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第127話:『城崩し』 その7

 『城崩し』の巨体が地面に沈む。その轟音を聞きながらもレウルスは真紅の大剣を構えたままだった。

 ないとは思うが、トカゲのしっぽのように斬っても動き出す可能性がある。巨大ミミズは頭付近を斬れば死んだが、『城崩し』もそうだとは限らないのだ。


「ふんっ!」


 動き出す前に斬れば良いか、とレウルスは『城崩し』の死体を斬りつける。首を斬ったことで地面に転がる巨大な頭を二つに切り分け、ついでにと言わんばかりに胴体部分にも二度、三度と斬撃を叩き込んでみた。


 決して真紅の大剣の切れ味を再確認したかったわけではない。用心のための追い打ちである。両手に伝わる切れ味は非常に甘美なものがあるが、更に斬りつけたいのを堪えてレウルスは大きく息を吐いた。


「……勝てたか」


 真紅の大剣がなければ勝てていたかわからない。今回の勝利はつまるところ、高性能な武器によるゴリ押しに近かった。『城崩し』を斬れる武器がなければ逃げることすら難しかっただろう。

 それでも生き残ったのはレウルス達であり、その点に関しては何も言うことがなかった。


「え? 終わっちゃった? わ、わたしの出番は? 炉の前で火力の調整をするだけだったんですけど!? ここはこう、バシッとボワーっと! わたしの火炎魔法が火を噴く場面じゃないの!?」

「肉を焼くときに好きなだけ火を噴くといいさ……いや、悠長に焼き肉をしてる暇はないか?」


 戦闘面で出番がなかったことが不満なのか、サラが両腕を振り回して不満を露にしている。たしかにサラの火炎魔法があればもっと余裕を持って勝てたかもしれないが、既に戦いは終わったのだ。


 そうやって騒ぐサラを横目で見た後、レウルスは周囲の“惨状”を確認した。

 本当に酷い、まさに惨状としか言えない有様である。『城崩し』が暴れたことで周囲の木々が薙ぎ倒され、地面も掘り返されていた。最早『迷いの森』とは呼べないだろう。


「レウルス君!」


 さて、これからどうしたものか。そう悩むレウルスだったが、エリザを抱えたミーアが走ってきたためそちらへと視線を向ける。


「……エリザはどうしたんだ?」

「魔力を使い切ったみたい……二発目の魔法を使い終わったらそのまま気絶しちゃった」


 レウルスがエリザの顔を覗き込んでみると、どこか安心したような、気の抜けた表情で気絶していた。ミーアがエリザと一緒に運んできた巨大な杖のおかげだろうか。

 褒めておきたいところだったが、気絶したのならば仕方がない。レウルスはサラに持たせていた大剣の鞘を受け取ると、真紅の大剣をゆっくりと鞘に納めていく。血も脂もついていないため、そのまま鞘に納めても良いと思ったのだ。


 それでも、これからは武器の手入れについてもしっかりと学ぶ必要があると頭の片隅で思考した。この新たな“相棒”を手入れするためならば、多少の手間も惜しくはないのだ。


「おいおい……どうなった?」

「でけぇ!? なんだコイツ……」

「コレが『城崩し』か? なんで輪切りにされてるんだ……」


 レウルス達が言葉を交わしていると、集落にいたと思わしきドワーフ達も駆けつけてきた。それぞれ武装しているものの、息絶えた『城崩し』を見て唖然としている。


「おせーよ……いや、むしろ良かったのか?」


 もしも『城崩し』がドワーフ達を狙って動いた場合、庇いきれたかわからない。それを思えば援軍が遅れて正解だったのだろう。そう考えたレウルスが声をかけると、ドワーフ達は周囲を見回しながら近づいてくる。


「しかし、こりゃひでえな……」

「森がボロボロじゃねえか」


 ドワーフ達は『迷いの森』の惨状を見て複雑そうな顔をした。ここまで整備するのに手間と時間がかかったであろうことは想像に難くない。元の『迷いの森』に戻すにはかなりの時間を要するだろう。

 だが、『迷いの森』が元通りになるよりも、人間の兵士が様子を見に来る方が先だと思われた。これほど大規模に森が滅茶苦茶になれば、どんな領主だろうと状況の確認ぐらいは行うはずだ。


(一度撤退したけど、兵士もこの森を怪しんでたしな……)


 最早『迷いの森』で迷うことはないだろう。むしろ、今この時でさえ『城崩し』の後を追って兵士達が接近している可能性もあった。


「引っ越しの準備を進めておいて正解だったな……」

「ああ……さすがにこりゃ無理だ。元に戻す前に人間が来ちまう」


 ドワーフ達も集落に住み続けるのは難しいと判断したのか、残念そうに言う。元々巨大ミミズによって“家”のあちらこちらに穴を掘られていたが、『城崩し』の襲来に加えて人間まで寄ってくるとなると逃げるべきだろう。

 幸いというべきか引っ越しの準備自体はしていたためすぐに逃げ出せるが、長年棲んでいた場所から離れるというのはドワーフとしても辛いことである。


「よし、そうとなったら逃げるか」

「鍛冶をしてて寝てる奴はどうする?」

「そりゃお前……運ぶのも面倒くせぇし置いてくか」


 しかし、切り替えの早さもドワーフの特徴なのだろう。数十秒ほど『迷いの森』を眺めていたドワーフ達だったが、すぐに“引っ越し”を決意した。

 寝ているドワーフを置いていくというのは、さすがに冗談だろうが。


「……俺が言うのもなんだけど、あっさりとしてるな」


 住み始めて一年も経っていないが、もしもラヴァル廃棄街から他の場所に引っ越すとなると、最後までごねそうだとレウルスは思う。

 それが天災などの“仕方がない”理由ならばまだ納得もしやすいが、魔物の襲来などで移動を強いられたら原因の魔物を斬りにいきそうだ。


「何を言ってんだレウルス。壊れたものは修理するし、それが無理ならまた作りゃいい。俺達の集落もそうだってだけの話だろうが」


 ドワーフの一人が笑って言うが、そんなものだろうかとレウルスは首を傾げた。その辺りは物作りに長けたドワーフならではの意見なのだろうか。


「次の集落はもっと手を加えねえとな」

「罠を仕掛けてみるか?」

「いやいや、まずは場所をどうするかだろ」


 早速次の集落をどう作るか検討し始めたドワーフ達に、レウルスは思わず苦笑を零す。その逞しさは是非とも分けてほしいところだ。


「ねえねえレウルス、ところでさぁ……このでっかい魔物はどうすんの? ここに置いてく?」


 ドワーフ達の決断の早さに感心していたレウルスだったが、サラの質問を受けて真顔になった。


「ぐっ……今すぐ離れる必要があるってのはわかるんだが、こんなにデカい肉を置いていくのか……とりあえず味だけは確認しとこう」


 『城崩し』を食べ尽くそうとすれば、さすがのレウルスでも相当の時間がかかるはずだ。むしろ腐る方が圧倒的に早いはずである。

 そのためレウルスは輪切りにした『城崩し』の胴体に貫き手を差し込み、肉を引きちぎる。そしてそのまま口に運び、生のままで食べ始めた。


「あっ!? ちょっと待って! わ、わたしが焼くわ! 焼くから!」

「……いや、うん、焼かなくていいかな……この前まで食べてたミミズよりも不味いし……」


 時間があるならば焼いて塩を振れば食べられないこともない。しかし、生の肉でも土の匂いと味が強すぎた。

 折角の食料を置き去りにするのは心苦しいが、兵士が駆けつける危険性を考えると悠長に食事をしている時間もない。


「躊躇なく生で食いやがった……」

「いや、そりゃ今更だろ……」

「今更だけどよ……さすがに躊躇ぐらいはするべきだろ」


 ドワーフ達がひそひそと言葉を交わし合うが、レウルスが視線を向けるとそれぞれ別方向に視線を逸らす。


「とりあえずレウルスよぉ、肉は置いとくとしても“皮”は剥いでいくぞ。色々と鉱石が引っ付いてるし、剥げるだけ剥いでいきてえ」


 話を逸らすためか、それとも本心なのか。ドワーフの一人が話題の矛先を変えた。その話題に乗ったレウルスが『城崩し』の体を見てみると、たしかに鉱石の類が大量に付着している。


「いつ兵士が来るかわからないし、手早くな?」

「おうよ。半数で引っ越しの準備を進めりゃ一時間後には出発できるだろ」


 そう言って、早速『城崩し』の体から鉱石を剥がし始めるドワーフ達。これから引っ越すことを考慮して希少価値が高そうなものだけを選り分けているが、やっていることは追い剥ぎと変わらないのではないか。


「お肉……わたしの出番……」

「いつでも肉を焼く機会はあるから……っと?」


 何故か拗ねているサラの頭を撫でるレウルスだったが、足元に目を引く石が転がっていたため思わず足を止めた。


 大きさはそれほどでもなく、レウルスが握ればそれだけで全体が隠れそうなほど小さい。光沢はほとんどないが鮮やかな瑠璃色をしており、磨けば良い艶が出そうだった。


「んー? なにその石」

「わからん。魔力……は感じないな」


 ただの色がついた石なのか、それとも宝石の類なのか。その石を見たレウルスは僅かに前世の記憶が刺激されるのを感じた。


(ラ……ラ……ラ? ラ……なんだっけ?)


 宝石の一種だった気もするが、そもそも宝石に関して詳しくない。頭文字は思い浮かんだものの具体的な名前が出てこず、レウルスはすぐに思い出すことを諦めてしまった。


(ラヴァル廃棄街に戻るまでに磨いてみるか……コロナちゃんへの土産になりそうだしな)


 本当はもっと良いものを贈りたいが、ミーア達の手を借りればそれなりに見栄えの良い土産になるかもしれない。

 そう考えたレウルスは懐に瑠璃色の石を放り込み、ドワーフ達の引っ越しを手伝うべく集落へと向かうのだった。








 同日、日暮れが近づいてきた『迷いの森』――“元”『迷いの森』に、二つの人影があった。


 その二つの人影は足早に森の中を進むと、息絶えた『城崩し』を見つけて足を止める。


「やっと見つけた……って、あれ? 死んでる?」

「何を馬鹿な……死ぬような傷は与えていないでしょう? ……本当だ、死んでますね」


 二つの人影は、一組の男女だった。

 両者とも息絶えた『城崩し』を前にして、呆気に取られたような声を漏らす。


「えー……嘘だろオイ……こんなに倒しやすい上級の魔物が出てきて運が回ってきたと思ったのによ……」

「その“倒しやすい”魔物を取り逃がした時点で運がないと思いますよ」


 男性は息絶えた『城崩し』を見て肩を落とす。そんな男性に声をかける女性――少女の声はどこか冷たかった。


「仕方ねえじゃん? 地面に潜って逃げられたらさすがに追えませんって。あーあ、これなら“予定通り”ドワーフを狙えば良かったかぁ」

「そちらも運がなかったとしか言えませんよ。噂を撒いても『城崩し』が出た以上は意味がないですしね……おや?」


 そこでふと、少女が何かに気付いたように『城崩し』の死骸に歩み寄った。


「ん? どうしたんです?」

「いえ、この傷……」


 少女が注視したのは『城崩し』の胴体の断面である。真っすぐに斬られた断面をじっと見つめた。


「風魔法? いえ、そうだとしても綺麗すぎる……風魔法で斬るとすれば余程の手練れですが、それほどの実力を持つ者がこの近辺にいるとは聞きませんね」

「通りすがりの風魔法使いでもいたんですかね?」

「“我々”の情報網に引っかからないような使い手が、たまたまこの場に通りかかって『城崩し』を仕留めたと?」

「あー……なさそうっすねぇ。となるとなんだ? 『狂犬』の縄張りはもっと東の方でしょ?」


 男性は頭を掻きながら首を捻る。


「そもそも手口が違うでしょう。この近くにいたドワーフが倒した……というのも考えにくいですね」

「俺としてはどうでもいいですわ……せっかく手軽に合格できると思ったのになぁ。この『城崩し』は俺が仕留めたってことで……駄目?」


 男性は半笑いで少女に尋ねるが、少女は冷たい視線を返す。


「駄目に決まっているでしょう? 司教になるには上級の魔物の討伐が最低条件です。実力的には問題ないと思っていますが、他の司教が納得しませんよ」

「ですよね……かー、残念っすわ」


 そこまで残念に思っていない口調で男性が言う。その言葉を聞いた少女は冷たさを滲ませたままで東の方を見た。


「今からヴェオス火山に行って火龍でも狙いますか?」

「そりゃ勘弁っすわ。さすがに死んじまいます」


 手を振って少女の申し出を拒否する男性。少女はそんな男性の様子に小さくため息を吐くと、『城崩し』の死骸に視線を戻した。


「でも……」

「でも?」

「いえ、これを成したのが人間なら興味があります。風魔法を使ったのか、それとも……ないとは思いますが、斬ったのか。もし後者なら……ふふっ」


 そこで初めて少女が笑みを零す。それは可憐な笑みだったが、男性は小さく身を震わせた。


「その笑顔、怖いからやめてもらっていいですかね? 夢に出そうっすわ」

「失礼な。そもそも貴方が『城崩し』をきちんと仕留めていれば何も問題はなかったんです……まあ、長居は無用です。帰りますか」


 そう言って少女が踵を返す。男性は肩を竦めると、小さく頭を下げてからその少女の背中を追った。


「へいへい……すいませんね“司教”様」

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