第140話:魔法具とは その1
魔法具と呼ばれるものがある。
魔法や魔物もそうだが、これはレウルスの前世では存在しなかったものだ。しかし、一口に魔法具と言ってもレウルスにもよくわかっていない。
魔法が使える道具――故に魔法具。
そう認識しているが、具体的にどんな種類のものがあり、どんな基準で魔法具に分類されるのかまったくわかっていなかった。
『魔法文字』についてもよくわからない。自分で使ったことがないものに関して理解が浅くなるのは当然だろう。用途を予想できても確信は持てない。
誰かに尋ねてみたくても、魔法具の造詣が深い者がラヴァル廃棄街にいるかもわからないのだ。
だが、“今”ばかりは別である。話を聞くにはうってつけで、レウルスとしても尋ねやすい相手がラヴァル廃棄街にいた。
「魔法具だあ? レウルステメエ、そんなことを聞くために俺を呼んだってのか?」
「おっちゃんにとっては“そんなこと”でも、俺にとっては未知の領域なんだよ。酒を奢るから教えてほしいんだ」
レウルスの愛剣である真紅の大剣を作ってくれたカルヴァンは、どこか不機嫌そうな様子で腕組みをする。
場所はレウルスの自宅のリビングである。レウルスが知る限り鍛冶に関して最高峰の腕を持ち、魔法具に関しても知識を持っていると思われるのがカルヴァンだ。
酒を餌に招き寄せ、こうして話を聞こうとしているのである。
「最初はミーアに聞こうと思ったんだけど、まだまだ未熟だからおっちゃんに聞けって言われてな」
「ああ? ったく、我が娘ながら意気地がねえ……未熟なりに教えられることはあるだろうが」
ブツブツと不満そうに呟くカルヴァンだが、レウルスが酒をコップに注いで渡すと一気に飲み干す。先日ニコラが持ってきてくれた酒を買ってみたのだが、険しいカルヴァンの表情が和らぐ程度には美味かったようだ。
「おお……うめえなコレ」
「まだまだ買ってあるから、森の方に戻る時は持って行ってくれ。他の皆も酒を飲むだろ?」
「助かるぜ。あー……そんじゃまあ、美味い酒に免じて講義してやるかぁ」
カルヴァンは頻繁にドミニクの料理店に現れるらしく、酒を餌にしたのは間違っていなかったらしい。機嫌を良くしたカルヴァンはもう一杯酒を飲むと、リビングを見回す。
この場にいるのはレウルスとカルヴァンだけではない。エリザとサラ、ミーアも興味深そうな顔をしながら椅子に座ってカルヴァンの話を待っていた。
「そうだなぁ……それじゃあエリザ、オメェは魔法具ってのは“何だと”思う?」
「わ、ワシか? そうじゃな……読んで字の如く、魔法が使える道具かの? あるいは魔法の補助に使う道具?」
問題を解かせる教師のようにエリザを指名したカルヴァン。エリザは僅かに戸惑ったものの、すぐに自分なりの答えを返す。
「50点だな。次、サラ様」
「わたしに魔法具なんて必要ないわっ!」
一応はサラを様付けしたカルヴァンだったが、答えにすらなっていない返答を聞いてその表情を一変させた。
「誰もんなこたぁ聞いてねえ! 追い出すぞゴラァッ!?」
「ぴぃっ!? カルヴァン酷い! わたしってばドワーフに信仰されてるんじゃなかったの!?」
「俺達ドワーフが信仰してるのは火の精霊様だ。サラ様じゃねえ」
「え? だからわたしが火の精霊で……あれー?」
サラは火の精霊だが、その性格や言動から信仰の対象にしようとは思わなかったのだろう。サラは首を傾げているものの、レウルスとしてもサラが火の精霊だということを時折忘れてしまいそうになる。
「ったく……次、レウルス」
「魔法が使える、あるいは補助に使える道具で50点か……んー……魔法が“作用している”道具?」
以前使っていたドミニクの大剣も魔法具と呼ばれていた。ドミニクの大剣は『強化』の『魔法文字』が刻まれていただけだが、『強化』が“作用”して頑丈さが増していたはずである。
『宝玉』やサラの杖などは魔法が使える――正確に言うならば魔法の発動の補佐をする道具と言えるだろう。
「ま、レウルスとエリザの答えで“基本的”には正解だ」
「基本じゃない、それ以上の何かがあるってことか?」
「おうおう、そうやって質問が出てくるのは良いことだ。おらミーア、お前も見習え。いくら半人前っていっても、コイツらと一緒に行動するつもりならその手の知識はお前頼りになるんだぞ?」
大雑把なところがあるカルヴァンだが、その性根は職人気質である。話を理解した上で質問をするレウルスに対し、上機嫌になっていた。ただし、娘であるミーアには手厳しい。
「うぅ……ボクが教えてって言っても、基本的なこと以外教えてくれなかったのは父ちゃんじゃないか……」
「馬鹿野郎……じゃねえ、おいこら馬鹿娘。その“基本的”なことはちゃんと教えただろうが。あとはテメエで技術を磨くなり、盗むなりしろってんだ」
どうやらカルヴァンは基本的な技術以外は見て盗めというスタンスらしい。それに加えて試行錯誤することで己の血肉にしろ、という話なのだろう。
(一から十まで手取り足取り教えるよりも、そっちの方が身につくか……それって教わる側の資質の問題もあるんじゃないか?)
鍛冶や魔法具の作成に関して、レウルスでは基本的な技術すら理解できないだろう。長期間学べばどうにかなるかもしれないが、基本を修めた上で自分なりに発展させていくとなるとそれこそ一生取り組む必要がありそうだ。
「っと、話が逸れたな。ごく一部の例外については後に回すぞ」
カルヴァンは再び酒を飲むと、まずはエリザに視線を向ける。
「魔法具ってのは千差万別だが、エリザが使ってるやつみたいに特定の属性魔法を使いやすくする、あるいは魔力を込めるだけで属性魔法を発現するってのは“よくある”魔法具だな」
「よくある……ううむ……」
エリザはどこか不満そうに唇を尖らせている。エリザにとっては反動なしで雷魔法を使えるようになる、とても便利で頼りになる武器なのだ。
「俺がレウルス用に打った大剣は、そういう意味では珍しい類の魔法具になるんだろうなぁ……」
「そうなのか?」
「おうよ。『強化』を刻んでるのは鞘の方で、肝心の刀身は素材の良さを生かして作り上げた一級品だ。『魔法文字』は刻んでねえ……が、色々と仕掛けがある」
仕掛けと言われ、レウルスは眉を寄せる。レウルス以外では鞘から抜けないという仕掛け以外に、何かあるというのか。
「その“色々”ってのを俺は聞いてなかったんだが?」
「言う必要がないからだよ、察せよこの野郎。一々説明しなきゃ使えないようなへっぽこ武器を俺が打つかってんだ」
酒をコップに注いで飲んでいたカルヴァンだが、注ぐのが面倒になったのか瓶を掴んでそのまま飲み始める。
「ぷはぁ……酒精はきつくねえが、その分旨味があるなこの酒はよぉ……ま、簡単に言うとアレだ。『城崩し』の時にも使ってたんだろうが、あの剣は魔力を“通せる”ように作ってある」
「……?」
カルヴァンとしては簡単に言ったつもりだろうが、レウルスは微塵も理解できない。
「なんだそのバカ面……ほら、アレだ。お前らが持ち込んだ素材の中にデカい『魔石』があっただろうが。あの『魔石』を使わせてもらったんだよ」
「ああ……そういえばいつの間にかなくなってたな」
火龍の鱗や爪を始めとした各種魔物の素材に、『宝玉』といった貴重な鉱石。それらがどのように使われたかは知っていたが、『魔石』についてはレウルス自身言われるまで思い出さなかったほどだ。
「魔法具ってのはいくつか作り方があんだよ。天然の魔法具である『宝玉』を除いて、一番簡単なのは『魔法文字』で直接魔法を刻むやり方だな」
音を立てながら酒瓶を一本飲み干し、カルヴァンは次の酒瓶へと手を伸ばす。
「で、俺がやったのは砕いた『魔石』を使って大剣に魔力の“通り道”を作る……まあ、邪道だわな。『強化』みたいな魔法じゃなく、オメェの魔力を剣に通すことで耐久性や切れ味を上げるわけだ」
おそらくは実際に溝などが掘られているわけではないのだろう。刀身を作り上げる際、素材の中に砕いた『魔石』を混ぜ込んで魔力の通り道とやらを作ったのだと思われる。
「レウルス、オメェは魔力を飛ばしたりできるんだろ? それも前よりは簡単にできるはずだ。あと、サラ様の『加護』を使って剣がボロボロになったって話だったが、あの剣ならそれも問題はねえだろうよ」
「なるほど……」
「ついでに言うと、あの剣をお前以外の奴が握ると燃えるからな。気をつけろよ」
「……は?」
付け足すようにかけられた言葉に、レウルスは己の耳を疑った。聞き間違いでなければ、とんでもない機能がついていると言われたのだが。
「お前と『契約』してるサラ様が、五日近く炎と魔力を注ぎ込んだんだぞ? お前以外……いや、お前以外だと『契約』を結んでる奴も大丈夫か? とにかく、サラ様に関係ない魔力の持ち主が触れると反発する。魔力がなくてもな。で、燃える」
「で、燃える……じゃねえよ!? なんだよその物騒な防犯機能!?」
愛剣を他人に握らせるつもりはあまりなかったが、ニコラなどが見せてほしいと言えば持たせるぐらいはしたはずだ。その場合、ニコラの身に大惨事が起こっていたというのか。
「おいおいテメェこの野郎。魔法具の中でも珍しいだろうが、ないわけじゃないんだぞ? それでもまだ“基本的な”魔法具の分類から外れねえ。魔力を吸う剣とか、魔法の切断に特化した剣とか……素材と腕さえありゃ色々とできるんだからな」
「……もしかして、俺が魔力を通すと鞘から剣が抜けるのも?」
「おうよ。鞘の内側にも『魔石』で魔力の通り道を作ってあるからな。お前の魔力が通れば鍵が外れる……それだけの仕組みだ」
“それだけ”とカルヴァンは言うが、レウルスがミーアに視線を向けるとミーアは慌てた様子で首を横に振る。カルヴァン曰く半人前のミーアからすると、とても“それだけ”では片づけられない技術らしい。
「どうせオメェは直感的に戦うだろうし、細かい説明がなくても直感的に使えるように仕上げてやったんだよ。感謝しろやオラ」
「俺以外が握れば燃えるってのは、直感じゃどうにもならねえよ」
あらかじめ知っていなければわかりようがない仕掛けだろう。レウルスはげんなりとした気分になるが、この際真紅の大剣の仕様を聞いておいた方が安全ではあるまいか。
「他に何か変な仕掛けがないだろうな……」
「さすがにねえな。お前の魔力に反応して鞘から抜ける、魔力が通しやすいから魔力を飛ばそうがサラ様の『加護』を使おうが問題もなし、お前の魔力に応じて頑丈さと切れ味も上がる……それだけだ。簡単だろ?」
現状でもレウルスが一目惚れするほどの切れ味だが、それを上回るというのか。年甲斐もなく胸が高鳴るのを感じるものの、切れ味の良さに魅了されると何でも斬りたくなりそうで怖い面もある。
鞘を含めて非常に頑丈で、切れ味があって、レウルスの戦闘において課題だった遠距離攻撃もしやすくなり、サラの力を借りても剣が傷むこともない。
魔法が使いやすくなったり、魔法自体が使えたりするわけではないが、レウルスからすれば破格の魔法具と言えた。
「ついでに言うと、エリザの杖な。ありゃ雷魔法を使いやすくするだけじゃねえだろ。他の奴が作った分だから何とも言えねえが、多分、殴るなり刺すなりしながら相手を痺れさせることもできる……と思う」
「あ、曖昧じゃな……しかし、形状を見る限りそうなんじゃろう」
納得したように頷くエリザ。何だかんだでドワーフの名に恥じない、高性能な魔法具に仕上がっているらしい。
(エリザの杖は魔法を使いやすくする魔法具で、俺の剣は元から頑丈だけど俺の魔力やサラとの『契約』があること前提で作られた、武器自体に効果が作用する魔法具ってことか……)
色々とツッコミどころもあったが、ためになる話が聞けた。具体的な作り方などは聞いても理解できないためレウルスも触れず、脇に置いていた話題を引っ張り出す。
「それで、基本的じゃない魔法具ってのは? 俺の大剣の作り方は邪道だったって言ってたけど、そういう意味でもないんだよな?」
レウルスが問いかけると、何故かカルヴァンの機嫌が急降下する。その表情は不満そうで、つまらなそうで、酒瓶を呷って一気に飲み干した。
「俺のさっきの説明を聞いてどう思った?」
「え? そりゃまあ、すごい技術だなって……」
少なくとも、レウルスには理解すら難しいほど高度な技術を注ぎ込んでくれたのだと思う。その結果がレウルスの真紅の大剣であり、エリザの杖だ。称賛する他ないだろう。
「そう……あの剣も、“技術”の延長線上にあるもんだ。それこそミーアが死ぬまで修行すりゃいつかは手が届くかもしれねえ。ミーアは鍛冶は下手だが、魔法具作りにゃ才能がある。同じ効果を発揮する魔法具を作れる可能性がある」
「死ぬまで修行すればって……ひどいよ父ちゃん」
「だが、本当に特殊な魔法具ってのは技術だけじゃ作れねえ。優れた技術があることもそうだが、特別な才能が必要になる」
余程不機嫌なのか、カルヴァンはミーアの声すら無視した。酒瓶を次々に空けるカルヴァンに対し、レウルスは眉を顰める。
「『加護』が必要ってことか?」
「『加護』……『加護』か。そうだな、魔法具を作るのに向いた『加護』があれば可能になるのかもしれねえな。あとは優れた魔法の腕、優れた頭脳、優れた素材……そして狂気と執念か? とにかく俺が持ってねえもんだ」
酒に酔ってきているのか、カルヴァンの言葉は抽象的に思えた。それでもレウルスが黙って話の続きを促すと、カルヴァンは酒臭い溜息を吐き出す。
「俺は鍛冶師だから嫉妬する必要もねえんだが、ドワーフとしちゃあ無視できない魔法具がある」
レウルスが知る限り、最も優れた鍛冶職人であるカルヴァンにそこまで言わせる代物だ。レウルスは興味を惹かれ、僅かに身を乗り出す。
カルヴァンは僅かに言い渋ったものの、酒瓶を三本ほど空けてから重たそうに口を開いた。
「魔法人形って呼ばれる魔法具があるんだが……知ってるわけねえよな?」