第110話:救助作業 その3
畑の土を掻き分け、姿を見せた男性ドワーフ。その口ぶりから判断する限り、昨晩会ったドワーフで間違いないだろう。
「ったく! やっと表に出られたぜ……ああん?」
全身に付着している泥を乱雑に払いつつ、ドワーフが周囲を見回す。そしてその視線がレウルス達に向けられると、大きく目を見開いた。
「おいテメエら! 早く離れろ! そいつは物騒な狂人だぞ!」
「誰が狂人だ、誰が」
レウルスとしては風評被害もいいところである。そのため冷静にツッコミを入れると、サラが『思念通話』で話しかけてきた。
『ねえねえレウルス、ドワーフが食べないような魔物を食べるのっておかしくないの?』
『馬鹿なこと言うな。そりゃ好き嫌いの範疇だ。実際に俺が食えてるんだし、それなりに食える味だったんだからドワーフ達が食わず嫌いなだけだろ……あと、次はできれば内臓の泥を洗い流してから焼いてくれ』
食べられるのならば何でも食べるが、可能な限り美味しい方が良いのだ。そう思ってサラに注文をつけていると、周囲のドワーフ達から呆れたような声が上がる。
「おいおい、どうしたカルヴァン。朝っぱらから酒でも飲んでたのか?」
「いきなり他人を狂人呼ばわりしてんじゃねえよ」
「そうだそうだ。むしろそんな場所から出てきたお前の方が狂人だろ? 頑丈なのはけっこうだが、畑が駄目になるじゃねえか」
レウルスとしては嬉しいことに、周囲のドワーフ達は男性ドワーフ――カルヴァンと呼ばれたドワーフよりもレウルス達を信用してくれたらしい。
一緒に救助作業を行ったことで、人間とドワーフという種族的な垣根がかなり低くなったようだ。
人間の範疇に含まれず、レウルスという名の魔物だと認識されている可能性もあるが。
「父ちゃん、何を言ってるんだよっ! この人達はボク達を助けてくれたんだ! 変なことを言うと承知しないからね!?」
カルヴァンに対してどんな反応をしようか、などとレウルスが考えていると、ミーアが両手を広げてレウルス達を庇うようにして立ち塞がる。
驚くべきか迷うところだが、どうやらカルヴァンとミーアは親子のようだ。
「ああん? 何言ってんだミーア! どう見てもやべえだろうが! そんな奴らが俺達ドワーフを助ける? 寝言は寝て言えって……」
周囲の同調を求めるようにカルヴァンが仲間を見回すが、反応はない。むしろ呆れたような視線を向けるだけだ。
「……もしかして、嘘じゃねえのか?」
「ボクも助けてもらったのっ! あと少しで大きな岩に潰されるところだったんだからね!? このレウルス……レウルス……」
牙を剥く勢いでカルヴァンに食って掛かるミーアだったが、その言葉が途切れた。そして背後に庇うレウルスへ視線を向けると、困ったように眉を寄せる。
「えっと……レウルス、さん?」
「呼び捨てでも何でも、好きなように呼んでくれ」
どうやら呼び方が引っかかったらしい。ミーアはレウルスの返答を聞くと嬉しそうに表情を輝かせ、何度も頷いた。
「え? そ、それじゃあ……レウルス君……うん、そう! レウルス君が助けてくれたんだから!」
再び視線をカルヴァンへと向け、ミーアが叫ぶ。そんなミーアの呼び方に、レウルスは思わず肩を落としてしまった。
「く、君付けか……何でも良いって言ったのは俺だけど、この歳で君みたいな小さな子に君付けで呼ばれるのは……って、俺“そんな歳”だったわ」
ミーアからすれば、ほんの僅かに年上というだけである。君付けもおかしくはないだろう。“中身”の年齢から考えると少しばかり抵抗があるレウルスだが、親戚の子どもに君付けで呼ばれていると思えばその抵抗も薄れてしまう。
ついでに言えば、落石を防いだのはレウルスだがミーアを助け出したのはサラだ。その辺りのことがミーアの中でどのように捉えられているのか、少しばかり疑問である。
「ほ、本当か? そいつらに何か脅されてるとかじゃなく?」
「もうっ! いい加減にしてよ父ちゃん! ボクもそろそろ怒るよ!?」
直接見ていないためカルヴァンも信じることができないのだろう。しかし周囲のドワーフ達もミーアの話を肯定するように頷いているため、カルヴァンの気勢も一気に弱まる。
「そ、そうか……そうだったのか……」
カルヴァンは泥で汚れたレウルスの防具や、エリザとサラに治療を受けていたドワーフ達を見て納得したように頷き――いきなりその場で土下座らしきものを始めた。
「すまねえ! あらぬ疑いをかけちまった! 娘と仲間を助けてくれたってのに……俺ぁ自分が情けねえ! お前ら良い人間……人間? なんだな!」
「どうしてそこで疑問を持ったんだよ……いや、たしかにエリザは吸血種だけどさ」
周囲の状況から自分が間違っていると思ったのか。カルヴァンはレウルスが引く勢いで謝罪を始めた。
どうやら納得さえできれば謝罪することを厭わないらしい。ある種の清々しさを感じるその姿勢に、レウルスは怒りよりも感心を覚えてしまう。
「吸血種!? その禍々しい気配はそれでか! いやぁ、話に聞いちゃいたが、初めて見たもんでよ。なんかこう、食われそうな気配がするもんでな!」
「へぇ……その話はあとでじっくり聞くとして、とりあえず頭を上げてくれよ。ミーアも無事だったんだし、誤解も解けた。こっちとしちゃそれで充分さ」
前世が日本人だったからか、平身低頭しながらの謝罪に妙な威圧感を覚えてしまう。それも身長130センチ程度の、小学生サイズのドワーフによる土下座である。
疑い方も極端だったが、謝罪の仕方も極端だった。それでも、仲間や娘を救われたからと態度を軟化させるその姿は、レウルス達冒険者に近いものがある。
「もう……父ちゃんったら。ごめんね、レウルス君。ボクからも謝らせてもらう……ううん、感謝させて。さっきも言ったけど、ボクとみんなを助けてくれてありがとうっ!」
そう言って上目遣いをしながら微笑むミーアは、外見の“小柄さ”もあって非常に可愛らしい。ちょっとした親切に対して大げさに感謝する子どものような、微笑ましい可愛らしさがあった。
「こっちもドワーフに用があって来たんだから、気にしなくていい。もちろん、ミーアを助けることができて良かったけどな」
外見だけで見れば、エリザやサラと大差はないのだ。エリザやサラと普段接しているからか、どうにも子ども相手には甘いなぁ、と思うレウルスである。
膝を折り、目線の高さを合わせながらそう言うと、何故かミーアは頬を赤らめた。見上げて話すのが慣れてないと思ってそうしたレウルスだったが、ミーアとしては何か思うところがあったのか。
「おい……おいおい、オイオォイ! オイコラテメェコラ、助けてくれたってのは聞いたが、他にうちの娘に何しやがった? ああん? 返答次第じゃ潰してバラして畑に肥料にすんぞゴラァ!」
「なんだこのおっちゃん、面白いな」
そして、そんなミーアの反応を見たカルヴァンがこめかみに青筋を浮かべながらまくしたてる。先ほどの謝罪振りはどこに行ったのか、今度は怒り心頭といった様子だった。
「も、もうっ! 父ちゃん! 別に何もないってば!」
「いーや! 普段は大人しいオメェがそんな反応をするんだ! 何かあったに決まってる! おいテメェ、レウルスっていったか? 俺の娘に何を――」
「だから違うってば!」
「ぶぉっ!?」
照れ隠しなのか何なのか、問い詰めようとするカルヴァンの顎にミーアの拳が炸裂する。余程良い角度で決まったのか、カルヴァンは短い悲鳴と共に糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「き、気にしないでねレウルス君! 父ちゃんってば鍛冶の腕は良いけど酒で頭がおかしくなってるから!」
実の娘だろうに、酷い言い様である。だが、レウルスとしてはそれ以上に気になることがあった。
「ドワーフを探したのは武器とかを作ってほしかったからなんだが……とりあえず、話を聞いてもらえるか?」
救助作業で忘れそうになったが、ようやく自分達の目的を話せたレウルスだった。
「ほお……おいおいおい! なんだこりゃ! 何の革だ!?」
「こっちは翼竜の鱗じゃねえか!」
「これは……おいこらレウルスゴラァ! こりゃなんだ!?」
とりあえず、ということで持ち込んだ素材をリュックから取り出してみると、ドワーフ達が興奮した様子で食いついてくる。
その中にはミーアに顎を打ち抜かれたカルヴァンの姿もあり、火龍であるヴァーニルの鱗と爪を震える手で持ち上げていた。
「ああ、それはヴァーニル……ヴェオス火山の火龍からもらった鱗と爪だよ」
「ああん!? 一体全体何がどうなればそんなもんがもらえるんだおいコラァ!」
「……一対一で正面から戦ったら?」
「死ぬぞ!? むしろなんで死んでねえんだよオメェ!?」
どうやらドワーフから見ても火龍の素材は貴重品らしい。他にも鞣したヒクイドリの革、翼竜の鱗を持ち込んでいるが、火龍の鱗と爪が一番の注目を浴びていた。
「うわー……これって『魔石』と『宝玉』じゃないか! しかもこんなに大きくて純度も高そうな……ぼ、ボク、こんなの初めて見たよ!」
レウルスが持ち込んだ素材を確認するドワーフ達の中には、ミーアの姿もあった。
他のドワーフ達に混ざっていると、たしかにミーアの身長の高さは目立つ。男性のドワーフを含めても一番背が高いのだ。
もっとも、一見すると巨大な宝石に見える『魔石』や『宝玉』に対し、キラキラとした眼差しを向ける姿は年相応の少女でしかない。
「で、どうよ? ヴァーニルからも良い武器ができたらまた戦いに来いって言われてるんだけど、火龍を斬れる武器って作れるか?」
「どういう関係だよ……気が狂った挙句の妄言じゃなかったんだなぁオイ……」
怒鳴り疲れたのか、カルヴァンは呆れた様子でため息を吐く。しかしその目付きが真剣なものに変わると、素材と共に広げられたドミニクの大剣――その破片に目を向ける。
「そいつは?」
「俺の相棒だ。今使ってるのは間に合わせでな……ヴァーニルの火炎魔法を斬ったり、殴り合ってたら砕けちまった」
「おう、まったく意味がわからんが、とりあえずわかった。見せてもらうぞ」
そう言ってカルヴァンは大剣の破片の傍に腰を下ろす。そしてその中でも大きい破片を手に取ると、どこからともなく取り出した小さな金属の槌で叩き始めた。
「ふむ……ふむ……」
破片から返ってくる音を聞き、次いで破片の断面を見る。さらに大剣の柄や他の破片も全て調べ、渋面を作りながら腕組みをした。
「おいコラレウルス、テメェ剣の扱いが下手だな。どんだけ手荒に使いやがった? よくもまあこの剣で火龍とやり合えたもんだ」
「……わかるのか?」
破片からでも色々と情報が得られたのか、カルヴァンの不機嫌そうな声にレウルスは少しだけ驚く。
「当たり前だろ。こちとら何十年鍛冶をやってると思ってやがんだ……いや、それはいい。問題はこっちだ」
カンカン、と破片を叩きながらカルヴァンは言葉を続ける。
「出来は……まあ、並ってところか。人間の鍛冶師が鍛えたんだろうが、悪くはねえ。『強化』の『魔法文字』で頑丈さを上げるってのも定番っちゃあ定番だ……だが、良くもねえ」
見分が済んだのか、言葉とは裏腹に丁寧な手つきでカルヴァンは破片を元の位置に戻す。
「俺にとっては一番上等な剣なんだけどな……」
「ハッ、馬鹿野郎テメェこの野郎。俺から言わせりゃ鋼の鍛え方が足りねえし、使ってる鉄も“それなり”でしかねえ。剣の頑強さを『魔法文字』に頼りきるなんざ二流の仕事よ」
カルヴァンからすればドミニクの大剣は“並”程度の出来らしい。魔法具としては最下級で、その出来もカルヴァンとしては納得がいかないようだ。
「そこまで言うからには、その大剣よりも良い武器が作れるんだな?」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞテメェ。人間の鍛冶師の腕は知らねえが、あれだけ上等な素材を使えば嫌でも良い武器になるに決まってんだろうが」
素材の出処を喋らないでくれるという信頼もそうだが、人間の鍛冶師では素材を十全に活かせないからドワーフと探したのだ――とはレウルスも言わない。だが、カルヴァンの反応に否が応でも期待が高まるのを感じた。
「あっちの革と翼竜の鱗……それと火龍の鱗の半分は他の連中に任せて鎧にでもしちまえ。火龍の鱗と爪なんて貴重な素材が使えるんだし、ミーアを助けてくれた礼だ。俺が剣を作ってやるよ」
「本当か? 助かるよ」
口は悪いが、話を聞く限りカルヴァンは鍛冶師として優れているようだ。そんなカルヴァンが剣を打ってくれるのならば、それに越したことはない。
そう思ったレウルスだが、カルヴァンの顔が不満そうに歪む。
「ただ、なあ……」
「ただ?」
「ほれ、“家”のあちこちが壊れちまったからな? 武器や防具を作るとしても作業場がな……炉も崩れただろうし、鍛冶の道具も掘り起こさなきゃならねえ。それに鉄……あと火龍の鱗や爪を扱うんだ。炉の火力が足りるか……」
頭の中で火龍の鱗や爪を使って剣を打つ自分をイメージしているのか、カルヴァンは真剣な表情で頭を掻く。
「これだけの素材だ。例えオメェが断っても、他の奴らは無理矢理素材を奪ってでも何かしら作るだろ。とりあえず作業場と炉を造り直して、火力をどうにか高めねえと……」
「……火力、か」
カルヴァンの言葉を聞いたレウルスは、その視線を巡らせて背後に向ける。
「ほへ? なになに? どしたの? レウルスってばわたしに何か用? さっきの魔物ならもう少しで次のが焼けるわよ! 今度はさっきよりも美味しく焼けるわっ! そう、火の……じゃない、このわたしならね!」
――そこには、火を司る精霊であるサラがいた。




