表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/634

第106話:ドワーフの捜索 その3

 洞穴の奥、エリザかサラならば辛うじて通れるかどうかという小さな穴の奥から響く声に、レウルス達は顔を見合わせた。


「おい……聞こえたか?」

「そりゃ聞こえるじゃろう……“中”に何かおるぞ」

「思ったよりも煙たくないと思ったけど、奥の方に煙が流れてたのね! 納得だわ!」


 声は反響するように聞こえてきたため、正確な距離はわからない。それでも何者かの声が聞こえたことに間違いはなく、レウルスは蝋燭を左手に、右手に短剣を握りながら洞穴の奥へと進む。


 蝋燭の小さな明かりで照らされたのは、相変わらずレウルスでは潜れそうもない小さな穴だ。その奥にどれだけの“道”が続いているのかわからないが、空気が流れているのか化け熊を焼いた際の煙が続々と流れ込んでいる。


(どこかにつながってるのか? いや、もしかしてこの洞穴って“玄関”だったり……)


 少なくとも相手はコモナ語を話せるのだ。レウルスは小さな穴に顔を突っ込み、可能な限り大声で叫ぶ。


「悪い! 腹が減ったんで雨宿りしながら熊を捌いて焼いて食ってるところなんだ!」

「ああん!? どんな状況だテメエこの野郎! ごほっ! いいから煙を流すのをやめろやゴラァッ! 血生臭ぇし油臭ぇだんよ!」


 レウルスが声をかけると、数秒してから声が返ってくる。どうやら本当に穴の先に何かがいるらしい。穴の奥深くにいるのか、それとも別の理由があるのか、一応魔力を感じ取れるがその反応は希薄だ。


「大体この糞忙しい時に何やってんだ!? 外で呑気に焼き肉たぁ頭イカレてんのかテメェ! 早く戻ってきやがれ!」


 叫ぶレウルスに対し、怒鳴り声が返ってくる。だが、その言葉を聞いたレウルスは首を傾げた。


(焼き肉をしただけで正気を疑われるなんて……じゃねえ、何か噛み合ってないぞ?)


 声の主が何者かはわからないが、何かを勘違いしている――レウルスを知り合いか何かだと思っているようだ。


「この穴からか!?」

「ほかにどこから入るっていうんだよオイ! 目の前に“入口”があるのに入らねえ馬鹿がどこいる!? テメエか!?」


 そう言われて目の前に開いた穴をじっと見るレウルス。革鎧などの防具を脱ぎ、大剣なども下ろしていけばギリギリで通れるだろうか。


(いや、どう考えても無理だろ。頭は入るけど肩が引っかかるぞ……)


 頭さえ通れば体も通れる動物がいた気がするが、一体何だったか。そんなことを頭の片隅で考えつつ、レウルスは叫ぶ。


「穴が小さすぎて無理だ! この穴、掘って大きくしてもいいか!?」

「どんだけ肉を食ったんだよ!? 腹が引っかかったって入れねえってか!? ああもう、そこを動くな! 煙が臭ぇしとりあえず一発ぶん殴らせろ!」


 そんな声が聞こえるなり、何やら地面を這うような音が穴の中から聞こえ始める。それはまるで匍匐前進をしているような音で、レウルスはまさかと思いながら後ろに下がった。


『え? なになに? 何が出てくるのよ?』

『なんだろうな……ドワーフならいいんだけど』


 『思念通話』で問いかけてくるサラに返答しつつ、レウルスはエリザとサラを穴倉の入口付近まで下がらせる。そして蝋燭をエリザに渡し、レウルスは二人の前に立って短剣を腰裏の鞘に戻した。

 一体何が出てくるかわからないが、用心するに越したことはない。洞穴の中はそれなりに広いため、すぐ手が届く場所に大剣を突き刺しておく。


「まったく! いったい! どこの! 阿呆だテメェ! 呑気に焼き肉して、食い過ぎて通路を通れねえだあ!?」


 匍匐前進の音が近づいてくるのと同時に、悪態をつくような声まで聞こえてくる。


「その間抜けな面を拝ませろ! そして殴らせろ! 部族の恥晒しどころの話じゃねえぞテメエこの野郎!」


 声がどんどん大きくなる。その声の大きさで洞穴が崩れないかレウルスは少しだけ不安になったが、思ったよりも頑丈なのか少しだけ天井の土が落ちてくるだけだ。


「のう、何か勘違いしておらんか?」

「そうよね……あっ、熱源が近づいてくるわ」

「ついでに魔力もな……」


 レウルスが洞穴奥の穴から離れて一分もすると、何かが穴から這い出てくる。蝋燭と焚き火の明かりによって仄かに照らされたその“何か”は人型で、ずいぶんと小柄だった。


 外見だけで判断するならば、男性なのだろう。身長はエリザやサラよりも小さく、百三十センチを僅かに超えるかどうか。ただし身長が低い割に筋肉質で、麻らしき布で作られた粗末な服から除く腕や足は短くも太い。

 口周りには白い髭が生え、手入れもしていないのかもみあげにつながっているため顔中が毛だらけに見えた。


「おうコラこの野郎! 逃げるんじゃねえぞ! 顔の形が変わるまで殴って――」


 一発殴るという話はどこにいったのか、穴から這い出てきた小柄な男性は威勢良く叫んでいる。しかし、レウルス達の顔を見るなり真顔になった。


「…………」

「…………」


 レウルスも小柄な男性も、お互いに無言で視線を交わし合う。


 穴の中――むしろ地中にいたのか、男性は土で汚れている。だが、先ほどまで希薄に感じていた魔力がしっかりと感じられ、その感覚からレウルスは目の前の男性が人間ではないことを見抜いた。


(けっこう魔力があるな……でも、人間じゃない。外見だけで判断するならドワーフなんだろうけど……)


 ドワーフを探しに来たレウルス達だが、本当に見つかるかどうか不安に思っていたところである。それだというのに、まさかこうもあっさりとそれらしき魔物が見つかるとは思っていなかった。


(いや、魔物じゃなくて亜人なんだっけ? つまりエリザと似たような――)

「っておい人間じゃねえか!?」


 互いに無言だったが、我に返ったのかドワーフらしき男性はヘッドスライディングでもするように小さな穴の中に頭から飛び込む。そのあまりの素早さにレウルスも止めることができず、ドワーフらしき男性は穴の中へと消えてしまった。


「お、おい! ちょっと待ってくれ!」

「待てと言われて待つ馬鹿がどこにいるってんだ! というかなんで人間がこんな場所にいやがる! しかもなんだ後ろにいた物騒な金髪のガキは!?」


 慌てて追いかけるレウルスだが、穴が小さすぎて中に入ることができない。それでも声をかけてみたものの、ドワーフらしき男性の声がどんどん遠ざかっていく。


「アンタドワーフだろ!? 武器を作ってもらいたくてここまで旅してきたんだ! あと後ろにいたのはただの女の子だ! 危険じゃない!」

「嘘つけテメエ! そんな禍々しい気配を振り撒いておいて誰が騙されるかってんだ!」


 人間であるレウルスに驚いただけでなく、エリザについても何か思うところがあったらしい。あっという間に遠ざかっていく魔力の反応に、レウルスは小さくため息を吐く。


「こっちに敵意はない! 頼むから話を聞いてくれ! 俺はただ、火龍を斬れるような武器が欲しいだけなんだ!」

「火龍だあ!? 人間かと思えばただの気狂いかよ! 死にたきゃヴェオス火山にでも行って火龍に食われてこい! いくらドワーフでもな、気狂いに武器を作るほど落ちぶれちゃいねえぞ!」


 声を張り上げるレウルスだが、男性――ドワーフは一向に取り合わない。


「その火龍は一発ぶん殴ってきたっての! いや違う、それは今は関係ないな! なあアンタ! ドワーフなら火龍の鱗と爪を使って武器を作れるか!? それだけでも教えてくれ!」


 せめて興味を惹く話題はないか。そう考えたレウルスは小さな穴に向かって叫ぶが、ドワーフの反応は冷たい。


「うるせえ知るかボケッ! どうやって森を抜けてきたかは知らねえが、今なら見逃してやる! さっさと消えろ!」


 そんな言葉を最後に、ドワーフの気配は完全に消え失せるのだった。








「……で、どうすんの?」

「もう一回煙を焚いたら出てこねえかなぁ」


 ドワーフの声が聞こえなくなって一時間が過ぎた。その後も何度も呼びかけたレウルスだったが、ドワーフはレウルス達が人間だとわかったからか一向に返答をしない。


 先ほどははっきりと感じ取れた魔力も今は完全に消えており、サラの熱源感知にも引っかからないようだった。


「いっそのことわたしが炎を撃ち込んでみるとか? そうしたら慌てて飛び出てくるかも?」

「お前、それをやったら武器を作ってもらうなんて絶対に無理になるからな? やるなよ? 絶対だぞ?」


 さっさと消えろと言われたが、洞穴の外では相変わらず大雨が降っている。そろそろ日も暮れてきたのか薄暗かった外界は真っ暗になっており、この状況で外に出るのは危険でしかない。

 雨脚は相変わらず強く、洞穴の中にも雨水が入ってきそうだ。そのため入口に土を盛って水が入らないようにするが、それもいつまでもつかわからない。


 焚き火は薪が燃え尽きてしまったため、あとは蝋燭の明かりだけが頼りである。一晩を明かす程度の予備はあるが、二日はもたない程度の量しかないのが気がかりだ。仮に雨が降り続ければ明日は明かりなしで過ごすことになるだろう。

 その場合は最終手段であるサラの火炎魔法を使うしかない。もちろん、明かりの確保のためであってドワーフを炙り出すわけではない。


「…………」


 そうやってレウルスとサラは言葉を交わすが、エリザだけは反応が鈍かった。どうやらドワーフに『物騒な相手』と思われたことが堪えているらしい。


(言葉が話せる中級の魔物には初めて会ったけど、エリザから禍々しい気配がするってのはどういうことだ? 下級の魔物がエリザを避けるのもそれが理由なのか……武器を作ってもらう以外にも、ドワーフに会う理由が増えたな)


 そんなことを考えつつ、レウルスは地面に座っているエリザの後ろに腰を下ろした。そして後ろから抱きかかえるようにして両腕を回し、エリザをすっぽりと覆う。


「気にすんな……とは言わねえよ。でも後で“巣穴”から引っ張りだしてぶん殴ってやる」

「……うん」


 『化け物』と呼ばれて生まれ育った故郷を追い出されたエリザにとって、先ほどのドワーフのような反応はトラウマに近い。グレイゴ教徒のような反応をされるのも困るが、恐れられるというのはエリザにとって古傷を抉られるようなものだ。

 それでもレウルスが後ろから抱きしめると、エリザは安心したように身を預けてくる。レウルスはそんなエリザの頭を優しく撫で――放置されたサラが飛び込んでくる。


「あー! ずるいずるーい! わたしもやってよー! そいやっ!」

「わぷっ! な、なにをするんじゃ!」


 構ってほしいのか、それとも、もしかするとエリザを慰めようとしたのか。エリザの正面からサラが抱き着き、レウルスと合わせてエリザをサンドイッチの具のように挟み込む。


「巣穴から引っ張り出すのなら、やっぱり燃やすべきでしょ? でしょ? わたしってば大活躍しちゃうわよ! 中級ぐらいの威力で撃ち込めば飛び出してくるわねきっと!」

「だからやめろって言ってるだろ……撃ったら一週間、いや、一ヶ月メシ抜きな」

「死ぬわよ!? いや、あれ? わたしってば食事抜きだと死ぬのかしら? あれー?」


 何が楽しいのか、エリザに頬擦りするほど密着していたサラは笑いながら首を傾げる。そんなやり取りを聞いていたエリザも、知らず知らずのうちに笑顔を浮かべていた。


「……わからないのなら、試してみればいいのではないか?」

「うん? あー、そうね! エリザってば頭いい……って良くないわよ! 試して死んじゃったらどうするの!? 食事抜きで死んだ精霊なんて歴史に残っちゃうわよ!? 精霊教徒も卒倒するわよ!?」


 ぎゃいぎゃいと騒ぐサラだが、その元気さが今はありがたい。ドワーフは放置できないが、今だけはレウルスも笑うのだった。








 明けて翌日。


 昨日は雨脚が激しかったものの、夜が明ける頃になると徐々に小降りになり、レウルス達が朝食を終えた頃には雨も上がっていた。


 さすがに大雨の中を移動する魔物もいなかったのか、洞穴の中で雨宿りができたレウルス達は警戒もそこそこに休養を取ることができた。

 ただし、夜が明けても洞穴の奥からドワーフの声が響いてくることはない。空気が通っていることから、ドワーフの巣穴に続く入口が他にもあるのだろう。


 探してみれば雨宿りに使った洞穴のように、あちらこちらに“入口”が隠されているのかもしれない。


「よし、忘れ物はないな? とりあえずこの周辺から探してみるぞ」

「薪も拾わないとねー。濡れててもわたしが乾かしてあげるわ!」

「うむ、それでは出発じゃ!」


 一晩休んだからか、あるいはレウルスとサラが抱きしめていたからか。エリザも元気いっぱいといった様子で笑顔を浮かべている。

 例え空元気だったとしても、虚勢を張れるなら十分だ。レウルスはそう考えて洞穴から一歩外に踏み出し――。


「……ん?」


 ぐらり、と地面が揺れた気がした。


 そしてそれと同時に、遠くから“何か”が崩れるような音が響くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=233140397&s
― 新着の感想 ―
[一言] >「気にすんな……とは言わねえよ。でも後で“巣穴”から引っ張りだしてぶん殴ってやる」 >『化け物』と呼ばれて生まれ育った故郷を追い出されたエリザにとって、先ほどのドワーフのような反応はトラ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ