表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/634

第122話:『城崩し』 その2

 『迷いの森』から兵士が撤退して三日が過ぎた。


 レウルスは月明かりが地表を照らす中、大剣を傍らに置いてドワーフの集落がある山の頂上で座り込んでいた。満月が近いからか、深夜にも関わらずそれなりに明るい。


 わざわざ野外で座っているのは、月の明かりがあるため優雅に月光浴をしている――などという理由ではない。山の頂上から眼下を見渡し、警戒しているのだ。


 そんなレウルスの傍には誰もいない。普段ならば傍にいるエリザは魔法具の作成と調整に集中しており、サラにいたっては鍛冶場に連行されて炉の前から移動することすら許されていなかった。


 索敵の“性能”に関してはサラに軍配が上がるが、動けないのだから仕方がない。レウルスでは魔力しか感じ取れないものの、仮に大物が――それこそ『城崩し』が近づいてくればすぐに気付けるだろうと警戒しているのだ。

 サラは火の精霊というだけあり、火炎魔法とは別の形で火を操れるらしい。それは魔法以外の手段によって発生した炎の強弱をある程度操れるというものだが、火力が欲しいカルヴァン達にとってはこれ以上ないほど重要な能力だろう。


(普段から遠くの熱源を探れるのは伊達じゃないってことか……)


 人間や魔物の体温は探りにくいが、焚き火など“火”に関わるものならば距離があってもはっきりとわかると言っていた。もちろん感知できる距離には限度はあるが、距離が近ければ焚き火の炎なども操れるらしい。


(あれだけ肉の焼き加減を調整できるんだし、今更だな)


 どこでも肉が焼けて、更には水に放り込めばお湯に変えられるのだ。それだけでも信仰して良いと思えるレウルスである。

 ただし、今となってはサラを道具のように扱うつもりなどない。エリザと同様に、とまでは言わないが、身内として大切にしたいと思っている。


 レウルスの武器だけでなく、エリザの魔法具を作るためにも協力してくれているのだ。サラ本人はドワーフ達の反応に慣れたのか、炉の前に仁王立ちして火を操っているところである。


 鍛冶を生業とするドワーフにとっては、文字通り火を操ることができる火の精霊は信仰の対象として相応しいのだろう。

 突然火の精霊と明かされた興奮が冷めると、サラに対してそれなりに敬意を払って対応しているのだ――あくまでドワーフ基準での敬意だが。


(とりあえず、無事ラヴァル廃棄街に戻れたらサラの部屋も用意しないとな。でも、アイツは何をやれば喜ぶんだ? 最近は肉を焼くと機嫌がいいけど……)


 身内として迎え入れるのならば、サラの部屋も必要だろう。それに関してはカルヴァン達へ渡す報酬の額次第だが、自宅を増設するだけならばそこまで大金はかからないのではないか。


(部屋を作って……肉を焼くのが好きみたいだし、あとはキッチンでも作るか? それと風呂場があれば完璧だな)


 風呂場に関してはレウルスが設置したいからという理由もある。ラヴァル廃棄街では水も貴重なため毎日は入れないが、雨水などを利用すればそれなりの頻度で風呂に入ることができるだろう。

 少しずつ充実していく我が家を想像し、レウルスは少しだけ口の端を吊り上げる。


(ま、それも絵に描いた餅でしかないわけだが……)


 全ては無事にラヴァル廃棄街へ帰ってからの“お楽しみ”だ。


 こうして見張りをしているが、例の『城崩し』だけでなく兵士の動向も気になる。日中は『迷いの森』を抜けて街道付近を偵察に行くが、撤退してからは兵士の姿が完全に消えてしまっていた。

 それでも、気を抜くことなどできるはずもない。ヴァレー鉱山に出た『城崩し』がどうなったかわからないが、いつ兵士達が引き返してくるかもわからないのだ。


「お疲れ様、レウルス君。これ、ボクが作った夜食だけど……よければ食べてくれるかな?」


 そうやって見張りを続けていると、小さな足音を立てながらミーアが近づいてきた。その手には籠が握られており、中には先日食べた餅らしきものが見える。


「おう、ミーアか。わざわざ悪いな……喜んで食べさせてもらうよ」

「うんっ! あっ、それとお水と……一応、火酒もあるけど?」

「水だけもらうよ。酔っぱらうわけにもいかないしな」


 鍛冶の手伝いもできず、かといってエリザのように付きっ切りで魔法具の制作をするわけでもない。自分にできることは見張りぐらいだと思うレウルスだが、こうしてミーアは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

 夜食を作ってくれるのもそうだが、レウルスの話し相手にもなってくれるのだ。


「うん……今日も美味い。ミーアは良いお嫁さんになるな」


 相変わらず大きな葉で包まれている餅もどきを齧り、レウルスは大きく頷いた。

 具材はそれほど変化がないが、レウルスとしてはきちんと食べられるだけでも幸せである。美味いと思えるミーアの料理は心すら豊かにしてくれそうだ。


「も、もぅ! レウルス君ったらからかってばっかり!」

「がふっ! い、いや、料理が上手いってのは十分なアピールポイント……じゃない、長所だぞ?」


 レウルスとしては心底から褒めたつもりだったが、頬を僅かに赤らめたミーアに背中を叩かれてむせてしまった。エリザやサラよりも小柄なミーアだが、ドワーフらしくその腕力は強いのである。


「そ、そうかな?」

「おう。俺は食事に関しちゃ嘘はつかねえよ」

「でも、ボクってほら……背が高いからさ。そういうのは全然考えたことがなくて……」


 もじもじとしていたミーアだが、自分の言葉で傷ついたのか表情を曇らせた。しかし、それを聞いたレウルスは思わず吹き出してしまう。


「はははっ、そんなに小さいのに何を言ってるんだか。エリザやサラよりも小さいじゃねえか。もっとしっかりメシ食って、もっと大きくなればいい。周囲の声なんて気にすんな」


 そう言ってレウルスが荒っぽくミーアの頭を撫でると、ミーアは恥ずかしそうにしながらもどこか嬉しげに微笑む。


「レウルス君って、ボクより一歳年上なんだよね? でも、どこか父ちゃんみたいな……うん、安心するっていうのかな? もっと年上の“男の人”って感じがするなぁ……エリザちゃんやサラちゃんと接する時も、父ちゃんみたいだし」

「……? あ、ああ! そうそう、俺は一歳年上だな、うん。でもほら、さすがにカルヴァンのおっちゃんと同じように扱われるのは困るな」


 前世を含めれば、たしかにカルヴァンと同年代になりそうだ。今世では十五歳だが、前世の年齢と合わせればエリザ達のような年齢の子どもがいてもおかしくはない。


「あははっ、なんだいソレ。でも、父ちゃんみたいな感じがするってのは本当だよ? レウルス君って、たまにエリザちゃんをすごく優しい目で見てるしね」

「そう……なのか?」


 それは気づかなかった、とレウルスは頭を掻く。外見の若さと言動が釣り合うように意識しているが、目つきまでは気にしたことがなかった。あるいは、ミーアの観察眼が優れているのだろうか。

 ミーアはひとしきり笑うと、その困ったような表情へと変わる。


「ところでサラちゃん……サラさん、ううん、サラ様が火の精霊様だなんて今でも信じられないや」


 ミーアが話題に選んだのは、サラのことだった。たしかに火の精霊を信仰するドワーフとしては無視できない話題だろう。ただし、カルヴァンなど大人のドワーフはサラがもたらす火力に狂喜乱舞しているが。


「様付けはやめてやってくれ。アイツも口では何だかんだと言ってるけど、距離を取られるのが嫌みたいなんだ」

「父ちゃん達みたいに、距離を気にせず炉の中に放り込もうとしてたのは?」

「……それはまあ、火の精霊だしな。火で炙られても死なないと思うし……」


 火の精霊が火に焼かれて死ぬなど洒落にもならないだろう。ヴァーニルが全力で火炎魔法を使えば死ぬのかもしれないが、何だかんだでサラならば生き延びそうだ。


「ふふっ……不思議な関係なんだね?」


 そう言いつつ、ミーアはレウルスの隣に腰を下ろす。そしてレウルスの顔を見上げると、眩しいものでも見たように目を細めた。


「そういえばレウルス君は……その、アクラ? って町の人を助けに行かないの?」


 ミーアが次の話題に選んだのは、『城崩し』が現れたことで危険に晒されている“かもしれない”アクラの町についてである。その問いかけを受けたレウルスは餅を齧りつつも首を横に振った。


「行く理由がないな。精霊教の教会が少し心配だけど、アクラなら兵士もいるから大丈夫だろ。知らない人間を助ける趣味もないしな」

「ふーん……人間ってもう少し助け合ってるのかと思った」


 冷たく――というよりは興味がなさそうにレウルスが答える。それを聞いたミーアは少しだけ不思議そうに呟くが、レウルスとしては苦笑するしかない。


「もちろん、俺が住んでる町……ラヴァル廃棄街や町の仲間に手を出してくるのなら、『城崩し』だろうが火龍だろうが、兵士の大軍だろうが迎え撃つさ。でもアクラはそうじゃない……それだけの話だよ」


 そもそも、勝てるかどうかもわからないのだ。ラヴァル廃棄街の仲間やエリザ、サラといった身内の命を危険に晒すというのなら全力で抗うが、アクラの住民相手には何の思い入れもない。


(助けたとしても、感謝されるどころか余計な問題が出てきそうだしな……)


 冒険者の立場は非常に悪いのだ。奴隷と比べればまだマシなのかもしれないが、仮に『城崩し』を倒すなり退けるなりできたとしても、新たな問題が発生するのは想像に難くない。


「人間って大変なんだね……」

「ああ、色々と大変なんだよ」


 ドワーフの集落の中だけで育ったミーアには想像もできない世界なのだろう。奴隷としてシェナ村から“出荷”されるまで似たような境遇だったレウルスとしては、共感こそすれ笑うことなどありはしない。


「最近人間の兵士が『迷いの森』に来てたし、そろそろ引っ越しをしようかって話も出てるんだ」


 僅かな沈黙の後、話題を変えるようにミーアが言葉を紡いだ。それを聞いたレウルスは餅を水で流し込んでから頷く。


「そうした方がいいな。アクラの町でドワーフの噂が流れてたし、どうにもきな臭い……行く宛はあるのか?」

「んー……とりあえず人目を避けられる場所ならどこでもいいかなって。できれば山がいいけど、無理なら平地だろうと自分達の手で家を造り上げるだけだしね」


 巨大ミミズが家の中に穴を開けていたというのも、“引っ越し”の理由の一つなのだろう。それに加えて人間の兵士と『城崩し』が現れたのだ。移動するのはレウルスとしても賛成である。


「なんならラヴァル廃棄街に来るか?」

「……えっ?」

「いや、姐さん……ラヴァル廃棄街で冒険者組合の受付をやってる女性からも、高い鍛冶技術を持つドワーフなら大歓迎だって言われたんだよ」


 ナタリアとてさすがに50人近いドワーフを連れて帰ってくるとは思わないだろうが、ドワーフがラヴァル廃棄街に加われば防衛力も鰻登りだ。

 他の場所に“家”を作るとしても、一時的な滞在の間に武器や防具を作ってもらえれば十分な見返りになるはずである。


「これで無理だったら笑い話にもならないんだろうけど……その時はヴェオス火山にでも行くか? ヴァーニルもなんだかんだで話が通じないわけじゃないし、アイツの縄張り近くに家を作るぐらいなら交渉でどうにかなると思う」


 その対価として、再び一対一で戦う羽目になりそうだ。レウルスとしてはヴァーニルに通じる武器が手に入った後ならば、リベンジマッチと洒落込むのも悪くないと思っている。


(一発しか殴れてないしな……おやっさんにもらった剣の借りを返してやる)


 逆恨みに近いが、ヴァーニルに通じる武器が手に入ったら再び戦おうと誘われているのだ。殺し合いではなく“喧嘩”になりそうだが、試し切りにはちょうど良さそうである。


「……えーっと、その、す、すごいね?」


 どうやらミーアの理解力を超えてしまったらしい。曖昧に微笑むミーアの頭をレウルスはもう一度だけ撫でると、急斜面になっている山道を見下ろした。


「とにかく、引っ越しするなら手を貸すって話さ。ここ数日世話になってるし、俺とエリザの武器も作ってもらってる……それどころか防具も作ってもらってるしな」


 レウルスの大剣だけでなく、エリザの魔法具を作るにあたって行われた実力行使(はなしあい)。それに敗れたドワーフ達がヒクイドリや翼竜の素材を使って防具を作っているのである。


 レウルスとしてはありがたい話だが、火龍の素材や『宝玉』を使って武具が作れないドワーフ達はその鬱憤を込めて腕を振るっているらしい。どんなものが出来上がるか期待半分、不安半分になるレウルスだった。


「今やってる鍛冶が終わったら引っ越しかな? 手が空いてたり、幼かったりすると引っ越しの準備を進めろって言われてるしね」

「そうか……それまで何も起こらなければいいんだけどな」


 レウルスとしては、心からそう願わずにはいられない。


 マダロ廃棄街への救援依頼を行った時と比べれば、今回の旅は非常に楽だった。貴族や兵士、挙句の果てにシンとスノウというとんでもない相手と遭遇もしたが、全体的に見れば楽だったと言える。


 故に、最後までそれが続くように祈り――その願いは叶わなかった。





 二日後、“手負い”の『城崩し』が『迷いの森』に現れたのである。











どうも、作者の池崎数也です。

いただいたご感想の数が1000件を超えました。

掲載から四ヶ月弱で感想数が四桁に到達するとは……毎度ご感想やご指摘をいただきましてありがとうございます。励みになっています。感謝感謝です。


いただいたご感想の中から二つほど気になったものがありましたので以下に記載いたします。


Q.エリザとサラの打ち間違いが多くない?(意訳)

A.ごめんなさい。気を付けます。


Q.レウルスは生で肉を齧ってるけど寄生虫とか大丈夫?(意訳)

A.食べてるのは魔物の肉なので寄生虫に関しては大丈夫です。魔物に寄生できる寄生虫となると、それも魔物になると思いますので……ただし、今後寄生虫の魔物が登場するかもしれません。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=233140397&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ