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第131話:教えて! ジルバ先生! グレイゴ教編

 確実に部屋の中の空気が変わった。それを感じつつもレウルスは取り乱さず、テーブルの上に置かれたコップを取って水を飲む。


「ほう……私にグレイゴ教に関して尋ねますか……」

「はい。むしろこの町ではジルバさん以外に聞ける人がいないのでは?」

「む……それもそうですね」


 グレイゴ教という名前からして嫌いなのか、ジルバの機嫌は急降下している。それでもレウルスの言葉を聞くと咳払いして表情を元に戻した。


「それで? あの滅ぶべき糞共の何を聞きたいんです? ああ、根絶やしにする方法は私も知りません。むしろ私が知りたいぐらいです」

「扱いが台所の黒い虫みたいな感じですね……いえ、精霊教について色々と聞きましたし、グレイゴ教についても聞きたいんです。実はこの前の旅でですね……」


 相変わらずグレイゴ教が絡むと過激なジルバだが、レウルスも最早慣れてしまった。そのためドワーフを探してマタロイの西へと赴いた時のことを話していく。


 その中でもレウルスが気になっていたのは、アクラの町でドワーフに関する噂が広がっていたことだ。“普通”の住民ならば知らないであろうドワーフについて、まことしやかに噂が流れていた件についてである。


「……ふむ。ヴァレー鉱山の坑道を崩したのがドワーフである……そういった噂が流れていた、と」

「ええ。魔物と戦う機会がない、普通の住民がドワーフのことを噂していたのが引っかかりまして。もちろん兵士や鉱山夫などから噂が流れた線もありますけど……エリザの件がありましたから」


 今回は巨大ミミズだけでなく『城崩し』という格好の“犯人”がいたが、そうでなかった場合はドワーフ達が狙われていただろう。


 何故そんな噂が流れていたのかはレウルスもわからない。それでも、『城崩し』と戦うよりも厄介なことに巻き込まれていた可能性が高かった。


「たしかに、グレイゴ教徒が絡んでいた可能性は高いですね。運が悪ければグレイゴ教徒と鉢合わせていたかもしれません。『城崩し』が出たそうですが、はてさて運が良いのか悪いのか……」

「ドワーフに関する噂は完全に消えたと思いますし、運が良かったと思うことにしますよ。新しい武器がなかったら死んでましたけどね」


 もしかするとギリギリのところでグレイゴ教徒に会わないで済んだのかもしれない。そうだった場合、『城崩し』を倒してすぐに撤退したのは正解だったということだろう。


「とまあ、そういうことがありまして。グレイゴ教徒とはなるべく関わりたくないんですけど、こっちが関わりたくないと思ってもこうやってそれっぽい痕跡があると……」

「レウルスさんの場合、サラ様と『契約』を結ばれていますしね。正式に『契約』を結ばれたのは喜ばしいことですが、あの(ごみ)……失礼、糞共に関して知っておいた方が対策も取れますか」


 納得したように頷くジルバに対し、レウルスもまた頷きを返した。


(己を知り……なんだっけ? とにかく、情報はいくらあっても困らないだろうしな……)


 精霊教の教義はレウルスにも理解できるが、グレイゴ教は理解不能というレベルではない。何がしたいのかまったくわからず、かつていきなり毒ナイフで刺されたレウルスからすればテロリストのようなものだ。


「それではお教えしましょう……といっても、私も知っていることはそれほど多くないのです」

「え? そうなんですか?」


 しかし、ジルバの返答は少々予想外だった。レウルスが首を傾げると、ジルバは口惜しそうに眉を寄せる。


「末端の人員を捕まえて拷も……いえ、“お話”をしてもグレイゴ教内部のことはほとんど探れませんからね。奴らは横のつながりが強いので密偵を送ろうにもすぐに気付かれますし、困ったことに他国では権力者と結びついていることも多いんです」

(すげえ、今この人拷問って言いかけたぞ。それでいいのか聖職者……いや、別にいいのか。敵だし)


 相変わらず過激な発言だと思ったものの、仮にラヴァル廃棄街に手を出す相手がいれば拷問だろうと何だろうと手を尽くし、情報を聞き出す。レウルス自身がそうである以上、ジルバのことをどうとは言えなかった。


「助祭や司祭となると、捕まえるのが面倒な上に捕まえても躊躇なく自決するような連中です。奴らが掲げる教義の裏には“何か”がありそうですが……」

「ジルバさんでもわかっていない、と……その助祭や司祭っていうのは? 以前戦った奴は司祭様とか呼ばれてましたけど」


 たしかに、レウルスが交戦したグレイゴ教徒達も逃げられないとわかると迷わず自決していた。その姿勢には狂信めいたものを感じるが、一体“何”を思っているのかはわからない。

 そのため得られる情報を得ようと質問すると、ジルバは水を飲んでから口を開く。


「グレイゴ教における位階ですよ。精霊教と同じように信仰しているだけの普通の信徒も多いですが、グレイゴ教徒は掲げている教義が教義だけに腕の立つ者も多いんです。そういった者達に授けられる位階ですね」


 そう言いつつ、ジルバは精霊教の位階に関して記した木の板をひっくり返す。続いて炭を板面に滑らせると、四つの言葉を書き加えた。

 だが、精霊教の位階と違って読むことはできない。数字ではなく文字らしく、どう読めば良いかわからなかった。


「……読めません」


 普段はエリザがいるため読み書きに困ることはないが、そのエリザは教会の庭で孤児達と走り回っている。部屋の外から聞こえる歓声は楽しげで、サラやミーアと一緒になって無邪気に遊んでいるようだ。


「私の知る限りではありますが、グレイゴ教の位階についてです。下から助祭、司祭、司教、大司教と書いています」

「下から……つまり、俺が以前戦った司祭ってのは……」


 下から二番目ということだろうか。そう考えたレウルスは知らず知らずの内に両手を握り締める。


(『熱量解放』を使っても倒せなかった奴が下から二番目……司教と大司教ってのはどんな化け物なんだ? それとも精霊教師みたいに実力順じゃないのか?)


 レウルスが戦った司祭は『熱量解放』を使ってもなお、まともに攻撃が当てられないほどの技量を持っていた。

 エリザだけでなくサラとも『契約』を交わした今ならば勝てそうだが、問題は司祭という位階に就いている者が一人とは思えず、司祭以上と思わしき位階が存在することだろう。


「助祭の下には位階を与えられていない信徒がいますので、正確には下から三番目というべきでしょうね。それに、助祭や司祭という位階が与えられていても、強さに大きな差があることも珍しくはありません」

「具体的には?」

「これまで私が交戦した相手の強さを基準にして答えますが……助祭は単独で下級上位から中級下位の魔物を倒せるかどうか、司祭は単独で中級中位から中級上位の魔物を倒せるかどうか……といったところでしょうか」


 ジルバの説明を聞き、レウルスは頬が引きつるのを感じた。しかし、そんなレウルスに構わずジルバは話を続ける。


「位階がない信徒でも下級中位以下の魔物ならば単独で倒せる者が多いですね」

「……仲間と協力することなく、“単独”で倒せるんですね?」

「ええ。あくまでグレイゴ教徒が執着している魔物との比較ですが、大きく外れてはいないと思います」


 これは大きな情報だ、とレウルスは思った。そして、グレイゴ教にはどれほどの武闘派が集まるのかと戦慄もする。


(単独……俺の場合で考えると、エリザやサラとの『契約』も援護なしってことだよな。魔物は“どこまで”倒せる?)


 エリザやサラとの『契約』により、レウルスには二人の魔力が流れ込んでいる。それによって勝手に身体能力が『強化』されているが、“それ”がなくなればどうなるか。


 新しい相棒である真紅の大剣も、『熱量開放』なしでは今のように自由に振り回すことすら難しくなりそうだ。

 食糧事情が改善されたため、シェナ村にいた頃やラヴァル廃棄街に到着した直後と比べれば純粋な身体能力は上がっているだろう。筋肉もつき、実戦も何度も経験してきた。昔よりは確実に強くなっている。


 だが――。


(『熱量開放』なしならあの熊ぐらいが限界か? ありなら中級中位……中級上位は……でも“あのヒクイドリ”に勝てるかって言われると……)


 『熱量開放』という切り札はあるが、制限時間がある。かつて戦ったヒクイドリのような魔物が相手だった場合、制限時間が切れるまでに倒せるだろうか。

 今ならば真紅の大剣もあるため一撃当てれば倒せそうではある。ただし、その一撃を当てるのが大変そうだが。


 真剣に考え込むレウルスだが、そんなレウルスを見ながらジルバは更なる爆弾を投下する。


「そして司祭以上……司教ですが、これはある意味単純です。単独で上級の魔物を倒したことがある……それが司教になるための基準だと聞いたことがあります」

「……聞いたことがある?」

「かつて交戦した司教がそう言っていました。戦った感想としては、あながち間違ってもいないでしょう。それほどまでにグレイゴ教の司教は精鋭揃いです」


 嘘や冗談とは思えないほどに、ジルバの声色は真剣なものだった。


「上級の魔物を単独で倒せるような奴と戦ったんですか?」

「ええ……時期はバラバラですが、過去に四人交戦したことがあります。全員が手強い相手でした。仕留めることができたのは二人で、残りの二人は痛み分けで終わりましたね」

(……え? 上級の魔物を単独で倒せる奴を二人仕留めたの? マジかよ……)


 司教の強さも驚きだが、そんな司教を二人仕留めたと言ってのけるジルバも大概だろう。レウルスは盛大に頬を引きつらせるが、ジルバは渋面を作る。


「助祭や司祭もそうですが、司教も強さに差があります。私が仕留めることができた二人は司教の中でも弱い部類だったのでしょう。残り二人は私も重傷を負い、逃げられました」

「……ジルバさんって上級の魔物も倒せます?」

「相性次第、とだけ答えておきましょうか。私の場合、巨大な魔物が苦手でして」


 レウルスが見た限りではあるが、ジルバは武器を使わない。素手で戦っているところしか見たことがなかった。


「ジルバさんって武器は……」

「レウルスさん」


 武器を使えばもっと強いのではないか。そう思ってレウルスが尋ねようとすると、ジルバがニコリと微笑んだ。


「あの糞共を殺すには素手で十分です」

「あ、はい……」


 たしかにジルバの戦い方ならば素手で良いのだろう。

 どのような技法を使えば成し得るのかレウルスには皆目見当もつかなかったが、掌底を叩き込むだけで魔物の分厚い皮や皮膚を無視して内臓を破裂させるのだ。人間が相手だった場合、鎧などを着ていても防具越しに一撃で仕留めそうである。


「まあ、素手で十分というのは冗談ですが、私は不器用でしてね。武器を使った戦い方が向いていなかったんです。つまり素手以外の選択肢がなかっただけでして……いやはや、お恥ずかしい」

(武器を持った相手を素手で倒す方がおかしいような……魔法がある世界だしおかしくないのか? いやでも、“あの打撃”は技術だって言ってたような……あれ?)


 言葉通り恥を感じているのか頬を掻くジルバだが、レウルスは内心で激しく混乱していた。前世でも武道や武術とは縁遠い生活をしていたが、それでも武器を持った相手を素手で倒すのは非常に困難だった気がするレウルスである。


 兎にも角にも、素手で戦う以上は巨大な魔物が苦手というのも本当だろう。

 先日戦った『城崩し』も、真紅の大剣を手に入れたレウルスにとっては戦いやすい相手である。だが、素手だけで戦うジルバでは倒せるとしても時間がかかりそうだ。


(これが相性ってやつなのかね……いや、ジルバさんの場合、普通に一発で殺しそうな気もするけど)


 突撃してくる『城崩し』を正面から殴り殺すジルバの姿が頭に浮かんだが、すぐに振り払った。そしてレウルスは話の続きを促す。


「司教の上に大司教がいるってことは、司教以上に強いってことなんですか?」


 もしかすると最上級の魔物を単独で倒せるのだろうか。そんな人間がグレイゴ教にいれば、小国程度は簡単に滅ぼせそうである。


「大司教は年老いた司教がなるものだとか……戦闘力では司教よりも劣る場合が多いのでしょうが、その代わりにグレイゴ教の運営に携わっているのでしょう。かつて旅をしていた時も、大司教を名乗るグレイゴ教徒が国の中枢近くにいると聞いたことがありますから」

「それってまずくないですか?」


 一宗教の重鎮が国の中枢に食い込んでいるなど、レウルスからすれば冗談だと思いたい話だ。


「奴らの教義はともかく、手練れが多いのもたしかです。力を求める者、魔物を憎む者なども集まりやすい……武力という点では優秀なのですよ」

「そう聞けば便利そうな存在ですけど……」


 強力な魔物が出たが討伐する力がない場合など、頼りにできる面もあるだろう。

 襲われたことがあるレウルスとしてはグレイゴ教を肯定する気はないが、単独で上級の魔物を狩れるような人員を抱えているのだ。魔物に襲われて死ぬぐらいならば助けを求めてもおかしくはない。


「国や各地の領主が揃えている兵士も万能ではありません。他国や他領への警戒、街道の警備、野盗や魔物の討伐……手が回らないことも多々あります」

「そこに優れた武力を持った集団が現れれば頼りにしますね。なるほど、厄介だ」


 レウルスは既に敵対しているため頼りにするつもりなどないが、窮地に救われれば入信する者が出てもおかしくはない。


(思ったよりも入信者が多そうな宗教だな……助けられた側からするとそれこそ救いの神だし、国の中枢に近づけるのもわかるってもんだ)


 大精霊を筆頭に精霊へと感謝を捧げて日々の糧にする精霊教とは、根本的に異なるわけだ。

 精霊教にもジルバのように治安維持を行う者もいるが、ジルバはあくまで少数派だろう。もしもジルバのような存在が大勢いるのならば精霊教への印象も変わりそうである。


「ただ、レウルスさんの話にあったドワーフの噂……これはもしかすると司祭が司教へ昇格するための試験と兼ねて、マタロイへの“足がかり”にするつもりだったのかもしれませんね」

「マタロイでは精霊教の方が広まってるんですよね?」

「ええ。ですが複数のドワーフ……今回で言えば五十人近いドワーフならば上級に相当しそうです。それを倒すことでその土地の領主に恩を売りつつ、司祭の試験も兼ねていたと考えることもできます」


 あくまでジルバの推測に過ぎないが、これまでグレイゴ教徒と戦い続けてきた男の予想だ。さすがに予想のど真ん中を打ち抜いているとは思えないが、ある程度は合っているのだろうとレウルスは考えた。


「この件に関しては私の方でも調べてみましょう。各地の精霊教師や精霊教徒にも警戒するように情報を流しておきます。何か掴めたらお知らせしますね」


 あまり宗教に関わりたくはないのだが――とはもう言えない。


 サラと正式に『契約』を結んだ以上、精霊教とは友好な関係を築いておくべきだろう。


 司教が化け物揃いと聞いた今では、なおさらにそう思うレウルスだった。











日常回という名の説明回パート2です。

女性キャラが一人も発言していない日常回パート2です……。


どうも、作者の池崎数也です。

今回の更新でほぼ四ヶ月連続の毎日更新となりました(PC昇天時は除く)。

これも毎度ご感想やご指摘等をいただけているおかげです。いけるところまでは毎日更新を続けられればと思います。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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[一言] 主人公は切り札が少ないとゆうか、今の所一つしかないから
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