの頭上を通り越して巨大な炎の竜巻がヴァーニルへと押し寄せる。

 それは火の精霊の名に恥じない、強力な火炎魔法だった。サラと同じように火炎魔法を得意とし、高い耐性がありそうなヴァーニルにも通じるのではないかと思わせる一撃だった。


『ハハハハッ! さすがは火の精霊よ!』


 だが、回避も迎撃もせずに真正面から受けたヴァーニルは歓喜の声を上げる。サラが放った炎の渦はヴァーニルの顔面に直撃し、その身に纏う炎の大部分を相殺したが、“それだけ”である。

 ヴァーニルという巨大な質量が高速でぶつかったことで、威力の大半を削がれてしまったらしい。


「勝ち誇るのはまだ早いぞ!」


 しかし、ヴァーニルの炎を全て相殺できずともある程度は削れると踏んでいたのか、僅かに遅れてエリザが雷魔法を行使する。


 かつては『詠唱』を行う必要があり、なおかつ自滅を覚悟する必要もあった。だが、ドワーフが作り上げた杖によって『詠唱』は不要となり、エリザ自身に跳ね返ってくる電撃も杖を地面に刺している間は牙を剥かない。

 それらの工程と邪魔が消えたことで、エリザは全部の魔力と意識を雷魔法の制御に回すことができた。


 ――巨大な雷光が空を駆け抜ける。


 カメラのフラッシュのように目を焼きそうな輝きが弾け、数瞬遅れて轟音が響き渡る。


『ぬうっ!?』


 ここで初めてヴァーニルの苦悶の声が聞こえた。どちらか片方の魔法ならば正面から受けても無傷だったのだろうが、さすがに短時間に二発連続で直撃を受けると多少なり効果があったらしい。


 見れば、ヴァーニルが纏っていた炎は消失している。わざわざ二発目に撃たせたエリザの雷魔法で体も痺れたのか、ヴァーニルの翼が不自然に痙攣した。

 ここにきて地表ギリギリを飛んでいたのが仇となる。ヴァーニルは僅かとはいえ体勢を崩して地面に“不時着”すると、そのまま地面を削りながらレウルスへと迫りくる。


「オオオオオオオオオオオオオオォォッ!」


 全力で地面を蹴り付け、レウルスは跳躍した。津波のように迫りくるヴァーニルを飛び越えるつもりで高々と、それでいて空中で体を捻ることで天地逆さまに。

 空を足場に、大剣の切っ先を地表に向けて“大上段”に構えたレウルスは、サラの電撃で動きが鈍ったヴァーニルの肩口に向かってすれ違いざまに大剣を振る。


 空中故に足場はないが、全速力で走ったまま跳躍したのだ。体を捻って勢いが多少死んだとはいえ、駆けた勢いを利用して斬りつけることぐらいはできる。


 真紅の大剣の切っ先が、確かな感触を以ってヴァーニルの肩を斬り裂く。致命傷といえるほど深くはないが、それでも初めてとなる明確な傷だ。


 斬った感触はあっても実感はなく、レウルスは大剣を振り切った勢いで再び体を捻る。そして足から地面へと着地すると、宙にヴァーニルの血が舞っているのを目視した。


 斬れたのなら勝てる。届くのなら、火龍だろうと切り伏せる。


 レウルスは『熱量解放』によって強化された身体能力を最大限に駆使し、エリザの電撃で体を痺れさせるヴァーニルの首を目掛けて跳躍した。

 さすがに切り落とすつもりはない。刃を返し、峰打ちとして全力で殴りつけるだけだ。ドミニクの大剣が砕けた鬱憤を清算するだけだ。


「シャアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!」


 腹の底から咆哮し、ヴァーニルの首を真横に薙ぐ軌道で大剣を叩き付け――ヴァーニルの姿が消えた。


「っ!?」


 確実に当たる、避ける方法などない。レウルスはそう思っていた。仮にエリザの雷魔法の影響から脱したのだとしても、回避は間に合わないはずだ。


 そう確信できるほどにレウルスの動きも斬撃も速かった。一撃が当たったからとそこで止まらず、即座に首を狙って突撃したのだ。体格差があったとしても、避けられるはずがなかった。


 もしも避けられるとすれば、それは常道ではあり得ず。


『レウルス! 下よ下!』


 接近戦を避けて距離を取っていたサラが、『思念通話』で叫ぶ。その声はかつてないほど切羽詰まっており、大剣を空振りしたレウルスはスローモーションに感じられる中で反射的に自身の真下へと視線を向けた。


「加減はしたが、まさか本当にこの身に届くとはな」


 そこには、“人間の姿”になったヴァーニルがいた。


(――『変化』か!?)


 そんな避け方もあるのか、とレウルスが驚愕する暇もなく。大剣を空振りしたことで隙を晒したレウルス目掛け、拳を構えたヴァーニルが飛び掛かってきた。








「……あそこでいきなり『変化』はずるいと思うんだ」

『以前言ったであろう? 高位の魔物には『変化』を使える者が多い、とな』


 “喧嘩”は終わった――レウルスの敗北という形で、終わってしまった。


 レウルスは地面に寝転がって文句を言うが、駄々をこねているわけではない。飛び掛かってきたヴァーニルに腹を殴られ、立ち上がれないのである。


 ドワーフ製の鎧がなければ内臓が爆散していそうだが、鎧の内側に縫いつけられた巨大ミミズの革がギリギリのところまで衝撃を吸収したのだろう。辛うじて喋れる程度には威力が軽減されていた。


 ヴァーニルは既に龍の姿に戻っているが、実戦でいきなり『変化』を使われたレウルスとしては文句の一つも言いたい気分である。

 戦いに卑怯も糞もないが、空を飛ぶわ炎を纏うわ『変化』を使うわで、“はしゃぎすぎ”だろうとツッコミを入れたかった。


『魔法というものは使い方次第で思わぬ効果をもたらす。今回で言えば『変化』がそうだな」

「あんな瞬時に姿を変えるとは思わなかったんだよ……」


 ヴァーニルの首を捉えたと思って大剣を振るったものの、命中する寸前に『変化』で避けられたのだ。『変化』の工程を目の当たりにしたのは初めてだが、瞬時に姿を変えられるのならば戦闘でも役に立つだろう。


 ヴァーニルもある程度手加減をしていたようだが、人間とは比べ物にならないはずの火龍に意表を突かれては敵わない。

 そもそも、斬れる武器を持ってきたからといって即座に空を飛ぶのはどうなのか。エリザとサラがいなければそのまま空爆で嬲り殺しにされていた。


(三対一だったんだし、文句は言えないか……)


 ヴァーニルが本気だったならば、それこそ長距離から上級魔法を撃ち込むだけで勝負が決まるだろう。エリザとサラがそれぞれ魔法で減衰させ、レウルスが斬れば凌げそうだが、どうにかなるのは最初の一発だけだと思われた。


『殺し合いではない故、本気ではなかった……それでも、この身に一撃届かせたのだ。誇るが良い』

「誇る気分にゃなれねえなぁ……」


 倒れたレウルスに語り掛けるヴァーニルは、とても上機嫌である。エリザの雷魔法を受け、レウルスが一太刀浴びせたこともヴァーニルにとってはただの“刺激”でしかないのだろう。


(そりゃこんなに強けりゃ挑むやつもいないわ……デカい国同士の国境で巣も作るわ……)


 さすがのグレイゴ教徒でも、ヴァーニルには手を出せないだろう。手を出したとしても、ヴァーニルを殺すつもりならばヴァーニルとて全力で応じるはずだ。

 レウルス達と戦った時のように加減はなく、最初から全身全霊で油断なく殺しにかかるに違いない。


 また、マタロイを含む複数の国家の国境で堂々と居を構えているのも納得である。強力な魔法を使える上に空を飛べるとなれば、仮に軍隊が攻めてきても一方的に蹂躙するだけで終わるだろう。

 ヴァーニルはレウルスが一太刀浴びせたことについても非常に機嫌が良さそうだが、レウルスとしては火龍という存在の底知れなさを実感しただけである。


(というか、『変化』が使えるなら人間に化けて各国の首都に潜り込む……なんてこともできるんだよな)


 首都に潜り込んで上級魔法を発動させれば、容易く国が傾きそうだ。ヴァーニルと接した感触からすると、わざわざそんなことをするとも思えないが。


『うむ、うむ……久方ぶりに楽しかったぞ。我に届き得る武器が完成したら会いに来いとは言ったが、まさか本当に来るとは思わなかったからな』

「……そりゃ良かった。いてて……俺もぶん殴られた甲斐があったってもんだ」


 別段ヴァーニルを楽しませるために挑んだわけではないが、真紅の大剣の切れ味も試せた。空中という不安定な場所で振るったにも関わらずヴァーニルを斬れたということは、大抵の敵はすんなりと斬れるはずである。


『その剣に銘は付けんのか?』

「銘? そういえば特につけてなかったな……」


 雑談のように話を振ってくるヴァーニルだが、レウルスは思わず考え込んでしまう。言われてみれば確かに、これほどの名剣に名前がないというのもどうかとレウルスは思った。


「……『龍斬(りゅうきり)』とでも名付けようかな。実際にヴァーニルは斬れたんだし、誇張表現ってわけじゃないだろ」


 そのため、思いつくままに名前を付ける。“名付け”はサラの時と合わせて二度目だが、サラマンダーのサラちゃんよりは実態に即した名前だろう。


『ふむ……斬られた身としては抗議したいところだが、貴様ならこれからも様々な苦難に巻き込まれそうだな。龍を斬れる剣ならば、それらの苦難も乗り越えられるだろうよ』

「不吉なことを言うな……ただでさえこの前は『城崩し』なんて化け物と遭遇してるんだぞ……」


 ヴァーニルの言葉にレウルスは深い溜息を吐く。


 ヴァーニルのように言葉が通じ、なおかつ“割と”穏健ならば危険も少ないとは思う。しかし、全ての魔物にそんなことを期待するのはさすがに無理があるだろう。

 それでも、『龍斬』と仲間がいればどうにか乗り越えていけるのではないか――レウルスはそう思った。







 そして、レウルス達とヴァーニルの戦いによって周辺の魔物の動きが変化し、その対処に追われてラヴァル廃棄街に帰還するのが遅れたのは余談である。












どうも、作者の池崎数也です。

いつの間にやら間章も20話を超えていましたが、間章はこれにて終了になります。

次話からは第5章に突入したいと思います。第3章がチュートリアル、第4章がイージーだったので、第5章はハードモードぐらいで描ければと……。


間章が20話云々と言いつつ、拙作が150話まで到達したことに驚いています。ほぼ毎日更新していたとはいえ、あっという間でした。これも毎度ご感想やご指摘をくださる皆様のおかげです。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、火龍が他の魔物からしてら 大暴れしてると、感じたら 色々と影響出るよねぇ
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