第117話:真実は何処 その3
――さっきの兵士に尾行されている。
そうサラから聞いたレウルスは、歩調を変えずに街道を歩きながら思考に沈む。
(さぁて……何が理由かわかんねえけど、わざわざ尾行してくるってことは“何か”が怪しまれたってことだよな?)
精霊教の客人を護衛するという平和な理由ならば、わざわざ隠れて尾行などしないだろう。レウルス達が気にしないようにと配慮したのかもしれないが、それならばコルラードがわざわざ“助言”してくるとも思えない。
『どうする? やっちゃう? やっちゃう?』
『物騒な判断はやめろ……相手は兵士だぞ? 堅気に手を出すどころの騒ぎじゃなくなるだろ。尾行の数は?』
『うーん……十人ぐらい? 距離があるし固まってるっぽいからよくわかんない!』
包囲殲滅して目撃者がゼロというのなら考えなくもないが、尾行に送り出した兵士が全員帰ってこなければレウルス達が疑われるだろう。その場合、間違いなくラヴァル廃棄街に迷惑がかかるということは想像に難くない。
『困ったな……このままだとドワーフの集落にも戻れないぞ』
もしかするとドワーフとつながりがあると疑われているのか。そして泳がせればドワーフがいる場所に向かうと思っているのかもしれない。
実際にその通りだからこそ、レウルスとしても困っているわけだが。
「レウルス? どうしたんじゃ?」
さてどうしたものか、などと悩みながら歩いていると、それに気づいたエリザが首を傾げながら尋ねてくる。『思念通話』はレウルスとサラの間でしか聞こえていないため、一から説明する必要があるのだ。
「エリザ、落ち着いて聞いてくれ。絶対に大きな反応をするなよ?」
「ん? なんじゃ?」
とりあえず護衛の兵士に気付かれるような驚き方をされては困る。そう思って前置きをしてからレウルスは事態を説明した。
「サラが熱源を探ったんだが、さっきの兵士の一部が俺達を尾行してる」
レウルスがそう言うと、エリザの表情が僅かに変わる。尾行している兵士からはさすがに見えないだろうが、レウルスはエリザの頭を撫でて誤魔化すことにした。
「……のう、レウルス」
それは尾行をされているという緊張によるものか、あるいは恐怖によるものか。エリザの表情は真剣そのものだ。
「前から気になっておったんじゃが……サラと“言葉を交わしてない”のに意思疎通をしておらんか?」
「……そっちか」
だが、思わぬ方向に話が飛んでレウルスは肩を落とした。『思念通話』に関しても説明がまだだったな、と軽く反省する。
「あー……なんというか、声に出さなくても相手に言葉が伝わる補助魔法があるらしくてな。『思念通話』っていうらしいんだが、これを使ってるんだ」
「……いつから?」
「……割と最近?」
最近という言葉の曖昧さを利用し、とぼけるレウルス。しかしその反応は予想されていたのか、エリザの首がぐるんと回ってサラへ向けられる。
「いつからじゃ?」
「ラヴァル廃棄街から旅立った直後ぐらいね! 初めて使ったけど便利な魔法だわ!」
(素直なのはいいことだけど、時と場合によるよなぁ……)
どうやらサラには空気を読むという能力は備わっていないらしい。兵士に尾行されている現状から緊張感を失わせるためにわざと言ったのかもしれないが、サラの場合は確実に素だろう。
「な、なんじゃと!? ずるい! ずるいぞっ!」
「ずるいって言われてもなぁ……」
そんなことを言われても、レウルスとしても困る。サラと『契約』によってつながっているからこそできる芸当で、自力で『思念通話』を使うことはできないだろう。
「エリザもレウルスと『契約』を結んでるんだし、使おうと思えば使えるんじゃない?」
「ワシはやっと『強化』が使えるようになった程度で、魔法はまだまだ訓練中なんじゃぞ……」
落ち込むエリザだが、残念ながら今はそれどころではない。
「魔法の話は後回しだ。兵士に尾行されてるってのをどうにかしなきゃいけねえ。何か案はあるか?」
「はいはーい! 熱源は森の中にあるから火を放てばいいと思いまーす!」
「エリザ、何か案はあるか?」
「無視っ!?」
サラの発言は聞かなかったことしてエリザに尋ねるレウルス。ここ最近落ち込むことが多いため、できる限り意見を聞いた方が良いと思ったのだ。
「むぅ……誤魔化された気がするが……距離を取って尾行しているだけなんじゃろ? 放っておけばいいのではないか?」
「それが一番穏当か……でもなぁ」
ラヴァル廃棄街までついてこられては敵わない。ドワーフの集落を見つけたというのにラヴァル廃棄街に戻っていては、時間だけが無駄になってしまう。
(カルヴァンのおっちゃんに頼んで剣だけでも作ってもらえば……いや、色々と調整が必要だろうし、いた方が良いんだよな)
レウルスは武器に関してそこまで詳しくないが、振るう者の癖や体格、そして戦い方に合わせて色々と調整する必要があるはずだ。せっかく火龍の素材を使うのだから、より良い武器を手に入れたいと思うのは当然のことだろう。
ついでにいえば、レウルス達から“離れて”尾行しているというのがまずい。ミーア達はドワーフらしい警戒心を発揮して見つからないだろうが、レウルス達の傍にはエリザがいるのである。
下級の魔物ならば寄ってこないが、その範囲には限りがある。兵士達が距離を取って尾行してくるということは、レウルス達から距離を取った魔物と遭遇しやすいということでもあるのだ。
(ちゃんとした兵士みたいだし、下級の魔物ぐらいなら大丈夫だろうけど……俺達が襲われないことに気づいたら、それはそれで面倒そうだな)
もしかすると『迷いの森』に三日間いたと説明したというのに、巨大ミミズの死骸しかなかったことに疑問を持たれたのかもしれない。
(ひょっとしたらただの勘かもしれないし、警戒しすぎるのもまずいか……)
とりあえず、コルラードの“助言”に従って素直に帰っているふりをしよう。レウルスはそう思った。
「……よし、エリザの言う通りひとまずは放置だ。もしかするとすぐに尾行をやめるかもしれないし、とりあえず街道に沿って歩いていくぞ」
まさか自分達から尾行している兵士達の元へ向かうわけにもいかない。レウルスは当面の方針を口にすると、宣言通り街道に沿って歩いていくのだった。
そして、その日の夜。
街道脇に作られた『駅』を発見したため中に潜り込んだレウルスは、頭を抱えていた。
「しっかりとついてきてるな……どこまでついてくるつもりだ?」
すぐに尾行をやめてくれればと思っていたレウルスだったが、兵士達は距離を開けたままで追跡を継続していた。周囲を警戒する振りをして時折振り返ってみたものの、木々に紛れているためその姿は見えなかった。
「うーん……うん、火を焚いてるわね。目視はできないから上手いこと草木で隠してるのかしら?」
「そういう技術もあるのか……こっちは最小限の焚き火しかできないんだけどな」
先日の大雨で薪も湿っているのだ。サラの火力に物を言わせて着火したが、焚き火の勢いはそこまで強くない。
「というか、ミーア達はどうするの? 距離を取ってついてきてるわよ?」
サラが困ったように尋ねるが、レウルスの頭痛の種は尾行以外にもあった。
『迷いの森』で迷わないようにと待機を頼んだミーア達だが、兵士達と同じように距離を取ってついてきているのである。レウルス達を心配しているのだろうが、兵士達に見つからないかと冷や冷やするレウルスだった。
「ミーア達と連絡が取れればな……サラの『思念通話』はどうだ?」
「無理無理。レウルスとは『契約』してるから簡単に話せるけど、わたしってば補助魔法はそこまで得意じゃないのよ。火炎魔法なら得意だけどね!」
「火炎魔法が苦手な火の精霊がいたら見てみたいよ……さて、どうするかな」
他のドワーフは怪しいが、ミーアは非常に常識的な女の子だとレウルスは思っている。短い付き合いだが、レウルス達が『迷いの森』に戻らない現状から尾行の存在に気付いてくれるとは思うが――。
「……ん?」
周囲を警戒しつつ、どうやって連絡を取ろうかと思案していたレウルスだったが、ゆっくりと近づいてくる魔力に気付いた。ただしその魔力は地中から感じたため、また巨大ミミズが来たのかと大剣を握ろうとする。
しかし、魔力の動きは非常に遅い。歩くような速度でゆっくりと近づいてくるのだ。
「なんだ? あのミミズじゃないのか?」
もしそうならば晩飯にしようと思ったレウルスだったが、武器がボロボロだったことを思い出す。大剣というよりは巨大なノコギリに近い形状になっており、巨大ミミズを一匹倒すこともおぼつかないだろう。
エリザとサラに一応警戒させつつ、近づいてくる魔力を待ち受ける。するとその魔力もゆっくりと近づき――地面から手が生えてきた。
「…………」
つい最近、同じようなことを見たばかりだというのにレウルスは絶句する。地面から突然手が生えてきたら誰でも驚くだろう。
「え、えーっと……レウルス君、聞こえる?」
だが、手が地面に引っ込むなりミーアの声が聞こえて我に返った。レウルスは尾行の兵士が不審に思わないよう、姿勢を変えずに答える。
「ミーアか?」
「うん、そうだよ。人間の兵士がいるからこっちの方がいいかなって思ったんだけど……」
どうやら地面を掘り進んできたらしい。山の中に家を作っていたドワーフらしい移動方法と言えるだろう。
「助かったよ……こっちも困ってたんだ。とりあえずコリボーを引き渡したから『迷いの森』からは撤退したみたいだけど……」
「うん、それは見てた。兵士達はそのあと高い壁で囲われたところに入っていったよ」
高い壁ということは、城塞都市のアクラだろうか。巨大ミミズの死骸があるためそうするしかなかったのだろうが、それはフェイントで再び『迷いの森』に赴いている可能性もありそうである。
(いかん、騙し合いをしてたら何でも疑わしく思えてくるな……)
コルラードはともかく、ルイスの思考はまったくわからない。コルラードの場合は利益さえ共有できれば“信用”はできそうだが、ルイスの場合は貴族ということもあって全てが疑わしく思えてしまう。
(疑ってばかりじゃ話が進まねえけど、な)
とりあえず、今できることをするしかない。そう結論付けたレウルスは地面の中に潜むミーアへと小声で話しかける。
「どこまでついてくるかわからないし、俺達は尾行がいなくなるまで街道に沿って進むよ。最悪の場合ラヴァル廃棄街まで戻ることになるけど……カルヴァンのおっちゃんには武器を作ってくれるよう頼んでおいてくれるか?」
「それはいいけど……炉の火力が足りないから、満足のいく武器にはならないかもしれないよ?」
「あー……その問題もあったな」
火力をどうにかするにはサラをドワーフの集落に戻す必要があるが、サラがいなくなれば尾行の兵士達も不審に思うだろう。
「さすがに今日明日で壊れた設備の全部が直るわけじゃないから、時間はまだあるけど……下手すると火力が足りないことを気にせず武器を作り始めるかも」
「それは止めてくれ……もし止められないなら、俺が持ち込んだ壊れた大剣の形に似せて作ってくれればいいから……」
これまでの戦闘スタイル的に、片刃の大剣が一番合うとレウルスは思っている。そして、大剣といえばやはりドミニクの大剣が一番なのだ。
「うん、わかった。ボクはまだついていくから、他の人に伝言を頼んでみるね」
「見つからないでくれよ? もしミーアが兵士に見つかったら助けに行くけど、できるかぎり見つからないでくれ」
その場合は、兵士と敵対することになるだろう。もしかするとミーアの身長を見てドワーフと思わないかもしれないが、何かあれば必ず助けようとレウルスは思う。
「えっ……あ、う、うん。見つからないようにするね? でも、その……もし見つかっちゃったら助けて……くれる?」
「おう。その時はサラの爆弾発言に許可を出すよ。“不審火”で森が全焼することになるな」
「絶対見つからないようにするね!?」
焦ったような声が聞こえてくるが、レウルスとしても“半分は”冗談である。
何せ、どこでどんな強力な魔物と遭遇するかわからない世の中だ。兵士達が森を全焼させるような強力な魔物と遭遇してもおかしくはない。
(俺達が手を出さなくても、本当にそういう魔物と遭遇しそうなのが怖いところだよな……)
救援依頼を受けてマダロ廃棄街へ赴いた際、ヒクイドリに似た魔物と戦ったことがある。その時はあまりの戦巧者振りにレウルスも戦慄したものだった。
もしも森の中で“あの”ヒクイドリと遭遇していれば、森の一つや二つ全焼してもおかしくはなかっただろう。
「とにかく、家に戻るドワーフ達には周囲を警戒するように伝えておいてくれ。最悪の場合、あの細い穴を通って家の中に引きこもっててくれってな」
物理的に通れない以上、人間の兵士に捕まることもないはずだ。ドワーフ達の性格的に大人しく引きこもるとも思えないが、警告しておくに越したことはない。
「うん、わかった。それじゃあボクは一度戻るね?」
そう言うなり、ミーアの気配が遠ざかっていく。掘ってきた穴を通って待機しているドワーフ達のもとへ向かったのだろう。
「ドワーフってすごいのねぇ……あのでっかい魔物には負けるけど、こんなに速く穴を掘って移動できるなんて驚くわ」
「そうだなぁ……って、そういえばドワーフ達に鉱山を崩してないか聞いてたっけ?」
犯人ではないと思っていたが、“まさか”ということもある。ドワーフの集落に戻ることができたならば、きちんと聞いておく必要があるだろう。
ひとまず、今は兵士の尾行がいつまで続くのかを気にするしかない。レウルスは周囲の警戒をしながら困ったように頭を振るのだった。
結果だけ言えば、兵士達の尾行は三日目で終了した。
つかず離れず、サラがいなければ気付けなかったであろう距離を開けながら、三日間も尾行を続けていたのである。
正確に言えば二日目の夜にはその気配が消えていた。もしかしたらレウルス達が引き返すことに期待してわざと距離を取ったのかと思ったが、翌日の朝になっても兵士の気配が戻ってくることはなかったのである。
それでも用心のために昼が過ぎるまで街道を歩き、サラが徹底的に兵士の熱源を探しても引っかからなかったため引き返すことにした。
(一体なんだったんだ?)
少し疑わしいから尾行だけでもしておこうという魂胆だったのか、それとも別の目的があったのか。レウルスは首を傾げながら森の中へと足を踏み入れていく。
ないとは思うが、街道を歩いていては兵士に見つかる危険性があるのだ。
(ラヴァル廃棄街に俺達が戻ってきたか確認を取るとか……いや、町の皆が教えるはずがねえな)
もしもの場合は紹介状を書いたという理由でジルバが出てきそうだ。
(うーん……わからん)
自分達がルイス達の近くにいては不都合があったのだろうか。レウルスはそう思考するが、答えは出てこない。この世界の貴族の生態も思考もまったくわからないのだ。
とりあえず、今は急いでドワーフの集落に戻るしかない。そう判断したレウルスは、エリザとサラを促して駆け出すのだった。