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第130話:教えて! ジルバ先生! 精霊教編

 ラヴァル廃棄街は“現代”を知るレウルスからすればスラムのような場所である。町並みは雑然としており、行き交う人々が纏う衣服は古く、それでいて余所者には容赦もない。


 ラヴァル廃棄街できちんと整備されていると言えるのは大通りぐらいだ。町の中心を走るよう、それこそ『田』の字の『十』の部分のように真っすぐ造られている。

 大通り以外は建ち並ぶ家々で自然と小道が形成されているだけで、町の造りに慣れていない者が迷い込めばどこに出るかわからないだろう。余所者が迷い込めば、それこそ“出てこれなくなる”可能もゼロではない。


 そんなラヴァル廃棄街ではあるが、元々スラムよりも酷い環境で生まれ育ったレウルスからすれば天国に近い。町の住人として受け入れてもらってからはそれが顕著で、町の空気に慣れ切った現在となっては第二の故郷である。


 本来の生まれ故郷であるシェナ村に関しては滅んでも良い。むしろ滅べと思っているぐらいだが、自分で斬り込まないぐらいの分別はあった。

 今ならばサラとの『契約』で放火も可能だと気付いたものの、最早近づきたくすらない。自分はラヴァル廃棄街で生まれ育ったのだと思い込みたいぐらいだ。


 そして、そんなラヴァル廃棄街の中には町の住民が滅多に足を運ばないような場所も存在する。


 その場所はラヴァル廃棄街の中でも非常に危険――ということはないが、“外部”につながりがあるため忌避されているのだ。


 それこそが精霊教師であるエステルが運営する精霊教の教会で、レウルスは手土産を持ってその場所を訪れていた。


 つい最近自宅が一晩で進化するという謎の現象に遭遇したものの、ある程度落ち着いたため帰還の挨拶に向かったのだ。

 そして今、レウルスはジルバの私室に通され、テーブルを挟んでジルバと向き合っていた。手土産である食料類は既にエステルに渡してあり、ついてきたエリザ達は孤児達と遊んでいる。


「ジルバさんからいただいた紹介状のおかげで色々と助かりましたよ……ありがとうございました」

「いえいえ、私の一筆が役に立ったのならば嬉しく思います。レウルスさん達の旅の一助になったのなら用意した甲斐がありました」


 帰還の挨拶もそこそこに、レウルスは頭を下げながら感謝の言葉を紡ぐ。それを聞いたジルバは微笑みながら首を横に振るが、レウルスとしては感謝してもし足りない。


 ジルバが用意してくれた紹介状は本当に役に立ってくれた。相手によって反応は変わったが、『客人の証』と併せて大きな効果を発揮してくれたのである。

 旅の助けになったことは疑いようがなく、ジルバの名声の高さを実感したレウルスだった。


「しかし……町の噂で聞きましたが、まさかドワーフを連れ帰るとは。レウルスさんには驚かされることばかりですね」


 そう言ってジルバはその視線を窓の外に向ける。それに釣られてレウルスも視線を向けたが、開け放たれた木窓の向こうでは孤児達と遊ぶミーアの姿があった。


 全くの余談ではあるが、孤児達と遊ぶミーアは満面の笑みを浮かべている。初対面の孤児達に『歳の割に小さい』と連呼されたのだが、それが逆にミーアの機嫌を良くしたのだ。

 ドワーフの中では際立って身長が高いミーアからすれば、孤児達のからかいの言葉はむしろ誉め言葉でしかないのだろう。


「ドワーフを連れ帰ったことについては……まあ、色々とありまして。その辺りも含めて聞きたいことがあったんで、戻ってきた挨拶と併せて伺わせてもらいました」


 レウルスはこの世界の常識や知識に関して無知である。シェナ村では農奴として生活していたため仕方がない面もあるが、ラヴァル廃棄街で冒険者になってからも積極的に学ぼうとしてこなかった。

 しかしながら、さすがに知らなすぎるのも問題だと思ったためジルバを訪ねたのである。かつて他国を旅したことがあり、なおかつ壮年の域に達したジルバならば知識も経験も豊富だろう。


「ふむ……他ならぬレウルスさんの頼みです。私のような浅学の身でどれほど役に立てるかわかりませんが、可能な限りお答えしましょう」

「いやいや、ジルバさんで無理なら他の誰でも無理だと思います。聞きたいことの中にはジルバさん本人のこともあるんで」


 レウルスがそう言うと、ジルバは不思議そうに首を傾げた。


「私のことですか? これといって特徴のない、普通の精霊教徒ですが?」

(それはひょっとして冗談で言っているんだろうか?)


 色々とツッコミを入れたいレウルスだったが、ジルバなりの謙遜だろうと判断する。ジルバが普通の精霊教徒だった場合、レウルスとしては精霊教への印象を変えなければならない。


「旅の中でですね、ジルバさんのことを知っている人が何人もいまして。その中にはジルバさんのことを『膺懲(ようちょう)』とか『精霊教徒第二位』とか言ってる人がいたんで、この機会に聞けたらな、と……」

「…………」


 話の取っ掛かりとしてそんな話題を振ってみると、ジルバは何故か沈黙してしまった。テーブルに置かれた陶器のコップを手に取って水を飲むと、十秒ほど経ってから苦笑に近い笑みを浮かべる。


「『膺懲』については……まあ、若気の至りというやつですよ。若い頃に色々と“やんちゃ”をしましてね……それが原因でそんなあだ名がついたんです。レウルスさんの『魔物喰らい』みたいなものですよ」

「アレは町の皆が面白がって呼んでるだけで……いや、それは置いておきましょう。やんちゃって何をしたんです? 言いにくい話なら無理には聞きませんけど」


 人間誰しも黒歴史の一つや二つはあるだろう。言いにくいことならばレウルスとしても無理に聞こうとは思わない。

 ジルバは顎に手を当てて沈黙していたが、やがて決心がついたように顔を上げる。


「レウルスさんは知っているかもしれませんが、私はグレイゴ教徒が嫌いです」

「知ってます」

「そうですか……まあ、若い頃にグレイゴ教徒と戦い続けたらいつの間にかそんなあだ名がつけられていた……そんなところですよ」


 今もグレイゴ教徒と戦っているのでは――という疑問をレウルスは飲み込んだ。その代わりに話題を逸らすことにする。


「では、『精霊教徒第二位』というのは?」

「そちらは私の位階です。レウルスさんは精霊教がどのような体制を取っているかは?」

「精霊教師と精霊教徒の二種類にわかれてるってことぐらいは……あとは“客人”ぐらい?」


 かつてエステルから精霊教に関して話を聞いたことがあるが、その“中身”については詳しく聞いたことがなかった。そのためレウルスは素直に教えを乞うと、ジルバは鷹揚に頷く。


「第二位……そう聞いてレウルスさんは何を考えましたか?」

「えっ……精霊教徒の中でも二番目に偉い……とか?」


 第二位というぐらいなのだ。精霊教徒の中でも相当に偉いのだろう、とレウルスは考えている。


「いえ、第二位だから私が偉い……ということはありません。冒険者のレウルスさんがわかりやすいように説明すると、第二位というのは冒険者の階級と似たようなものです」

「と、言いますと?」


 レウルスが首を傾げると、ジルバは棚から木の板を取り出す。そして盤面に炭で線を引き始めた。そしてレウルスでもわかるぐらい簡単な数字を書き加えていく。


「精霊教徒の位階は第一位から第十位まで分かれています。これを冒険者の階級に合わせると……」


 ジルバが木の板に書いた線は三本だ。水平に三本の線を書いて区切り、それぞれの空白欄に文字が書かれた。


「えーっと……下が8から10、下から二段目が5から7、上から二段目が2から4、そして一番上が1?」


 1から10までの数字ぐらいならば読めるが、それが何を意味しているのか。


「一番下の第十位が下級下位冒険者だと考えてください」

「第十位が下級下位冒険者……ん? あれ? そうなると第二位って……」


 レウルスは下から順番に数えていく。下級下位冒険者から始まるということは、ジルバの第二位というのは――。


「……上級上位冒険者?」

「分類的にはそうなりますね。ただし、上級精霊教徒といった区分はないです」


 真顔で頷くジルバに対し、レウルスは絶句するしかない。


 あくまで冒険者の階級に例えての話だろうが、冒険者というものは兵士などに比べて弱い。中級中位の二コラが“普通”の兵士と同等程度と評価されていたのだ。

 精霊教徒の位階を冒険者の階級と同程度だと考えるのは早計だろう。むしろ兵士達と同じ基準で考えるべきではないか。


(あれ……そうなると上級上位冒険者どころの話じゃなくなるような……)


 レウルスはマタロイの兵士がどのような体制を取っているのか知らないが、少なくとも兵士クラスではないだろう。その上の隊長――さらにその上にまで届くのかもしれない。


「ジルバさんってなんでこんなところにいるんです?」


 思わず、レウルスは純粋な疑問として尋ねていた。そんなレウルスの疑問に対し、ジルバは不思議そうな顔で答える。


「精霊教を広めるためですが?」

「……ラヴァル廃棄街ってマタロイの中でも割と他国に近い場所にありますよね? 何かあると危険だと思うんですけど……」

「そういった場所だからこそ信仰が必要になる……私はそう思っています」


 わかっていたことではあるが、ジルバは根っからの宗教家のようだ。


(冒険者で考えると上級上位か最上級に匹敵する人が、街道を行き来するついでに魔物を倒したり野盗を捕まえる……うん、そりゃ有名にもなるわ)


 ジルバの名前を聞いた兵士達の反応もある意味当然だろう。レウルスが兵士の立場だった場合、同じように畏まることは想像に難くない。


「ただ、精霊教徒全てにその位階が与えられるわけではありません。一般の信徒の方々は純粋に精霊教徒と名乗るだけですね」

「……位階の高さが権力に直結したりは?」

「しませんね。我々精霊教徒は精霊教師の補佐を務め、精霊教を広めるために邁進するだけです……ただ、自分で言うのも面映ゆいですが、私の場合は過去のやんちゃで名前が売れてしまったんです」


 困ったようにジルバは笑うが、レウルスとしてはジルバよりもエステルの方がすごいようには思えない。


「もしかして、実はエステルさんってジルバさんより強かったり……」

「いえ、戦えば間違いなく私が勝ちますよ。しかしながら、エステル様は大精霊様の御加護を受けています。他の精霊教師の方もそうですが、精霊様の加護を受けているという点が精霊教徒との“差”ですね」


 どうやら加護の有無で精霊教師と精霊教徒を分けているらしい――が、そこまで聞いたレウルスは思わず頬を引きつらせた。


「あの……もしかしてですけど、サラと『契約』を結んで加護をもらってる俺って……」

「精霊教に入信していただければ、精霊教師になれますとも。今からでも遅くないですし、精霊教に入信しませんか?」

「今のままで十分です……」


 確認のために尋ねたレウルスだったが、真剣な顔でジルバに入信を勧められてしまった。

 精霊の加護を得ているどころか、すぐ近くに『契約』を交わした火の精霊がいるのである。サラの性格を知っているためジルバも食い下がることはないが、今しがたの問いかけは心底からのものだった。


「残念ですね……他に何か聞きたいことはありますか?」


 精霊教に関して気になることは聞けた。レウルスはそう判断し、数秒間思考を巡らせる。


(うーん……聞きたいことはあるけど、ジルバさんが怒らないか……)


 少しだけ緊張しながら、レウルスは次の話題を口にする。


「グレイゴ教について……ジルバさんが知っていることを教えてもらえませんか?」


 そんなレウルスの言葉に対し、ジルバは獰猛な笑みを浮かべるのだった。











日常回という名の説明回です。

女性キャラが一人も発言していない日常回です……。

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