第116話:真実は何処 その2
それは、思わぬ再会と言って良いだろう。名前も知らない相手だが、その容貌には見覚えがある。
その男性の身長はレウルスと大差ないが、一回りは大きな腹回りと特注の巨大な鎧が目立っている。さすがのレウルスでも短期間で忘れるはずもない。
(あの時の隊長さんか……俺の名前なんてどうでも良いって言ってたけど、ちゃんと覚えてる辺り幸運なのか厄介なのか……)
ラヴァル廃棄街を旅立った直後、襲ってきた野盗を返り討ちにした時のことを思い出す。
その時は時間の惜しさもあって賄賂を送り、レウルスにとっては得にならない“手柄”を譲ったが、それがどんな影響をもたらすのか。
「コルラード殿? 彼と知り合いですか?」
青年――ルイスが不思議そうな顔で尋ねる。どうやら太った男性はコルラードというらしい。
ルイスはレウルスよりも身長が高く、金髪碧眼で顔立ちも涼やかかつ貴公子然としている。体は細身だがよく鍛えているらしく、その立ち振る舞いに隙は少ない。それなりに大きな魔力も感じ取れるため、魔法も使えるのだろう。
それでいて、これまでに会ったことがない気品を感じる青年だった。
コルラードはルイスの質問に対し、媚びへつらうような笑みを浮かべながら首を横に振る。
「いえいえ、知り合いと呼べる間柄ではありませんとも。先日、街道を巡回している時に“偶然”会いましてな。ティリエやアクラの教会に供物を届けに行く旅の途中だと聞きまして……敬虔で良きことだと思い、覚えておりました」
そう言いつつ、コルラードがアイコンタクトを送ってくる。それに気付いたレウルスはルイスに気付かれないよう小さく頷いてから頭を下げた。
「お久しぶりです、兵士様。“その節”はお世話になりました」
「うむ。あの大荷物がないということは無事供物を届けられたようだな? 大精霊様の御加護があったようで何よりだ」
レウルスがコルラードに合わせて話を振ると、コルラードは鷹揚に頷く。
「教会に供物を……なるほど、精霊教の客人というのは間違いないようですね」
レウルスとコルラードのやり取りを聞き、ルイスが納得したように呟く。その呟きが聞こえたのか、コルラードが笑みを浮かべたままで相槌を打つ。
「冒険者の登録証だけでなく、『客人の証』も確認しました。それに、かのジルバ殿からの紹介状も携えていましたよ。素性に関しては問題もないでしょうな。冒険者にしては珍しく、“礼儀”も弁えています」
おや、とレウルスは僅かに反応した。以前の賄賂が効いているのか、あるいは手柄を譲ったことが功を奏したのか、レウルスの素性に関してコルラードが擁護をしてくる。
「俺は冒険者とあまり関わったことがないのですが……コルラード殿がそう仰るのなら間違いはなさそうですね」
そう言って、ルイスの視線がレウルスに向けられた。その視線に気づいたレウルスは僅かに迷い、大きく一礼する。
「初めまして、ラヴァル廃棄街所属、中級下位冒険者のレウルスです。後ろの二人は冒険者仲間でエリザとサラと申します。」
膝を突いた方が良いのだろうかと悩んだが、畏まり過ぎるのもまずいだろう。やろうと思えばもっと言葉を装飾して“それらしい”自己紹介ができるが、レウルスは冒険者である。
無学な冒険者が行っても不思議ではない範囲で礼儀を尽くせば問題はないと判断した。
「丁寧にありがとう。俺はルイス。ルイス=ヴィス=エル=シン=ヴェルグだ」
レウルスが自己紹介をすると、ルイスも名乗り返した。その顔には微笑みすら浮かんでおり、人当たりの良さを感じさせる。
「……レウルス、まずいぞ」
だが、ルイスの人柄を観察していたレウルスの袖をエリザが引いた。ルイスに見えないように注意しつつ、非常に小さな声だったが、その声色には緊張の色が滲んでいる。
「名前が本当でワシの記憶に間違いなければ……あの人は貴族じゃ。マタロイの名前は詳しく知らんが、おそらく子爵家の長男じゃぞ……」
(今の名乗りのどこにそんな情報が……って、そういえばエリザもそれなりに“良いところ”のお嬢さんだっけか……というか、え? 子爵家の長男? なんでそんな人がこんなところにいるんだ?)
エリザが小声でもたらした情報に、レウルスは真顔で戦慄した。
「……失礼ですが、貴族様でいらっしゃる?」
エリザの言うことを信じていないわけではないが、エリザは元々他国の人間だ。マタロイの貴族に関する情報が間違っている可能性もあるため、レウルスは一応尋ねてみる。
「ははっ、貴族と言っても父親が子爵というだけだよ。今の俺は領軍の指揮官でしかないし、そんなに畏まらないでくれ」
しかし、レウルスの質問に対してルイスは気さくに笑って返した。爵位を持ってはいないが、子爵家の人間であることは間違いないらしい。
「……吾輩はコルラード=ネイトだ。覚えておくが良い」
ルイスに続き、コルラードも名乗った。ただしルイスと違って長い名前ではない。
「ネイト……ええっと……騎士爵だったかの? 貴族ではないが平民とも言えん、準貴族といった立場だったような……」
こっそりとレウルスの背後に移動したエリザが小声で呟く。それを聞いたレウルスは表面では真顔を保ちつつも、内心では盛大に焦っていた。
(全然わからん……とりあえず偉いってことはわかったけどな)
今世で初めて会った貴族“らしき”ルイスとコルラードだが、前世でも貴族に会ったことなどないためどう対応して良いかわからない。無礼な口を利いたら打ち首だろうかと少しだけ不安に思った。
『へんっ! 何が貴族よ! こっちは火の精霊とその契約者よ!』
『お前、絶対にそれを口に出して言うなよ? いいか、絶対だぞ? 言ったらメシ抜きだぞ?』
『わたし何も言わないっ!』
実のところ、レウルスはこの世界における貴族の立場をよく知らない。シェナ村にいた頃もそれらしい人物を見たことがなく、ラヴァル廃棄街で冒険者になってからもそのような人物とは会わなかったからだ。
(ちゃんと勉強すれば良かった……歳を取ると後悔するんだよなぁ)
そういえば、文字に関してもエリザがいるからときちんと勉強していない。ラヴァル廃棄街に帰れたらその辺りの勉強もしよう、などとレウルスは現実逃避気味に考える。
「ごほんっ……それでレウルスよ。その後ろの魔物はなんだ? 見たところ、地面を掘った跡があるようだが?」
コルラードの咳払いでレウルスは我に返る。色々と気になることがあるが、今はドワーフ達に向けられている疑いを晴らす方が大事なのだ。
「アクラの教会に供物を届けた後、道に迷いまして……雨宿りをした後に襲われました。突然地面から飛び出してきたんです」
何一つ嘘は言っていない。部分部分を切り取り、レウルスにとって都合が良いようにまとめただけである。
「ほう、地面から……二匹もか?」
「ええ。地響きがしたかと思うと、地面が……そのあと何とか倒したんですが、武器もこの有様で……」
そう言ってレウルスはボロボロになった大剣を見せた。色々と省いているだけで、嘘は相変わらず吐いてない。
「ふむふむ……その魔物について何か知っておるか?」
「詳しくは知りませんが、コリボーという中級の魔物だったはずです。地面を掘り進むらしく、場合によっては山が崩れることもあるとか……」
実際にドワーフが住んでいた山が崩落したのである。これも全て真実だ。
レウルスが真顔で説明すると、コルラードは何度も頷きながらルイスへと視線を向ける。
「どうやら鉱山の件はこの魔物が原因のようですな。レウルスが倒した二匹だけとは限らんでしょうが……原因がわかったのなら対策も取りやすいでしょう」
「体表が粘液で覆われてました。その状態では斬れませんが、火で燃やしてからなら少しは斬りやすくなります」
コルラードの判断は早合点だと思われたが、レウルスとしては不都合もないため巨大ミミズの対処法だけ口に出す。
ルイスはそんなレウルスとコルラードの話を黙って聞いていたが、やがて真剣な目つきへと変わってレウルスを真っすぐに見る。
「なるほど……地面を掘り進む中級の魔物か。ところで、レウルス君だったか? 君は道に迷ったと言っていたが、この辺りに何日ぐらい滞在したんだい?」
「今日で三日目です。ただ、大雨が降って一日雨宿りしましたし、実質二日程度でしょうか」
レウルスはここで初めて嘘とも言えない嘘を吐いた。ただし、表情は相変わらず真顔である。
「……この辺りで、小さな人型の魔物を見なかったかな?」
「小さな……人型の魔物? どのぐらいの大きさですか? あと、いくら小さいって言ってもうちのエリザとサラは魔物じゃないですからね?」
エリザは吸血種という亜人で、サラは火の精霊である。魔物というカテゴリから外しても良いだろう。つまり、これも嘘ではない。
「ははっ、わかってるよ。服装は少しばかり粗末だが、可愛らしいお嬢さん達だ。疑いなどしないさ……後ろのお嬢さんたちよりも10セントから20セントほど小さいと思う」
(思う……ってのはまた曖昧だな。この人はドワーフを見たことないのか?)
噂を信じてドワーフを退治しにきたのだろうか、などと思いつつもレウルスは首を横に振った。
「いえ、見てないですね……お役に立てず申し訳ないです」
「いや、構わないさ。曖昧な噂よりも“たしかな証拠”が目の前にあるんだ。父上……いや、御領主様も納得するだろう」
そう言って、ルイスはレウルス達の背後に転がっている巨大ミミズを見た。しかし、すぐに困ったような顔つきになる。
「証拠と言っても、倒したのは君達だ。この土地を預かる者の一族としては何か恩賞を与えないといけないね……その代わりと言っては何だけれど、後ろの魔物の死骸は我々が引き取ってもいいかな?」
その言葉にレウルスは頷きを返す――前に踏みとどまった。
(待て……この人、“事情”を説明してないぞ)
コルラードは『鉱山の件』と口にしたが、レウルスがそれを知っている保証はない。それでも敢えてその辺りの説明を省いて話を進めたのは何故なのか。
「はぁ……俺達は冒険者なんで、倒した魔物の対価に金でももらえればそれで充分ですが……何かあったんですか?」
強力な魔物を前にした時とは異なる種類の嫌な予感。それが何なのかわからなかったが、レウルスは頷こうとした頭を横に倒して不思議そうな顔をしてみる。
「なに、“地面を掘る魔物”を探していただけさ。とにかく、協力に感謝するよ。中級の魔物二匹なら……小金貨10枚ぐらいでいいかい?」
中級の魔物の中でも細かい階級はわからないが、二匹で小金貨10枚ならば妥当なところだろう。レウルスが頷きを返すと、兵士の一人が駆け寄ってきてレウルスに布包みを渡してくる。
「ありがとうございます……それでですね、街道の方向を教えていただけると非常に助かるのですが……」
目の前で中身を確認するのも失礼だろうと判断したレウルスは、道に迷ったという“設定”に従ってそんな話を振る。すると、ルイスは微笑みながら後方を指さした。
「それなら一緒に森から出ようか。とりあえずその魔物も運びたいし、案内するよ」
「それはそれで申し訳ないですが……森から出るのならご一緒させてもらいます」
ここで断るのもおかしいだろうと判断し、レウルスは頷いた。そして巨大なミミズを運び始めたルイス達に従い、『迷いの森』から出る。
(仕方ねえ、遠回りになるけど迂回して集落を目指すか。ミーア達がこっちの動きを理解してくれればいいけどな……)
そんなことを考えながらレウルスはエリザとサラを連れて歩き出し――。
「おい、貴様……」
自身が率いる兵に指示を出していた合間に、コルラードが小声で話しかけてきた。
「まっすぐ帰れ。いいな、“寄り道”などするなよ? 精霊教の客人に死なれては吾輩も寝覚めが悪い」
それだけを告げ、すぐに離れていった。レウルスはその言葉に少しだけ首を傾げたものの、ルイス達にも一礼してから街道を歩き始める。
そして三十分ほど歩くと、サラが『思念通話』で声をかけてきた。
『……レウルス。まずいかも』
『どうした?』
『多分……うん、尾行されてるっぽい。距離を取った熱源がいくつかついてきてる』
――どうやら、簡単には騙されてくれなかったらしい。
『迷いの森』にいたことを偽装するためにリュックなども持ってきていたが、何か引っかかるものがあったのだろう。
レウルスはサラの言葉を聞いた心中だけでため息を吐くのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想等をいただきましてありがとうございます。
先日評価ポイントが3万を超えたと書きましたが、今度はブックマーク登録が1万を突破しました。過去作にないペースで増えてて嬉しいやら驚くやらで……感謝感謝です。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




