第149話:引っ越し その5
真紅の大剣を担ぎ、前傾姿勢を取るレウルス。その顔には獰猛な笑みが浮かんでおり、目はギラギラと輝いている。
『ほう……美しい剣だ』
だが、そんなレウルスに気圧されることもなく、ヴァーニルは感嘆とした様子で呟いた。
「そうだろ? 俺もこいつに一目惚れしたよ」
『ドワーフの腕と素材が良かったのだろうな……いや、これでは自画自賛になるか』
レウルスが笑いかけると、ヴァーニルも冗談混じりに笑う。しかし、真紅の大剣の美しさを褒め称えつつもその目つきは鋭い。
『だが、恐ろしい剣でもある。その剣ならばたしかに我にも届き得るだろう。この身で受けずともわかる……それほどの剣を見たのは久方ぶりだ』
永きに渡って生きてきて培われた観察眼によるものか、ヴァーニルは一目見ただけで真紅の大剣がどれほどの業物か看破したらしい。
実際に握っているレウルスでもその全てを理解できてはいないというのに、対峙しただけで即座に見抜いたのだ。
それは真紅の大剣と比較できるだけの切れ味を持つ武器――その持ち主と戦っても生き残ってきたという事実を示している。
「“浮気”するつもりはないけど、この剣と並ぶほどの武器ってのは興味があるな」
『後でゆっくりと語ってやろう。今は試す方が先だ』
休憩とも言えない言葉のやり取りを終え、ヴァーニルの瞳に再び戦意が宿る。しかしそれは今までのものと違い、苛烈な気配が漂っていた。
「ハアアアアアアアアアアァァッ!」
合図もなく、レウルスが駆け出す。真紅の大剣を肩に担いだまま、全速力で一気にヴァーニルとの距離を詰めていく。
当たれば斬れるだろう。それはヴァーニル自身が認めたことだ。
多少の距離ならば魔力の刃で埋められる。ヴァーニルがギリギリのところで回避しても、そのまま斬り裂けるに違いない。
レウルスはそう思った。それは事実であり――裏を返せば、斬れる間合いにいなければ斬れない。
レウルスが間合いを詰めた時、ヴァーニルは地を蹴って大きく跳躍していた。三十メートル近い巨体が軽々と跳ね、翼を広げて空へと舞い上がる。
「……は?」
ヴァーニルが取った行動に、レウルスは思わず空を見上げながら呆然とした声を漏らす。
実にあっさりと、斬撃を回避するどころかどう足掻いてもレウルスでは攻撃が届かない高さまで上昇するヴァーニル。例え魔力の刃を飛ばしても、命中するよりも先に容易く回避されるだろう。
以前戦った時もヴァーニルは空に飛び上がっていたが、その時は滞空し、固定砲台のように火炎魔法を乱射してきただけである。
しかし、今回は違う。レウルスの斬撃を回避するためではなく、“攻撃”のために飛び上がったのだ。
ヴァーニルは巨大な翼を羽ばたかせ、ヴェオス火山を旋回するようにして加速していく。正確な速度はわからないが、ヴァーニルの巨体が空を飛ぶだけで轟音が響き渡る。
「おい……ふざけんなよこの野郎!?」
レウルスは思わず叫んでいた。加速するために距離を取ったヴァーニルの姿がどんどん大きくなっていく――明らかに“狙って”いる。
三十メートルを超える巨体に、火龍が持つ頑強な肉体。そこに莫大な魔力による『強化』を乗せて、ついでと言わんばかりに長距離を加速して一直線に突っ込んでくる。
――それは最早、巨大な隕石と変わらない。
真紅の大剣を持つレウルスならば、それでも斬ることができる“かもしれない”。一直線に突っ込んでくるヴァーニルを正面から切り伏せることができる可能性は、ゼロではない。
だが、仮に斬れたところでそのまま圧死するだろう。加速したヴァーニルの巨体に押し潰され、良くて相打ちに持ち込めるかどうか。
それならばとヴァーニルの首を狙って刎ねようにも、突っ込んでくるヴァーニルの速度とレウルスが剣を振る速度ではどちらが上か。
いくら真紅の大剣の切れ味が優れているといっても、斬りつけた衝撃だけでレウルスの体が吹き飛ばされそうだ。
(くそっ……斬れる武器を持ってきたら本気になったな、あの赤トカゲ……)
思わず内心で悪態を吐くが、それで何かが変わることはない。あと十秒とかけずに“着弾”するであろうヴァーニルに対し、何かしらの対策を取らなければ轢殺されそうだ。
レウルスは両手で握る真紅の大剣に魔力を込める。直接斬っても死ぬのなら、距離を取ったまま斬るしかない。
「オオオオオオオオオオオオオオォォッ!」
秒を追うごとに巨大になっていくヴァーニルに対し、レウルスは上段に構えた大剣を振り下ろす。放つのは、不可視にして鋭利な魔力の刃だ。
現状、レウルスが持ち得る唯一の遠距離攻撃手段にして、命中すればヴァーニル相手でも痛手を与えられるだろう一撃だ。
しかし、当たらない。
いくら目に見えない斬撃といえど、魔力を飛ばしている以上魔力の扱いに長けている者ならば感じ取れる。そして、ヴァーニルは優れた火炎魔法の使い手でもあった。
ぐるり、と空中でヴァーニルが回転する。突撃の速度をほとんど落とすことなく、翼を羽ばたかせて旋転することで魔力の刃を回避する。
それはまるで、前世の戦闘機のような空中機動だった。
『さあ、どうする!?』
「どうする、じゃねえよくそったれがあぁっ!」
魔力の刃で斬ろうにも避けられる、ギリギリで斬っても押し潰される。それならば、避けるしかない。
レウルスはヴァーニルが進行方向を変えないよう、接触まであと僅かというところで地を蹴る。
ほんの少しでもタイミングを間違えればそのまま撥ね飛ばされそうだが、『熱量解放』による動体視力を駆使してレウルスは辛うじて“直撃”を避ける。
「っ!?」
それでも、ヴァーニルが通り過ぎた際の爆風で体が浮いた。両足が地面から離れ、触れてもいないというのに数十メートル近く空中を滑空する。
地表スレスレを掠めるように突っ込んできたヴァーニルだったが、レウルスが回避するなり再び高度を上げていく。その速度は増すばかりで、吹き飛ばされたレウルスが着地する頃には再び突撃の体勢が整っていた。
(やっぱり空を飛べるってのはずるいな……ヴァーニルの場合、その巨体と頑丈さで洒落にならんぞ)
進行方向の変更も容易に可能で、加速した勢いもそのままに地表へ激突できる頑丈さがあるのだ。隕石とてこれほど厄介な降り方はしないだろう。
『よくぞ避けた! では次だ!』
どうにか回避しながらヴァーニルを斬れないかと考えるレウルスだったが、大気を震わせるようなヴァーニルの声が響く。一体何事かと警戒していると、今しがたの突撃と違って今度は高度を保ったままでヴァーニルが接近してきた。
火炎魔法による“空爆”のおまけ付きだったが。
「ぐっ……サラ!」
「まっかせてー! って言いたいけど多すぎでしょ!?」
雨のように降り注ぐ火球の群れを見たレウルスは、即座にサラへと声をかける。
真紅の大剣ならば容易く斬れるだろうが、正面から斬るのと頭上から降ってくる火球を斬るのとでは難易度が違う。そもそも、人間は頭上への攻撃が不得手である。
それ故にサラに迎撃を頼んだものの、さすがのサラでも分が悪いらしい。
「むむむむっ! ごめん、無理! そっちでお願い!」
サラはエリザを守るように位置取りをしているため、援護にも限度がある。だからこそ、サラはここでレウルスが持つ“切り札”を切らせた。
「火の精霊、サラの名において命ずる! 我が契約者に火の恩寵を! レウルス、薙ぎ払っちゃって!」
「っ――アアアアアアアアアアアアァァッ!」
サラとの『契約』を通し、真紅の大剣に紅蓮の炎が宿る。それは一度だけだがレウルスも見たことがあり――下段に構えた大剣を全力で振り上げた。
魔力の刃とは異なる、火炎の濁流が頭上へと放たれる。火炎放射器で薙ぎ払ったように炎が弧を描き、頭上に降り注いでいた火球の群れを飲み込んでいく。
点で放たれた火球を、面の爆炎で相殺する。それを成せたのは火の精霊であるサラの魔力と“発射口”に成り得る真紅の大剣があったからだ。
数打ちの武器ならば瞬時に砕け、ドミニクの大剣でも一発撃てれば御の字だろう。だが、材料とカルヴァンの腕が良かったからか、真紅の大剣は砕けるどころか僅かに曲がることすらない。
兎にも角にも、ヴァーニルの空爆は相殺できた。レウルスは火の粉が幻想的に舞い散る空に鋭い視線を向け、ヴァーニルの挙動を探る。
『ほう……正式な『契約』によって火の精霊の力を借りたか! うむ、良いぞ!』
(あの野郎……楽しんでやがるな)
再び旋回に移り、速度を増していくヴァーニル。聞こえた声は上機嫌そのもので、レウルス達が対抗していることを喜んでいるようだ。
ヴァーニルの声を聞いたレウルスは、僅かに視線をずらして杖を構えたエリザを見る。エリザは杖の石突きを地面に突き刺したままで魔力を込め続けており、発射のタイミングを計っていた。
レウルスが最前線に立ち、サラがレウルスを補佐しつつエリザを守り、エリザは後方で固定砲台として構える。それぞれが役割を果たしているが、それを連携と呼ぶには拙すぎるだろう。
(ヴァーニルを撃ち落とすにはエリザの雷魔法が最適だろうけど……問題はどうやって当てるかだな)
電撃の速度ならば何も工夫せずともヴァーニルに命中させることができるかもしれない。しかし、ヴァーニルもエリザが魔力を溜めていることは気づいているだろう。
放たれた電撃は回避できずとも、魔力の流れから発射の兆候を見抜いて回避するぐらいのことはやりかねない。そもそもヴァーニルに雷魔法が通用するのかという問題もある。
これが殺し合いならば相打ち覚悟で博打染みた方法も取れるのだろうが、今回は“喧嘩”だ。ヴァーニルの攻撃は喧嘩の域を逸脱しつつあるが、レウルスならばどうにかすると考えているのだろう。
飛ぶ魔物相手の訓練と思えば貴重な経験ではあるが、レウルスとしてはもう少し手を抜いてほしかった。
『では、こちらも一つ“とっておき”を見せようか』
短い時間でどうにか迎撃の方法を考え出そうとしていたレウルスだが、それよりも先にヴァーニルが動いた。
一体何をするつもりなのかと警戒するレウルス。以前のように、ビームのような魔法を使ってくるかもしれない。
そうやって警戒するレウルスを他所に、ヴァーニルは空を飛び回り続け――全身に炎を纏った。
「…………」
その光景に、レウルスは以前交戦したヒクイドリに似た魔物を思い出す。その時は一歩間違えば殺されていたが、ヴァーニルの巨体で炎を纏われると洒落にならない。
高速で飛んでいるというのに炎を纏える辺り、魔法は様々な法則に喧嘩を売っていそうだ。炎を纏ったまま体当たりされれば、圧死するのが先か焼死するのが先か。
レウルスは『城崩し』と違って正真正銘上級の魔物であるヴァーニルの強さを感じ取り、頬を引きつらせる。
(武器が良くても勝てる相手じゃないぞ、ありゃ……)
たしかに真紅の大剣があればヴァーニルも斬れるだろう。しかし、ヴァーニルが本気で戦おうとすれば現状のように空を飛び回るのだ。それに加えて火炎魔法を乱射し、更には炎を纏う辺り本当に性質が悪かった。
――むしろ、どうやれば勝てるというのか。
(……いや、いける……か?)
彼我の戦力差を計算したレウルスは、後方に控えるエリザとサラに視線を向ける。レウルス一人ならば到底勝てないだろうが、二人の力を借りればあるいは――。
『では……いくぞっ!』
“敢えて”宣言してから突撃してくるヴァーニルを前に、レウルスは二人に指示を出してから駆け出すのだった。
いつの間にやら間章が20話を超えていました……次話で間章は終わりになります。




