第146話:引っ越し その2
ドワーフの新たな集落を作る準備は順調に進んだ。
集落を作るにあたって建築資材は必要がない。ドワーフは地下に穴を掘って家を作り上げる習性があり、仮に木材が必要ならば現地で集めることができるのだ。
そのため、ラヴァル廃棄街から持っていくものは食料が大半を占める。将来を見越して畑に蒔く麦や野菜の種、ドワーフの集落で育てていた芋もどきの種芋も運ぶが、食料と比べればその量は少ない。
鍛冶の道具も必要ではあるが、こちらも最低限である。最初は生活基盤を作ることを重視し、必要となればラヴァル廃棄街に取りに来る予定だった。
ドワーフ手製の木製の背負子に荷物を積み、それぞれが背負えば準備も完了となる。集落を作るということでラヴァル廃棄街に残る予定だったカルヴァンなども同行し、当面は陣頭指揮を執るつもりらしかった。
向かう場所が場所だけに、レウルス一行も同行する。むしろレウルス達がいなければ何も始まらない。
レウルスはドワーフ製の防具を着込み、大剣を背負って不具合がないかを確認する。しかし、レウルスの体に合わせて作成された防具一式は体の動きを微塵も邪魔せず、背負った大剣の重さも今では心地良いほどだ。
ドワーフ達を連れての旅になるため、出発は夜である。日が沈んでラヴァルの見張りが減ったのを見計らい、レウルスは自身と同じように準備を終えたエリザ達に視線を向けた。
「よし、点呼」
「いち、じゃ」
「にー!」
「さ、さん……レウルス君、これって何か意味あるの?」
「気分だよ」
不思議そうに首を傾げるミーアに笑って返し、レウルスはその視線をずらした。
これから出発ということでラヴァル廃棄街の門に集まっていたが、そこには見送りに来たコロナやニコラ、シャロンやバルトロの姿がある。
ドミニクは料理店があるため不在だが、無事に帰ってくるよう言われていた。
「お弁当です。エリザちゃん達の分もあるので、あとで食べてください」
「おっ、いつもありがとうな。コロナちゃんの弁当は美味しいし、楽しみだよ」
相変わらずというべきか、今回も弁当を用意してきてくれたらしい。レウルスは笑顔で弁当を受け取ると、背負子に積む。コロナの弁当はレウルスにとって旅の醍醐味の一つだ。
「お前らなら大丈夫だと思うけど、無茶はするんじゃねえぞ?」
「ボクも行ってみたいけど……町は任せて」
わざわざ見送りに来てくれたニコラとシャロンだが、ニコラが笑いながら魔物の内臓で作られた水袋を手渡してくる。一体何かとレウルスが首を傾げると、ニコラは水袋を軽く叩いた。
「荷物が増えて悪いとは思ったんだが……酒を詰めておいたから、カルヴァン達の集落が完成したら祝い酒にでもしてくれや」
「ありがとう先輩。その時はありがたく飲ませてもらうよ」
どうやら“引っ越し祝い”を用意してくれたようだ。レウルスは祝い酒も背負子に積むと、今度はバルトロに視線を向ける。
「組合長もわざわざ見送りしてもらってすいません」
「なに、今回の件はこの町にとっても色々と恩恵があるだろうからな……それと、マダロ廃棄街についたらこの手紙を向こうの組合長に渡してくれ」
そう言って蜜蝋で封がされた手紙を二通手渡してくる。レウルスは何だろうかと思いながらも受け取ると、大事なものだと判断して背負子ではなく懐にしまった。
「片方はカルヴァン達ドワーフの推薦状……みたいなものだ。町の防衛に役立つこと、鍛冶を始めとした様々な技術が優れていることを書いてある。少しは説得の材料になるだろう。それと、もう片方は町同士の情報交換の書状だな」
「了解。きちんと渡してくる」
見送りと併せて手紙の運搬を頼むつもりだったようだ。レウルスは快く請け負うと、再びコロナに視線を向ける。
コロナはそわそわとした様子で視線を彷徨わせており、レウルスが首を傾げると僅かに頬を赤く染めた。
「レウルスさん……その、えっと……」
コロナの右手が僅かに持ち上げられ、すぐに下ろされる。見れば小指だけが立っており、それを見たレウルスは笑みを深めながら自分の右手を差し出した。
そして小指を立ててみると、コロナはぱっと表情を輝かせる。
「大丈夫、ちゃんと生きて帰ってくるよ。“約束”だ」
「――はいっ!」
指切りを交わしたコロナの弾けるような笑顔に見送られ、レウルス達はラヴァル廃棄街を後にするのだった。
荷物はあるが、旅は順調そのものである。
街道を歩くと兵士に見つかる可能性があるため森の中を移動するが、ドワーフ達は森の中の移動だろうがまったく苦にしない。むしろ調子が良いように歩いていた。
途中で悪天候に襲われることもなく、ラヴァル廃棄街を出発して五日もするとマダロ廃棄街に到着する。
前回と比べると少しばかり日数がかかったが、全員が荷物を背負っていたためこれは仕方がないことだろう。
さすがにドワーフ全員を連れて押しかけるのはまずいため、代表としてカルヴァンを連れてマダロ廃棄街の門に向かう。ミーアもドワーフだがレウルス一行の一員に含まれているため、確認することもなく最初からついてきている。
相変わらず魔物に対する警戒が必要なのか、マダロ廃棄街に近づくにつれて木の柵が増えていく。しかしながら以前のように破壊されているということもなく、あくまで魔物の襲来に供えてのことだろう。
ここまで背負ってきた荷物は近くの森に潜むドワーフ達に預けてある。そのため武器と防具だけを身に着け、気軽な足取りでマダロ廃棄街に近づいていく。
「止まれ!」
そうやってマダロ廃棄街に近づいていくと、門の前で見張りをしていた冒険者達が駆け寄ってくる。それぞれが武器に手をかけているが、余所者を警戒するのはラヴァル廃棄街でも同様だ。
しかし、その警戒も長くは続かない。マダロ廃棄街の冒険者達はレウルス達の近くまで駆け寄ると、レウルスの顔を見て驚きの声を上げる。
「っ!? おいおい、レウルスか!?」
「久しぶりだな『魔物喰らい』!」
今までの警戒が嘘のように武器から手を離し、気さくな様子で歩み寄ってくる。マダロ廃棄街を訪れたのは三ヶ月近く前だったが、覚えていてくれたらしい。
「それにしても、いきなりどうしたんだ? いや、お前ならいつ来ても構わないんだが……救援依頼は出してないよな?」
「ちょいと個人的な用事でね。組合長はいるか?」
笑い合いながら握手し、意味もなく互いに叩き合いながら用件を切り出す。すると、冒険者達は顔を見合わせてレウルスの背後――以前はいなかったミーアとカルヴァンに視線を向けた。
「組合にいけば会えると思うが……エリザと迷子の嬢ちゃんはともかく、そっちの二人は?」
「……俺の新しい仲間、かな?」
ここでドワーフと明かすのもどうかと思い、レウルスは曖昧に紹介する。冒険者達は不思議そうな顔をしたが、レウルスが連れているということで問題はないと判断したのか門を通してくれた。
そうして久しぶりに訪れたマダロ廃棄街は、以前よりも落ち着いているようだった。以前のように中級の魔物が多数襲来していることもないらしく、すれ違う住民の顔も明るい。
「平和になって良かったのう……」
「ああ……俺も無茶をした甲斐があったってもんだ」
魔物の異常発生も落ち着きをみせていたが、再び訪れてみると前回の“騒動”がきちんと終息していたのだと安心する。
「……ん? んんっ!? お、おい! レウルス!? レウルスか!?」
そうやってマダロ廃棄街の中を歩いていると、冒険者組合の方向から歩いてきた男性が驚きの声を上げた。その男性はレウルスも見覚えがあり、気軽に手を上げる。
「ダリオか! 久しぶりだな!」
男性――ダリオに笑いかけると、ダリオはドタドタと足音を立てながら駆け寄ってくる。
初めて顔を合わせた時は“大惨事”を巻き起こしかけたが、既に水に流している。そのためレウルスが笑って声をかけると、ダリオも笑顔で応じた。
「おう、久しぶりじゃねえか! いきなりどうしたんだ?」
「用事があって立ち寄ったんだ。組合に行くところだったんだけど……」
「そうかそうか! それじゃあ一緒に行こうぜ!」
冒険者の仕事は良いのかと思ったレウルスだが、せっかくの厚意である。レウルスはダリオにここ最近のマダロ廃棄街の様子を聞きつつ、冒険者組合の扉を潜る。
「ウェルナーの兄貴! レウルスが来たぞ!」
「騒がしいなダリオ……って、レウルス?」
すると、何故か受付にマダロ廃棄街の魔法使い、ウェルナーが座っていた。レウルス達の姿を見て目を丸くするが、すぐに喜色を浮かべる。
「久しぶりだね、レウルス君。それにエリザさんも……サラさんはいいとして、そっちの二人は?」
不思議そうに首を傾げるウェルナーだが、レウルスとしても無視できないことがあった。
「用事があったから連れてきたんだけど……なんで受付に座ってるんだ? 冒険者だよな?」
ラヴァル廃棄街で例えるならば、普段ナタリアが座っている場所にニコラが座っていたような強烈な違和感。さすがにそのまま流すことができずにレウルスが尋ねると、ウェルナーは苦笑を浮かべる。
「この前の騒ぎで組合長の代理を務めただろう? そしたら今度は正式に組合長にならないかって言われてさ……今は組合長になるための下積みとして受付をやってるんだ」
「へぇ……」
マダロ廃棄街が中級の魔物の群れに襲われた時、ウェルナーは組合長の代理として動いていた。どうやらその時の動きが評価されたらしい。
(あれ? 受付が組合長になるための下積みってことは姐さんもそうなのか? それともただの受付……って、どう考えても“ただの”受付じゃないよな)
少しばかり思考を逸らすレウルス。しかし今は目の前の用事を片付ける必要がある。
「とりあえず組合長……ロベルトさんは?」
そう言いつつ、レウルスは懐から二通の手紙を取り出す。ウェルナーは手紙を見て僅かに目を細めたが、すぐに柔和な表情に戻って背後へ視線を向けた。
「奥の部屋にいるよ。取り次いで……いや、レウルス君達なら構わないか。直接部屋に行ってくれ」
「え? いいのか?」
それは防犯上よろしくないのではないか。レウルスはそう思ったが、ウェルナーは朗らかに笑い飛ばす。
「君達はこの町の恩人じゃないか。組合長だって喜びこそすれ怒ることはないよ」
そんなウェルナーの言葉に従い、レウルス達は組合の奥に進むのだった。
組合長にバルトロからの手紙を渡し、事の経緯を話し終えたレウルス達はマダロ廃棄街を後にしていた。
組合長であるロベルトはレウルスが拍子抜けするほどあっさりと、何度も確認してしまうほどの即断でドワーフの受け入れを決めたのである。
どうやら以前の騒動で町の主力の大半が一時的にとはいえ戦線離脱したのが決断を速めたらしい。既に解決したとはいえ、一度あったことが二度ないとは言えない。
そのため即戦力かつ様々な技術を持つドワーフは喉から手が出るほど欲しかったらしく、バルトロが予想していた五人の倍――十人を同時に受け入れたほどだ。
ラヴァル廃棄街でも既に受け入れを表明していること、ヴェオス火山に近くて強力な魔物も多いこと、そして、レウルスが連れてきたというのが決め手だったらしい。
マダロ廃棄街を救った恩人が連れてきたのだから、と受け入れを決めたのだ。
「なんつうか……お前らすごいのな」
カルヴァンが感心したように言うが、レウルスとしては反応に困ってしまう。
信頼されているのは嬉しいものの、少しばかり過剰ではないか。もう少し交渉が難航すると身構えていたが、肩透かしに遭ってしまった。
「ふふーん! なにせわたしの契約者だからね! そりゃもうすごいわよ! 何がすごいかって言われたら困るけど、とにかくすごいのよ!」
カルヴァンの言葉を聞き、サラが鼻高々といった様子で胸を張る。だが、それを聞いたエリザはサラの頬を摘まんで左右に引っ張った。
「ワシの契約者でもあるんじゃぞ?」
「ひっへる! ひっへるはら! ひゃめへぇひょぉ!」
餅のように伸びるサラの両頬。エリザとしては看過できない発言だったらしい。
「といっても、これからが大変だからな……」
カルヴァンの言葉を否定するわけではないが、レウルスとしてはこれからが本番だ。
マダロ廃棄街に関してはそこまで難航するとは思わなかった。そう思いつつレウルスが視線を向けた先――ヴェオス火山の主であるヴァーニルこそが最大の難関である。
既に森の中に足を踏み入れているが、ヴァーニルの“縄張り”まではもう少し歩く必要がある。
もしかすると中級の魔物に襲われるかもしれないと危惧したが、さすがに五十人近いドワーフの集団を襲うのは無謀過ぎるのか、時折強めの魔力を感じるだけで近づいてくることはなかった。
(ヴァーニルのところには俺達だけで行った方が良いのか……それとも最初からカルヴァン達を連れて行って良いのか……)
色々と思うところがあるが、ヴァーニルも問答無用で襲ってくることはないだろう。問題はドワーフの集落をヴァーニルの縄張り内、あるいは近くに作る許可を得られるかどうかで――。
「……ん?」
とりあえず、といった様子でヴェオス火山に向かっていたが、遠くに強力な魔力を感じ取った。レウルスは思わず足を止めるが、その魔力は急速に近づいてくる。
「うげっ!? この馬鹿でかい熱源は……」
どうやらサラも感じ取ったらしい。魔力を感じ取った方向にレウルスが視線を向けると、木々の合間から真紅の巨体が見えた。それは最初こそ豆粒のような大きさだったが、徐々に大きさを増していく。
『久しいな、火の精霊とその契約者よ!』
どうやって接近を知ったのかわからないが、火龍ヴァーニルが現れたのだった。