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第118話:真実は何処 その4

 予想通りと言うべきなのか、あるいは予想外と言った方が良いのか。


 途中でミーアと合流して何事もなく『迷いの森』へと戻ってきたレウルス達だったが、『迷いの森』の外縁部に数人の兵士の姿を見つけて思わず足を止めた。


 尾行の兵士が不審に思わない程度にゆっくりとした速度で街道を歩いていたが、それでも『迷いの森』に戻ってくるまで一日半ほどかかってしまった。

 その間に一体何があったのか、少ない時は三人ほど、多い時は五人ほどで隊列を組んだ兵士が『迷いの森』の周辺をうろついている。


(サラがいなかったらまずいことになってたかもしれないな……)


 熱源を感知できるサラがいるため不意に遭遇することは避けられているが、兵士がいる理由がわからない。鉱山を崩落させた“犯人”として巨大ミミズの死骸を引き渡したが、それだけでは足りなかったのだろうか。


「あんなに距離があったのに人間の居場所がわかるなんて……サラちゃんはすごいんだね」


 ミーアが感心したように呟くと、それを聞いたサラは鼻高々といった様子で腰に手を当てながら胸を張る。実際に威張れるだけの能力のためレウルスは何も言わないが、兵士達の思惑次第では色々と問題が起きそうだった。


「他のコリボーが出てこないか警戒している……と考えるのは浅慮かのう?」

「いや、それも十分にあり得るな。中に入ったら迷うって考えてるから『迷いの森』に入らないのか……わざわざ少数に別れて見回ってるんだ。ドワーフの集落にまで踏み込むつもりはないだろうよ」


 アクラの町だけでどれだけの兵士を抱えているかはわからないが、『迷いの森』を抜けようと思えばいくつか方法もあるだろう。


 荒業になるが、似たような木々によって進行方向が誘導されるというのならば木を切り倒しながら進めば良い。そこまで乱暴な手段を取らなくとも、大人数で方向を確認しながら進めばいずれは『迷いの森』を抜けられるだろう。

 それをしないということは、エリザの言う通り他の巨大ミミズが出てこないか警戒しているだけなのだろう。


 ――問題は、件のヴァレー鉱山ではなく『迷いの森』周辺に展開している理由だが。


(こっちに出たから網を張って待ってる? でも、あの隊長さんがわざわざ警告してくるぐらいだしな……)


 もしかすると、近隣の兵士を全てかき集めてから『迷いの森』を突破し、ドワーフを退治するつもりなのかもしれない。それに巻き込まれればたしかに危険だろう――全てが推測にしか過ぎないが。


「はいはーい! わたし、良い案を思いついちゃったわ!」

「……期待はしないけど、一応聞いておくか。その良い案ってのはなんだ?」

「兵士に聞くのよ! えーっと……そう! 尋問? っていうのをすれば教えてくれるんでしょ?」


 また物騒なことを言い出したぞ、とレウルスは思ったもののサラの発言も一つの手だろう。


 人数が少ない兵士達を狙い、情報を吐かせるというのも悪い手ではない。顔がバレるとまずいため、布で顔を隠して強襲すれば成功の公算は高いと言えた。


「……それは最終手段だな。今はとにかく集落に戻るぞ」


 だが、成功の公算が高くともそれはレウルスの予想でしかない。魔力を感じない兵士を狙えば容易かもしれないが、鍛え上げられた兵士が相手となると上手くいかない可能性もある。

 尋問をしようが情報を得られない、あるいは兵士が情報を持っていないことも十分にあり得る上、失敗した場合は最悪だ。いくらレウルスが精霊教の客人といえど、容赦なく殺しにかかるだろう。


 そのため警戒を怠らないよう注意するに留め、レウルス達は『迷いの森』へと足を踏み入れる。


 サラの熱源感知に加え、相手が魔力を持っていればレウルスの勘にも引っかかるのだ。『迷いの森』の外縁部にいる兵士達は全て避け、ミーアの案内に従って『迷いの森』を抜けていく。


「なあミーア、一応聞いておきたいんだけど……ドワーフはヴァレー鉱山を掘って崩落させてないよな?」

「ええっ? と、突然なに? ヴァレー鉱山って人間が発掘してるところでしょ? たしかに鉱石は欲しいけど、わざわざそんな危険なことはしないよ」


 じっとミーアの目を見つめながら尋ねてみると、ミーアは若干頬を赤くしながら答えた。その反応は嘘に思えなかったが、レウルスは目を逸らさずに言葉を続ける。


「アクラの町で『ドワーフがヴァレー鉱山を崩した』って噂になっててな……一応聞いてみただけさ」

「えー……なんでそんな噂が立ってるの? この辺りは地下に掘り進めていけば鉱石が見つかるし、ボク達も理由なしに他所の縄張りに手を出したりはしないんだけど……」

「元々マタロイの西側でドワーフを見かけたって噂があったしなぁ。それが原因じゃ……ない……か?」


 ミーアと言葉を交わしていたレウルスだが、自分の発言に引っかかるものを感じた。


(いや、待て、何かおかしいぞ……俺はドワーフを探すためにアクラに行ったし、ドワーフについても姐さんから色々聞いてた。でも、どんな場所でどんな風に生活しているかまでは聞いてなかった……)


 あくまで噂程度の話で、情報を持ってきたナタリアから聞けたのもドワーフが鍛冶に秀でるということぐらいだ。付け加えるならば、ナタリアから見ればレウルスはドワーフと仲良くできそうだと言われたことぐらいだろう。


 アクラの町に到着してから精霊教の教会でドワーフに関する噂を聞けたが、そもそもの話――城壁の中に住む“普通の住民”はドワーフについて知っているものだろうか。


 レウルス達は冒険者であり、常日頃から魔物と戦っている。そのため廃棄街の住民ならば魔物に関する情報を知っていてもおかしくはない。しかし、城壁と兵士に守られた民間人がドワーフに関して噂をするのは無理がある気がした。


(外から来た商人とか、兵士とか、鉱山夫が話していて噂に……それも無理がある、か?)


 ドワーフが地中に穴を開けて家を作っているなど、レウルスも知らなかったのである。ナタリアがもたらした情報にもそんなものは含まれていなかった。


「なあ、エリザ。お前にとって言いにくいことだろうけど、一つだけ確認したいことがある」

「なんじゃ? 今更お主相手に隠すことも言いにくいこともないぞ?」


 レウルスにエリザ、サラにミーア。この中で“条件”に当てはまるのはエリザだけであり、レウルスは心苦しく思いながらも尋ねることにした。


「エリザは以前、“普通の町”に住んでたんだよな? 小さい頃だけって話だったけど、それでもいいから一つ聞きたい……その町から出るまで、エリザは魔物についてどれぐらい知ってたんだ?」


 エリザは元々他国の出身で、幼少の頃は廃棄街などではなく普通の町に住んでいた。それも、住んでいた町の中では富裕層に位置する“お嬢様”である。

 家柄などは脇に置くとしても、今のレウルスにはアクラやラヴァルといった平和な町に住む――住んでいたことがある者の意見が必要なのだ。


「……むぅ、言われてみればほとんど知ってることがなかったのう。おばあ様やとう様が町の近くに出た魔物退治を依頼されていたぐらいで……危険な存在だとは聞いておったが……」


 レウルスの心配は余計なものだったのか、エリザは真剣に考え込むだけで特に何かを気にした様子もない。


「つまり、魔物に関してはほとんど知らなかったってことだな? 名前やどんな魔物がいるか、どんな魔法を使うか……そういうことも知らなかったんだな?」

「うむ。町の中で生活する分には関係ないからのう。おばあ様やとう様からも詳しい話は聞いた記憶がないんじゃ」


 額に手を当てて記憶を探るエリザだが、その返答によどみはない。その様子を見ていたレウルスは背筋に冷たいものを感じた。


(……つまり、何か? アクラの町では“どこから出てきたかわからない”噂が広がっていた?)


 噂というのは得てしてそういうものだろうが、『ヴァレー鉱山を崩落させたのはドワーフである』などとピンポイントな噂が流れるものだろうか。

 以前から目撃情報はあっただろうが、その目撃情報もまさか地中に潜るドワーフを見たというものでもないだろう。


 レウルスならばドワーフと聞けばある程度想像できるが、それでも限度がある。外見などは想像した通りだったが、ドワーフが地中に潜るとは思わなかったのだ。


(発生源がわからない噂……でもその噂では亜人、いや、“魔物”のドワーフが犯人扱いされている……)


 レウルスとしては非常に遺憾ながら、似たような話を聞いたことがあった。似たような話も何も、実際に被害に遭った少女がすぐ傍にいた。


「……急いで森を抜けるぞ。兵士よりもやばい奴らが絡んでるかもしれねえ」


 真剣な声色でそう言うと、レウルスは駆ける速度を一気に速めた。


 『迷いの森』の周辺にいる兵士に関しては、そこまで危険視しなくても良い。“奴ら”に比べれば何十倍も安全だろうとレウルスは思う。むしろ比較できないぐらいかもしれない。


「やばい奴ら? なにそれ? ヴァーニルよりやばい?」

「さすがに比較対象が悪すぎるな……でも俺としちゃあ同じぐらいやばい」


 町中でいきなり毒付きの短剣を突き刺してくるような相手なのだ――グレイゴ教徒は。


 考えすぎならば良いとレウルスは思う。口の軽い兵士が町の中でドワーフが犯人じゃないかとベラベラ喋り、噂に尾ひれや背びれがついて泳ぎ回っているだけというオチもありえる。

 エリザが生まれ育った町は違ったが、アクラでは魔物の脅威を伝えるために子どもの頃から近隣の魔物に関して教え込んでいる可能性もあるのだ。


 しかし、警戒して備えるに越したことはないだろう。レウルス達は止まることなく『迷いの森』を抜け、急斜面の山道を駆け上っていく。そして頂上まで登り切り、盆地になっているドワーフの集落へと到着した。


「ん? おお! レウルスじゃねえか! 人間の兵士が尾行してるって話はどうなった!?」


 レウルス達が集落に到着すると、畑仕事をしていたドワーフの数人が駆け寄ってくる。どうやら今のところは問題もないらしいが、元気そうなドワーフ達を見るとレウルスも安堵してしまった。


「街道を三日ぐらい歩いたらいなくなった……いや、俺達の方はいい。問題はこっち……ドワーフの集落についてだ」

「あん? お前らが外に行ってる間に家も設備も大体が直ったぞ? カルヴァンの奴が首を長くして……いや、くっそみじけえわアイツの首。とにかく待ってたぞ」


 首が長いドワーフがいたら見てみたいものである。心の片隅でそんなことを考えつつ、レウルスは真剣な表情を浮かべて話を続けた。


「まだ俺の推測でしかないんだが……もしかするとグレイゴ教徒がここを狙ってるかもしれねえ」

「はあ? おいおい、いきなりだなオイこの野郎。グレイゴ教徒? なんだってそんな連中が俺達を狙うんだ?」


 何故ドワーフを狙うのかと聞かれると、レウルスとしても困る。状況から推察しただけで、証拠もなければ目的もわからないのだ。


 グレイゴ教は上級の魔物を崇める一方で、率先して殺して回るという何がしたいのかわからない宗教である。その教義から言えば中級の魔物でしかないドワーフは該当しないはずなのだ。


「うちのエリザが……まあ、“色々”とあってな。中級の魔物でも狙われるかもしれねえ。警戒だけは欠かさないでくれって話さ」

「よくわからねえが……家の中にゃ逃げ道も用意してあるし、いざって時は地面に潜るぞ?」


 地面に潜っている間に殺されるのではないか。そう思ったものの、レウルスは言葉には出さなかった。


「逃げ道があるのならいいさ。俺達はとりあえずカルヴァンのおっちゃんに声をかけてくるよ。武器も作ってもらいたいしな」

「おう、そうしろそうしろ。振るうやつがいないんじゃ、ちゃんとした物も作れねえ。カルヴァンの奴が暴れる前に顔を出してやんな」


 そんな言葉を交わし、レウルス達はドワーフと別れて“家”へと向かう。先日崩落して埋まった洞窟があったが、何やらぽっかりと大穴ができているのだ。


「……なんだこれ、すげえ」


 グレイゴ教徒のことは一度脇に置くとして、大穴を覗き込んだレウルスは思わずそう呟いていた。


 崩落した洞窟はレウルスでも通れるほどの大きさで穴が掘られており、壁や天井が木材で補強されているのだ。その様相はさながら炭坑のようで、レウルスは時折すれ違うドワーフと言葉を交わしながら“通路”を進んでいく。


「――おせえっ! 一体いつまで待たせやがんだこの野郎!」


 そして、通路を何度か曲がって辿り着いた部屋にカルヴァンがいた。レウルス達を見るなり不機嫌そうな顔を向け、組んだ腕を指で叩いている。


「悪い、尾行の兵士が諦めてくれるのに時間がかかってな……ところでここで鍛冶をするのか?」


 レウルス達が辿り着いたのは、地中に作られた大部屋である。どうやって作ったのか十メートルほどの広さがある半球状の部屋で、壁際には炉と思わしき設備も造られていた。他にも金床などが用意されている。

 土を押し固めたと思わしき壁には燭台が設けられ、蝋燭の火が周囲を照らしていた。地中で窒息することを考慮して通気口が作ってあるのか、蝋燭の火がゆらゆらと揺れている。


「とりあえず必要な設備は直した。あとはオメエの希望に合わせて剣を打つだけだ」

「そっか……それなら早速お願いして――」

「あ、あのっ!」


 剣を作ってもらおうとしたレウルスだったが、それを遮るようにエリザが声を上げた。何事かとレウルスが思っていると、エリザは一歩前に出てカルヴァンに真剣な視線を向ける。


「わ、ワシにも武器を作ってくれんか!?」


 そして、そんなことを言い出したのだった。

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