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第126話:『城崩し』 その6

「不眠不休で炉の火と睨めっこをしてもう何日? でも、やーっと完成したわ! カルヴァンなんて完成と同時に白目剥いて気絶したけど些細なことよね!」


 完成したと思わしき大剣を担いでサラが快活に笑う。しかし全身血塗れのレウルスを見るなり大きく目を見開いた。


「って、ちょっとちょっと! レウルスってば血だらけじゃない! なに? わたしがいない間に何が起きたの!?」

「『城崩し』に空高く打ち上げられた後、圧し潰されるのを避けたら撥ね飛ばされただけだ。なに、額が割れて内臓も傷んで右腕の筋肉が千切れかけただけで問題はねえよ」

「意味がわからないんですけど!?」


 目を見開いたままで叫ぶサラだが、今はそれに構っている暇はない。レウルスはサラが担いでいる大剣に左手を伸ばすと、力を入れて持ち上げる。


「これが新しい剣……か?」


 エリザが放った雷魔法によって『城崩し』の動きが止まっている。それを思えば今すぐにでも斬りかかるべきだが、レウルスは新しい大剣を見て思わず問いかけていた。


 柄頭から切っ先までの長さはおよそ二メートルほどで、今まで使っていた大剣の中でも一番大きい。その割に重量はそれほどでもなく、ドミニクの大剣よりも若干軽く感じられる。

 刀身も幅があり、厚さは三センチほどで――何故か刃がついていなかった。


(これでどうやって斬れと?)


 注文通り片刃で僅かに反りがあるものの、肝心の切れ味はまったくなさそうである。刀身は黒に近い灰色だが、まだ研いでいないのか鈍器として使うことしかできそうにない。


「あっ、それは鞘よ?」


 レウルスの疑問を察したのか、サラがあっけらかんと答えた。しかし、その言葉を聞いたレウルスの困惑はより深まる。


「鞘? いや……どうやって抜くんだ?」


 刃はないが剣の形状をしているため鞘だとは思わなかった。試しに力を込めてみるが鞘から剣が抜けることはない。


「ちょこっと細工がしてあるの。レウルスの魔力に反応するはずだから、剣に魔力を通してみて」


 そう言われて、レウルスは魔力の刃を飛ばすつもりで大剣に魔力を込める。するとそれまでの接着ぶりが嘘のように“鞘”から剣が抜けた。


「――――」


 そして、引き抜いた剣を見てレウルスは言葉を失う。


 当然ながら刀身は鞘よりも小さい。だが、剣の良し悪しがわからない素人のレウルスでも業物だと即座に見抜けた。


 柄の長さは四十センチ程度、刃渡りは目測で一メートル半前後といったところだろうか。刀身は鮮やかな真紅に染まっており、刃紋などの“装飾”は一切ない。

 既に研ぎ上げられているのか銀色の光を放つ刃は鋭利な輝きを宿しており、指で触れればそのまま指が落ちそうだ。鍔の類はなく、ドミニクの大剣とよく似た形状をしている。


 鞘の無骨さとは裏腹に、真紅の大剣は心が沸き立つ妙な色香すら漂っているように感じられた。


 ――“コレ”は間違いなく妖刀か魔剣の類だ。


 実際に妖刀や魔剣を見たことがあるわけではないが、そう断じるほどにレウルスは目の前の大剣に意識を惹かれていた。


 コレならば『城崩し』も斬れる。岩だろうと鉄だろうと斬れる。むしろ何が斬れないのか知りたい。魔物も“人間”も、熱したナイフでバターを斬るよりも容易く斬れるだろう。むしろ空気を斬る感覚で斬れるかもしれない。


「もう大変だったわよ! 寝たいのに寝かせてくれないし、炉の前から動けないし、じっと火の管理をするだけなんて拷問かって――」


 サラが何かを言っているが、レウルスの耳には届かなかった。


 レウルスは真紅の大剣を見つめる。呼吸すら忘れたように、じっと見つめる。

 今はまだ左手だけで柄を握っているが、妙に手に馴染む。試しにと両手で柄を握ってみると、まるで手に吸い付いてくるように違和感がない。その心地良さは右腕の痛みを忘れるほどで――。


「ハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 知らず知らずの内に唇が弧を描き、勝手に笑い声が漏れてきた。レウルスは腹の底から大笑して柄を握る手に力を込める。


 レウルスが今まで使ったことがある武器は、元々“誰か”のために作られたものだ。一番使いやすかったドミニクの大剣でさえ、他所から流れてきた作り手すらわからない代物である。


 体格や腕の長さ、腕力に手のひらの大きさ。それらに見合った大きさと重さ、重心を持ち、なおかつ手の形に合わせて作られた柄の握り心地は最高としか言いようがない。


 ――あるいは、最高という言葉でさえ当てはまらないかもしれない。


「おい……おいおいおい! すげえなコイツは! 武器は使えさえすればいいと思ったが“コイツ”は例外だ!」

「えっ、あ、あの、レウルス? どうしちゃったの?」


 全身血塗れで怪我だらけということすらも忘れたように、レウルスは無邪気に喜ぶ。その豹変ぶりにさすがのサラも少しだけ引きながら尋ねたが、レウルスは機嫌が良さそうに笑うだけだ。


「レウルス、武器が間に合ったんじゃな!? それなら早くしてほしいのじゃ!」


 呵々大笑としか言いようがないレウルスの笑い声が聞こえたのか、エリザが焦ったように叫んだ。その叫び声に釣られてレウルスが視線を向けてみると、雷魔法による硬直から復活したのかその巨体を動かし始めた『城崩し』の姿がある。


 戦闘中だったことを忘れるほどに、真紅の大剣がもたらした衝撃は大きかった。


 レウルスは柄を握る手に力を込めるが、『熱量解放』を使っているレウルスの握力を受けても大剣は微塵も軋まない。むしろレウルスの方が力不足なのではないかと思うほどに、大剣から感じられる“力”は大きかった。


 まだ一度も振るっていない、一匹たりとも敵を斬っていない大剣に対する感想としては間違っているだろう。だが、間違いなくこの剣は最高だとレウルスは思った。

 握るだけでこれほどまでに心が躍るのだ。全力で振るえばどれほどの切れ味を見せてくれるか。力もそうだが、技量が未熟な身で振るうのが申し訳ないほどだ。


 “その感覚”を一言で表すならば、一目惚れだろう。身の丈に合わない優れた異性を平凡な我が身に付き合わせる申し訳なさと興奮があった。


『ギイイィィ……』


 絞り出すような声に気を引かれたレウルスが見たのは、エリザの雷魔法がもたらした影響から脱した『城崩し』の姿。威嚇するように無数の歯を擦り合わせているが、それを見たレウルスは無言で真紅の大剣を構える。

 常の如く、両手で握った大剣を右肩に担いで前傾姿勢を取った。『熱量解放』に回している魔力はまだ残っている。あと五分程度ならば魔力も尽きないだろう。


 それだけあれば十分だと、レウルスは思った。


 レウルスは無言で地を蹴り、弾丸のように疾駆する。それまで逃げ回っていたのが嘘のように、真正面から『城崩し』へと突撃する。


『シャアアアアアアアアアアアアアアアァッ!』


 正面から向かってくるレウルスに対し、『城崩し』はその場で大きく旋回した。上半身を軸に体を捻り、その長大な体を真横へと振り回す。

 その一撃は周囲に生える木々を薙ぎ倒しながらレウルスへと迫り――レウルスは笑った。


 津波のように迫る、巨大な『城崩し』の下半身。今までならば回避しかできなかっただろうが、レウルスは回避ではなく迎撃を選択する。


「ガアアアアアアアアアアアアアァッ!」


 腹の底から咆哮し、轢殺しようと迫る巨体へと真っすぐに踏み込む。『熱量解放』によって強化された身体能力ならば、右肩に担いだ真紅の大剣も“納得”してくれると信じて。


 真紅の大剣ならば、『城崩し』の体も斬り裂ける。それは予測ではなく確信だ。仮に斬れないとすれば、それは使い手であるレウルスの力が足りないというだけのことである。


 それでもレウルスに迷いはない。足の骨が砕けても構わないと言わんばかりの勢いで強烈に踏み込み、右肩に担いだ大剣に魔力を込めながら全力で振り下ろし――“それ”は成った。


 キン、と澄んだ音が響く。それは非常に耳心地の良い乾いた音で、大剣を振り切った後になってレウルスの耳に届いた。


 ――『城崩し』の尻尾が宙に舞う。


 レウルスが『城崩し』の外皮どころか肉体を“輪切り”にしたと気づいたのは、斬れた『城崩し』の肉体が地面に落下してからだ。


『ガアアアアアアアアアアァッ!?』


 数秒遅れて肉体が斬り飛ばされたことに気づき、『城崩し』が絶叫の声を上げる。


 レウルスが斬ったのは尻尾部分で『城崩し』の体は七割ほど残っているが、剣の一振りで体を切断されるとは思わなかったのだろう。レウルスは大剣に魔力を込めて斬りつけただけだが、それを成すほどの切れ味があったのだ。


「なるほど……斬れる武器さえあれば厄介なのはその図体だけか」


 一体どのように斬ったのか、レウルスもきちんと理解していない。真紅の大剣ならば可能だと思って振るったが、一体どれほどの切れ味があったのか、刀身に『城崩し』の血や脂はついていなかった。


 それでも、今のレウルスにも理解できることがある。眼前の『城崩し』はたしかに厄介な魔物だが、厄介なのはその図体の大きさだけなのだと。

 『城崩し』の体を斬れる武器が必要だという時点で難易度が高そうだが、肝心の武器さえあれば未熟なレウルスでも斬れるのだ。それを理解してしまえば、それまで巨大に見えていた『城崩し』が小さくなったような気がした。


「……ん?」


 レウルスが大剣を担ぎ直していると、離れた場所に強い魔力を感じた。『城崩し』から意識を逸らさない程度に確認してみると、先ほど雷魔法を放ったエリザが二発目の準備に取り掛かっていた。


 杖の先端に魔力を集中させ、照準を『城崩し』に合わせている。『詠唱』を使っていた頃は一発撃てば限界を迎えていたが、どうやら杖の恩恵で複数発撃てるようになったようだ。

 そして、僅かな時間を置いてエリザの雷魔法が放たれた。『城崩し』は魔力を感じ取っていたのか事前に回避行動を取っていたが、エリザの雷魔法は直撃を回避できても広範囲を痺れさせる。


 『城崩し』は地面に潜ってやり過ごそうとしたが、レウルスに体の一部を斬られたことが影響していたのだろう。地面に潜っている途中でエリザの雷魔法が直撃し、その体を痺れさせる。


「オオオオオオオオオオオオオォォッ!」


 それを見逃す理由もない。レウルスは全速力で間合いを詰めると、地面に頭を突っ込んだ状態で硬直する『城崩し』へと斬りかかる。


 間合いを詰めた勢いを殺さずに踏み込み、体を旋回させて真紅の大剣を真横へと奔らせた。

 魔力を込めながら振るった大剣は『城崩し』が纏っていた鉱石を斬り裂き、柔軟かつ頑丈な外皮も斬り裂き、外皮の下にある筋肉も斬り裂き、そのまま反対側へと突き抜ける。


 真紅の大剣の刃渡り以上に『城崩し』が斬れているのは、レウルスの魔力によるものか。あるいはその切れ味が成した一種の奇跡か。

 首を斬り飛ばしたレウルスは、大剣を振り切った体勢のままで思わず呟く。


「こりゃあヤバイわ……武器頼りになりそうで怖くて仕方がねえ」


 そんな呟きを零し――首を斬り飛ばされた『城崩し』の体が轟音と共に地に沈んだのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハーレム要素が強い小説は苦手なので、レウルス君の周囲に女の子が集まりつつあって、この先読めるか心配になりつつ、レウルス君が女の子達に邪な感情を抱いていないので楽しく読ませて頂いています。 (…
[良い点] 噛ませ犬としての役割を全うした城崩しはいい仕事をした。 [一言] メインヒロインは剣だったか、いやまてよ素材的に火龍がヒロインなのでは?
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