第129話:ドワーフ達が一晩でやってくれました
ドワーフという魔物は亜人の一種である。
特徴として男女共に背が低く、男でも130センチ程度、女でも120センチ程度までしか背が伸びない。
しかしながら小柄な肉体に反して腕力は強く、それでいて手先も器用だ。短気で大雑把で大酒飲みという面も目立つが、これはあくまで“そういった”者が多いというだけで個々人の性格や好みの範疇である。
故に、ドワーフの特徴としては背が低いことと力が強いこと、そして手先が器用だという三点に集約される。
特に手先の器用さというものが大きく、大抵のドワーフは優れた鍛冶技術を持つ。鍛冶と一口に言っても様々で、武器の制作を好む者もいれば防具の制作を好む者、魔法具の制作を好む者と別れている。
武器は武器でも大剣や短剣、槍や弓とさらに細かく分かれるのだが、そこもまた個々人の性格や好みの範疇だ。
ここで重要なのはドワーフが極めて器用で、それでいて頑固で職人気質で――その器用さは鍛冶以外にも適用されるという一点である。
「なんということでしょう……3Kと呼ぶにもおこがましい狭い我が家が、たった一晩で地下一階地上二階の一軒家に進化したではありませんか――!」
「な、なんじゃ? どうしたんじゃ?」
「……いや、言わなくちゃいけない気がしただけだ」
進化した我が家――進化したとしか言いようがない我が家を前にしたレウルスは、前世の記憶が囁くままに叫んでいた。
エリザが不思議そうな顔をしたため真顔に戻ったが、内心は驚愕一色に染まっている。
事の発端は非常に単純で、ラヴァル廃棄街に連れてきたドワーフ達に自宅の増築を相談したのが始まりだった。
鍛冶だけでなく建築技術もあるということで相談したのだが、それが正解だったのか過ちの始まりだったのか、レウルスにはわからない。わかることがあるとすれば、たった一晩で自宅が進化としか言いようがない変貌を遂げたことだけだ。
「どうよ? 俺達ドワーフにかかりゃあこの程度は朝飯前だ」
「そりゃまだ朝飯前だけどよ……いくらなんでもやりすぎだろ」
時刻は朝日が昇り始めた刻限である。朝飯前というのも文字通りで正しいだろう。だが、眼前の光景が現実のものとして正しいのかレウルスにはわからなかった。
レウルスの眼前にあるのは、紆余曲折を経て手に入れた我が家である。レウルスとエリザの個室に小さな倉庫、そしてそれらの部屋をつなげる狭い廊下があるだけの、小さな我が家だ。
そんな我が家が、たった一晩で変貌した。建材は土と木と岩だけだが、一階部分が広くなった上に二階部分が生え、ついでに地下室まで造られてしまったのである。
レウルスとして『なんということでしょう』と言うしかない。言う必要はないだろうが、前世の自分がそう言えと訴えかけてくるのだ。
「これ、強度とかは大丈夫なのか? 住んでたらいきなり崩壊……なんてオチがあったら笑えねえぞ」
「おいコラレウルステメェコラ。そりゃあれか? 俺達ドワーフに喧嘩売ってんのか? それなら買う……いや、やっぱり売るんじゃねえ。食われたら洒落にならん」
たしかに増築を頼んだのはレウルスだが、変貌しすぎて強度的に大丈夫なのかと不安に思ってしまう。
ラヴァルの町からは多少距離があるため城壁の上で見張りをしている兵士も気付かないだろうが、いきなり二階建ての建物が出現したのだ。いくら魔法が存在する世界とはいえ、これは一種の魔法ではないだろうか。
(いくらなんでもおかしい……待てよ? ドワーフ達は50人近くいるんだし、これが正常なのか?)
技術の高さもそうだが、ドワーフは小柄な割に身体能力が高い。その上で『強化』まで使えるのである。50人全員で作業すれば家の一軒ぐらい一晩で増築できるだろう。
(うーむ……前世でこいつらがいたら建築業は廃業が多そうだな)
重機を使わず、手作業だけでも凄まじい“マンパワー”を発揮するのだ。レウルスとしてはこの世界の凄まじさを垣間見た気分である。
「ところで……あっちでぐったりとしている人達はどうしたんじゃ?」
レウルスが内心で戦慄していると、エリザが不思議そうな声色で尋ねた。その声に気を引かれたレウルスが視線を向けてみると、そこには地面に倒れ込んでいる人影がいくつもある。数人どころか十人を軽く超えているだろう。
それは、ラヴァル廃棄街で建築業を営む者達だった。
「あん? ああ、あいつらか。この町で飯を食わせてもらう対価に俺達の技術をちょいと教えてやったんだが、途中で力尽きやがった。町の人間もレウルスみたいな奴ばっかりかと思ったが、普通の人間もいたんだな」
「おっちゃんが俺をどんな目で見てるか気になるけど、廃棄街は身分が低いだけで普通の人間が住む町だぞ」
やれやれ、と肩を竦めるカルヴァンにレウルスがツッコミを入れる。
レウルスの家を増築するに当たり、問題となるのはラヴァル廃棄街で建築業を営む者達の存在だった。
レウルスとしては彼らをないがしろにするつもりはない。自宅を建ててくれたのも彼らのため、増築も彼らに頼もうと思ったのだ。
しかし、である。現在のラヴァル廃棄街にはドワーフという“技術”に関して突き抜けた存在がいるのだ。
現在、ドワーフ達はラヴァル廃棄街の近くの森に穴を掘り、地下に家を作っている。
それは先日レウルスが訪れた、山一つを使って造り上げたような大規模なものではない。当面の住処として最低限の、それでいて50人近いドワーフが生活できる規模の家だった。
そんなドワーフ達だが、新たな家の候補地が見つかるまでは暇である。レウルスという緩衝材がいるためラヴァル廃棄街の中ならば自由に歩けるが、それはそれでストレスが溜まるのだ。
ドワーフ達にとっての娯楽は鍛冶か酒の二択である。だが、ラヴァル廃棄街にある鍛冶場は小さく、設備も整っていない。酒に関しても質がそれほど良くはなく、ドワーフ達にとっては不満がある。
レウルスがいるためドワーフ達も暴れることはしないが、ストレスというものは溜めて良いことなど一つもない。故にストレス解消の一環として、そしてラヴァル廃棄街の職人の“底上げ”として、ドワーフ達がその腕を振るうことになったのだ。
簡潔に言うならば、ドワーフの技術をラヴァル廃棄街の職人に少しでも教えてもらう――それだけである。
ラヴァル廃棄街の職人は、その多くが冒険者を続けられなくなった者である。
魔物と戦い、命を失わずとも腕や足を失った者が多くいるのだ。ラヴァル廃棄街において、“身内”を見捨てるということは絶対にしない。町のために戦って傷ついた彼らを見捨てれば、誰一人とて町のために尽くすことなどしなくなる。
そんな彼らの生活のためにも様々な職を用意し、斡旋しているのだ。それが理由でラヴァル廃棄街に来た当初のレウルスは冒険者になるしかなかったのだが、今となってはそれで良かったと思っている。
そんな職人達だが、お世辞にも腕が良いとは言えない。ドワーフと比較するのは間違っているだろうが、同年代の人間の職人と比べても大きく劣っているのだ。
“職人”というものは長い年月をかけて技術を学び、熟練した者を指す。そういった意味ではラヴァル廃棄街の職人達は職人足り得ないのだろう。最低限の技術は習得しているが、そもそも“それ以上”の技術を持たないのだから。
ナタリアがドワーフを連れて帰ってきても良いと言ったのは、その辺りが影響している。
必要に駆られ、見様見真似で身に着けた技術も大事だろうが、言い方を変えればそれは我流である。ラヴァル廃棄街にいるのは我流の職人ばかりで、技術の発展という意味では頭打ちだったのだ。
そのためナタリアだけでなくバルトロなどの顔役もドワーフという“起爆剤”を望んだ――50人近いドワーフはさすがに想定外だったが。
「技術もねえ、器用さもねえ、腕か足もねえ、ついでに言えば才能もねえ……あったのは“この町のために”って信念だけだ。俺としちゃあ芽が出そうにない奴に教える気はなかったが……まあ、そういった信念があるんなら教えるのも悪かねえな」
道端で倒れ伏している職人たちを見て、カルヴァンはそう評した。
ドワーフであるカルヴァンからすれば棒にも箸にもかからない程度の腕しかないが、その姿勢は非常に好ましい。ドワーフは人間嫌いの面があるが、“同じ職人”としては好ましかったのだ。
ドワーフにレウルスの家の増築を任せるということは、彼らの仕事を奪うということでもある。
しかし、ラヴァル廃棄街の職人達は現状を良しとしなかった。相手は亜人だが、町の仲間が連れてきたのだ。それならば頭を下げて教えを乞うことも苦痛ではなく、率先して技術を盗もうと躍起になっていた。
レウルスがドワーフを連れてきたというのは、既に町の中でも噂になっている。職人の多くは元冒険者であり、ドワーフという亜人に関してもある程度知っている者がいた。
その技術の高さ、多様さを、彼らは知っているのだ。
一時の損よりも、“今後”のために少しでも技術を磨く。それがラヴァル廃棄街のためになると彼らは信じ、ドワーフ達がレウルスの家を増築すると聞いて駆けつけたのである。
現状は死屍累々といった有様だが、それぞれが満足そうな顔をしながら眠りについていた。おそらくは学ぶことが多々あったのだろう。
「うん、良い話に聞こえるし実際良い話なんだろうけど、なんで二階と地下室ができてるんだ? 俺としては家が広くなったからいいけど、家の中の壁を崩して部屋の数を増やすだけだと思ったんだが?」
「そりゃお前……あそこで寝てる奴らの反応が面白かったから?」
真紅の大剣を作ってくれた実績から全てを任せ、レウルスは久しぶりにドミニクの料理店で一晩を過ごした。久しぶりに物置として使われている小部屋を借り、藁を敷いて寝ていたのである。
そして目が覚めてみればこの有様だった。夜間の作業でもほとんど音がしなかった辺りドワーフの技術も謎が多いが、一晩で一階平屋建ての我が家が二階建て地下室ありの家に進化していたのだ。その事実こそがレウルスには謎だった。
「ふいー……あー疲れたー。もうヘトヘトよー」
そうやってレウルスとカルヴァンが話していると、何故か家の中からサラが出てくる。一仕事終えたと言わんばかりに額を拭っているが、火の精霊であるサラが汗を掻くかも謎だった。
「……何をしてるんだ?」
「ぎゃっ!? れ、レウルス!? なんで起きてるの!?」
「朝だからな。元農家……じゃない、農奴舐めんな」
起きなければ蹴り起こされるような場所で十五年生きてきたのだ。しようと思えば早寝早起きも苦ではない。
「あちゃー……せっかく驚かそうと思ったのに……」
レウルスの顔を見てサラは視線を逸らした。しかし、レウルスとしてはサラの発言が気になってしまう。
「起きたら姿がないと思えば……近くに魔力があったから探さなかったけど、外出するならちゃんと言え」
「ごめんなさい……でもでも! わたしってばカルヴァンと協力してすっごいのを作ったんだからね!」
そう言うなりサラが腕を引く。レウルスはカルヴァンに視線を向けるが、カルヴァンは意味深に笑いながら肩を竦めるだけだ。
「わかったから手を引っ張るな……家の中がカラクリ屋敷になってたりしないだろうな」
二階と地下室ができたとは聞いたが、実際に足を踏み入れるのは初めてだ。そのためレウルスは少しだけ緊張と期待を抱きながら木製の扉を潜る。
家を増築するにあたり、レウルスは周辺の土地を少しだけ買うことにした。そのため一階部分も少しだけ広くなっているが、足を踏み入れたレウルスは思わず困惑する。
「……部屋は?」
元々はレウルスとエリザの部屋、そして倉庫があったが、それが丸々なくなっていた。その代わりにリビングとキッチンが造られている。
サラが肉を焼くのが好きなためキッチンは作ろうと思っていたものの、玄関を潜るなり何も置かれていない大部屋が出迎えたのだ。キッチンも現代のものと異なり、石で組んだ竈らしきものが置かれているだけである。
(ここで食事を作ったり、食べたりするのか……うん、悪くはないな)
さすがにテーブルや椅子まで作る余裕はなかったのか、リビングはがらんとしている。ただし床は全面が板張りに代わっており、素足で歩いても汚れないと思われた。
サラに案内されてリビングを突っ切ると、今度は階段が見えてくる。二階と地下室につながっているらしく、二階に続く階段は木材を使い、地下に続く階段は地面を掘って階段状に整えてあった。
とりあえず二階に上がってみると、二階部分のど真ん中を縦断するように廊下が造られていた。そして、廊下につながる四つの扉が目につく。
「一番奥の右側がレウルスの部屋ね。元々あった荷物は全部運んであるから」
そう言われてレウルスが扉を開けてみると、元々あった部屋に置いていた木製の寝台や棚が鎮座していた。部屋自体は少しばかり狭くなっていたが、住む人数が増えたことを考えると仕方がないだろう。
エリザの部屋も荷物が運んであったようだが、今回の増築でサラの部屋が追加されたため荷物が減り、以前の部屋よりも広く見える。残り二つの部屋はサラとミーアの部屋だろう。
続いてレウルスは地下室に向かう。地中に住むドワーフが手掛けただけはあり、階段も壁もしっかりとした造りで頑丈そうだった。ただし明かりがないため地下室の様子はわからない。
「暗いからこの辺に……あったあった」
サラが壁際を探ると、急に周囲が明るくなった。一体何事かとレウルスが視線を向けると、真紅の光を放つ光源が壁に埋め込んである。
「明かりを照らすだけの簡単な魔法具なんだって。地下だと暗いからって言いながらカルヴァンが作ってたわ!」
(……それだけでも高く売れるんじゃないか?)
魔法具というのは総じて高い。レウルスとしては金額が気になったが、厚意でつけてくれたのならばわざわざ尋ねる必要もないだろう。
地下室もそれなりに広く、家の広さに合わせて地面をくり抜いたらしい。天井が木材で補強され、壁は岩を組んで崩落しないようにされていた。
地下室には部屋が二つあるらしく、サラは最初に階段を下りてすぐの場所にある扉を開ける。
「ここは倉庫ね! 地下だから涼しいし、食べ物も保存できるわ!」
「ほうほう……」
「で、こっちの部屋が……じゃーん! お風呂よお風呂!」
そう言われて覗き込むと、たしかに浴槽らしきものがあった。着替えのためのスペースも用意されており、壁には何故か取っ手らしきものがついている。天井に視線を向けてみると、換気扇らしきものもあった。
浴槽の広さは二畳ほどだが、土を押し固めて作ったらしい。深さは五十センチほどあり、レウルスでも足を伸ばして入れるだろう。サラが水をお湯に変えることを考え、複数人で入れることを想定しているのかもしれない。
「……表面がツルツルしてるな」
浴槽の表面に触れてみると、陶器のように滑らかだった。仮に水を張っても漏れることはないだろう。
「わたしが焼いて作ったの! どう? すごい? すごいでしょ?」
「あの取っ手は?」
「回すと上の羽が回って湿気を追い出すの!」
どうやら湿気対策も完璧のようだ。人力とはいえ換気扇まで完備という辺りにドワーフの“本気”が窺えた。
レウルスとしては色々と言いたいことがある。平屋建ての我が家が一晩で変貌したことについて、色々と言いたいことがある。
だが、しかし――。
「風呂があるから許す! いや、むしろよくやった!」
元日本人としては、自宅に風呂があるというだけですべてが許せたのだった。
「風呂は良いが、水を運んでくる手間はどうするんじゃ?」
エリザの疑問は、聞こえなかったことにした。