第128話:土産
「ねえ、坊や」
「なんだい姐さん」
「たしかにわたしはドワーフを連れて帰ってきても良いと言ったわ……言ったわよ? でもね……さすがに五十人近いドワーフを連れて帰ってくるのはどうかと思うわ」
ドワーフの集落から十日ほどかけてラヴァル廃棄街に帰還したレウルスだったが、冒険者組合でナタリアに事の顛末を報告するなり笑顔でそう言われてしまった。中々に貴重な、困ったような笑顔である。
できるならばドミニクの料理店に直行したかったが、さすがにドワーフ達の問題を放置はできない。そのためすれ違う町の仲間達に挨拶をしつつ、冒険者組合に駆け込んだのだ。
「いや、うん……俺としても予想外なんだ。『城崩し』が悪いのであって俺は悪くない……と思いたい」
レウルスとしては抗議したいところである。『城崩し』や巨大なミミズが出なければ、ドワーフ達を連れてラヴァル廃棄街に帰還することもなかったはずだ。
もっとも、そんな“もしも”の話をしても仕方がない。現実の問題として五十人近いドワーフ達を連れてきてしまったのだ。
外見だけを見れば小さな人間に見えるドワーフだが、さすがに街道を通れば人目についてしまう。そのため街道を大きく外れて森の中を移動し、人目につかないよう注意しながら戻ってきたのである。
例え人間が近づいてきても、サラの熱源感知に引っかかるため接触は回避できた。魔物の場合はレウルスの勘に引っかかるため、こちらは道中の食事になってもらうだけで済んだ。
「……誰にも見られてないのね?」
「その辺はちゃんと注意したぜ? 俺とサラで索敵をしたし、ドワーフ達も今は森の中に隠れてもらってるよ」
視線が通らないように森の中を進んできたのだ。森の切れ目に差し掛かる場合は周囲に人影がないことを確認し、見晴らしが良い場所を通る時は極力夜間に移動する徹底ぶりである。
「というわけで、ドワーフ側の代表として連れてきたカルヴァンだ」
「おう、俺がドワーフのカルヴァンだ……レウルスの剣を打ち終わって、寝て起きたら仲間に担がれて家から逃げ出してて驚いたがな」
そう言って恨めしそうな視線を向けてくるカルヴァンだが、レウルスはそっと視線を逸らして取り合わない。あの状況では悠長に目を覚ますまで待つような時間がなかったのだ。
カルヴァンは視線を逸らしたレウルスをしばらく睨んでいたが、やがてため息を吐くとナタリアへと向き直る。
「俺達ドワーフは寝床と飯と酒と鍛冶場があればどこでも生きていける。だが、そっちとしちゃあ素直に受け入れるわけにもいかねえだろ?」
「そうね……亜人であるドワーフを受け入れるとなると、それなりに“問題”を抱え込みそうだわ」
ナタリアは疲れたようにため息を吐く。事情が事情だけに冒険者組合の中にはナタリアと組合長であるバルトロしかいないが、バルトロも困ったように禿頭を掻いていた。
「ドワーフの一人や二人ならいくらでも誤魔化せるが、さすがに50人となるとな……」
「厳しいか?」
「単純に食料がな……短期間ならどうにかなるが、住むとなると厳しいと言わざるを得ん」
バルトロはラヴァル廃棄街の顔役として、町の備蓄状況などからそう判断したのだろう。ドワーフという亜人を受け入れる問題もそうだが、そもそもの問題として食料が足りないのだ。
「俺が魔物を狩って……」
「坊や? 魔物っていうのは普通そこまで頻繁に遭遇しないのよ?」
「うん、知ってる……でも最近の魔物との遭遇頻度が高すぎてな……」
魔物を狩ってきて補うというのも無理なようだ。レウルスとしては真紅の大剣だけでなくエリザの杖、そして他にも“色々”と作ってもらったため、このままドワーフを放り出すのは忍びない。
「おいレウルステメェコラ、話が違うじゃねえか」
「ドワーフの人数が予想以上に多かったからな……」
元々、ナタリアとしてもここまでドワーフの数が多いとは思わなかったのだろう。レウルスにとっても予想外の規模である。
見方を変えれば50匹近い中級の魔物の群れだと思えば、その予想外振りもわかるというものだ。
「はぁ……まあ、元々人間の町に住めるとは思ってなかったからな。レウルスの仲間だっていうなら信用できるんだろうが、そっちとしても俺達が町の中をうろつくのは落ち着かねえだろ?」
「正式にあなた達が町の“仲間”になるというのなら、すぐに慣れるでしょうけどね」
「それはそれでこっちが落ち着かねえな。レウルスの仲間だってんなら、いつ食われるかわかったもんじゃねえ。お前らもアレか? コリボーでもなんでも食べるのか?」
冗談なのか本気なのか、カルヴァンが笑いながら言う。しかし、それを聞いたナタリアはレウルスに冷たい視線を向けた。
「わたし達の町が誤解されているようだけど……坊や、あなたは一体何をしてきたの?」
「えっ? 食いでがある魔物が出たから食べただけだよ」
「アレは食いもんじゃねえだろ……」
カルヴァンが疲れたように言った。そんなカルヴァンの反応に、ナタリアはレウルスの背後へと視線を向ける。そこにはここまでの強行軍で疲れた様子のエリザと、普段通りあっけらかんとした様子のサラがいた。
「お嬢ちゃん?」
「“いつも通り”だった……それだけじゃ」
途中で野盗に襲われ、兵士達に詰問され、とんでもない強さの旅人に遭遇し、挙句の果てに貴族らしき人物と顔を合わせてしまったが、それらを除けば大体が“いつも通り”だっただろう。
ナタリアは困った様子で手に持っていた煙管を弄るが、十秒ほどしてからバルトロへと視線を向ける。
「組合長?」
「一時的な受け入れで精一杯だろう。町の鍛冶場で武具を作ってもらえれば金にはなるが、それはそれで問題が出る。何せ50人近いドワーフだ。良質の武具を大量に生産されると誤魔化しが利かん」
食料以外にも色々と問題があるようだ。レウルスはどうしたものかと思考を働かせるが、全てが上手く解決する手段は早々ないだろう。
「いや、こっちとしても一時的に身を寄せられるならありがてえ。これでも力と鍛冶には自信があるからな。何かできることがあるなら言いな。“間借り”しながら新しい家の候補地を探させてもらうぜ」
だが、カルヴァンが先に解決法を提示した。ラヴァル廃棄街に住むのではなく、再び自分たちの“家”を作り上げるつもりらしい。
(それが妥当な落としどころか……)
レウルスとしてはドワーフ達を見捨てる気はないが、ラヴァル廃棄街に“問題”を持ち込むわけにもいかない。
「それなら食事代は俺が払うよ。色々作ってもらった代金も払ってないしな」
「人間の金をもらってどうしろっていうんだ? 俺達ドワーフとしちゃあ、あれほど貴重な素材で武器や防具を打てたんだ。それだけで満足だ……ああ、でも飯は食わせてもらうか。ついでに酒もつけてくれ」
そう言われ、レウルスはドワーフ達に渡すことがなかった金貨の類を取り出す。さすがに全額使うわけにはいかないが、とりあえず半分ほどナタリアに預けておこうとレウルスは思った。
「それじゃ姐さん、この金でなんとかしてもらっていいか? 迷惑料として少しぐらいなら“抜いて”いいから」
「はいはい、仕方ないわね……これだけあれば食料も酒もどうにかなるわ。町にないなら他所から仕入れればいいだけの話だしね」
レウルスから金貨が入った布袋を受け取ると、ナタリアはバルトロへと手渡した。
「それで、あなた達が住む場所はどうするの?」
「住む場所はいらねえよ。鍛冶はできねえだろうが、住むだけなら近くの森に穴でも掘ればいい。この辺は強い魔物も出ないんだろ?」
「以前キマイラが出たぐらい……だよな?」
レウルスが確認のためにナタリアを見ると、ナタリアは小さく頷いた。
「坊やとお嬢ちゃんが戻ってきたし、弱い魔物なら寄ってくることもないでしょう。そもそも、強い魔物といっても中級に分類されるあなた達なら撃退も容易ではなくて?」
「そりゃそうだが、レウルスの近くにいると上級の魔物が寄ってきたりしねえか? 火龍が飛んできても俺は驚かんぞ」
カルヴァンの中でどんな風に思われているのか、レウルスとしてはじっくりと聞きたいところである。しかし『城崩し』に襲われたという事実があるため反論も難しかった。
「ひとまず、一時滞在の条件はそんなところかしら……ないとは思うけど、町の中で暴れるような真似はしないでちょうだいね?」
「しねえよ。そんな真似したらレウルスに食われるだろうが」
「おい、だから俺をどんな目で見てんだ」
そう言ってレウルスがカルヴァンを睨むが、先ほどのレウルスを真似るようにカルヴァンは視線を逸らす。だが、すぐに何か思い出すことがあったのか、レウルスへと真剣な視線を向けた。
「そうだ……おいレウルス、一つだけ頼みてえことがある」
「なんだ?」
どうやら真剣な話らしい。そう判断してレウルスも真面目に応対すると、カルヴァンは少しだけ不機嫌になりながら言った。
「うちの娘……ミーアはお前のところで預かってくれねえか? あいつはお前らを気に入ってるし、俺達に色々と思うところがあるだろうしな」
不機嫌そうにしながらも、カルヴァンが浮かべたのは“父親”らしい顔つきだった。
ミーアは自身の身長の高さに関してコンプレックスを抱えている。そのことを慮っての発言なのだろう。
「……別に構わないけど、預かる前に俺の家を改築しないと部屋がないぞ?」
とりあえずは一時的な話なのだろうが、ミーアを預かるのはレウルスとしても拒否する理由がない。エリザやサラと仲が良いため、情緒面でも二人に良い影響を与えるだろう。
ただし、預かるための部屋がないのが問題だった。
元々レウルスとエリザの二人で暮らすことを想定して建てた家である。それだというのに短期間でサラが加わり、追加でミーアを預かるとなると家が手狭すぎるのだ。
「それこそ俺達に任せりゃいいだろうが。資材さえ用意できるなら、改築なんざ一晩で終わる」
たしかにドワーフの技術があれば一晩で改築もできるだろう。そのためには建材などを集める必要があるだろうが、ドワーフが改築すれば住みやすさも頑丈さも大きく向上しそうだ。
だが、改築するにしても土地などの問題がある。その点をどうするべきかナタリアに視線で問うと、ナタリアは意味深に微笑んだ。
「やっぱり女の子を引っかけてきたのね?」
「誤解だ……誤解なんだよ姐さん……」
そういえばドワーフについて話を聞いた時にそんなことを言っていたな、とレウルスは思い出した。
ドワーフ達の扱いに関しては話がまとまり、レウルス達が住む家に関しては棚上げしつつ、必死に誤解を解こうと奮闘するレウルスだった。
冒険者組合を出たレウルス達は、その足でドミニクの料理店へと向かう。カルヴァンは今回の話を仲間に伝えるべく近くの森へ向かうが、その首にはレウルスの推薦状を下げているため町の仲間に止められることはないだろう。
ドワーフ達が目撃されないようにと日が暮れてからラヴァル廃棄街に戻ってきたが、ドミニクの料理店は夜も開いている。さすがに深夜になると営業を終了するが、今はまだ深夜ではない。
レウルスはエリザとサラを連れてドミニクの料理店へと足を踏み入れる。すると、レウルス達が戻ってきたことは既に噂になっていたのか、すぐにコロナが姿を見せた。厨房にはドミニクの姿もあり、レウルス達を見て小さく相好を崩している。
「レウルスさん! エリザちゃんとサラちゃんも、おかえりなさい!」
パタパタと駆け寄ってくるコロナ。その顔は笑顔だったが安堵の感情も浮かんでおり、コロナの顔を見たレウルスは“帰って”きたなぁ、と思いながら笑みを浮かべた。
「ただいま、コロナちゃん」
「ただいまなのじゃ!」
「帰ったわー。ただいまコロナ」
レウルスだけでなく、エリザとサラも返事をする。それを聞いたコロナはますます笑みを深め――慌てたように懐から鍵を取り出した。
「そうだ……これを返さないと」
「ああ、ありがとう。それと……コレは土産だ」
コロナから自宅の鍵を受け取ると、レウルスはその代わりに土産を渡す。それは『城崩し』を倒した後に拾った瑠璃色の石だが、ラヴァル廃棄街に戻ってくるまでにミーアの手を借りて形を整え、楕円状に磨き上げておいた。
そのため外見だけならば宝石に見える――見えるといいな、とレウルスは思っている。
「えっ……その、これって高いんじゃ……」
コロナからすれば高い物に見えたようだ。ただし、一応手間暇はかけたものの、1ユラもかかっていないためレウルスとしては反応に困る。
「あー……いや、値段はゼロだよ。だから気軽に受け取ってほしい」
首飾りなどの装飾品のようにしようかと思ったが、さすがにそんな技術は持ち合わせていない。レウルスとしてはもっと気の利いた土産にしたかったが、今回はこれが限界だった。
「町で買ったものじゃないんですか?」
コロナは不思議そうな顔をしながら首を傾げる。店売りの商品だと思ってくれたのならば、時間をかけて磨き上げた甲斐があるというものだった。
(元手がゼロな分、申し訳ないけどな……)
もしかすると宝石なのかもしれないが、レウルスとしては見栄えが良い石を拾ってきただけという感覚である。そのため、レウルスはせめて土産話だけでもと思って笑いかける。
「金はかかってないけど、手に入れるまで色々とあってさ。まずはこの町を出てからなんだけど――」
ようやく帰ってきたのだ。
ドミニクに塩スープを注文してから椅子に座ると、レウルスはコロナだけでなくこの場にいた町の仲間にも向けて土産話を始めるのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
これにて4章は終了となります。
毎度ご感想やご指摘、ブックマーク登録や評価ポイント等をいただきましてありがとうございました。
どうにかこうにか毎日更新を継続できました。
次話からは5章……の前に、日常回的な話を挟もうかと考えています。そこまで話数を使うわけではないと思いますが、世界観に関する話も書ければいいな、と。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。