第112話:ドワーフの縄張り その1
レウルス達がドワーフの集落に到着した翌日。
レウルス達は一部のドワーフ達と共に山を下り、麓の森へと足を踏み入れていた。
ドワーフ達は崩れた“家”や道路の補修、そして炉の修復などを行う必要がある。しかしながら全員で作業を行うわけでもなく、腕の良いドワーフがその技術を如何なく発揮して短時間で直していくのだ。
その他のドワーフ――レウルス達と一緒に下山したドワーフ達は、崩れた家ではなく山の周囲の調査や補修を行うのが目的である。
一昨日降った大雨で土砂崩れが起きた場所がないか、雨水が地面を流れたことで地形が変化していないか、その影響で木が倒れていないか。二十人ほどのドワーフが四方に散り、環境の変化を調査するのだ。
「ねーねー、なんでわざわざ調査するの?」
登った時同様、急斜面としか思えない山道を足を滑らせないよう注意しながら下った後、サラが不思議そうに尋ねた。
荷物などは全部置いてきており、持ち運んでいるのは各々の武器だけである。
もっとも、武器といってもレウルスが大剣を、ミーアが身の丈ほどの鎚を背負っているだけだが。
「それはね、ボク達の家に外敵が入ってこないようにするためだよ。あっ、この場合の外敵っていうのは人間のことね?」
サラの疑問に答えたのはミーアである。集落にいてもできることがないからと下山したレウルス達に同行し、レウルス達の顔を“見上げて”どこか上機嫌な様子で笑っていた。
「何か仕掛けでもあるのか?」
ミーアの言葉にレウルスが反応すると、ミーアの笑顔がよりいっそう輝く。
「うんっ! 仕掛けっていうほど大したことじゃないけど、家の周囲の森は迷いやすいようにしてあるんだ。ほら、周りを見てみて」
そう言われてレウルスは周囲を見る。
足を踏み入れた時から思っていたが、似たような太さの木が立ち並んでいるだけで特におかしな点はない。
(……いや、それがおかしいのか?)
大雨が降る中、雨宿りができる場所を探して歩き回った時のことを思い出す。
雨を凌げる巨木があればと思ったものの、結局は見つからなかった。視界が悪い中、最終的には化け熊の魔力を感じ取って洞穴を見つけたのだが――。
「目印になるようなものは撤去して、木も似たような太さのもの以外は伐採して、方向がわからなくなるように木の位置も調整して……ボク達は『迷いの森』って呼んでるよ」
「……人工の迷路みたいなもんか」
カルヴァンも、どうやって森を抜けてきたのかと驚いていた。レウルスの場合は化け熊の魔力を感じ取れたこともそうだが、視界の悪さが逆に助けとなっていたらしい。
ただし、いくらドワーフの手によるものといえど突破が不可能というわけではない。現にレウルス達も『迷いの森』を抜けているのだ。
(あー……森を抜けてもあの山があるだけだもんな。まさか山の“中”にドワーフが住んでるとは思わないだろうし、あの急斜面は登る気も失せるか……)
つくづく己の勘に助けられたのだな、とレウルスは内心で呟く。『迷いの森』を突破できても、ドワーフがいるとは思えない造りになっていた。
仮に人間が攻め込んだとしても、ドワーフは人間では通れない大きさの出入り口を山のあちらこちらに作っている。籠城戦を行うのも容易いだろう。
出入り口を見つけても入ることができず、外から魔法を撃ち込んでも通路が崩れるだけで終わりそうだ。“家”の中がどうなっているかはわからないが、まさか一本道ということもないはずである。
レウルスが色々と納得していると、ミーアが隣に並んで見上げてくる。一体何が面白いのか、その顔にははにかむような微笑みを浮かべていた。
「ん? どうした?」
そのような笑顔を向けられる理由がわからず、レウルスは首を傾げる。すると、ミーアは僅かに赤面しながら頬を掻いた。
「えへへ……こうやって見上げて喋るのに慣れてないから、首が痛くなっちゃいそうだなって思って」
その割には嬉しそうだな、とは言わない。レウルスが見た限り、ミーアは父親であるカルヴァンを含めて全てのドワーフの中で一番背が高いのだ。幼い頃ならばまだしも、“見上げて”話すのは久しぶりのはずである。
「サラちゃん達はそこまで変わらないけど、レウルス君は見上げないといけないからね。ボクが小さくなったみたいだよ」
「そうか……ミーアは集落から出たことはないのか?」
レウルスから見れば、ミーアはエリザやサラよりも小さいのだ。しかしミーアが置かれていた環境を思うと下手なことも言えず、世間話のように言葉を続ける。
「うん……ボクだけじゃなくて、他の子も同じかな? 大人の人達はたまに出たりするけど、ボク達子どもは『迷いの森』からも出たことがないよ」
ドワーフの中でも大人ならば『迷いの森』よりも外に出たことがあるようだ。そのドワーフが目撃され、噂程度とはいえ情報が広まっていたのだろう。
そうやって歩いていると、ミーアの視線がゆっくりと下がっていく。そしてレウルスの手の高さで止まり、歩く際の動きに合わせてミーアの視線も左右に揺れた。
「……? 何か気になることでもあるのか?」
手を見られても恥ずかしくはないが、何故そんなところに視線を固定するのかわからない。レウルスが尋ねると、ミーアは頬を桜色に染めながら恥ずかしそうに俯いた。
「え、えーっと、ほら、ボクってこの身長だから、“その高さ”に手があるのって慣れなくて……」
全体的に背が低いドワーフからすれば、自分は巨人の仲間に見えているのだろうか。レウルスはそんなことを考えるが、これはミーアが他の人間を知らないからだろうと納得する。
「その、レウルス君? もし嫌じゃなければ、なんだけど……あ、頭を撫でてもらってもいい?」
だが、続いた言葉にさすがのレウルスも戸惑った。
ミーアは身長こそエリザやサラよりも低いが、性格の落ち着きぶりは二人よりも上だ。サラは例外すぎるため除外するとしても、年齢的にはエリザより一歳年上の少女の頭を撫でて良いものかと少しだけ迷う。
「……ミーアが嫌じゃないのなら、別に構わないけどさ」
それでも、ミーア本人から言い出したのならば構わないだろうと判断し、リクエスト通りレウルスはミーアの頭を撫でてみた。
「…………」
ミーアは何かに思いを馳せるように目を瞑り、黙ってレウルスに撫でられる。
(エリザやサラと比べると、少し頭が小さいな……俺から見ればドワーフは全員小さいんだけど、本人たちからすればまた別の話ってことかね)
何故ミーアが頭を撫でてほしいと言い出したのか。その理由を推察しつつも、レウルスは何も言わなかった。
「……うん、ありがと」
満足したのかミーアが閉じていた目を開け、少しだけ寂しそうに微笑む。
「こうやって頭を撫でてもらえたのも、小さい頃だけでさ。父ちゃんよりも大きくなっちゃったから余計にね……」
そう言われて、レウルスは少しだけを目を細めた。
今の世界に生まれ変わってから頭を撫でられたことがあっただろうか。今世の両親はレウルスが三歳の頃に魔物に殺されて死んでしまったが、そういった“家族”らしいことをした記憶はほとんどない。
「それならあのおっちゃんにも頼んでみろよ。なんだかんだ文句を言いながらだけど、最後にはちゃんとやってくれると思うぞ?」
背の高さに関してはどうしようもないが、ミーアは父親に頭を撫でてもらおうと思えばいつでもできるのだ。
自身の高身長さにコンプレックスらしきものがあるようだが、出会って一日しか経っていない相手よりも父親相手の方がミーアも気楽だろう。
自分よりも背が高い相手にそういったことをしてほしかった――そう思っているのかもしれないが、今のレウルスに言えるのはそれぐらいだった。
「ところでミーア、君って精霊教徒か?」
『迷いの森』を調査しつつ、レウルスは尋ねようと思っていたことを尋ねる。一緒に山を下りたドワーフ達はそれぞれ散って調査を行っており、この場にいるドワーフはミーアだけで聞きやすかったのだ。
「え? うん、そうだよ。ボクだけじゃなくてドワーフは大抵火の精霊様を信仰してるけど……それがどうかした?」
「いや、ちょっと気になってな。俺、一応精霊教の“客人”って立場だからさ」
そう言って『客人の証』を見せるレウルス。すると、ミーアは不思議そうに首を傾げた。
「……それって何? ボク、初めて見たよ」
どうやら『客人の証』を知らないらしい。『迷いの森』からも出たことがないのなら、それも仕方がないことだろう。
「精霊教徒の偉い人からもらえる身分証……みたいなもの?」
他にどう説明すれば良いのか。
ドワーフの中には教会を運営するような精霊教徒はいないのか、レウルスとしても『客人の証』について説明に困ってしまう。
そして、それ以上に困ったのはドワーフが火の精霊を信仰していると確認が取れたことだ。
「ねーねー、エリザってばー。いい加減機嫌を直しなさいよー。わたしはレウルスと『契約』を結べて嬉しい、レウルスはわたしの魔力を使えて強くなる、エリザもわたしの力を使える……かもしれない? ほら、いいこと尽くめじゃない」
「…………」
その火の精霊――サラは、機嫌が悪いエリザの相手をしている。拗ねた姉の機嫌を取る妹のようにも見えたが、レウルスとしては反応に困ってしまう。
(そこにいるサラが火の精霊なんだ……なんて言っても信じてもらえないかもなぁ)
信仰する宗教について聞いているその横を、信仰対象の神様が笑顔で通り過ぎているようなシュールな状況である。レウルスはどうしたものかと頭を悩ませ、まずは信仰の度合いについて尋ねることにした。
「とにかく、精霊教について少し興味があるんだ。ドワーフがどんな理由で火の精霊を信仰しているか聞いても大丈夫か?」
「構わないけど……鍛冶には火が付きものじゃないか。それなら火を司る精霊様を信仰してもおかしくないと思うんだけど……」
何故そんなことを気にするのだろう、と言わんばかりにミーアは首を傾げる。その様子を見る限り、火の精霊に対するドワーフの信仰心は普通の域を超えないようだ。
「えっ? なになに? もしかしてわた――もがっ!?」
「……お主は黙っておれ」
火の精霊の話題を出していたからか、サラが反応する。しかし即座にエリザがサラの口を塞ぎ、サラの迂闊な発言を封じた。
機嫌が悪いと思ったがしっかりと止める辺り、エリザは機嫌が悪いのではなく“他の何か”を抱えているのかもしれない。
そんなエリザの行動に感謝しつつ、レウルスは質問を続ける。
「近くに火の精霊がいるとわかったら、早朝から祈りに出かけたいと思うか? 火の精霊の生活を邪魔しないよう、気付かれないよう気配を消して、こっそりとでも祈りを捧げたいと思うか?」
「な、なんだか質問の内容が妙に具体的に聞こえるけど……そんなことはしないよ。鍛冶をする時に祈りを捧げるぐらいかな?」
ジルバのように“信仰心が篤い”わけではないようだ。これならば機を見計らってサラの正体を告げても問題はなさそうである。
一日接してみただけで偏見かもしれないが、ドワーフが大人しく祈りを捧げる姿も想像できない。大人しく祈りを捧げるぐらいなら、乾杯の音頭に利用して酒でも飲んでいそうだ。
「そうか……わかった、ありがとう……っと?」
ミーアに感謝の言葉をかけてレウルスは一安心し――足元から魔力を感じた。
「ん? あれ?」
「どうしたんじゃ?」
魔力を感じたということで無意識の内に大剣を抜いたレウルスだが、それを見たエリザが怪訝そうな顔をする。
「いや、足元から魔力を感じるんだけど……なあミーア。ドワーフが掘ってる通路って、この辺りまで広がってるのか?」
地面の土や岩が邪魔をしているのか、正確な距離や強さはわからない。それでも曖昧な魔力が土の下を移動していることは間違いなかった。
「ボク達の家はあの山だけで、さすがに森の下まで広げてはいないよ……誰かがこっそりと掘ってるかもしれないけど」
(秘密基地でも作ってるのか?)
そうは思うものの、感じ取った魔力の移動は不規則だ。以前森の中で感じ取った曖昧な魔力もそうだったが、“動き方”だけで判断するならばドワーフとは思えない。
(と、いうことは……っ!?)
地面にドワーフ以外の魔物が潜んでいるのだろう。そう結論付けたレウルスだったが、曖昧だった魔力が急速に接近してくるのを感じ取った。
「レウルス君? 一体どうし――わひゃっ!?」
言葉に出して警告する暇もない。レウルスは左腕をミーアの胴体に回して抱え上げ、内心で叫ぶ。
『サラ!』
『はいはーい!』
その場から飛び退きつつ、『思念通話』でサラに呼びかける。その言葉にサラは即座に反応し、レウルスに倣うようにしてエリザを抱え上げて跳躍した。
そして、轟音と共に地面が爆発した――そう思えるほどの勢いで地面が吹き飛んだ。
地面がめくれ上がり、土石が宙を舞う。その衝撃で周囲の木々が僅かに揺れ、森の中にいた小鳥が一斉に飛び立つ。
「おいおい……一匹じゃなかったのかよ」
地面を粉砕する勢いで飛び出してきた魔物――昨日倒した巨大ミミズが姿を見せたことに、レウルスは頬を引きつらせながら呟くのだった。




