第108話:救出作業 その1
極力友好的に挨拶をしたレウルスだったが、ドワーフ達の反応は芳しくなかった。
「レウルス……聞いたことはねえが、何の魔物だ?」
「いや、人間だろコイツ……」
「『変化』で人間に化けてるんじゃねえのか? コリボーを食おうとするあたり、スライムかもしれねえ……ん? スライムってコモナ語を話せたか?」
どうやら巨大ミミズはコリボーと言うらしい。それでもミミズはミミズだろうと考えたレウルスだが、ドワーフ達の会話があまりにも聞き逃せなかったため口を挟む。
「誰が魔物だ……そっちだって俺を人間だって言っただろ。正真正銘人間だっての。そっちはドワーフで合ってるよな? 昨日会った人は……」
訂正しながらこの場にいるドワーフ達を見回すが、それぞれが似通ったような体格と顔付きである。気のせいか声すらも似ているように感じられ、レウルスは眉を寄せた。
この場にいるドワーフ達は全員が男だったが、全員が顔中に髭を生やし、小柄ながらも腕周りなどが太い。服装や手に持っている武器で見分けはつくが、顔だけで見分けようと思えば非常に困難だろう。
「……やべえ、見分けがつかねえ」
「レウルスレウルス、今は“あっち”をどうにかした方がいいんじゃない?」
「そうじゃのう……どれぐらい大きな洞窟だったのかはわからんが、完全に崩落しとるぞ」
ひとまずレウルス達に敵意がないと思ったのか、ドワーフ達も構えを解いている。それに安心したエリザとサラが近づいてくるが、ドワーフ達はエリザを見るなりぎょっとした顔で後ろへと飛び退いた。
「おいこらテメエ! 後ろのソイツはなんだ!」
「やっぱりお前も魔物だろう! どこのどいつか知らねえが、ドワーフ舐めんなよゴラァ!」
「ボコボコにすんぞゴラァ!」
「なんだこいつら、面白いな」
口汚く罵ってくるが、エリザやサラよりも小柄なドワーフ達が相手だと思うと苛立ちよりも先に面白さが湧いてくる。
だが、面白がってもいられない。レウルスは左手をエリザの頭に乗せて撫でまわしつつ、右手には大剣を握りしめる。
「こいつはエリザ……吸血種だ。お前さんたちがどう感じているのかはいまいちわかんねえが、“冗談”はそこまでにしておいてくれや」
今ならばまだ、冗談ということで済ませる。だが、それで止まらないのならば、レウルスとしてもエリザを守るためにも黙ってはいられない。
「……吸血種?」
「おいおい、吸血種なんて珍しいな……」
「俺ぁ初めて見たぞ……」
ドワーフ達は顔を見合わせ、怪訝そうな声を漏らす。ドワーフ達はエリザを頭から爪先まで眺めると、バツが悪そうな顔をした。
「あー……なんだオメエ、吸血種だったのか」
「それならその気配も納得だわな」
「見た感じ、隣のレウルスって奴の方が物騒だしな……警戒して悪かったな」
エリザが吸血種だと伝えると、ドワーフ達の雰囲気が僅かに柔らかくなる。レウルスとして物申したい部分があったが、この場は黙っていようと思った。
「で? そっちの赤いのは?」
「こいつはサラ……冒険者見習いだ」
ドワーフの意識がサラに向けられたため、レウルスはとぼけるように言う。
以前精霊教師であるエステルから聞いた話ではあるが、ドワーフは火の精霊を信仰しているのだ。サラが火の精霊だと明かせば、どのような事態に発展するかわからないのである。
どの程度信仰しているかわからず、ないと思いたいがレウルスが『契約』を結んでいることを不敬だと言い出すかもしれない。逆に、崇め奉られるのも気味が悪い話だった。
そのため嘘ではないものの真実とも言えない紹介をすると、ドワーフ達は納得したように頷く。
「冒険者か……たしか、あぶれた人間が集まって作った町にそんな職業があるって話だったな」
「ああ。で、話を戻すんだが……アレ、大丈夫か? 思いっきり崩落してるが……」
土中に穴を掘って生活していると思わしきドワーフ達ならば大丈夫かもしれないが、さすがに生き埋めになっていたら危険ではないか。そう考えたレウルスが指摘すると、ドワーフ達は慌てたような声を上げる。
「って、そうだった!」
「コリボーはもういねえ! 大丈夫だろうけど、早めに助けねえとな!」
「レウルスって言ったか! お前も手伝ってくれ!」
口は悪いが、それでも最低限警戒は解けたのか。崩落した洞窟へと走っていくドワーフ達の後ろ姿を見たレウルスは、エリザやサラと顔を見合わせてから駆け出すのだった。
駆け寄った洞窟は、一体何が起きればここまで大規模に崩落するのか、とレウルスが思う程に滅茶苦茶だった。
元々大きな洞窟だったのだろう。“屋根”になっていた土石が崩落し、洞窟を完全にふさいでしまっている。
「……昨日の雨が原因か?」
とりあえず近くにいたドワーフに尋ねてみるが、そのドワーフは首を横に振った。
「それもあるんだが、最近“家”のあちこちに穴が開いててな……さっきのコリボーが掘りやがったんだろうが、そっちの方が問題だった。あの程度の雨で潰れるような造りじゃねえ」
「穴を塞いでる最中にさっきのコリボーが出てきやがった。家に穴を開けた落とし前をつけようと思ったんだが、体表を燃やす油ごと家が潰れてな……お前らが来て助かったぜ」
どうやら昨晩出会ったドワーフは巣穴の補強で忙しかったらしい。レウルスはひとまず『熱量解放』を解くと、崩落した土石越しに洞窟内部の魔力を探る。
(んー……土で埋まってるからか感じ取りにくいな……“これ”が邪魔して魔力が変な感じに伝わってきてたのか)
意識を集中してみると、洞窟の中にいくつも魔力が感じ取れた。ただし近くにいるドワーフ達と異なり、ぼんやりとした曖昧な反応である。もしも複数のドワーフが固まっていた場合、数を読み違えそうなほどだ。
「……近いところに二人……いや、三人か? 動いてない……ってやべえじゃねえか!」
レウルスは慌てて『熱量解放』を使い、一抱えもある岩を両手で掴む。そして全身に力を入れて岩を持ち上げると、後ろへと放り投げた。
「お前らも急げ! 手を動かせ! 動いてないのが何人もいるぞ!」
「お、おうっ! 何だかわからねえが、他の仲間の位置がわかるのか!?」
「そうだよ! 魔力を感じ取って……ああくそ! 邪魔だなこの岩ぁっ!」
岩をどかし、土を掻き分けていると、レウルスの身長ほどある岩にぶつかる。さすがに持ち上げるのは難しいため、レウルスは近くに置いていた大剣を手に取った。
「どけっ! 一緒に斬っちまうぞ!」
「ああんっ!? ふざけんなテメエ! どけばいいんだろうがよぉっ!」
レウルスが大剣に魔力を込めていることに気付いたのか、ドワーフ達は罵声を上げながら即座に退避する。さすがに大剣で直接斬れば折れる可能性があるため、レウルスは魔力の刃を放つことで大岩を斬ることにした。
「アアアアアアアアアアアアァァッ!」
全力で踏み込み、岩の表面ギリギリに刃を走らせる。威力を間違うと中にいるであろうドワーフごと斬ってしまいそうで、レウルスは可能な限り威力を調節しながら魔力の刃を放った。
魔法を斬る時と違って、手応えはない。傍から見ると空振りをしたように見えたが、その一閃はたしかに大岩を縦に斬り裂いていた。
「おおっ!? なんだオメエ、やるじゃねえか!」
「砕け砕け! 砕いて石を運び出せ!」
この場にいるドワーフは、巨大ミミズと戦っていた三人だけではない。それぞれ土砂崩れから逃れていたのか、二十人近いドワーフが鶴嘴や槌を振るって洞窟を掘り起こしていく。
「……ワシとサラは何をすればいいんじゃろうな」
「とりあえず荷物を持ってきましょうよ。さすがに盗むやつもいないでしょうけど、なくなったらレウルスが怒るわ」
ドワーフと一緒になって――むしろ中心に立って洞窟を塞いでいる岩を破壊していくレウルスの姿に、エリザとサラは顔を見合わせてそんな言葉を交わし合った。
(……あ、やばい)
今は時間の方が重要だと『熱量解放』を使っていたレウルスだが、さすがに限界が近づいてくる。
それに気づいたのは救助作業を開始してニ十分ほどで、ここ最近溜め続けていた魔力が底を突き始めていた。
今すぐ魔力がなくなるわけではない。しかしあと五分もすれば完全に魔力が切れるだろう。
ブルドーザーのような勢いで土石を掘り起こしていたレウルスだったが、入り口を塞いでいた土石の大部分が除去できたため『熱量解放』を切る。
既に五人ほどドワーフを救出しているが、中にはまだ魔力が存在しているのだ。ここで全て魔力を使い切れば、何かあった際に助けられないかもしれない。
「エリザ! サラ! 魔力がかなり減っちまった! さっき仕留めた獲物を焼いておいてくれ!」
様々な素材が入っているリュックを運び、休憩用にと井戸から水を汲み、更には救助されたドワーフの手当てをしていたエリザとサラにレウルスが声をかける。
魔力が減ったのならば増やせばいい。それも、おそらくは中級以上かつ非常に体の大きな魔物を仕留めたばかりだ。今ならいくらでも食べられるだろう、とレウルスは思う。
「えっ!? た、食べるの!? 本気で!?」
「うん、まあ、レウルスならそう言うと思っていたんじゃが……“コレ”をか……」
話を振られたエリザとサラは、先ほど仕留めた巨大ミミズを見て嫌そうな顔をしている。レウルスに付き合って色々と魔物を食べてきたが、さすがに食欲よりも先に嫌悪感が湧くのだ。
「おいレウルス! オメェコリボーを食うつもりかよ! そいつぁ食いモンじゃねえぞ!」
「毒は!?」
「ねえよ!」
「なら何も問題ないだろ!」
『熱量解放』を切ったため、近くにいたドワーフから借りた鶴嘴を振るいながら大声で叫び合う。周囲からは土を掘る音や岩を砕く音が響いており、大声を出さなければ聞こえないのである。
レウルスは『熱量解放』がなくともエリザの魔力によって『強化』が働き、身体能力が向上している。周囲のドワーフ達も『強化』が使えるため、“普通”の炭鉱夫とは比べ物にならない速度で洞窟を掘り進める。
「今度は左だ! 近いぞ!」
「おうよ! テメエら左に向かって掘れ!」
レウルスが指示を出し、ドワーフ達と共に掘り進めてドワーフを救助していく。洞窟の大きさ的に全員が掘削作業を行えるわけではない。
そのため手が空いたドワーフは掘った穴が再び崩れてこないよう木材などで補強する者、出てきた土や岩を洞窟から運び出す者に別れ、効率的に連携しながら救助作業を進めていく。
「よしっ! 手が出たぞ!」
「引っ張れ! 気合入れろぉっ!」
ドワーフは腐っても中級の魔物なのか、土石に埋もれても死んではいなかった。全身に土や岩が圧し掛かり、その重さで動けないだけである。いくら『強化』が使えるといっても全身が埋まれば動けないのも仕方がない。
ただし、時間が経つにつれて死の危険性が増す。重さに耐えられたとしても、酸素がなくなって窒息することは十分にあり得るのだ。
「レウルス! 肉と水じゃ!」
「ありがとうな、エリザ」
次の救助者が埋まっている方向と距離を伝え、少しばかりの休憩として後ろに下がる。すると、早速エリザが巨大ミミズの肉と水を持ってきてくれた。
サラが焼いたのか短時間で焼いた割に火が通った巨大ミミズの肉に噛みつくが、ガリッという音と共に言いようのない味が口の中に広がる。
「うん、土くせぇ……というか内臓に土が混ざってるなこれ。いや、でも案外イケる……」
時間がないため土ごと肉を噛み砕き、音を立てて飲み込む。土の味は生まれ故郷のシェナ村で食べた木の根っこを思い出すのだが、木の根っこには塩は振られていなかった。しかし、今回食べている巨大ミミズの肉にはしっかりと塩が振られている。
体の中心近く――内臓付近は土の味が強いが、表皮に近い肉の部分はそれなりに食べられる味だ。骨もないため食べやすく、サラの焼き加減が上手かったのか皮もパリッとしている。
前世に存在した物の内、思い出せるもので例えるならば大型車のタイヤのように輪切りにされた巨大ミミズの肉。それを端から噛み千切って胃に収めていると、ドワーフ達が戦慄したような声を漏らした。
「おいおいおい……あの野郎本当にコリボーを食ってやがる……」
「やっぱり魔物だろ……アレが人間って色々間違ってるだろ」
「おら、聞こえてんぞ。いいからさっさと手を動かして……ん?」
ドワーフ達が掘り起こしている土石の向こうに感じ取れる魔力が、急に強くなった気がした。そして一分と経たない内に土石の壁が崩れ、ぽっかりと開いた大穴が姿を覗かせる。
タイヤほどの大きさがあった巨大ミミズの肉を平らげたレウルスは、日の光が差し込む大穴の中を覗き込んで目を見開く。
「おおっ? おい、中は無事だ! ところどころ崩れてるけど、そんなに酷くないぞ!」
元々自然の洞窟でもあったのか、ドワーフ達が掘ったにしては大きな洞窟がそこにはあった。
天井の高さも五メートルほどあり、天井にところどころ岩肌が覗いているものの崩落は免れたようである。
――この時までは。
「っ!?」
強引に土砂を掘り起こしていたのが悪かったのか、あるいは既に限界が訪れていたのか。天井から小さな石がパラパラと落ち始めていることに気付き、レウルスは息を飲んだ。
「た、助け――」
更に間の悪いことに、レウルスが感じ取っていた魔力――ドワーフが洞窟の奥にいた。日の光が届かないため容姿は見えないもののその声は高く、女性であることが察せられる。
いくら崩落が少なかったといっても、天井からはいくらか岩や土が落下していた。おそらくはそのドワーフも落石に巻き込まれたのだろう。自ら動くことができず、助けを求めるようにレウルスへ手を伸ばす。
真っ暗な洞窟の中で、救助を待っていたのだ。洞窟までの道を掘り抜き、外の明かりが差し込んだことにそのドワーフは希望を抱いただろう。
その希望を塗り潰すように、天井が崩れ出す。小石だけでなく、一抱えもある岩が落下し始める。
そして、その中でも一際大きな岩がドワーフ目掛けて落下し――。
「こんなもの――ヴァーニルの攻撃に比べればあああああぁぁっ!」
『熱量解放』を発動させながら飛び込んだレウルスが、両手でその巨岩を受け止めていた。
以前戦ったヴァーニルによる打撃に比べれば軽いと、ただ重いだけだと、全身に力を込めて巨岩を押し返す。
「ぐっ……ぐ、ぎぎ……サラァッ!」
「あっはっは! それでこそわたしの契約者ね! まっかせなさーい!」
レウルスが巨岩を受け止めている間に、サラが滑り込んでくる。そして倒れているドワーフの女性を抱え上げると、即座に洞窟から飛び出していった。
火の精霊であるサラは魔力も潤沢で、『強化』による恩恵も相応に高いのだ。ドワーフを一人抱えているとは思えないほどの速度だった。
「あとは……オオオオオオオオオオォォッ!」
残った魔力を振り絞り、“全力で”巨岩を押し返して浮かせる。そしてほんの僅かに巨岩が浮いた隙に、レウルスもその場から飛び退いた。
ドワーフ達は既に避難している。レウルスも降ってくる岩を回避しながら洞窟から飛び出し――背後に落石の轟音を聞きながら、何とか脱出したのだった。




