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第113話:ドワーフの縄張り その2

「ぎゃああああぁぁっ! また出たー!」


 地面から飛び出してきた巨大ミミズを見るなり、サラが悲鳴を上げた。その悲鳴は巨大ミミズに対する恐怖によるもの――ではない。


「レウルスの栄養が偏るじゃない! 食べられるとわかったらなくなるまでとことん食べちゃうのよ!? 焼くのは別に構わないけど!」

「お主は一体何を心配しておるんじゃ……まあ、ワシもあの悪食ぶりはどうかと思うが……」


 サラはエリザを抱き上げたままで巨大ミミズから距離を取ると、エリザも呆れた様子でため息を吐く。

 そんな二人の会話を聞きながら、レウルスはミーアを地面に下ろして大剣を構えた。


「あのコリボー? が飛び出してきたのがいきなりだったもんでな、勝手に抱きかかえて悪かったよ」

「え? えっ? いや、それはいいんだけど、今ボク片腕で……え?」


 何やら混乱しているミーアだが、レウルスがそれに構う余裕はない。大剣の柄を両手で握り締めると、右肩に担いで前傾姿勢を取る。


(魔力は……そんなに回復してないか。食べられるだけ食べたんだけどな……)


 昨日行ったドワーフの救助作業によって、レウルスが溜め込んでいた魔力の大部分が消費されていた。

 時間が許す限り巨大ミミズを焼いて食べていたものの、それでも溜め込んでいた分は取り戻せていない。体感でも『魔計石』で測っても、消費した分の二割程度しか回復していなかった。


 ただし、サラと交わした正式な『契約』の影響なのか、それまでと比べて体が軽い。さすがに『熱量解放』を使っている時には及ばないが、エリザだけと『契約』を交わしていた時と比べると、『強化』の度合いも増しているように感じられた。


 それは両手に伝わる大剣の重さからも理解できる。羽のように軽いとは口が裂けても言えないが、十キロを超える鉄塊が木刀のような軽さに感じるのだ。


(これなら……)


 『熱量解放』なしでも巨大ミミズを倒せるのではないか。そう考えたレウルスは間欠泉のような勢いで地面から飛び出してきた巨大ミミズ目掛け、一気に駆け寄る。


「オオオオオオオオオオオォォッ!」


 相手は巨木のような太さがあるが――それだけだ。


 腕もなく足もなく、攻撃方法と言えばその巨大な口を使った噛みつきぐらいだろう。魔法を使ってくる様子もないため、レウルスとしても心おきなく斬りかかることができる。

 踏み込み、肩に担いだ大剣を斜めに斬り下ろす軌道で振り――その柔軟な外皮と衝撃を殺す粘液で刃が防がれる。


 ドムンッ、と鈍い音こそしたものの、刃が巨大ミミズを斬り裂くことはなかった。


「チッ……やっぱり無理か」


 いくら身体能力が向上しているとはいえ、使っている大剣では切れ味が足りないのか巨大ミミズの外皮を斬り裂けない。仮にドミニクの大剣を使っていたとしても、斬り裂けたか怪しいほどに柔軟かつ頑丈だった。


 攻撃力はそれほどでもないが、その防御力に加えて地面に潜れるという特徴が厄介である。


 魔物の階級としてはおそらく中級に分類されるのだろう。細かい階級はわからないが、これまで交戦したことがある魔物と比べた場合、中級下位から中級中位ぐらいではないかとレウルスは判断した。


『サラ!』

『燃やしちゃう? 燃やしちゃう? でもでも、レウルスってばもう忘れてない?』

『何をだ!?』


 地面の土砂を巻き上げながら突撃してくる巨大ミミズを回避しつつ、レウルスは内心でサラに向かって叫ぶ。


 レウルスが斬りかかったからなのか、あるいはエリザが近くにいるからなのか。巨大ミミズはエリザとサラのコンビには襲い掛からず、レウルスとミーアへ向かってくる。


「キミのお仲間のせいでボク達の家が壊れちゃったじゃないか!」


 最初の突撃こそレウルスに庇われたものの、ミーアは担いでいた鎚を握って応戦していた。


 ミーアが握る鎚は金属で作られており、全長はミーアの身長とほとんど変わらない。ゲートボールのスティックを巨大化させたような、打撃に特化した形状である。


「えええぇぇいっ!」


 レウルスから見れば非常に小柄なミーアだが、ドワーフらしく高い膂力があるらしい。『強化』も使っているのだろうが、巨大ミミズの胴体を鎚で殴りつけて重苦しい音を響かせている。


『ギギギッ!』


 ミーアの打撃を受けた巨大ミミズは苦痛を堪えるような声を漏らした。それでも外皮で衝撃が吸収されているのか、動きが鈍ることはない。

 ミーアのような小さな少女が身の丈ほどもある鎚を振り回している光景は、少しだけ現実離れしたものがあった。しかしここは異世界なのだと自分に言い聞かせ、レウルスはサラとの会話に意識を向ける。


『レウルスはわたしと『契約』したでしょ? だからほら、“わたしの力”を使ってみればいいんじゃない?』

『ぶっつけ本番で試すぐらいなら確実な方法を取るに決まってるだろ』


 いいから燃やせ、とレウルスは内心で告げる。


 それほど脅威には思わないが、命を賭けて殺し合っているのだ。サラならば巨大ミミズが纏う粘液を燃やし尽くせるため、無駄な危険を冒す必要はない。


『えー……それならわたしの方から力を渡すわ!』


 だが、サラとしてはレウルスの反応が気に入らなかったらしい。レウルスが止める暇もなく宣言すると、『思念通話』を使ったままで言葉を続ける。


『火の精霊、サラの名において命ずる! 我が契約者に火の恩寵を!』


 その言葉にどんな意味があるのか、レウルスにはわからない。しかし、すぐさま理解することとなる。


「っ!?」


 サラから魔力が伝わり――握っていた大剣が燃え上がった。


 それはまるで炎を纏うように、炎の剣とでも呼ぶべき姿である。さすがに柄まで炎に包まれることはなく、刀身だけが炎に包まれているが、不思議と熱くはない。

 もっとも、握っていた大剣が突如として燃え上がったレウルスは、心底から驚いた。熱くないとはいえ、眼前で轟々と炎が燃え盛っているのである。度肝を抜かれるとはこのことだろう。


 それでもレウルスの体は動いていた。驚愕で思考が真っ白になっているにも関わらず、目の前の“獲物”目掛けて大剣を叩き込む。


 大剣に纏わりつく炎は振るっても消えることはなく、振るわれた大剣に合わせて朱の軌跡を描く。刃が巨大ミミズの粘液に触れるなり蒸散させ、その下にある柔軟な皮膚に刃を届かせる。


 前世を含めても初めてになるであろう、“焼き切る”感触。粘液が蒸発する音を響かせながらも、レウルスが振るった大剣は止まらない。熱したナイフでバターを斬るように刃が奔り、巨大ミミズの胴体を右から左へと突き抜ける。


「…………」


 これまで感じたことがない、焼き切った感触が両手に伝わった。その奇妙な感触にレウルスは大剣を振り切った体勢で思わず沈黙する。


 一体どれほどの熱量が込められていたのか、胴体が泣き別れする羽目になった巨大ミミズの反応も鈍かった。だが、胴体を斬られても生きているのか、地面に潜ろうともがき始める。


 さすがに放っておけないため、レウルスは即座に駆け寄って巨大ミミズの頭部を斬り飛ばした。普段ならば大量の血が出るのだろうが、斬っている間に肉が焼けたのか巨大ミミズの傷口から血が溢れることはない。

 だが、巨大ミミズの頭部を斬り飛ばした際に大剣から妙な感触が伝わってきた。砕けたわけではないが、それは妙に“柔らかい”感触である。


『おい、サラ……』

『なになに? すっごいでしょ!? これなら外殻が硬い魔物でも一発よ! 多分!』


 サラに視線を向けてみると、満面の笑みを浮かべて胸を張っていた。その隣ではエリザが驚きから目を見開いており、レウルスとサラに対して交互に視線を向けている。


 巨大ミミズがピクリとも動かなくなったからか、サラは大剣に纏わせた炎を解除した。レウルスは周囲に他の魔力がないかを探りつつも、足早にサラへと歩み寄っていく。


『どう? どう? すごいでしょ? これが火の精霊の力よ! なんならレウルスの口から火を吐かせて――』

「ぶぎゃっ!?」


 『思念通話』で騒いでいたサラだが、レウルスが拳骨を落としたことで悲鳴を上げた。そして両手で頭を押さえると、拳骨を振り下ろしたレウルスに涙目を向ける。


「いったーい! 何するの? ねえ何するの!? ここって褒められる場面じゃないの!?」

「そうだな、お前のおかげであの魔物が倒せたよ、ありがとうな、感謝するよ」


 感謝すると言いつつも、レウルスの声色は冷たかった。その声を向けられたサラはそれまでのはしゃぎようが一転し、身を縮こまらせる。


「え? え? わたし、また何かやっちゃった?」

「……俺はあの魔物を燃やせって言ったよな? 誰が俺の剣を燃やせって言った?」


 そう言いつつ、レウルスは握っていた大剣を持ち上げてサラに見せる。


 サラの――火の精霊の炎を纏ったからか、大剣はボロボロになっていた。


 ジルバに刻んでもらった『強化』の『魔法文字』が燃え尽き、巨大ミミズを斬った衝撃で刀身が刃毀れした上に少しばかり曲がっている。


 レウルスは熱を感じなかったが、大剣はそうではなかったのだろう。急激に熱せられ、巨大ミミズを斬り、そして炎が消えて急激に冷え始めた影響か、今も刃がポロポロと欠落している。

 振るったのは二度だが、最早使い物にならないだろう。一体何事かと駆け寄ってきたミーアに大剣を手渡してみると、思い切り頬を引きつらせる。


「うわぁ……なにこれ……ボク、こんなに酷い状態の剣は初めて見たよ」


 詳しく調べずとも、一見するだけで限界を超えたとわかったのか。ミーアは引きつらせていた頬を引き締め、レウルスに咎めるような視線を向ける。


「レウルス君……キミに助けられたボクが言うのも何だけど、武器はもっと大事に扱ってほしい。これじゃあ武器が可哀想だよ」


 それは心からの忠告だった。作った武器がこのようにボロボロになれば、ミーアでなくとも鍛冶師ならば怒りを覚えるだろう。


「すまない、武器の扱い方に関してはまだまだ勉強中でな……“コイツ”にも可哀想なことをしちまった」


 ドミニクの大剣が砕けた時ほどの喪失感はないが、ここ一ヶ月ほど振り回していた第二の相棒だ。間に合わせの武器ではあったものの、こうも唐突かつ簡単にボロボロになるとレウルスとしても思うところがあった。


「……ご、ごめんなさい」


 サラも何が起きたのかを理解したのだろう。素直に頭を下げて謝罪する。


 それを見たレウルスは大きなため息を吐くと、拳骨を落としたサラの頭を労わるように撫でた。


「お前がすごいのはよくわかったから、次からは指示に従ってくれ。他に魔物がいたら危ないところだぞ?」


 予備の武器として短剣を持ってはいるが、こちらは『強化』などされていない普通の短剣である。レウルスが“全力”で振るうには強度が足りない上に、大剣と比べて間合いも短すぎた。


 ドワーフならば自分でも使えるような武器も持っているかもしれない。間に合わせの間に合わせという不可思議な状況になるが、借りるなり買うなりした方が良いだろうとレウルスは思った。


(武器まで土の下で埋まってなきゃいいな……)


 現在ドワーフの中でも腕利きの職人達が奮起し、山の中の家や設備の復旧作業をしているところである。


 武器になるものも無事ならば良いが――そう思った矢先に、レウルスは魔力が近づいてくるのを感じ取った。その移動速度はそれなりに早く、魔力の規模もそれなりに大きい。


 ボロボロの大剣でもないよりはマシだと握り締めたレウルスだったが、近づいてきた魔力が周辺の調査のために散っていたドワーフだと気づき、力を抜く。


「おいおいおい! やべえ! やべえぞ!」


 だが、何やら様子がおかしい。駆け寄ってきた男性のドワーフは慌てており、レウルスは思わず眉を寄せてしまった。


「どうした? そっちでもコリボーが出たか?」

「コリボーは昨日倒しただろ……っておい!? まだいたのかよ!? いや、そっちも驚きだが今は置いとけ!」


 他にも巨大ミミズがいたのかと考えたレウルスだが、違うらしい。ドワーフはレウルスが焼き切った巨大ミミズの死体に驚愕したが、すぐに気を引き締めて自分が走ってきた方向へ視線を向ける。


「金属の鎧を着た人間が『迷いの森』に入ってやがる! ざっと数えて五十人はいたが、ありゃ人間の兵士じゃねえか!?」


 ――どうやら、新たな問題が向こうからやってきたらしい。


 斬っても片付かないであろう問題の登場に、レウルスは頭を抱えるのだった。


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