第115話:真実は何処 その1
レウルスが考えたことは、それほど複雑なことではない。むしろ単純極まりないもので、似たような条件が揃っていれば誰でも選択したであろう案だ。
用意するのは、先日仕留めた分も含めて二匹の巨大ミミズである。先日仕留めた分については食べている部分もあるが、輪切りにして食べていたため大きな問題はないだろう。
胴体の半ばから切り分けていたため、つなげれば一匹丸々残っているように見えるのだ。レウルスとして非常に食いでがある獲物を手放すことになりそうで、少し――非常に残念だったが。
レウルス達は『迷いの森』を移動し、比較的街道に近い場所で足を止め、ドワーフ達に地面に穴を掘ってもらう。巨大ミミズと遭遇した地点ではドワーフの集落まで一時間ほどの距離のため、少しでも発覚しないよう配慮したのだ。
ドワーフに穴を掘ってもらうのは、巨大ミミズが地面から飛び出してきたことをわかりやすく伝えるためである。
鉱山が崩落した原因は知らないが、巨大ミミズという“現物”があれば兵士達も納得して引き下がるのではないか。そんな期待を抱いてのことだった。
「……で? ここからどうやって兵士を呼び寄せるんじゃ? わざわざ声をかけにいくわけにもいかんじゃろ?」
ドワーフが突貫で掘り抜いた地面の穴に落下しないよう注意しつつ、エリザが尋ねる。有事の際まで不機嫌さを引きずるようなことはなく、これからの対応をレウルスに確認する必要があると判断したのだ。
「向こうに見つけてもらおうぜ。とりあえず肉を焼いてれば寄ってくるだろ。ほら、エリザだって初めて会った時は俺が焼いてた肉の匂いに釣られただろ? 案外遠くまで届くんだよ」
「いや、あれは肉もじゃが、どちらかというと血生ぐさ……なんでもない。そうじゃな、匂いで誘き寄せればいいんじゃよな」
どこか投げやりな様子で頷くエリザ。そんなエリザの横では、何が楽しいのかサラが笑顔で腕まくりをしている。
「そうなるとわたしの出番ね! 焼くわよ! もうすっごく焼くわよ! 美味しく焼き上げちゃうわよ!」
「おう、そうしてくれ。証拠として引き渡すかもしれないし、できる限り食っておきたい」
味はそれほどでもないが、量は多いのだ。レウルスでも一抱えする必要がある巨体を分厚く切り分ければ、それだけで“並の大食い”も腹がいっぱいになるだろう。
だが、レウルスの大食いは並ではない。片っ端から巨大ミミズの肉を噛み千切り、腹の中に収めていく。食べれば食べた分だけ魔力になるのだ。それならば食べられる限り食べるべきだろう。
外皮は柔軟かつ頑強だが、死んだからなのか元からなのか、肉自体は切り分けるのも噛み千切るのも容易である。
「えーっと……レウルス君? ボク達はどうしたら……」
「穴掘って疲れただろ? 兵士が来る前に食べていくか?」
「いらねえよ……むしろなんでオメェはそんなに笑顔で食べてるんだよ……」
“舞台”を整えてくれた感謝として巨大ミミズの肉を差し出すレウルスだが、ミーアを含めてドワーフ達の反応は悪かった。
周囲は穴だらけであり、元に戻すのも大変そうだが、兵士の集団を穏便に追い払えるのならばとドワーフ達も協力してくれた。
その間にレウルスはドワーフ達の集落に戻り、荷物の中から必要になりそうなものを持ってきている。
武器に関してはレウルスでも使えそうなものが掘り出せていなかったため、仮に交戦する必要があった場合はノコギリと化した大剣を使うつもりだった。
切れ味は最悪で耐久力もないが、見た目だけは凶悪で威嚇になるだろう。ドワーフ達は離れて待機するため、最悪の事態に陥ればミーアなどが使う鎚でも借りるしかない。
「来たわよ。数は……うーん、たくさん? まっすぐこっちに向かってるから、本当に匂いで気付いたのかしら?」
そうやって準備をしていると、熱源を探っていたサラが声を上げた。その声を皮切りにドワーフ達は退いていくが、レウルスとエリザ、サラだけはその場に残る。
「本当にコレで上手くいくんじゃろうか……」
「むぐっ、はむっ……このコリボー? が地中を掘り進んでいたのは本当なんだし、話を聞いてくれるなら納得してくれるだろ」
巨大ミミズの焼き肉を齧りつつ、レウルスが答える。“証拠”と併せて話をすれば十分納得が可能だろうと考えていた。ただし、話を聞いてくれるかが難題だが。
「話を聞いてくれなかったら?」
「そりゃお前……」
サラが首を傾げ、レウルスは食事の手を止める。
「ラヴァル廃棄街に迷惑はかけられないし、武器を作ってもらうドワーフも見捨てられないんだ。話を聞いてくれないだけなら、この場から離れて森を迂回して集落に戻る」
そのためにもドワーフのうち数人がサラの熱源感知に引っかかる位置で待機してくれている。合流してドワーフの集落に戻るのは容易だろう。
だが、兵士達が話を聞かないだけでなく、ドワーフ達の殲滅を選択するようならば――。
「あっ、きたわ。もうかなり近い」
「そういうことはもっと早く言ってくれ……よし、次の肉だ」
会話をしつつも巨大ミミズの肉を焼いていたサラに、次の分を求めるレウルス。サラは御機嫌に笑いながら巨大な座布団ほどあるミミズの肉を差し出す。
「ほらほらレウルス! こっちも焼けたわよ? じゃんじゃん食べちゃって!」
「おう……あー、やっぱり内臓の土を取るだけでけっこうイケるわ。醤油があれば完璧なんだけどな」
「“しょーゆ”ってなんじゃ?」
エリザが不思議そうな顔をしているが、レウルスとしては残念極まりないことに醤油のような調味料を見たことがなかった。
もしかするとマダロ廃棄街で食べた米のように美味しく感じないかもしれないが、それは食べてみないとわからないことである。だが、巨大ミミズの肉に醤油をつけて焼けば美味しいだろうとも思うのだ。
そんな会話をしていると、足音を立てて兵士達が近づいてくる。前方の警戒を担当しているのか、最初に姿を見せたのは三人組の兵士だった。その後方には兵士の集団が存在し、その中にはレウルスが魔力を感じ取れる者もいる。
「な、何者だ!?」
「ドワーフ……いや、人間……人型の魔物、か?」
「まさか……『変化』を使う上級の魔物じゃないだろうな?」
斥候らしい兵士達は、レウルス達の姿を見るなり槍を向けた。しかし森の中で巨大ミミズを焼いて食べているレウルス達に困惑したのか、槍の穂先が動揺を表すように僅かに揺れている。
(最近、魔物だって間違われることが多い気がするな……)
これで本当に魔物だったらレウルスとしても笑えないところだが、正真正銘レウルスは人間だ。三歳の頃に魔物に殺された両親も人間で、どこかから拾われてきたという記憶もなかった。
そもそも、貧農どころか農奴扱いされていたレウルスの両親が捨て子を拾う余裕などないのである。
「……おや? 兵士の方ですか?」
兵士達の動揺の声を聞き、レウルスはさも今気づいたといわんばかりに視線を向けた。それまで噛み千切っていた巨大ミミズの肉は両手で握ったままである。
「助かりました。先日の雨で道に迷っていたんです。街道がどの方角が教えていただけませんか?」
敵意がないことを示すためにレウルスは大剣を地面に突き刺している。手の中にあるのは武器になるはずもない、巨大ミミズの肉だ。
エリザは杖を握っているが武器として扱うことはできず、サラに至っては無手である。武器になるものを握っていない以上、警戒も解けるはずだ。
「動くな! 貴様は何者だ!?」
(あれ……武器に手をかけなければ大抵は上手くいくってジルバさんも言ってたのに……)
かつてジルバから教わった、兵士と出会った場合の対処法。それを実践するレウルスだったが、どうにも反応がおかしい。
(武器に手はかけてないし、魔法で威嚇しているわけでもない……後ろのミミズは死んでるだろ?)
何か警戒する要素があるのだろうか、とレウルスは内心で首を傾げる。それでもレウルスは兵士の立場に立ち、今の自分達を客観的に評価することにした。
武装を整え、わざわざ森の中に入ってきたということは街道の巡回が目的ではないだろう。そうなるとアクラの町で聞いたようにドワーフを退治するのが目的ではないか。
ドワーフは中級の魔物で、いくら兵士が鍛えられているといっても気軽に戦える相手ではない。そんなドワーフを警戒しながら森の中を進んでいたところで、巨大なミミズの魔物を焼いて食べている集団に遭遇したら――。
(どう見てもやばい奴らじゃねえか……一目見てやばいってわかる辺り、グレイゴ教徒より性質が悪いかもしれん……)
なるほど、魔物だと思われるのも道理だ。レウルスは自身の考えがそれほど間違っていないだろうと判断し、両手に持っていた巨大ミミズの肉を地面に置く。土で肉が汚れるが、あとで土を掃って食べれば問題はないだろう。
「俺はラヴァル廃棄街所属の中級下位冒険者、レウルスです。後ろの二人は同じく冒険者のエリザとサラ……身分証もありますので、確認してください」
手渡そうとして槍で刺されては堪らない。レウルスはエリザとサラの首にかけられていた冒険者の登録証を取り、自身の分と『客人の証』を外して兵士達から五メートルほど離れた場所に置いて下がる。
兵士達は怪訝そうな顔をしていたが、やがてその内の一人が油断なくレウルス達を見ながら近づいてきた。そしてレウルス達の登録証を確認して頷く。
「……なるほど、たしかに。中級下位に下級中位、それに見習い? なんでそんな奴らがこんな場所にいる? それにこれは……っ!?」
だが、『客人の証』に気付いて小さく息を飲んだ。その反応にレウルスは首を傾げる。
「おい、どうした?」
「何かあったのか?」
他の兵士二人が怪訝そうに声をかけると、『客人の証』を確認した兵士は焦った様子で振り返った。
「ルイス様を呼んできてくれ。それと貴様……いや、君、レウルスと言ったな? 他に何か身分証はあるか?」
「精霊教徒のジルバさんから渡された手紙ならありますけど……」
そう言いつつ、レウルスはジルバから渡されていた手紙を懐から取り出す。精霊教の教会へ供物を届ける“役割”を負っていることを示したものだが、レウルスが手紙を手渡すと兵士はすぐに内容を確認し始めた。
「まずいぞ……本物だ」
「何がだよ?」
兵士の内一人は本隊に向かったのか、残っていたもう一人の兵士が怪訝そうな様子を崩さずに尋ねる。相変わらず槍を構えたままだったが、同僚の様子がおかしいと感じたのか穂先は地面へと向けていた。
「お前はそこまで精霊教について詳しくなかったな……このレウルスという冒険者に身分証を与えたのはジルバ殿だ。『膺懲』の名前なら知ってるだろ?」
「ジルバ……まさか、狂け……いや、“あの”ジルバ殿か? 精霊教徒第二位の?」
以前はそれほど役に立たなかった『客人の証』だが、どうやら兵士の中に敬虔な精霊教徒がいたらしい。その予想外の反応に、レウルスとしても困ってしまう。
(ジルバさん、何をしたんですか……いや、これなら簡単に話を聞いてもらえるかもしれないし、前向きに考えよう)
マダロ廃棄街に向かう際、ジルバの名前を聞いた兵士も似たような反応をしていた。兵士によって反応が異なるのは、精霊教徒かどうかがポイントなのだろう。
(というか、精霊教徒第二位ってなんだ? あと、あの兵士は何を言いかけた? きょうけ……何?)
どうにも“よろしくない”ニュアンスが込められていた気がするが、聞くのも怖いためレウルスは口を閉ざした。ラヴァル廃棄街に戻れば話を聞いてみたいとは思うが、今は黙っていた方が良いだろう。
「報告を受けたが、何の騒ぎだ?」
「ルイス殿、指揮官たるもの前に出るのは……ぬっ?」
そうやってレウルスが黙っていると、先ほど報告に向かった兵士の話が伝わったのか、二人の男性が近づいてきた。
一人は、レウルスとそれほど差はないだろうが年上に見える青年である。白い鎧で身を固め、槍を携えたその姿は騎士と呼ぶに相応しいだろう。
だが、レウルスの意識はもう一人の男性に向けられていた。騎士らしき青年と異なり、その男性は三十代と思わしき容貌で――見覚えがあったのである。
「貴様、街道の……たしか、冒険者のレウルスだったか?」
そこにいたのは、ラヴァル廃棄街を旅立った直後に襲ってきた野盗を引き渡した部隊の隊長だった。