第145話:引っ越し その1
ラヴァル廃棄街でのドワーフとの“共存”生活が始まり、一ヶ月の時間が過ぎた。
当初は様々な混乱が起こると思われていたものの、蓋を開けてみれば思いのほか上手くいっている。
魔物ではあるが人語を解し、種族柄なのか裏表がないドワーフ達はラヴァル廃棄街の住民から見ても受け入れやすかったのだ。
もちろん、いくら言葉が通じると言っても相手は魔物である。ラヴァル廃棄街の住民からすれば思うところはあったが、意外にもというべきなのかドワーフ達を率先して受け入れようとする者達もいた。
それは鍛冶師を筆頭としたラヴァル廃棄街の職人達で、ドワーフが持つ高度な技術を吸収するべく諸手を挙げて受け入れたのである。
ラヴァル廃棄街に居を構える職人達の腕はお世辞にも良いとは言えない。元々職人として教育を受けた者はほとんど存在せず、冒険者を続けられなくなった者の生活を保障するために用意された面があるからだ。
そのため、ラヴァル廃棄街における職人とは魔物と戦い、命こそ落とさなかったものの冒険者を続けられなくなった者が多数を占める。
そんな彼らだが、冒険者を続けられなくなったからと腐ることはない。せっかく拾った命なのだ。後進の冒険者のために少しでも職人として腕を磨き、技量の低さを引いても安価で装備などを供給する役割を担っている。
冒険者のために――延いてはラヴァル廃棄街のために。
腕がなかろうと足がなかろうと目がなかろうと、少しでも技術を磨いてラヴァル廃棄街のためにと、率先してドワーフ達に教えを乞うていた。
迫られるドワーフ達にしても、色々と思うところはある。
生まれ持っての器用さがあり、周囲が優れた技術を持つドワーフばかりで自然と研鑽される彼らと違い、ラヴァル廃棄街の職人達はどんなに甘く見ても落第点だ。むしろ机につく前に蹴り飛ばされるレベルである。
基本の『き』の字も知らず、何をどうすればそうなるのだと張り倒したくなるほどだ。鍛冶一つに限ってもドワーフの子どもの方が余程優れているだろう。
だが、ラヴァル廃棄街の職人達の“姿勢”はドワーフから見ても好ましいものだった。
町の住民のため、今後魔物と戦っていく後進の冒険者ため、怒鳴られようが殴られようが死に物狂いで食らい付く熱意があったのだ。
その熱意はカルヴァンをして『うちの娘にもこれぐらいの熱意があれば』と嘆かせるほどだったが、少なくとも職人達は率先してドワーフ達を受け入れていた。
そんな職人達を除いてドワーフを受け入れた者がいるとすれば、それは冒険者である。
普段は魔物と戦うため真っ先に敵対しそうなものだが、ドワーフ達は外見だけ見れば背が小さい人間である。その上、味方の戦力として見ればこれほど心強いものもない。
さすがに幼いドワーフは例外だが、ある程度育てば最低でも中級下位に匹敵する魔物なのだ。それが五十人ともなれば大戦力である。かつて襲っていたキマイラでさえ囲んで袋叩きにできるだろう。
町を守り、町の住民を守ることを命題にしている冒険者からすれば、戦力が増えるに越したことはない。何よりも、“あの”『魔物喰らい』がドワーフの安全性を保障するのだ。
ドワーフ達も率先して暴れようとは思わないだろう。喧嘩ぐらいなら冒険者としてもコミュニケーションの一つだが、亜人ではなく魔物として暴れようとすれば即座にレウルスが飛んでくる。
ドワーフの集落を襲った巨大ミミズや『城崩し』相手に大暴れしたレウルスと好んで敵対するドワーフはいなかった。敵対すればそれで“最期”になる可能性もある。
ドワーフ達の性格に、率先して受け入れようとする職人達。ドワーフ達もラヴァル廃棄街側の規則に従う姿勢を見せ、更に食い扶持を稼ぐために思う存分その技術を振るう。
“とある問題”を除けば、このままラヴァル廃棄街に住み着くことすら可能なほど溶け込んでいた。だが、その問題が致命的なのだ。
「思ったよりも食料の消費が早い……このままだと冬が越せんぞ」
冒険者組合に一人で呼び出され、別室に通されたレウルスは組合長であるバルトロから早々に話題を切り出された。それを聞いたレウルスは思わず頭を抱えてしまう。
「渡した金で食料を買ってもきついのか……」
「今の時期なら安く買えるが、それにも限度がある。一ヵ所から買い集めると悪目立ちするから購入場所を分散してるが、それはそれで金がかかるからな」
ドワーフをラヴァル廃棄街に受け入れられない理由。それは非常に単純で、食料が足りないのだ。
元々そんな話を聞いていたレウルスだが、実際に問題を突き付けられると頭を抱えるしかない。相手が魔物ならば真紅の大剣片手に突撃するが、食糧問題が相手ではレウルスにできることはほとんどなかった。
「まだ金は出せるけど……」
「これ以上は勘付かれる。たしかにカルヴァン達の技術と強さは有用だが、中級の魔物を抱え込んでるとなると“横槍”が入るかもしれん」
守られることがない代わりに独立独歩しているラヴァル廃棄街に対し、どこから、誰から横槍が入るというのか。その点が僅かに気になったレウルスだが、突いても藪蛇だろう。
「……どれぐらいなら食料を持たせることができる?」
そのため、レウルスは今後のことに関して話を進めることにした。
カルヴァン達ドワーフを連れてきたのはレウルスだ。思ったよりもラヴァル廃棄街に馴染んでいるが、本来は一時的な滞在先というだけである。
引っ越し先を見つけるまでの“つなぎ”として近くの森に家を作り上げてもいるが、そちらも仮住まいでしかなかった。
「ナタリアに試算させたが、五十人なら二ヶ月分ってところか。麦や野菜の種も用意しているが、育ち切るよりも先に食料がなくなるな」
「移動先の森で魔物や動物を狩って、食べられる野草とかを探しても冬を越すのは厳しいか……」
前世の平成の日本と違い、冬を越すだけでも一苦労なのだ。それは食料の確保が難しいからで、その点さえどうにかできればドワーフ達ならば冬も越せるだろう。
「そうだな……だが、俺としても少し考えが変わった」
「というと?」
「全員はさすがに無理だが、少数ならばこの町で受け入れたい」
ピクリ、とレウルスの眉が動く。まさかバルトロの方からそんなことを言われるとは思わなかったのだ。
「カルヴァン達はドワーフ……最近だともう人間としか思えなくなったけど、一応魔物だろ? 亜人ってことで押し通せるのかもしれないけど……」
亜人だから受け入れられないというのなら、吸血種であるエリザもそうなのだ。それよりも強力な爆弾もいるため、レウルスとしては今更ではある。
「面倒事が起きる危険性もあるが、それを差し引いても魅力的な力だ。鍛冶に裁縫、建築に農業……それでいて全員が『強化』を使える屈強な戦士でもある。外見は……男のドワーフは髭を剃ればどうにかなると思わんか?」
「それはそれで目立つと思うんだけど……俺としては反対する理由もないんだけど、組合長としてはそれで大丈夫なのか?」
ラヴァル廃棄街に正式にドワーフが加われば、戦力の面では大きく向上するだろう。職人の技術も同様に向上するに違いない。
「正直なところ、住民の数に対して職人の数が足りん……それに、冬になると飢えて狂暴化した魔物が現れることもある。今はお前達がいるが、他所で何かあれば出向いてもらうこともあるからな……」
マダロ廃棄街での救援依頼のようなことがあっても、依頼を任せられる冒険者は非常に限られている。
レウルス達を除けばニコラとシャロンぐらいだろうが、魔物避けであるエリザがいるレウルス達と違い、道中も常に危険な状態だ。
その点を考慮するとレウルス達を外に出し、ニコラとシャロンはラヴァル廃棄街で防衛に当たらせた方が適任だろう。
だが、ニコラとシャロン、更に他の冒険者を加えてもキマイラ並の魔物が出てくれば非常に危険だ。一匹ならばまだどうにかなるかもしれないが、複数出てくれば押し切られてしまう。
――そこに数人とはいえドワーフが加わればどうなるか?
町の安全性は増し、レウルス達も安心して外部の依頼を受けることができる。それでいてドワーフ達の技術があればラヴァル廃棄街の生活の水準も上がりそうだ。
近い未来だけでなく、数年、数十年先まで見据えて考えると、ドワーフ達を抱え込むことはデメリットよりもメリットの方が大きい気がした。
「カルヴァン達もこの町を気に入ってるみたいだし、残れるなら残るって奴もいるとは思うけど……何人ぐらいなら大丈夫なんだ?」
「まずは様子見で五人……ああ、お前のところのドワーフの娘は最初から外してあるからな。あの外見ならエリザやサラと“同じ立場”で通じるだろう。町の奴らも納得してるし、いつものことだな」
「……組合長? 何か言葉に含みがありませんかね?」
レウルスがジト目を向けると、バルトロは自然な動きで視線を逸らした。
「とりあえず、お前はカルヴァン達に話を通してくれ。俺が言うよりもお前から話をした方が受け入れるだろう」
「こっちを向いてくれよ組合長……」
「残りのドワーフについても、マダロ廃棄街に数人受け入れさせてみるというのはどうだ? お前も伝手があるだろう?」
視線を逸らしたままで話を続けるバルトロ。レウルスはそんなバルトロの言葉になるほどと思いつつ、ため息を吐く。
「マダロ廃棄街にも知り合いはいるし、信用も置けるけど、いきなりドワーフを連れて行って受け入れてくれるかどうか……」
「この町でやったように有用性を示せば食いつくだろう。鍛冶師としての腕もそうだが、あの町はここと比べても危険が多いからな。ドワーフほどの戦力ならば喜んで受け入れるはずだ」
マダロ廃棄街も余所者には厳しいが、レウルスが連れて行けばどうにかなりそうではある。それがドワーフという高い技術と戦闘力を併せ持つ存在ならばなおさらだろう。
「……とりあえず、カルヴァン達にも話してみるよ」
「おう、そうか……さすがにそろそろ引っ越さにゃならんと思ってたんだが、意外と居心地が良くてな。冬になる前にはと思っていたんだが……」
ドワーフの代表としてカルヴァンに話を行うレウルスだったが、思ったよりも反応が軽かった。
「足りない食い物は自力でどうにかするし、この町に残って“出稼ぎ”するって奴もいるだろうよ。マダロ廃棄街ってのは行ってみなきゃわからんが、ここと似たような場所だろ? それなら問題はないんじゃねえか?」
どうやらラヴァル廃棄街に数名残るのも出稼ぎ扱いらしい。たしかに、ラヴァル廃棄街で稼いだ金を使えば新しく作るドワーフの集落にも“仕送り”ができそうだ。
「ラヴァル廃棄街で五人、マダロ廃棄街でも五人として……こりゃアレだ、あとは場所だけだな。それさえどうにかなるなら明日にでも移動できる。森の地下に作った家はそのままでいいんだろ?」
「フットワーク……じゃない、腰が軽いな」
レウルスも驚くほどの即断即決ぶりだ。それもまたドワーフの性格が成せる業なのだろうか。
「とりあえず、この町には俺も残る……ミーアが駄々こねそうだしなチクショウめ」
「駄々?」
「こっちの話だよこの野郎いっぺん殴らせろや。まあ、それは置いておくとして……ミーアから聞いたが、ヴェオス火山の火龍の縄張り付近に集落を作れるってのは本当か?」
カルヴァンは不意に真剣な表情を浮かべ、レウルスに尋ねる。それに嘘を吐く理由もなく、レウルスは素直に頷いた。
「ヴァーニルとの交渉次第だけど、どうにかなるとは思う……その代わりにもう一度“喧嘩”することになりそうだけどな」
「どんな関係だよ……」
ヴァーニルの縄張りでは、数多くの魔物が生息していた。そこにドワーフを連れて行ってもヴァーニルが文句を言うことはないだろうが、他の魔物と同じように気が向いたからと捕食されては敵わない。
それを止めるためには交渉が必要だろう。肉体言語で話し合う、物理的な交渉になりそうだが。
(武器ができたらもう一度来いって言ってたしな……)
ドミニクの大剣を砕いた相手ではあるが、ヴァーニルからもらった素材があったからこそ真紅の大剣が完成したのだ。エリザの杖についても『宝玉』がなければもっと違った形になっていただろう。
カルヴァンが気にしたように、どんな関係かと問われると言葉に迷う。それでも、会えば問答無用で殺し合うような殺伐とした関係ではない。
「……まずは会ってみないとわからない、か」
コロナにも絶対に死なないと約束したのだ。
まずは平和的に言葉で話し合い、剣刃を以って話し合うのは最後の手段にしようと思うレウルスだった。