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第14話:魔物退治 その3

2話分更新していますのでご注意ください。

「よしよし、戦いながらでも冷静だったな。そんだけ度胸がありゃ十分だ」

「割と頭の中が真っ白になったんだけど……」


 シトナムと戦ったレウルスに対するニコラの評価は、存外悪くないものだった。しかしレウルスとしては振るった剣が木の幹に食い込んだ上、仕留めたと思ったら相手が生きていたりと散々な気分である。


「それでもこうやって五体満足で倒せただろ? 正直なところ、腕の一本や二本は覚悟してたんだがなぁ……」

「そんなに危険なら事前に教えてくれよ!?」


 木の幹に食い込んだ剣を引き抜いていたレウルスだったが、想定されていた被害の大きさに目を剥いて叫んでしまった。そんなレウルスに対し、シャロンがたしなめる。


「兄さんなりの冗談。多少の傷なら見逃したけど、さすがにそこまで重傷となると話は別。怪我を負う前にこっちで処理した」

「できれば多少の傷も勘弁してほしいんだけど……ちなみに処理ってどうやって?」


 ニコラもシャロンも距離を取って観戦していたため、レウルスに“何か”あっても即座に割って入ることはできなかったはずだ。手本としてシトナムを両断してみせたニコラの速度でも、間に合ったとは思えない。


「ボクの魔法。中級以上の魔物ならまだしも、シトナム程度なら一発で殺せる自信がある」


 過信でも何でもなく、厳然たる事実としてそう述べるシャロン。レウルスはそんなシャロンの言葉に首を傾げ、疑問を発する。


「シャロン先輩が魔法を使えるってのは聞いたけど、実際に見たことがないから何とも言えないんだよな……どんな魔法なんだ?」

「ボクが使える魔法は氷魔法」

「氷魔法……」


 その言葉からある程度推察はできる――が、実物を見ていない状態で理解しても不自然だろうとレウルスは判断し、不思議そうな顔をした。


「見てみないとわからない? ……それなら少し実演してみる」


 そう言ってシャロンは左手を開くと、手の平の上に握り拳サイズの氷を生み出す。何の前触れもなく出現した氷の塊を見たレウルスは素で驚くと、指先で氷を突きながら震える声を吐き出した。


「お、おぉ……なんだこれ……冷てぇ……」

「多少距離が離れていても、シトナムぐらいなら瞬時に氷漬けにできる。君が危ないと判断すればすぐに魔法を使った……レウルス?」


 レウルスがシャロンの手の平から氷を退けてみるが、消える様子はない。突然氷を弄り始めたレウルスにシャロンが怪訝そうな顔をしたが、レウルスはそれに構わず短剣の柄で氷を叩き始めた。

 ガンガン、と叩くこと二度。握り拳程度の大きさだった氷が複数の欠片に割れるが、それでも消える様子がない。そのためレウルスは氷を摘まんで口に放り込むと、音を立てて噛み砕いた。


「これは……ふぅむ……」


 口の中を満たす冷たさを堪能し、音を立てて氷の破片を飲み込む。続いて残った氷も口に入れて噛み砕くと、満足そうに頷いた。


「これが氷魔法……すげぇ」


 純粋に、心から感嘆の言葉を漏らすレウルス。


 シェナ村にいた時は防衛の兵士が火を出す魔法を使っていたが、それを見たのは遠くからだった。こうして間近で見てみると、魔法が存在しなかった前世とは本当に違うのだと痛感する。


「氷魔法は食べるためのものじゃない……でも、感動してもらえてなにより」


 シェナ村にいた頃、夏場に氷魔法があれば快適に過ごせただろう。通気性の悪いあばら家で過ごす夏の夜は暑く、何度夜中に起きたかわからないほどだ。

 シャロンが生み出したのは小さな氷だったが、前世はともかく今世では初めて見る氷である。夏が来たらまた氷を生み出してもらおうと考えつつ、レウルスは目の前の疑問を解消することにした。


「氷漬けにできるのはわかったけど、氷魔法って他に何ができるんだ?」

「氷で矢を作って撃ち出したり、巨大な氷で相手を押し潰したり……あとは相手の魔法を防ぐのにも向いてる。ボクはあまりしないけど、人によっては氷で武器を造り出すこともある」

「へぇ……」


 まるでゲームのようだとレウルスは思ったが、前世で幼少の頃に遊んだはずのゲームの内容がほとんど思い出せず、内心だけで軽く凹む。有名作はいくつか思い出せたが、それ以外となるとタイトルすら思い出せないのだ。


 仮に思い出せたとしても、それらの情報が正しい保証もない。今の世界に生まれてからの十五年で何度も似たようなことがあったが、ふとした拍子に前世での記憶が薄れているのを感じてしまう。

 前世は前世、今は今と割り切れれば良いのだが、生きた年数は前世の方が長いのだから仕方がない。記憶が薄れるのを実感する度に郷愁にも似た感慨が胸の内に湧き上がるが、レウルスがそれを表に出すことはなかった。


「魔法って何も唱えずに使えるんだな。もっと面倒なものかと思ってたよ」


 前世への未練を振り切るよう、頭に浮かんだ話題を振ってみる。シャロンは何も唱えずに魔法を使っており、その点が気になったのだ。


「『詠唱』のこと? さすがに君に氷魔法を見せるだけで詠唱する意味はない。シェナ村では魔法を使える人が詠唱してた?」

「みんながみんなってわけじゃないけど、何か唱えてるなぁって……シャロン先輩は必要ないのか疑問に思ってさ」


 もちろん嘘である。遠目に炎を扱う魔法を見たことはあるが、シャロンが言うところの『詠唱』など聞いたこともない。情報を得るためにと嘘を吐く形になってしまったが、シャロンはレウルスの説明に納得したようだった。


「魔法が使えない人からすると気になってもおかしくない。レウルス、君は魔法に関してどれぐらい知ってる?」

「炎が出せる、氷が出せる……出した氷は食べられる」

「うん、何も知らないと考えた方が無難」


 シャロンはニコラに周囲の警戒を頼むと、両手を開いて指を折り始める。


「じっくりと教えたいけど、今は町の外だから簡単に説明する。まず、魔法には属性魔法と呼ばれるものが六つある。火炎魔法、氷魔法、風魔法、雷魔法……それと水魔法と土魔法の六つ」

「ん? 水魔法と土魔法に何かあるのか?」


 シャロンの言い方が気になり、疑問を示すレウルス。シャロンはそんなレウルスの言葉に苦笑すると、肩を竦める。


「水魔法と土魔法は歴史が浅い魔法。最初に挙げた四つの属性魔法はともかく、水魔法と土魔法を属性魔法に含まないと考える魔法使いもいる」

「んん? 名前を聞いた限りだとその二つも属性魔法っぽいんだけど……」


 そもそも属性魔法が何なのかわからなかったが、字面だけで判断するならば水も土も他の魔法と似たようなものに思えた。むしろ水魔法よりも氷魔法の方が“違う”気がするレウルスである。火炎魔法も火魔法で良いじゃないか、と思った。


「ボクも実際に確認したわけじゃないけど、水魔法と土魔法が両方あるいは片方存在しない国もあるらしい。他の魔法はどの国でもあるらしいけど」

「だから他の四つと違って仲間外れにされることもある、と……」


 ナタリアが測定した結果、魔力がないとわかっている自分にはそれほど縁がなさそうな話だ。レウルスはそう考えたが、魔物が魔法を使ってくる可能性を考えると知識として覚えておく必要はあるだろう。


「属性魔法とは別に補助魔法と治癒魔法がある。治癒魔法はその名の通り、傷を癒して治す魔法。解毒なんかもこれに含む。それと補助魔法は少しわかりにくい。さっき兄さんがシトナムを倒した時も使ってたけど、気付いた?」

「え? いや、滅茶苦茶速いなぁってぐらいしか……」


 ニコラが何かしらの魔法を使っていたと聞いても、それぐらいしか思いつかない。他に何かあったのかと疑問に思うレウルスだったが、シャロンは手を叩いて頷いた。


「正解。兄さんが使ってたのは『強化』の魔法。身体能力を向上させる効果がある」

「『強化』……身体能力っていうと、力が強くなったり速く走れたり?」

「その認識で構わない。熟達した人なら武器に『強化』を使って切れ味を上げる、頑丈にする、他人の身体能力を上げる……そんな使い方もできる」


(なにそれずるい。属性魔法が使えなくても良いからそれぐらいは……)


 身体能力が向上すると簡単に言うが、それだけでもどれほどの恩恵になるか。シェナ村にいた頃に『強化』が使えれば農作業も楽だったのに、などと考えたレウルスは思考が社畜方面に傾いていると頭を振った。


「話を戻す。魔法には今説明した属性魔法と補助魔法、それと治癒魔法の八種類が存在する。マタロイでは魔物と同様に下級下位から最上級まで分類されてる」

「上に行くほど威力が上がる感じか?」

「そう。あとは魔力の消費も大きくなる。魔力の消費を抑えながら魔法の威力を上げることもできるけど、それは本人の能力次第」


 シャロンの説明の内容はレウルスとしてもイメージがしやすいものである。いくら記憶がボロボロと欠落しているとはいえ、ゲームや漫画といった情報の全てまでなくなっているわけではないからだ。


「そこで『詠唱』して威力を上げたりするわけか……」

「……? そうだけど、『詠唱』はよっぽど状況が整っていないと使えない」


 『詠唱』に関しては所謂切り札みたいなものだろうと考えたレウルスだったが、シャロンは不思議そうな顔をする。


「どういうことだ? 魔力を多く使うって言っても、威力が上がるなら便利じゃんか」

「……レウルス、君が正面から魔法使いと戦うと仮定する。相手が『詠唱』を始めた場合、君はどう動く?」


 突然の質問にレウルスは目を瞬かせた。それでも言われた通りに魔法使いと交戦した場合のことを想像し、自信なさげに答える。


「えっと……『詠唱』の邪魔をする?」

「どうやって?」

「そりゃあ……」


 どれぐらい『詠唱』をすれば魔法が発動するかわからない以上、近づいて止める気にはならない。かといって石を投げたぐらいでは止められると思えず、レウルスは答えに窮してしまった。


「兄さん、答えは?」

「んなの相手の喉を潰しゃ良いだろ。ま、喉が潰せる状況なら首を落とすけどな」

「殺伐とし過ぎじゃねえ!?」


 改めてここが異世界だと思い知らされる解答だった。しかし、驚きの声を上げたレウルスに対してシャロンは眉を寄せる。


「暴力的だという意見には同意する。別に喉を潰さなくてもいいし、相手が詠唱できない状況に追い込めればそれでいい……でも、殺すのが一番手っ取り早くて確実」

(夢も浪漫もねぇ……)


 『詠唱』と聞いて失ったはずの子供心が少しだけ疼いたが、現実は殺伐としているようだ。変身ヒーローを変身する途中、あるいは変身する前に殺すような所業である。


「『詠唱』には時間がかかる。だから状況が整っていないと使えない。それに、魔法の威力を上げたとしても扱う技量がないと暴発する」

「威力が上がるけど魔力を多く使って、暴発する危険性があって、敵に最優先で狙われて、なおかつ時間もかかると……駄目じゃん」


 魔法を使う際に『詠唱』するのは一長一短――というよりは短所ばかりな気がした。


「ん? いや、待てよ……事前に『詠唱』しておいて、出会い頭に叩き込めばいいんじゃないか?」


 暴発の危険性は排除できないが、これならば有用ではないかとレウルスは考えた。


「『詠唱』すると普段以上の威力になると言った。それは制御の難しさにも直結している。『詠唱』してまで発現した魔法をそのまま維持してたら暴発する可能性が高い」


 『詠唱』した場合、好きなタイミングで発射することはできないようだ。火を点けた爆弾を握っているようなものなのだろう、とレウルスは納得する。


「それに、魔法が使えないからわからないと思うけど、『詠唱』してまで魔法を使おうとすれば多少距離があっても気付ける。でも、仲間に守ってもらいながら使えるなら有用」

「壁役がいれば使えるってわけか。話を聞いた感じ、必須じゃないなら普通に魔法を使った方が良さそうだなぁ……まあ、俺はその“普通”もよくわからないけどさ」


 魔法について覚えておいた方が良いとは思うレウルスだが、自分が使えないとなると興味が半減してしまう。『詠唱』に関してはシトナムのような魔物が使ってくるとも思えず、頭の片隅に覚えていれば大丈夫だろう。


「魔法の威力は魔力を増やせば上がる。ただ、魔法は実力に合った威力で使うのが普通。暴発もそうだけど、魔力の消耗はなるべく抑えるべき」

「……魔力って消耗を抑えるべきなのか?」


 一晩寝たら全回復するんじゃないか、と前世で遊んだゲームの知識からそんなことを尋ねるレウルス。そんなレウルスの質問に、シャロンは訝しげな顔をしながらも首肯した。


「魔力はそう簡単に回復しない。ボクの場合、まったくのゼロから全快するまで半月は必要。その間に魔法を使うとさらに延びる。魔力が多い人はもっと時間がかかる」

「そ、そんなにか……」

「そんなに。だから魔法使いは魔力の残量に注意しながら戦う。一日に回復する魔力は体感で理解してるから、それを大きく超えないようにしてる」


 魔法はもっと便利なものだと思っていたレウルスだったが、魔法を使うには色々と注意しなければならないようだ。それでも色々と興味を惹かれたため他にも話を聞こうとしたが、それを遮るようにニコラが声を上げる。


「お喋りはそこまでにしとけ。次の獲物がきたぞ」

「……え?」


 ニコラの言葉を聞いたレウルスはシャロンへの質問を止めると、弾かれたように周囲を見回す。そうして周囲を確認してみると、離れた場所にある木陰からこちらを窺う角兎の姿を発見した。


「今度は俺の方が早く見つけたな」

「周囲を警戒していた兄さんの方が先に見つけるのは当たり前」

「あ、ああ……そう、だな」 


 誇らしげに胸を張るニコラに対し、シャロンが冷たい声色でツッコミを入れる。レウルスはそんな二人におざなりな言葉を返すと、心中で疑問の声を発した。


(どういうことだ? あの角兎が相手だと“嫌な予感”がしねえ……偶然? 集中してみたら少しだけ違和感はあるんだが……勘なんて曖昧なものだからか?)


 シトナムが相手の時は反応した“嫌な予感”。それがほとんど働いていないことに疑問を覚えるレウルスだったが、その点に関して深く考える時間はない。


「イーペルは狩ったことがあるんだろ? 手本はいらねえよな?」


 角兎――イーペルは狩ったことがあるからと早速戦わせようとするニコラ。そんなニコラに対し、レウルスは慌てた様子で手を振る。


「いやいやいや! 是非ともお手本が見たいなぁ! ニコラ先輩のちょっといいとこ見てみたいなぁ!」

「お? そ、そうか? そんなに期待されちゃあ応えないわけにもいかねぇなぁ!」


 飲み会で酒を勧めるようなノリで頼んでみると、ニコラは乗り気で剣を抜いた。そんなニコラの姿にシャロンはため息を吐き、レウルスは小さくガッツポーズを取る。


 たしかにイーペルは一度倒したことがあるが、その時は石で撲殺するという凄惨極まる方法だった。しかも、どうやって撲殺したのかと聞かれるとレウルスとしても困る。

 気が付いたらイーペルを石で殴り殺していたという、サイコパスも真っ青な状況だ。もう一度やれと言われてもやれる自信がなく、武装を整えている現状でもまともに戦って勝てる自信がない。


「ま、期待してるところ悪いんだが、イーペルは簡単に倒せる方法があってな……よく見てろよ」


 そう言うなりニコラは石を拾い、イーペルに向かって投げる。するとイーペルは鳴き声を上げながら木陰から飛び出し、ニコラ目掛けて一直線に駆け出した。


(やっぱり滅茶苦茶速いなぁ……よく逃げ回れたもんだ)


 地を蹴るイーペルは兎らしい素早さであり、離れているからこそその動きがよく見えるレウルスは昨日のことを思い出す。


 必死にイーペルから逃げ回ったが、木々が乱立する林の中だからこそ逃げ回れたのだろう。

 だが、今レウルス達がいる場所は平地である。遮蔽物は何もなく、自分ならば逃げられないとレウルスは思う。ニコラならば逃げ切れるのかもしれないが、イーペルと対峙するニコラは逃げることなどせず、鞘から抜いた剣を両手で握って大上段に構えた。


 地面を疾駆し、ニコラを“射程”に収めるなり鋭い角を前面に突き出して跳躍するイーペル。その姿は弓から放たれた矢のようでもあり。


「――ハァッ!」


 真正面から迫るイーペルを、真正面からニコラが両断した。迫りくるイーペルが間合いに入った瞬間、ニコラは大上段に構えた剣を振り下ろして叩き斬ったのである。


「…………はあ?」


 イーペルの角を避け、頭蓋を斬った勢いで地面に叩きつけたニコラ。その姿に間の抜けた声を漏らすレウルスだったが、さすがに今のは『イーペルを簡単に倒せる方法』ではないだろう。

 時速何キロかわからないが、それなりの速度で正面からぶつかってくるイーペルを真正面から斬り伏せたその荒業。イーペルの体重を考えると、斬って即死させたとしても勢いが止まらずに角が刺さりそうだ。


「どうよ?」


 剣を振るって刀身に付着した血と肉を落としつつ、ニコラが尋ねてくる。


「どう……って?」

「参考になったか?」


 一応、そうではないことを祈って確認するレウルスだったが、ニコラの口振りと態度から判断する限り今の荒業がイーペルを簡単に倒す方法だったのだろう。


「俺がやったらそのまま串刺しだよ……」


 ニコラとの間にある感覚の違いに、レウルスは肩を落としながら呟く。ニコラは『強化』という魔法を使えるようだが、レウルスはそうではないのだ。ニコラと同じことをしようとしても、突進の勢いに負けてそのまま串刺しになるだろう。


「イーペルの角はたしかに脅威だが、その長さは精々三十セント。しかも攻撃する時は真正面から飛び込んでくるからな。度胸さえありゃ剣を突き出してるだけでも勝手に刺さって倒せるんだよ」

「剣が刺さる前に俺が串刺しになるわっ!」


 自分の武器の方が長いのだから、突き出してさえいれば勝てる。それは理屈として理解できるが、実践できるかどうかは別の話だ。

 ニコラはそれができるからこそそう言っているのだろうが、レウルスには真正面から斬り伏せる技量もなければ、突撃してきたイーペルに吹き飛ばされないよう剣を突き刺し、支えるだけの腕力もない。


「あ、殺す時は角を折るなよ? 鍛冶屋が槍の穂先として買い取ってくれるからな。それに毛皮も肉も売れる」

「話を聞いて!?」


 無理だと言っているのにニコラは取り合わない。それどころかイーペルを倒した後の報酬に関して話す有様だ。そのマイペースぶりに地団駄を踏むレウルスだったが、ニコラは真剣な表情を浮かべるなり足元で息絶えたイーペルを指差す。


「いいかレウルス。手本ってのはそのまま真似しろって意味じゃねえ。“お前なりに”噛み砕いて理解すりゃいいんだよ。さっきシトナムを倒した時、上手くやってたじゃねえか。俺の説明でイーペルの気を付けるべき点もわかっただろ?」

「……正面から突っ込んでくるなら、正面に立たない。基本的な攻撃の手段が角で刺すだけなら、太い木や岩の前に立って突っ込んでこれないようにする。それでも突っ込んでくるなら障害物を利用して攻撃を防ぐ……とか?」


 イーペルの角は革鎧程度ならば貫くと聞いていたため、攻撃自体をさせない、あるいは妨害することを主眼に置くレウルス。ニコラのように真正面から斬り伏せることができれば良いのだが、いくら剣があるといってもそのような芸当は不可能である。


「おう、上出来だ。ついでにイーペルの捌き方も教えとくぜ。シャロン、警戒は任せた」


 ニコラは腰に括りつけていた短剣を引き抜くと、息絶えたイーペルの傍に膝を突く。そして短剣を頭部に振りおろし、角を切り取った。


「今日はなるべく血が出ないように捌くが、イーペルみたいな魔物は大量に血が出るから注意しろ。鼻の利く魔物が寄ってくるからな。ま、頭を叩き割ってるからどうやっても血が出るんだがな……で、最初に一番高く売れる角を切り取って、と」


 そう言って短剣を振るって角を切り離すと、ニコラは流れるような動作でイーペルの首から股下にかけて刃を走らせる。短剣の刃は肉までは到達せず、皮のみを切り裂いていく。


「次は毛皮だ。イーペルは割と簡単に皮が剥がれるんだが、魔物によっては刃物で剥ぐ必要があるやつもいる。首は円状に切って、手足にも刃を入れて……っと」


 言葉で説明しつつ、まるで服でも脱がすようにイーペルの皮を剥がすニコラ。仕留める際に頭を切っているため血の臭いが周囲に満ち始めており、その臭いを嗅いだレウルスはこれから必要そうなことを前世の記憶から引っ張り出す。


「血抜きは?」

「してもいいんだが、近くに水場もないしな。肉に血の臭いがつくから早めにやった方が良いんだが……ええい、やっちまうか」


 言うが早いか、ニコラは皮を剥いだイーペルの正中線に沿って短剣の刃を滑らせていく。そして腹部を切り開くなり傷口を広げ、レウルスに説明を始めた。


「四本足の魔物の場合、臓器の位置も大体一緒だ。魔物によっちゃあ内臓が薬になるやつもいるから覚えておいて損はねえ。ま、イーペルの場合は角と毛皮、あとは肉ぐらいしか役に立たねえけどな」

(ゆう)(たん)みたいなもんか……)


 動物によっては内臓が薬になるというのは前世でも聞いた話だった――そのはずだ、と相変わらず確信が持てないレウルスである。少なくとも、似たような話を前世で聞きかじった覚えがあった。


「これが心臓でこっちは胃、これは……えーっと、なんだったか……」

「胆嚢、肝臓、腸……兄さん、ちゃんと覚えて」


 言葉に詰まった様子のニコラをチラリと見やり、シャロンがすかさず助け船を出す。答えを言われたニコラはバツが悪そうな顔になると、視線を逸らしてしまった。


「……特定の魔物から取れる素材を依頼で回収する時はな、ナタリアの姐さんから説明があるからそれを忘れなきゃ問題はねえ……というか丸々持って帰れば良いだろうが!?」

「短剣持ったままでいきなりキレないでくれます!?」


 “弟”からの助け船は兄としての矜持が許さなかったのか、目を剥いて怒鳴るニコラにレウルスは即座に距離を取る。ニコラが斬りかかってくるとは思わないが、刃物を持った男がいきなり怒鳴ると驚きよりも先に恐怖を感じた。


「レウルス、兄さんがどうして角から回収したかわかる?」

「流すなよ!?」


 ニコラの逆ギレに何の反応も示さず、周囲を警戒しながらシャロンが話を振ってくる。その問いかけにレウルスは数秒間考え込むと、ニコラから距離を取ったままでイーペルに視線を向けた。


「角が一番高く売れるから……か?」

「半分正解。高く売れるものから先に回収するのは正しい」

「残りの半分は?」


 他に何があるのかと首を傾げるレウルスだが、シャロンは周囲を警戒したままで目を合わせない。


「強い魔物が寄ってきた時、安全に逃げるため」

「……どういうことだ?」

「角がないイーペルなんて他の魔物からすればただの食糧。イーペルを食べてる間に逃げる」


 囮と言うには語弊があるが、イーペルの死体を役立てるためにも角を真っ先に回収するべきらしい。可能ならば毛皮や肉も回収するが、強力な魔物が寄ってきた場合には時間稼ぎのためにもイーペルの死体を放置して逃げるようだ。


(たしかに血の臭いがきついしな……この臭いに釣られて魔物が近寄ってきたとしても、戦うことなくエサが確保できるなら向こうも無理に追ってこないか)


 レウルスとしては折角仕留めた獲物を手放したくなかったが、以前遭遇したキマイラのような魔物から逃げ出せると思えば惜しくはない。もっとも、確実に逃げ切れる保証はないわけだが。


「つまり、魔物から素材を回収する時は優先順位をつけて手早く行うべき……兄さん、そろそろ立ち直って」


 シャロンが説明している間、口を閉ざして黙々とイーペルを解体していたニコラだったが、シャロンが若干の呆れを込めて声をかけると不満そうに唇を尖らせた。


「ケッ……いいよいいよ、どうせ俺は馬鹿だよ。弟に尻拭いさせる駄目な兄貴だよ……」

「兄さんの尻なんて拭きたくない」

「そういう意味じゃねえよ!」


 どうやらニコラは拗ねてしまったらしい。良い歳をした男がと思わないでもないが、シャロンとの仲の良さが垣間見えてレウルスは小さく笑った。

 ニコラはシャロンに言葉だけで食ってかかっていたが、その手は動き続けている。極力血を浴びないよう注意しつつもイーペルの肉を切り分け、剥ぎ取った毛皮で包むなり顔を上げた。


「よし、肉も取れた。さっさと移動するぞ」


 血の臭いを気にしているのだろう。レウルスとしても鼻が曲がりそうだが、人間の鼻でもこれほど臭うということは遠くにいる魔物にも気付かれそうである。


「同感……でも遅かった」

「……っ!」


 周囲を警戒していたシャロンが呟くと同時、首筋に氷でも当てられたような“嫌な予感”がレウルスの体を貫く。全身の毛穴が開くようなその感覚に息を飲みつつ視線を巡らせてみると、遠くの空に動くものを見つけたのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

魔法や魔物関係の世界観の説明を早めに済ませたかったのと、拙作の週間ランキングを見た驚きと喜びで2話分更新しました。


総合の週間ランキングで11位、異世界転生/転移のファンタジージャンルで週間4位になっていました。これも拙作を読んでくださった方々のおかげです。ありがとうございます。


ご感想やご指摘等ありましたらお気軽に書き込んでいただけると嬉しく思います。評価ポイントやお気に入り登録もそうですが、毎回更新の度にご感想やご指摘をいただくことができ、モチベーションにもつながっております。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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