第109話:救助作業 その2
「ふぅ……ギリギリだったな」
天井が崩落する音を背後に聞きつつ、レウルスは額を流れる冷や汗を拭う。とりあえず近い場所から魔力を感じ取れたドワーフ達は救助ができた。
ただし、地下深くと思わしき場所にもいくつか魔力が存在する。
「あと何人だ? ……っておい、なんか増えてないか?」
ここから先はどうやって救助すれば良いのか。そんなことを考えながらレウルスがドワーフ達に視線を向けると、一目見てわかるほどにその数が増えていた。
一体どこから現れたのか、救助したドワーフ含めて三十人に満たなかったドワーフ達が五十人近くまで増えている。
女性のドワーフの姿もちらほらと散見されるが、どうやってここに現れたのか。
「この山にはいたるところに“出入り口”があんだよ。中は思ったよりも無事だったらしくてな。慌てて外に出てきたらしい……だが、まだ五人ばかり出てきてねえ。俺達ぁ今から救助に潜るが、レウルス達はどうすんだ?」
「ドワーフの大きさに合わせて作った道だろ? 俺が入れるわけないって……」
今回救助を行った洞窟ならばともかく、昨晩見つけた小さな穴程度の大きさならばレウルスは到底入れない。頭だけ突っ込んで終わるだろう。
「ガハハハッ! そりゃそうだ! でもまあ、よくやってくれた! お前人間のくせにいいやつだな! 人間っていうよりレウルスって種類の魔物っぽいけどな!」
「だから俺は人間だっての……まあいいや、とりあえず休ませてくれ。魔力がほとんど空になったし、疲れちまったよ……」
「おう! お前さんらのこたぁ他の奴にも伝えてあるからな! ゆっくりしといてくれや!」
大岩を押し返したことで少しだけ痛む両手を軽く振ると、ドワーフ達は掘削用の道具を抱えて駆け出した。
この場には女性のドワーフや男性――外見からは見分けられないが年少のドワーフと思わしき者達が残っている。
ただし、彼らの瞳に敵意の色はない。レウルス達が救助を行っていたと知っているからか、友好的な雰囲気が漂っていた。
(女性のドワーフは髭を生やしてないんだな……)
先ほど女性のドワーフを救助した時は視界が悪かったため、その姿を確認することはできなかった。しかし太陽の下で女性のドワーフ達を確認してみても、男性のドワーフのように髭が生えている様子はない。
もっとも、ドワーフという種族に共通していることなのか、女性のドワーフも背が低く小柄だった。男性のドワーフのように筋肉質ということもなさそうで、剥き出しになっている二の腕は女性らしい細腕である。
男性のドワーフは大体が130センチ前後、女性のドワーフは120センチ前後といったところだろうか。前世の基準で考えれば小学生ぐらいの身長だろうが、彼ら、あるいは彼女らはその低身長でも成人しているのだと思われた。
失礼がない程度に女性のドワーフを見ていたレウルスだが、相手もその視線に気づいたのかのしのしと足音を立てながら近寄ってくる。
「アンタ、人間のくせにやるじゃないか!」
「違うでしょ! 人間に化けた魔物なんだって?」
「ガハハハハ! どっちでもいいやね! 仲間を助けてくれて感謝するよ!」
豪快に笑いながら、レウルスの背中をバシバシと叩いてくる女性のドワーフ達。ただし叩く勢いが強く、その細腕に見合わぬ剛腕らしかった。
「エリザ、サラ、そっちはどうだ?」
周囲から飛んでくる感謝の声や張り手に笑い返しつつ、レウルスは井戸の近くで怪我人の手当てを行っている二人に声をかける。
サラはともかく、エリザは冒険者として最低限の応急処置はできるのだ。この辺りは先輩冒険者であるニコラやシャロンから教わったことで、エリザだけでなくレウルスも簡単な治療程度なら可能である。
もっとも、レウルスはエリザと『契約』を交わしたことで多少の傷ならば勝手に治る。エリザもそれは同様で、実際に他者の治療を行う機会はほとんどないのだが。
「土に埋まっておったが、ドワーフとは頑丈な魔物らしくてのう……水を飲ませればすぐに元気になりおった。中には怪我をした者もいたが、打撲程度じゃの」
「怪我よりも窒息の方が危なかったわ!」
そう言われてレウルスは周囲を見回してみるが、エリザの言う通り大きな怪我をしている者はいないようだった。さすがは中級の魔物――それも土の中に家を作るドワーフだと感心するべきだろう。
「リュックは……あるな。とりあえず俺は体を洗わせてもらうよ」
土砂を掻き分けて救出作業をしていたのだ。昨日の大雨の影響もあり、レウルスは体中が泥だらけである。
防具を外すと、井戸の横に置いてあった桶を井桁の中に放り込む。桶の取っ手には縄が結んであるのだが、これまた妙に長い縄だった。
「……あれ?」
いつまで経っても桶が水面に届かず、レウルスは井戸の中を覗き込む。しかし井戸の中は真っ暗で見えず、首を傾げながら桶が着水するのを待った。
(縄……本当に長いな。五十……百メートルぐらいか?)
盆地状にくり抜かれているとはいえ、ほぼ山の頂上である。水が流れている場所まで相当深いのだろう――などと考えていたら、ようやく桶が水についた。
レウルスは水を汲んで桶を手早く引き上げると、服を脱いで下着一枚になる。
下着は化学繊維ゼロ、麻の布で作られた下穿きだ。ゴムなども使用されておらず、パンツというよりは短パンほどの大きさである。ずり落ちないよう紐で縛るだけの原始的な下着だが、古着屋でも一枚銀貨2枚はするのだ。
レウルスは桶に汲んだ水で顔を洗い、腕や足に付着した泥も落とす。そしてリュックから取り出した着替えを身に纏い――。
「……ん? なんだエリザ、どうした?」
「な、なんでもないっ!」
チラチラと視線を向けてくるエリザに気付き、何か用かと尋ねてみた。エリザは真っ赤になった顔を逸らしたが、それでも何度か視線を向けてくる。
生まれ故郷から鉱山奴隷として売り払われ、命辛々ラヴァル廃棄街に辿り着いて既に半年余り。これまでの冒険者生活に加えて大幅に改善された食事環境が影響しているのか、レウルスの体にも徐々に筋肉がついてきている。
ドミニクのように筋骨隆々というわけではないが、“戦う者”に相応しい筋肉が発達してきているのだ。
レウルスは五分とかけずに身支度を整えると、これまで身に着けていた防具に視線を落とす。防具も泥だらけで汚れており、一度気合いを入れて整備をする必要があるだろう。
それでも、今すぐに必要なわけではない。そう判断して大まかに泥を落としていると、それまでエリザの手当てを受けていた女性のドワーフが歩み寄ってきた。
「あの……」
そのドワーフは、レウルスが最後に救助した女性である。年齢はわからないが、声色から判断する限りレウルスよりも年上ということはないと思われた。
「ああ、さっきの子か。怪我は大丈夫か?」
「う、うん。降ってきた岩が足に当たって打撲になったぐらいで……あの、助けてくれてありがとうございました!」
先ほどレウルスに話しかけてきた女性のドワーフ達と違い、ずいぶんと礼儀正しいようである。深々と頭を下げる女性ドワーフに、レウルスは見えないとわかっていても右手を振ってしまう。
「気にしないでくれ。あと、頭を上げてくれないか? 君みたいに小さな子……なんて言ったら失礼か。とにかく頭を上げてくれ。俺の身内よりも小さい子に頭を下げられると、どうにもやりにくい」
気分としては、小学生に謝罪されているようなものだ。たしかに命を救ったのはレウルスだが、その小さな体を精一杯折り曲げながら感謝されると、嬉しさよりも不思議と申し訳なさが浮かんでくる。
「……えっ? 小さい……ボクが?」
男のドワーフが相手だったらもっと気楽に話せるのだが、などとレウルスが考えていると、目の前の女性ドワーフは頭を上げて不思議そうな顔をした。
その反応はレウルスとしても予想外で、女性ドワーフと同じように不思議そうな顔をする。
目の前の女性ドワーフ――声の高さから考えると少女のドワーフは、他のドワーフ同様背が高くない。
目測ではあるがエリザやサラよりも小柄で、身長は130センチ台半ばといったところだろう。天然パーマなのか癖毛なのか、こげ茶色をしたショートカットの髪があちこち跳ねているのが印象的だった。
髪の色と同様にこげ茶色の瞳は信じがたいことを聞いたと言わんばかりに丸くなっており、その視線を受けたレウルスは首を傾げる。
「うちのエリザやサラよりも小さいじゃねえか……これで小さくないって言われると、俺としてもどう表現すればいいかわかんねえぞ」
たしかに、他の女性ドワーフと比べれば身長が高いのだろう。それどころか男性のドワーフを含めても一番身長が高いかもしれない。
――だが、レウルスからすれば頭一つ以上小さいのだ。
眼前の少女のドワーフは可愛さがあるものの、溌溂とした元気の良さの方が強く感じられる顔立ちをしている。自身のことを『ボク』と呼んでいるようだが、同じような一人称を使うシャロンと比べると全く別種の印象を受けた。
(……もしかして、ドワーフの禁忌的な何かに触れたのか? 身長が低いことを指摘すると怒り狂うとか……)
レウルスは眼前の少女ドワーフを頭から爪先まで眺める。
年齢は不明だが、よくよく見れば顔立ちがどこか幼い気がした。先ほどガハハ笑いをしていた女性ドワーフと比べた場合、やはり子どもなのだろう。
着ている服は他のドワーフと同様に、麻の布で作られたものだ。半袖のシャツに半ズボン、そして足に革靴を履いただけというシンプルさである。
少女の年齢はわからないが、少なくとも幼児ということはないと思われる。胸元や腰回りなど、身近なところでいえばエリザよりも低身長の割に起伏があるぐらいで――。
「ていっ!」
そこまで観察したところで、エリザに脛を蹴られた。痛みはそこまでないが、レウルスは抗議するようにエリザを見る。
「なんだ、どうした?」
「なんだ、はこっちの台詞じゃ! 何か今考えたじゃろ!? 良からぬことを考えたじゃろ!?」
先ほどは顔を真っ赤にしていたというのに、今度は涙目である。レウルスは顎に手を当てて数秒考えこむと、少女のドワーフに視線を向けた。
「君、名前と年齢は?」
「えっ? ぼ、ボクはミーア。十四歳だよ?」
少女のドワーフ――ミーアの返事を聞き、レウルスは優しく微笑みながらエリザの頭を撫でる。
「……良かったな」
「何がじゃ!?」
再び飛んできた蹴りを避けつつ、レウルスはミーアに向かって口を開く。
「ミーア……ミーアちゃん? 身長について俺から言うことは何もねえよ。むしろ人間の俺からすれば、ミーアちゃんぐらいの身長の方が可愛いさ」
身長120センチ前後で、成人女性の声を発しながらガハハと笑われるより余程マシだろう――比較対象が悪いのかもしれないが。
その点、ミーアの身長はレウルスとしても“見慣れた”ものである。エリザが十三歳だということを踏まえても、成長が遅い者の中にはミーアと同じような身長の者もいるはずだ。
前世で生きた日本と違い、生まれによってはその日の食事に事欠く者も珍しくない世界である。必要な栄養を得られなかったと思えば、ミーアの身長はそれほど珍しくもない。
(あっちの女性ドワーフ達のインパクトが強すぎるだけかもしれないけどな……)
少なくともガハハと笑っていた女性は成人しているだろう。
レウルスがそんなことを考えていると、ミーアは何故か視線を彷徨わせ始める。
「え? えっ? ぼ、ボク、そんなこと言われたの初めてで……あ、あとミーアちゃんはやめてよ! ボクには合わないしさ……」
「……? それならミーアって呼ばせてもらうか」
ミーアの反応に腑に落ちない物を感じつつ、呼び方を訂正するレウルス。
(男のドワーフの平均よりも身長が高い……人間で考えると180センチ以上の女性ってことになるのか? そう考えると気にするのも納得だけど……)
前世ならば高い身長を活かしたスポーツなどで活躍できたかもしれないが、この世界にそういったスポーツがあると聞いたことはない。
(本人が気にしてるのなら触れないでおくか……)
レウルスとしてはまったく気にならないのだが、ミーアが気にしているのならば敢えて触れることもないだろう。
そう結論付け――何やら、地面から魔力を感じた。
「ん? あれ? 何か近づいてくるぞ……」
足元の地面を通して魔力がゆっくりと近づいてくる。レウルスの真下というわけではなく、井戸から二十メートルほど離れた場所にある畑の方から魔力が感じ取れた。
もしや先ほどの巨大ミミズか、それにしては動きが遅いような――そんなことを考えながらもミーアを下がらせ、レウルスは大剣の柄を握る。
そして数分もすると、ズボッ、という音を立てて――何やら地面から手が生えてきた。
「――――」
突如地面から生えてきた手に、さすがのレウルスも真顔で絶句する。地面から生えた手は周囲を探るように動き、指から手首、手首から肘と、徐々に地表へと這い出てくる。
(……この世界って、ゾンビみたいな魔物もいるのか?)
もしもゾンビだった場合、サラに焼き払ってもらおう。ついでに首を刎ねておけば完璧だろうか。
そう考えるレウルスは、己の魔力量が限界に近かったことを思い出す。『熱量解放』を使いながら山の麓からエリザとサラを担いで走り、そのまま巨大ミミズと戦闘を行い、更にはドワーフ達の救助作業まで行ったのだ。
溜めていた魔力の大部分を消費し、残った魔力は一割から二割程度である。
ドワーフ以外の魔物だったらサラに任せてもいいかもしれない――そう考えるレウルスの視線の先で、畑の土が大きく盛り上がった。
「ぶはああぁぁっ! ああっ! くそったれ! 死ぬかと思った! 変な人間に会うわ家が崩れるわ、最悪な日だなチクショウが!」
ゾンビのように這い出てきたのは、昨晩出会ったドワーフだった。
どうも、作者の池崎数也です。
いただいたご感想が900件を超えました。毎度ご感想やご指摘をいただきありがとうございます。日々の執筆のモチベーションになっています。
いただいたご感想の中で気になったものがありましたので、以下に記載いたします。
Q.レウルスにとって『不味い』と感じる基準ってどうなってるの(意訳)
A.レウルスにとって『不味い』と感じるのは余程の場合だけです。木の根っこや虫、その辺りに生えている雑草が主食の生活を送っていたので、土がついていようが腐っていようが、物理的に食べられるものなら大抵は美味しく食べることができます。そのため多くの場合で『不味い』とまでは感じません。
レウルスは不味い料理よりも食べ物を粗末に扱われることの方が嫌いなタイプです。
ただし、見た目は綺麗なのにゲロマズな料理はレウルスにとってトラウマです。クリティカルヒットします。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。