第132話:相棒
「ああ、綺麗だ……」
二階建てに進化した自宅の一室。自身の部屋の中で、寝台に腰を掛けたレウルスが陶然と呟く。
その声色はまるで女性を口説くようでもあり、歓喜と熱情が込められているようでもあった。
「お前はなんて綺麗なんだ……お前ほど綺麗なやつを俺は見たことがねえよ……ああ、最高だ。お前は最高だ……」
そう呟くレウルスの手元にあったのは、一本の大剣だ。その刀身は真紅に染まっており、それでいて刃の部分は新雪のように白い。部屋に差し込む光が刃を銀色に照らしているが、その輝きすらも愛おしく感じられた。
前世のテレビで放送されていた時代劇などでも、侍が真剣な表情で刀の手入れをしているところを見たことがある。その時は何が楽しいのかと思ったものだが、今ばかりはその気持ちもわかるというものだ。
レウルスは丁寧に、慎重に、壊れ物でも扱うように真紅の大剣を布で磨いていく。レウルスが本気で力を込めても曲がりそうにないが、その手つきはとても優しげだ。
手弱女でも扱うように優しく、それでいて情熱的に、僅かな汚れも見逃さないよう清潔な布で刀身を拭き上げていく。血や脂どころか指紋一つ、埃一つも残さない。
「よし、綺麗になった……いや、元から綺麗だったな、うん」
切っ先から柄に至るまで丁寧に磨き上げたレウルスは満足そうに、無邪気に笑った。その様は外見年齢相応に若々しく、レウルスの高揚を表すように笑顔が輝いていた。
――傍目から見れば、“危ない人”にしか見えなかったが。
ドワーフの集落からラヴァル廃棄街に帰ってきて一週間が過ぎた。
元々大して物を置いていなかったレウルスの部屋は家が大きくなったにも関わらず、相変わらずと言うべきか殺風景である。それでも、レウルスの部屋にはいくつか増えたものがあった。
それこそが真紅の大剣を筆頭としたドワーフ手製の武器や防具である。
ドワーフの中でも一、二を争う鍛冶の腕を持つカルヴァンが作り上げた真紅の大剣が最も存在感を放っているが、他のドワーフが作り上げた物も大きく劣っているわけではない。
鎧に手甲、脚甲に靴と防具一式も作られていたが、そのどれもがドワーフ達が技術の粋を凝らして作り上げた逸品だ。
外見だけを見れば普通の革製の防具にしか見えないが、使っている素材と技術が並の鍛冶師とは違う。
レウルスは防具の中から手甲を持ち上げ、物は試しにと左腕に装着してみた。レウルスの腕の太さや長さに合わせて作られただけはあり、違和感など微塵も感じさせないフィット感である。
素材はヒクイドリの革、ドワーフが精錬した鉄、そして巨大ミミズの革だ。
鉄だけで手甲を作っておき、外側にヒクイドリの革を、内側には巨大ミミズの革が張り合わせてある。
巨大ミミズほどではないがヒクイドリの革も頑強さと柔軟性があり、それでいて火にも強い。斬撃だけでなく生半可な刺突でも貫くことはできないだろう。
仮に外側の革を貫けたとしても、その下にはドワーフが精錬した鉄が控えている。鉄の内側には巨大ミミズの革も張りつけてあるため、一撃で貫くのは困難だろう。ついでに言えば巨大ミミズの革は衝撃を吸収する上に装着感を増してくれる。
巨大ミミズの泥臭い肉を平らげた結果として残った皮を再利用したわけだが、これならば兵士達に渡す前にもっと剥いでおけば良かったと思うほどである。
ドワーフが作り上げた防具は、言わば三層に分けて敵の攻撃を受け止める鉄壁の盾と言える。鎧や脚甲も同じ素材と製法で作られており、攻撃面だけでなく防御面でも充実していた。
その防御力も然ることながら、これらの装備は驚くほどに軽い。レウルスの体格にきちんと合わせて作ってあるため、重さが全身に分散されているというのもあるだろう。しかし、単純に軽いのである。
一切の“無駄”を排し、必要最小限の素材で最大限の防御力を発揮するように作られているのだ。レウルスでは理解もできないその技法、技量はさすがドワーフだと称賛するしかなかった。
外見だけは革製の防具に見えるのは、レウルスが冒険者だからだ。兵士ならば金属鎧をつけていてもおかしくないが、レウルスはただの冒険者である。余計なところで目を付けられたくなかった。
そして、防具の他にも短剣を作ってもらった。これまでは主に魔物の皮を剥ぐために使っていたが、レウルスが近距離戦闘で使えるほどの強度と切れ味を備えている。
刃渡り30センチ程度の短剣だが、かつて使っていたドミニクの大剣と打ち合っても競り勝ちそうなほど頑丈である。
そのドミニクの大剣――破片は真紅の大剣を覆う鞘に使用された。一度溶かして不純物を除いてあるが、カルヴァンはレウルスの要望通りに再利用してくれたのである。
ドワーフ製の鉄と混ぜ合わせ、真紅の大剣の鞘として蘇らせてくれたのだ。
その鞘だが、これもまた頑丈な造りである。真紅の大剣を鞘に納めたままでも振り回せるだけの強度があり、鞘だというのに少しだけとはいえ研いであった。
大剣を鞘に納めたまま振るうと、傍から見れば切れ味が鈍い大剣を振るっているようにしか見えない。この辺りもレウルスの冒険者という立場をカルヴァンが配慮してくれたのだ。
(鞘から抜けば抜群の切れ味……鞘に納めたままでも斬ろうと思えば斬れるし、頑丈な相手には鈍器になる……)
真紅の大剣を納めたまま殴ると剣の切れ味で鞘が割れそうだが、鞘には『強化』の『魔法文字』を刻んで強度を増してある。
それに加えて一体どんな技法を施したのか、レウルスが魔力を込めなければ大剣が抜けないのだ。うっかり魔力を込めてすっぽ抜けそうだが、その辺りは慣れるしかないだろう。
加えて、これは後々知ったことではあるのだが、真紅の大剣はサラが“操った”炎で鍛え上げた武器である。
サラと結んだ『契約』によって得られた『加護』――剣に炎を纏わせても何の影響もない。攻撃力に限っては過剰なほど得られたと言って良いだろう。
「ああ……何度見ても最高だ。魔物を斬りに行こうかな……」
一度は鞘に納めた真紅の大剣を引き抜き、レウルスはうっとりと呟く。刀身に映ったレウルスの瞳は危険な輝きを宿しており――慌てて我に返った。
「っ……いかんいかん。切れ味が良いのは喜ばしいけど、ついついその切れ味を試したくなるな……」
切れ味も頑丈さも、これ以上の物は望めないだろう。少なくともラヴァル廃棄街にいてはどう足掻いても手に入れられない。
そもそも素材に使ったヴァーニルの爪と鱗自体が希少なのだ。更に言えばドワーフが精錬した鉄を使い、火龍の素材という極上の素材でテンションを跳ね上げたドワーフの腕利きが作り上げたのである。
これ以上の武器は望めない――が、魅入られたように魔物を斬りたくなるのが困りものだった。
初めて握った時は妖刀か魔剣の類だと思ったが、そういった呪いがかかっているわけではない。単純に、常軌を逸した切れ味を試したくなってしまうのだ。
(それを見越して鞘と一体化させて使えるようにしたのか……たしかに普通に使う分には切れすぎるしな)
自分には過ぎた武器だとレウルスも思う。しかし、有事の際に頼りになることは間違いなく、己の心を戒めていこうと思った。
「……もう一度磨いとこう」
ただし、真紅の大剣の“綺麗さ”に惚れ込んだというのも事実である。そのためレウルスは鞘に納めたばかりだというのに剣を抜き、再び布で磨き始めたのだった。
そして、そんなレウルスの姿を見つめる三対の瞳があった。
レウルスの部屋の扉を少しだけ開け、大剣を磨くレウルスの姿をじっと見つめる瞳――エリザとサラ、そしてミーアの三人である。
「あわわわ……れ、レウルスが……レウルスが剣に取られたのじゃっ!」
その中でもエリザは己の無力感に打ちひしがれたように、床に膝と両手を突いて慟哭した。その唇は恐怖を堪えるように震えており、目には涙が溜まっている。
せっかくラヴァル廃棄街に帰ってきたというのに、レウルスが構ってくれないのである。それが何故かと言えば、レウルスが暇さえあれば武器や防具の手入れをしているからだ。
その中でも真紅の大剣を磨く時間が長い。レウルスの邪魔をしないようにと思いながらも、もっと構ってほしいと感じる心を偽ることはできなかった。
「いやいや、その反応はどうかとわたしは思うわよ?」
「武器を大切にするのは良いことじゃないかな……」
同じように部屋の中を覗き込んでいたサラとミーアが首を傾げながら言う。
サラからすればレウルスのためにとカルヴァンと協力して作り上げた武器だ。その武器をレウルスが大事にしているのならば、嬉しいと思うことはあっても嘆くことはない。
ミーアからすればもっと簡単な話で、優れた武器の使い手は武器を大切にすると考えているだけだ。鍛冶を得意とするドワーフにとって、丹精込めて作り上げた物を粗末に扱われることほど腹立たしいことはない。
その点ではレウルスの行動も好ましく思えたのだ。少々行き過ぎな気もするが、レウルスの気持ちもわかるぐらいには真紅の大剣の出来の良さが理解できる。
つまるところ、危機感を覚えていたのはエリザだけだった。エリザは床に膝を突いたままグルンと首を回転させ、見上げるようにしてサラへ視線を向ける。
その目はどこか虚ろだった。
「そんな風に余裕でいられるのもきっと今だけじゃぞ……あの剣だけでなく、お主が構ってもらえなくなるような相手が出てきてもワシは知らんぞ……」
「えー……何言ってんのエリザ。わたしってば火の精霊よ? お肉を焼けるのよ? お風呂も沸かせるのよ? ついでに言うとけっこう強いのよ?」
普通は強さや希少さが先に出てくるべきではないか――ミーアはそう思ったが何も言わなかった。
「お主より便利な能力を持っていて、お主よりも強くて、お主よりもレウルスの好みの外見で、お主よりもレウルスの好みの性格をしている者が出てきたらどうするんじゃ? あっ……自分で言ってて胸が痛くなってきたのじゃ……」
「外見は『契約』経由でアンタに近いんだからどうにもならないわ! 能力と強さと性格は……れ、レウルスならそんなことでわたしを捨てたりしないし? しないしっ!」
「そうじゃな……そうだといいんじゃがな……お主、最初はレウルスの反応が最悪だったではないか」
火の精霊相手に辛辣な態度を取ったのだろうか――ミーアはそう思ったが何も言わなかった。
「い、今は大事にしてくれてるわよっ! ちゃんと正式に『契約』も結んでくれたし、お肉を焼いたりお風呂を沸かしたりすれば喜んでくれるんだから!」
「火の精霊様なのに扱いが雑過ぎる気がするなぁ……あと、後半部分をなんで満足そうに言ってるのかボクには理解できないや」
さすがに我慢できずにミーアがツッコミを入れる。飛び火してきそうで嫌だったが、このまま“友達”の口喧嘩を放置するのもバツが悪い。
ミーアの言葉が聞こえたのか、エリザはミーアにも視線を向ける。
「ミーア……少し考えてみるんじゃ」
「な、なにを?」
「ワシは吸血種、サラは火の精霊、ミーアはドワーフ……ここまでは良いな?」
エリザの虚ろな瞳に気圧され、ミーアは無言で頷きを返した。それがどうしたのかと思う気持ちもあったが、下手なことは言えない雰囲気がある。
「“次”に何が出てきてもワシは驚かんぞ……レウルスが頬擦りでもしそうなほど大事にしているあの剣が突然喋り出しても驚かん」
「えー……でもでも、繰り返すけどわたしってば火の精霊よ? わたしより珍しい存在ってほとんどいないと思うんだけど? そりゃあ喋る剣なんていたらわたしよりも珍しいとは思うけど」
顔を突き合わせ、ひそひそと話し合う三人。女三人寄れば姦しいものだが、レウルスに気付かれないよう小声で話すだけの理性は残っていた。
「最早こうなっては仕方がない……最終手段じゃ」
「ほほう、最終手段! そこはかとなく格好良い響きね! それで? 何をするの?」
「秘密兵器を使うんじゃ」
ぐっ、と拳を握り締めるエリザ。秘密兵器という言葉にサラの瞳が輝く。
「え? なになに? 秘密兵器って何?」
「うむ……“ぱんつ”じゃ。この前買ったじゃろ? 以前古着屋でレウルスが唯一反応したのが“ぱんつ”じゃった……いや、“かぼちゃぱんつ”だったかのう?」
実際のところはパンツのタグに気を引かれたのだが、エリザがそれを知ることはない。
「……? “ぱんつ”って何? ボク、初めて聞いたんだけど……」
「下穿きのことじゃ。半年近く前になるが、下穿きを見てレウルスがそう言っておった。きっとレウルスにとって重要なのじゃろう」
なんで半年近く前に聞いた単語を覚えているんだろう――ミーアはそう思ったが返答が怖くて聞けなかった。
「えっと……それで? エリザちゃんは何をしたいの? よくわかんないけど、レウルス君ってそのぱんつ? で喜ぶの?」
「……いや、どうじゃろ? 思い返してみれば、違うところに反応していたような……」
ミーアに冷静に問われて思考が冷却されたのか、エリザも少しだけ我に返った。そもそも下着を使って何をするつもりだったのか。
「話を聞いてるだけだと、上手くいくように思えないけど……そもそもエリザちゃんはレウルス君に何をしてほしいの? 直接本人に言った方が早いし確実だと思うんだけど……」
このままではあらぬ方向にエリザが突き進みそうだ。そう考えたミーアが話題の修正を行うと、エリザは視線を彷徨わせる。
「も、も……」
「も?」
何故か言いよどむエリザ。その頬が徐々に赤く染まり、きょときょとと視線を彷徨わせる。
「もう少し……レウルスが構ってくれればそれで十分かなぁ、なんて……」
普段の口調を放り投げ、“素”で言葉を紡ぐエリザ。そんなエリザの姿を見たミーアは内心で『可愛いなぁ』と思いながら頷いた。
ついでにいえば、幼い頃に父親であるカルヴァンに甘えようとした自分のようだと思いもしたが、ミーアはその指摘を飲み込めるぐらいには大人だった。
「よし、決まりね! というわけでレウルス! 構って構ってー!」
そうやって言葉を交わしていると、話が終わったと判断したのかサラが扉をあけ放って突撃する。エリザとミーアは動けなかったが、飛び込んできたサラを受け止めたレウルスは首を傾げていた。
「やっと入ってきたと思えば……さっきから何をやってたんだ?」
「いっ……き、気付いておったのか!? 声はなるべく抑えておったのに……」
「いや、声が聞こえる以前の問題で、魔力で気付くに決まってるだろ」
武器や防具の手入れをしていたが、さすがに至近距離で魔力を見逃すような真似はしない。しかしいつまで経っても部屋に入ってこないため、不思議に思いながらも手入れを続けていたのだ。
しかし、その手入れも既に終わった。レウルスはエリザ達の顔を見回すと、僅かに考え込んでから苦笑する。
「とりあえず、おやっさんのところに飯でも食いに行くか」
「う、うむっ……そうじゃな」
そのあとは家でエリザ達を構い倒そう。先ほどの会話は“聞かなかった”ことにして、レウルスはそう思うのだった。
このあと滅茶苦茶構い倒した。




