第111話:火の契約
火力の問題を解決できそうな人物――もとい、火の精霊であるサラを連れたレウルスは、カルヴァン達から距離を取って事情を説明した。
「協力ぅ? もう、仕方ないわねーレウルスってば! 頼られたら応えちゃうわ!」
話を聞いたサラは迷うことなく笑顔で承諾する。しかし、レウルスとしては頭が痛い問題だった。
「ありがとよ……でもなぁ、お前が火炎魔法が得意だからって言えば納得してくれると思うか?」
「いっそのこと、火の精霊ですって名乗っちゃう?」
「その場合、下手すりゃドワーフ達に捕まって祀り上げられるかもしれないぞ? それでもいいか?」
「やっぱりなしで! わたしはラヴァル廃棄街の冒険者見習いのサラよ! それ以外の何者でもないわ!」
一応、火の精霊という存在が何をもたらすかは理解しているようだ。ドワーフ達の性格から推察する限り、頼めばサラが火の精霊であると言いふらすことはないだろう。そもそもどこの誰に言いふらすのかという話である。
ただし、火の精霊だと知ればドワーフ達の態度が変わるかもしれない。ないとは思うが、鍛冶に便利だからといって監禁する可能性があった。
(あとでミーアにそれとなく聞いてみるか……)
ジルバからもらった『客人の証』を見せつつ、精霊教についてどう思っているか尋ねれば良いだろうか。そう思考するレウルスだったが、サラに手を引かれて我に返る。
「でねでね? 協力するのは別に構わないんだけど、レウルスにちょーっとお願いがあるんだけど!」
「なんだ? あの魔物の肉ならお前も食べてもいいぞ?」
「違うから!? ちょびっと食べてみたけどそれで十分だから!」
一体何事かと首を傾げるレウルス。サラは数度深呼吸をすると、真面目な顔つきになる。
出会ったばかりの頃ならばともかく、今ならば多少の“お願い”を聞くことに抵抗はない。それでもサラが真剣な表情を浮かべているため、どんな無理難題が飛び出すかわからなかった。
「えっとぉ……んんっ! レウルス! わたしと『契約』を結んでちょうだい!」
「…………?」
だが、その申し出にはレウルスとしても困惑するしかない。サラの発言を脳内で反芻し、眉を寄せる。
「『契約』は既に結んであるんだろ?」
「いやいや、違うのよ。今はね? わたしからの一方的な『契約』だから、言わばそう! 仮契約みたいなもんよ!」
(なんだその仮免許みたいな扱い……)
いまいちよくわからないが、サラが言うからには違いがあるのだろう。
エリザと結んだ『契約』についてはレウルスも承諾しているが、サラに関してはそうではない。その辺りに何か違いがあるのか。
「ちゃんとした『契約』を結ぶとどうなるんだ?」
仮の『契約』を結んでいる今でさえ、火への耐性があるのだ。サラ曰くヴァーニルクラスの火炎魔法が相手だと効果は薄いが、並の火炎魔法なら十分に効果を発揮するらしい。
他にも何か恩恵があるかというと――。
(肉を焼ける、焚き火を熾せる、明かりになる、水をお湯にできる……あ、それと熱源を探れるか)
その上、火炎魔法一辺倒だが戦闘も可能だ。こうして並べてみると、サラのスペックは非常に高いと言えるだろう。性格は少々残念だが、それを補って余りある力がある。
「わたしの……火の精霊の『加護』が正式に与えられるわ」
「そうなるとどうなる?」
火の精霊の『加護』と言われても、火に強くなることぐらいしか想像ができない。他に何かあるのかとレウルスが疑問に思っていると、サラは両手を後ろに組んでもじもじとし始めた。
「それはもう、ほら、アレよ。一心同体? 唯一無二? 二人で一つ……みたいな?」
「なんだそりゃ……意味が分からねえ」
何が言いたいのか全く理解ができない。
「魔力も渡せるし、全部とは言わないけどわたしの力を使えるようになったり?」
「デメリット……じゃない、何か悪影響はないのか? 俺はエリザとも『契約』を結んでるんだが……」
要領を得ないが、エリザの『契約』と同様に魔力を分け与えてもらえるらしい。サラの力が使えるというのは火炎魔法が使えるようになるのだろうか、とレウルスは首を傾げる。
「んんー……むしろ良いことばっかりじゃない? 試したことがないからわからないけど、レウルスを通してエリザもわたしの力を使えるかもしれないわよ?」
「ふむふむ……」
聞く限り、デメリットはないように思えた。まさか正式な『契約』を交わした途端、騙して悪いけれど、などと言い出すようにも思えない。
火の精霊であるサラと正式な『契約』を結ぶとなると、グレイゴ教徒に知られた場合に色々と問題がありそうだが――。
(それはエリザやサラと一緒にいる時点で今更だしなぁ……あれ? 本当にデメリットがなくないか?)
確認が必要だが、エリザもサラの力が使えるかもしれないのだ。グレイゴ教徒に知られて襲ってきたら、今度こそ返り討ちにしてやろうとすら思う。
「あっ、でもでもっ、正式な『契約』を交わす以上、わたしとずっと一緒にいてもらえると嬉しいかなっ! あともうちょっと優しくしてくれると嬉しいかもっ!」
「前向きに検討し、善処します」
「なんかものすごく嘘っぽいわね!?」
サラは涙目になりながら叫ぶ。
『契約』をきちんと結ぶだけで、かなりのメリットがありそうだ。唯一デメリットがあるとすれば、精霊教徒であるジルバなどの反応が少しばかり怖いことぐらいか。
「駄目……かな? あっ、駄目でも鍛冶のお手伝いは頑張るわよ? それはもうバリバリよ? その辺は手を抜かないから――」
「ん? 別にいいぞ。どうすればいいんだ?」
勝手に『契約』を結ばれた時はレウルスとしても怒りの方が勝ったが、これまでの生活でサラも悪い性格ではないと思っている。放り出しても後ろをついてきそうなほどで、それならば“一緒に歩く”方が良いだろう。
「えっ……い、いいの? ほ、ほんとに? これで嘘だったら泣くわよ? 思いっきり泣くわよ? 鼻水流すぐらい豪快に泣くわよ?」
「やめろよお前……鼻水まで流したらまたエリザが怒るぞ。あと俺が誤解されるだろ」
外見が似ているからか、サラが妙なことをするとエリザが怒るのだ。サラもその時のエリザの怖さを知っているからか、素直に頷く。
「それは勘弁だわっ! え、えーっと……じゃあ、その……ん」
相変わらずもじもじとしながら、サラが右手を差し出す。それを見たレウルスは片眉を上げたが、サラを真似るように右手を差し出して握手をした。
「ごほんっ……あーあー……」
レウルスが右手を握ると、サラは咳払いをして喉の調子を確認する。しかし、レウルスからすれば火の精霊がそんなことをして意味があるのかと不思議に思った。
それでも、サラなりに気合いを入れているのだろうと解釈して次なる反応を待つ。すると、サラは目を細めて右手に力を込めた。
「――火の精霊サラの名と存在と魂において宣言します」
それは、かつてエリザと交わした『契約』の宣誓に似ていて。
「この者と共に在り、共に生き、共に歩むことを――」
普段の騒がしさが嘘のように大人びた、“精霊”の名に相応しい荘厳さを纏っていて。
「死せるその時まで、我が火を以って『契約』します」
こうして、レウルスは名実共に火の精霊の契約者になったのだった。
「ふっふー! やった、やったわ! これで本当にレウルスが契約者よ! 今夜は御馳走ね! でもさっきの魔物の肉は勘弁だわっ!」
今しがたの荘厳さはどこに消えたのか、『契約』を結び終えるなりサラは両手を振り上げて飛び跳ねる。
そんなサラの喜びようとは裏腹に、レウルスは頬が引きつるのを感じていた。
「おい……ちょっと待て。今、『契約』の宣言に何か物騒な言葉が混ざってなかったか? “いのち”がどうとか……」
「えー? 別におかしくないでしょ? わたしはレウルス以外と『契約』するつもりがないし……というか、『契約』できるかもわからないし? レウルスが死んじゃったらあとはつまんないと思うもの!」
レウルスとしては気のせいだと思いたかったが、サラは『契約』に己の命を織り込んでしまったらしい。
「ほら、レウルスが寿命で死ぬなら付き合ってあげるって言ったでしょ? 寿命じゃなくても死ぬ時は一緒に死んであげるってだけの話よっ!」
「……重すぎる」
無邪気に命を“上乗せ”されたレウルスは思わず呟いていた。
精霊だからなのか、サラだからなのか。以前も思ったことだが、死生観がおかしいと感じてしまう。
「死ななきゃいいのよっ! 面白おかしく、楽しくいきましょっ!」
「そう言われて気にしないで済むような図太い精神はしてねえよ……」
たしかに正式に『契約』を結ぶことを承諾したが、あまりにも“重たい”のだ。死ぬつもりは毛頭ないが、冒険者である以上ふとした拍子に死ぬ可能性はある。
それこそシンやスノウのように、勝ち目が薄い相手と突然遭遇することも十分にあり得るのだ。
「はぁ……結んじまったもんは仕方ねえか」
「そうそう! わたしもレウルスと会った時に無理矢理顕現したけど、これでレウルスだけの精霊として確固たる存在になれたわ! もっと強くなっちゃうわよ?」
「お前、これ以上強くなるのか?」
サラの言葉に気になる点があったため尋ねると、サラは当然と言わんばかりに頷く。
「意識は何十年か……とりあえず数えきれない年月存在してたけど、こうやって顕現した以上わたしだって精霊って名前の生き物よ? そりゃまあ、普通の生き物とは違うけど、強くなろうと思えば強くなれるはずだわ!」
「そうかい……ん?」
サラの『契約』については取り返しがつかないため、それ以上何かを言うことはない。だが、妙な顔をしたエリザが駆け寄ってきたことに気付いてレウルスは首を傾げる。
「どうした? 何かあったか?」
「どうした……はこっちが言いたいわい! お主ら何をしたんじゃ!? 変な魔力が流れてきておるぞ!」
カルヴァン達の気を引くためにエリザを残しておいたが、どうやら早速『契約』の影響が出ているらしい。
「ふっふーん! わたしとレウルスが正式に『契約』を結んだからね! ほら、わたしの言った通りだったでしょ? これならエリザもわたしの力が使えそうじゃない!」
「…………」
胸を張って答えるサラに対し、エリザは無言で胡乱気な視線を向ける。そしてレウルスを見つめ、サラを見つめ、己の中に存在する“新しい魔力”を感じ取り――爆発した。
「なんでじゃー! レウルスはワシのじゃぞ!」
「ふぁっ!? ふぁにふるふぉひょー!?」
涙目で両手を伸ばし、サラの両頬を引っ張るエリザ。サラは不意を突かれたように悲鳴を上げるが、傍目から見ると双子の姉妹が喧嘩をしているようにしか見えない。
「おいおい……話の途中で離れたかと思いきや、なんであの嬢ちゃん達は喧嘩してんだぁ? というかレウルス、オメェの武器の話だろうが。オメェがいねえでどうすんだ」
エリザも交えて話をするべきだった――今更ながらにそう後悔するレウルスだったが、呆れような顔をしたカルヴァンが近寄ってくる。
そのためレウルスはエリザとサラによる“姉妹喧嘩”から視線を外すと、困ったように頬を掻いた。
「とりあえずさっき言ってた炉の火力についてだけど……それはこっちでなんとかする……なると思いたい、うん」
「お、おう、そうか……なんだかよくわからんが、任せていいんだな?」
サラから流れ込んでくる魔力と熱の強さを感じつつ、レウルスは深く頷くのだった。




