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第107話:ドワーフの捜索 その4

 ぐらぐらと波打つように地面が揺れる。

 それは記憶にある限りレウルスが今世で初めて遭遇する地震――ではなかった。


「な、なんじゃ!?」

「なんかすっごい揺れてるんだけど!?」


 驚きを露にしたエリザとサラが飛びついてくるのを受け止めつつ、レウルスは周囲を見回す。


 昨日の大雨と違い、多少の雲はあるが十分に晴れた空模様は周囲を明るく照らしていた。

 周囲にあるのはレウルス達が抜けてきた森と、昨晩雨宿りをした洞穴、そして洞穴から上へと続く山だ。ヴェオス火山のように火山というわけではなく、木々が生い茂る普通の山に見える。


 ――レウルスの勘違いでなければ、山の頂上付近か山を越えた辺りから魔力を感じた。


「……何か起きてるな。急ぐぞ」


 レウルスに目的がなく、ただ旅をしていて通りかかっただけならば無視しているところだ。

 しかし、レウルスの目的はドワーフに武器を作ってもらうことである。そしてドワーフとは昨晩遭遇しており、そのドワーフの巣穴があると思わしき山で“何か”が起こっているのならば無視できない。


 遠くからは何かが――土砂が崩れ落ちるような轟音が聞こえており、地面が揺れているように感じるのは山の中か山の向こうで大規模な崩落でも起きたのだろう、とレウルスはアタリを付けた。


 この近辺にどれだけのドワーフがいるのか、それはわからない。だが、仮に昨晩出会ったドワーフ一人だけだとしたら、その安否の確認は早急に行う必要がある。


 ――『熱量解放』。


 今は魔力の消耗よりも時間の浪費こそが勿体ない。そう判断したレウルスは『熱量解放』を行うと、驚きから抱き着いてきていたエリザとサラを抱き上げる。


「全力で走る。舌を噛むなよ」


 それだけ言うと、レウルスは一気に山道を駆け上っていく。昨晩の大雨の影響なのかところどころで泥が斜面を垂れ落ち、ぬかるみも多いが一向に構わない。

 山道は勾配が急で、常人ならば泥に足を滑らせるだろう。しかし『熱量解放』を使っている時のレウルスは常人からかけ離れている。


 極力足場が良さそうな場所を選びながらも、エリザとサラ、そして荷物を背負ったままで山道を疾走していく。一歩で5メートル、二歩で10メートル、足場が悪ければ跳躍してさらに遠くへと、風を切る勢いで駆け抜ける。


『サラ!』

『もう探ってる! えーっと……あっちあっち! 斜め上! 右の方!』


 さすがに疾走している間に正確に魔力を感じ取るのは難しいため、サラに頼った。すると即座に返事があり、レウルスは勢いを殺すことなく進路を修正する。


『レウルス!』

『なんだ!? 何かあったか!?』


 サラの叫ぶような声に心中だけで応じると、サラはレウルスに担がれたままで背後を振り返った。


『これってレウルスが足を滑らせたらさっきの洞穴まで滑り落ちるんじゃない!?』

『お前だけ放り出すぞ!』


 どうやらどんな状況でもサラはサラらしい。そう思いつつも背後に少しだけ視線を向けるレウルスだが、言われてみればたしかに、山道というには勾配が急すぎる気がした。


 地面のぬかるみと合わせれば、サラの言う通り滑り台のように麓まで滑落しそうである。


(駆け上ってたから気付かなかったけど、たしかに急だな……いや、急すぎないか? これだけ急だったら少し雨が降るだけで土砂崩れでも起きそうな……)


 そんな疑問を抱きつつも、足は止めない。平地を走る速度で山道を駆け上り、レウルスは五分とかけずに頂上まで登り――思わず絶句した。


 頂上まで登ったレウルスが見たのは、山の天辺を丸く抉り抜いたような盆地である。まるで火山の火口のようだが、溶岩が顔を覗かせているというわけでもない。

 盆地は広く、一つの村が丸々入るほどだ。


 ――むしろ、村らしきものがあった。


 畑に井戸、果樹らしき木々。家屋はないが土の道が整備されており、道の脇に整然と畑が作られているのだ。

 だが、レウルスが絶句したのは村があったからではない。盆地の中央に、巨大な“何か”が存在したからだ。


「おいおい……とんでもねえな。なんだありゃ? 蛇か?」 


 遠目に見えた“それ”は、一見すると蛇だった。肌色の皮膚は妙に光沢があり、太陽の光を反射している。

 地面から飛び出してきたのか胴体が地面に埋まっており――最も目を引いたのは、その巨体さだろう。


 巨木のような太さがある胴体は目測で一メートルを超えている。それでいて全長は見える限りで二十メートル近くあるが、胴体から下が地面に埋まっているため正確なところはわからない。最低でもその倍はあるだろう。


「えっ、えー……蛇ってあんなのだっけ? なんというか、気持ち悪くない?」

「う、うむ……昔住んでいた山の中で何度も蛇を見たが、あのような色はしていなかったぞ?」


 エリザとサラが忌避感を示すように顔をしかめているが、レウルスとしても同感だった。外見だけ見れば蛇に見えないこともないが、体中に光沢を与えている粘液といい、生理的な嫌悪感が湧く。


(まさか……ミミズ、か?)


 その外見は、蛇というよりもミミズに近いだろう。その巨体さに目を瞑ればだが。


「ちょっとレウルス! あれ! まずいんじゃない!?」


 サラが焦ったように叫び、巨大なミミズらしき魔物ではなく遠くを指さす。それに釣られてレウルスが視線を向けてみると、崩落した洞窟らしきものが見えた。 どうやら先ほど地面が揺れたのは洞窟の崩落が原因らしい。


 さらに問題があるとすれば、巨大ミミズの周囲にはドワーフらしき集団がいることだろうか。事情はわからないものの、襲ってきた巨大ミミズを迎撃しようとしているらしい。


 ドワーフ達はそれぞれ槌や斧を手に持っているが、巨大ミミズと比べてその体格差は歴然としている。巨大ミミズからはそれほど大きな魔力は感じないが、単純な体格差だけでも相当に不利だろう。


「……レウルス、どうするんじゃ?」

「どうするって……決まってるだろ。ドワーフに武器を作ってもらうのが目的だったんだ。そのドワーフを狙うってことは」


 レウルスはエリザとサラを下ろし、背負っていた荷物も地面に置く。そして大剣を抜くと、巨大ミミズを睨んだ。


「――俺の敵だ」


 『熱量解放』を発動したまま、レウルスは駆け出した。








「ちくしょう! なんでこんな場所にコリボーが出やがるんだ!」

「いいからぶっ叩せ! コイツを殺さねえと救助にも行けねえ!」


 小柄ながら筋肉質な男達――ドワーフの男達が巨大な木槌や金属製の斧を手に持ち、巨大ミミズへと果敢に攻め込んでいく。


 ドワーフはその小柄さに反して力が強く、中級の魔物にしては少ないが魔力もあった。そのためそれぞれが『強化』を使って身の丈ほどある得物を振り回し、コリボーと呼んだ巨大ミミズへと攻撃を加えていく。


『シャアアアアアアアァァツ!』


 だが、ドワーフ達の攻撃を意に介した様子もなく、威嚇するように巨大ミミズが咆哮を上げた。巨大ミミズの先端にはこれまた巨大な口が備わっており、ドワーフ程度の大きさならば一飲みにできそうな大きさである。


「何がシャアアアだこら! さっさと死ね!」

「誰か油持ってこい! 燃やしちまえ!」

「油も全部埋まったぞ馬鹿野郎!」


 ドワーフ達は口汚く罵り合いながらも得物を振るうと、巨大ミミズの胴体に斬撃なり打撃なりを叩き込んでいく。しかしそれらの攻撃で巨大ミミズが傷ついたようには見えなかった。

 もちろん痛みが皆無というわけではいのだろうが、攻撃が命中する度にその巨大な胴体をくねらせ、衝撃を逃がしてしまうのだ。


「シャアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!」

「だから何がシャアアアだテメエ! その口引き裂かれてえか!」


 そこに再び咆哮が響いてドワーフが叫び返すが、その咆哮は巨大ミミズのものではない。


 ――轟音と共に、巨大ミミズの上体が大きく傾く。








 盆地のため今度は下り坂になっていた斜面を駆け下りたレウルスは、勢いもそのままに跳躍する。

 ドワーフ達が胴体を攻撃している間に高々と跳び上がり、首と思わしき部位に駆けつけた勢いごと全力で大剣を叩きつけた。


「っ!?」


 レウルスが放った斬撃は、その勢いもあって非常に強力だ。武器さえ良ければ、それこそヴァーニルの鱗すら斬り裂けたかもしれない。


 ――だが、斬れていない。


 衝撃は通ったのか巨大ミミズの上体が大きく傾くが、大剣の刃は巨大ミミズの柔らかくも頑強な肌、そして体表を覆う粘液で勢いが相殺され、斬り裂くことができなかった。

 まるで水が詰まった頑丈な袋でも斬りつけたような感触である。それでいて体表を覆う粘液で刃先が滑るのか、下手な斬り方をすれば大剣の方が駄目になりそうだ。


 もちろん、巨大ミミズも無傷というわけではない。上体が大きく傾いた影響なのか地面に埋まった“下半身”も大きく動き、土石ごと地面を盛り上がらせる。


「なんだテメェ!? どこからきやがった!?」

「人間じゃねえか! なんでこの場所がわかった!?」


 斬れないのなら、死ぬまで殴るしかないか。


 そう考えながら着地し、巨大ミミズに追撃を加えようとしたレウルスだったが、ドワーフ達から驚くような声が上がった。


 その声色も剣幕も友好的なものではなく、援軍が来たというよりも新たな敵が登場したと言わんばかりに武器を構え始める。

 だが、レウルスはそんなドワーフ達の反応を無視した。


「サラ!」

「はいはーい!」


 物は試しと、レウルスの後を追って走ってきたサラに声をかける。サラはそれだけでレウルスの思惑を察し、両手を巨大ミミズに向けた。


「ヴァーニルの時はできなかった共闘ね! 腕が鳴るわ! というわけで……燃えろー!」


 可愛らしく叫び――放たれた炎は凶悪である。竜巻のように渦を巻く火炎が一直線に巨大ミミズに放たれたのだ。感じ取れる魔力から判断する限り、その威力は余裕で中級に届いているだろう。


『ギッ!?』


 しかしそれを素直に直撃させる理由も巨大ミミズにはない。全身を蠕動(ぜんどう)させて頭を地面に向けると、サラが放った炎を渦を回避しつつ地面に潜ろうとする。


「ひょい、と」


 そんな巨大ミミズの挙動を見たサラは、突き出した両手を地面に向けた。すると一直線に突き進んでいた炎の渦が曲がり、回避した巨大ミミズに着弾する。


『ギイイイイイィィィッ!?』


 耳障りがするような鳴き声だった。レウルスはサラが炎の渦を放つなり近くにいたドワーフ達を抱え上げてその場から離脱し、距離を離してから地面に下ろす。


 そして再びドワーフ達が口を開くよりも先に踵を返し、巨大ミミズへと駆け寄った。


 一体どれほどの火力があったのか、巨大ミミズがその体に纏っていた粘液が蒸発している。巨大ミミズは体を覆う炎を消そうと地面の上でのたうち回っていたが、それだけで消えるような炎ならばサラも火の精霊を名乗れないだろう。


「エリザ!」

「――雷の精霊よ! 彼の敵を撃ち抜け! 奔れ極光の雷撃よ!」


 続いて、サラに僅かに遅れて追いついたエリザが『詠唱』と共に雷撃を放つ。その威力はサラの火炎魔法と比べて低かったが、電撃を受けた巨大ミミズは暴れていた体を硬直させた。


 それで十分だった。


「ガアアアアアアアアアアァァッ!」


 腹の底から咆哮し、地面を蹴り抜くような勢いでレウルスが踏み込む。そして折れそうなほどの握力で柄を握り締め、粘液が燃え尽きた巨大ミミズの胴体目掛けて大剣を振り下ろした。


 地面の上でのたうち回っていた巨大ミミズの胴体は、上段から振り下ろせば丁度良い高さにある。そして、いくら胴体をくねらせて衝撃を逃がすとしても“地面の上”でのたうち回っている以上、限界がある。


 レウルスがこれまで感じたことがないような、硬さと柔らかさが同居した手応え。硬質のゴムを斬り裂けばこんな手応えなのだろうか、などと頭の片隅で考えるほどに異質な手応えである。


 それでも――斬り裂けた。


 全力で叩きつけた大剣は乾燥した巨大ミミズの表皮に食い込み、ブチブチと音を立てながら“切り分けて”いく。それと同時に噴水のように赤い血が噴き出した。


『ギイイィッ!? ギイイイイイイイイイイイィッ!?』


 胴体を七割ほど斬り裂いた刃の激痛に、巨大ミミズが悲痛な声を上げる。だが、レウルスはそんな巨大ミミズの悲鳴に眉一つ動かさず、両手で握る大剣に力を込めた。

 そしてとうとう、胴体を両断する。しかしレウルスはそれで止まらず、大剣を振るって刀身に付着した血を飛ばしてから跳躍した。


 胴体を両断されたにも関わらず、巨大ミミズは動いている。故に、レウルスは大剣の切っ先を巨大ミミズの頭部へと全力で突き刺す。


 胴体と変わらぬ硬さと柔らかさが混ざり合ったような感触。それを大剣の切っ先で突き破り、大剣ごと地面に埋めるつもりで自重を乗せて刃を突き込む。


 頭で正しかったのか、それとも胴体を切断されたのが致命傷だったのか。巨大ミミズは一度だけ大きく痙攣すると、全身から力が抜けたように動かなくなった。


「ふぅ……こりゃまたデカい獲物だ。食いでがあるな」


 死んだふりをしていないか確認するために突き刺した大剣を左右に動かしつつ、レウルスは呟く。だが、この場にドワーフがいたことを思い出し、そちらへと視線を向けて笑顔を浮かべた。


「ああ、いきなり訪問して申し訳ない。ラヴァル廃棄街所属、中級下位冒険者のレウルスだ。昨日会ったドワーフかわからないけど、話を聞いてもらってもいいか?」


 それよりも先に、崩落した洞窟の確認が先か。


 そう付け足すレウルスに対し、ドワーフ達は顔を見合わせるのだった。

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