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第104話:ドワーフの捜索 その1

 ティリエを旅立ったレウルス達が次なる目的地であるアクラに辿り着いたのは、六日目の夕方だった。太陽が山際に沈み始める頃、空が茜色に染まり始めた時間帯になってようやく到着したのである。

 アクラもティリエと同様に、高い城壁と大きな堀を持つ城塞都市だった。中に入れるのは日が暮れるまでで、あと一時間遅く到着していれば外で野宿をする羽目になっていただろう。


「危なかったな……」


 門兵に通行税などを払い、アクラの城壁内へと足を踏み入れたレウルスはそう呟く。

 まだ余裕はあるが、そろそろしっかりと休息を取りたかったところだ。精霊教の教会へと足を向けつつ、レウルスはエリザとサラがはぐれないよう注意する。


「ふう……疲れたのじゃ……」

「もっと体を鍛えなさいよー。わたしなんてまだまだ元気よ? ピンピンしてるわよ?」

「ワシの姿を真似おったくせに、なんじゃろうこの理不尽……」


 エリザは『強化』の扱いはまだまだだが、少しは旅に慣れてきたのか倒れるほど疲れているわけではない。


 そんなエリザと異なり、サラは元気いっぱいといった様子で周囲を見回していた。外見は似ていても“中身”が違うせいか、体力も大きく異なるようだ。

 そもそも火の精霊に体力という概念があるのかわからなかったが、荷物を背負わせても疲れを見せないサラの存在はレウルスとしてもありがたい。


 ティリエと同様に周囲から向けられる視線は心地良くないものの、レウルスは気にすることなく教会を目指して歩く。


「……山……崩……」

「また……度……何……」


 夕焼けの町並みを眺めつつ歩いていると、町民と思わしき男達の会話が漏れ聞こえてくる。その声に釣られて視線を向けてみると、そこには動きやすさを重視した作業着らしきものを着た男達がいた。


(……大工か何かか?)


 男達はそれなりに体格が良く、仕事帰りなのか仕事道具が入っていると思わしき革袋を肩に担いでいる。


「レウルス? どうしたんじゃ?」

「ちょっとー、どうしたのよ? 早く行きましょ。このままだとエリザが倒れちゃうわ」

「なっ! 馬鹿にするでないわ! ワシはまだまだ元気じゃぞ!」


 何かの噂話だろう。そう判断したレウルスは意識を切り替え、手や裾を引いてくるエリザとサラに合わせて歩き出す。


「……でも……フ……」

「本当……兵……」


 だが、道を進む度にあちらこちらから声が聞こえてきた。どうやら何か注目されている話題があるらしく、そこかしこで言葉が交わされている。


 一体何かあったのだろうか、と首を傾げながら進んでいくと、アクラに立ち寄る目的である精霊教の教会が視界に入った。

 レウルスは一直線に教会へ向かうと、出てきた精霊教徒に『客人の証』とジルバからの手紙を見せる。


「できれば一晩の宿を借りたいのですが……」

「ええ、構いませんとも」


 ティリエの教会もそうだったが、アクラの精霊教徒も年嵩の男性だった。白髪が目立ち、六十歳に届くかどうかという老人である。


 日本の六十歳ならばまだまだ若く見えることもあるのだろうが、この世界における老人は本当に“老人”だ。平均寿命の違いが影響しているのか、六十歳と言えば本当に高齢扱いされる。


 そんな老人の精霊教徒が取り仕切る教会は、マダロ廃棄街にある教会と違ってアクラの町の規模相応の外見を誇っている。壁は煉瓦で作られ、建物自体も大きく造られていた。

 ラヴァル廃棄街の教会と比べると、二倍から三倍ほど大きいだろう。教会の内部も同時に何十人もの信徒が礼拝できるように広く造られており、教会の奥に作られた生活空間もこれまた広い。

 二部屋ほどだが客間も存在し、レウルス達はその一室を借りることになった。


「そういえば、町の中が騒がしかった気がするんですが……何かあったんですか?」


 案内してくれた精霊教徒に感謝しつつ、物はついでとレウルスは尋ねる。すると、精霊教徒の老人は皺が多い顔を少しだけ歪ませた。


「この町の近くにヴァレー鉱山と呼ばれる場所があるのですが、ご存知ですか?」

「鉱山があるとは聞いていますけど……」


 鉱山奴隷として売られた過去を持つレウルスとしては、気分的に近づきたいものではない。それでも何が役に立つかわからず、情報を集めることにした。


「ここ最近、ヴァレー鉱山で崩落が続いているそうで。噂によると、ドワーフの仕業とか別の魔物が暴れているとか……」

「……んん? ドワーフ、ですか?」


 いきなり出てきたドワーフという言葉に、レウルスは数秒置いてから反応する。シンやスノウから情報を得られたが、アクラの町で他にも情報が得られるとは思っていなかったのだ。


「ヴァレー鉱山の周辺では稀にドワーフが目撃されていましてね。こちらが手を出さなければ攻撃してくることもないので、領主様も放置されていたのですが……」


 どうやらドワーフがいるというナタリアの話は本当だったらしい。ただし、噂程度とはいえ厄介な臭いもする。


「本当にドワーフが暴れていると?」

「町の人の中にはそう考える人もいる……そういうことです」


 噂に尾ひれがついて泳ぎ回っているらしい。あるいは、実際にドワーフが暴れているところを見たことがある者がいるのか。


 思ったよりも簡単にドワーフの情報を得られたのは助かるが、ドワーフを邪魔に思って領主の軍が動き出していたら厄介だ。


 真実はどうであれ、ドワーフは亜人――魔物である。


 これまで攻撃してこなかったから見逃されていたものの、鉱山を崩落させたと思われれば容赦なく討伐されるだろう。


(これはまずいことになったぞ……)


 実際にドワーフが見つかるかという問題もあるが、見つけるよりも先に“他の問題”に巻き込まれそうだ。


 アクラに到着した以上、精霊教の教会に供物を届けるための旅だと偽ることもできなくなる。偽っても良いが、それが嘘だと気づかれればどうなるか。

 ジルバの手紙があるため問答無用で捕縛されることはないと思うものの、冒険者の扱いが悪いのはこれまでの旅で痛感している。


(……とりあえず、一晩しっかりと休んで夜が明けたらすぐに町を出よう)


 精霊教徒の老人に感謝しつつ、レウルスはそう決断するのだった。








 明けて翌日。


 その日は朝から天気が悪かった。雨が降っているわけではないが、今にも降り出しそうな空模様である。分厚い雲が空を覆い、湿った風が吹きつけてくる。


「天気次第じゃ、アクラに戻ることになるかもな……」


 灰色の空を見上げつつ、レウルスは憎らしげに呟いた。いつ雨が降ってくるかわからず、かといってこのままじっとしているわけにもいかない。

 そんな焦燥が募る状況に背を押され、レウルスはひとまずヴァレー鉱山へ向かうことにした。


 ヴァレー鉱山と呼ばれるだけあり、人の手を入れて金属等を発掘しているらしい。

 当然ながら発掘には人夫が必要で、ヴァレー鉱山には人夫を相手にする商人や娼婦、鉱山を守るための兵士などが集まっており、村程度の規模だが人の生活空間が形成されているのだ。


 もちろん、レウルス達がそのような場所に突撃しても追い払われるだけだろう。さすがに教会もないらしく、『客人の証』やジルバの手紙を使っても大きな効果は見込めないと思われた。


「雨が降ってきそうね……こう、バーンと雨雲を吹き飛ばせないかしら?」

「自然現象を力技でねじ伏せるのは無理だろ……ヴァーニルならできそうだけど」


 強力な火炎魔法で雨雲を蒸散させそうだ。そんなことを考えながらヴァレー鉱山に続く街道――その脇にある森の中を進んでいく。


 街道から見えない程度には遠く、それでいてレウルス達が街道を見失わない程度には近い場所だ。周囲を油断なく索敵し、草木を掻き分け、曇り空のせいか薄暗い森の中を歩いていく。

 ヴァレー鉱山の近くまで到着できれば、あとは道を変えて周囲の捜索をするつもりだった。さすがにドワーフがヴァレー鉱山の中にいるとは思えず、その周辺で人が足を踏み入れることを戸惑いそうな場所を中心に捜索するのだ。


 ドワーフは中級の魔物である。それならば森の浅い場所よりもさらに奥か、あるいは山の中などを縄張りにしていてもおかしくはない。


(稀にとは言っても何度か目撃されてるんだから、街道から大きく外れているわけでもないのか……いや、もしかしたら俺達みたいに旅をしているドワーフって可能性もあるな。その場合、周辺を探しても見つからないだろうけど……)


 レウルス達にとって一番最悪なのは、ヴァレー鉱山の周辺にドワーフが棲んでおらず、度々目撃されていたのは旅のドワーフというパターンだ。


 仮にそうだとしたら、旅のドワーフと偶然出会うことを期待しながら歩き回るしかない。

 この広い世界で、いつ出会うともわからない相手を探し、ひたすら歩き回る。それで出会える可能性に賭けるくらいならば、金を積んで人間の鍛冶師に大剣を作ってもらう方が確実だろう。


(でもそれはそれで素材の問題がある、と……ん?)


 森の中を歩いていたレウルスだが、妙な違和感を覚えて足を止める。一応エリザとサラに警戒を促すが、エリザはともかくサラは不思議そうな顔をするだけだ。


「え? なになに? 何か見つけた?」

「……つまり、そっちは何も見つけてないんだな?」


 何が楽しいのか、笑顔で聞いてくるサラにレウルスはため息を吐く。まさかまた索敵を怠っていたのかと冷たい目で見ると、サラは慌てた様子で両手を振った。


「ちゃ、ちゃんと警戒しているわよ!? 遠くに人間っぽい熱がいくつもあるとか、ちゃんと掴んでるんだから!」

「それを先に言え……方向と距離、それと数は?」

「えっ? うーんと……あっちでけっこう遠い、かな? 数も十よりは多い?」


 サラが指をさしたのは、街道が続いている方向である。現状では己の勘に魔力が引っかからないため、魔法使いがいないのか、いても魔力が少ないのだろうとレウルスは結論付けた。


「街道の方を歩いてるってことは兵士か? とりあえず避けるぞ」


 兵士と接触するわけにはいかない。それがレウルス達の共通認識であり、全員が森の奥へと足を向ける。


「うむ……それで? レウルスは何が気になったんじゃ?」


 森の奥に躊躇なく進める理由――下級の魔物避けとして役立つエリザの言葉に、レウルスは首を傾げた。


「いや、なんか魔力を感じた気がしたんだけど……上手く拾いきれなくてな」


 魔力というものを意識するようになって何ヶ月も経ったからか、レウルスが魔力を感じ取れる距離も少しずつ伸びている。

 ただし魔力の強弱で距離が変わるのは相変わらずで、微細な魔力の場合は至近距離まで近づかないとわからないのだ。


 今ならば角ウサギでさえ三十メートル以内に近づけば気付けるだろうが、今しがたレウルスが感じ取った魔力はこれまで感じたことがない、奇妙な伝わり方だった。


 まるで壁か何かに遮られて魔力が減衰しているようで、正確な方向などもわからなかったのである。サラが指をさした方向からは魔力を感じないため、兵士と思わしき相手に反応したわけではなさそうである。


「うーん……他に熱源はないわよ? あるとしたら小さな鳥とか小動物ぐらい?」

「だよなぁ……魔力を隠せる奴がいるのかもしれないし、油断せずにいくぞ」


 つい最近、魔力を隠せる強力な使い手と遭遇したばかりなのだ。どこでどんな相手がいるかわからず、レウルスはいつでも大剣を抜けるように注意しながら歩いていく――と、再び魔力を感じた。


(……どこだ?)


 魔力の感じ方というのは、非常に曖昧だ。己を中心とし、離れた位置にサラが言う“熱源”があるような感覚なのである。


 平成日本で生きたレウルスの感覚で言えば、離れた位置にあるストーブの熱を感じ取れるようなものだ。その熱――魔力の強弱で感じ取れる距離や正確な方向が変わるのだが、今回は魔力の伝わり方がおかしい。


 大剣の柄に手をかけつつ、レウルスは周囲を見回す。そんなレウルスの動きに合わせてエリザとサラも周辺を警戒するが、“何か”が姿を見せることはない。

 周辺に見えるのは、鬱蒼と生い茂る木々だけだ。もしかすると木々に紛れて窺っているのかもしれないが、それならばサラの探知網に引っかかるはずである。


 以前、ヴェオス火山で遠くからヴァーニルの視線を感じた時とは全くの別物だ。見られている感覚はなく、非常に微弱な魔力がレウルスの勘に引っかかっていた。


「消えた……なんなんだ?」


 警戒していると、僅かに感じ取れていた魔力が消えてしまった。まるで狐か狸にでも化かされているような気分になるが、レウルスは大剣の柄に右手を乗せたままで歩き出す。


 そうやって歩くことしばし、レウルスは顔に雨粒が当たったのを感じ取って空を見上げた。


 とうとう雨が降り出したらしく、木々が生い茂る森の中にも雨粒が降り注ぎ始めている。


「まずいな……雨宿りできそうな場所を探すぞ! できる限りで良いから薪も拾え!」


 現在は晩夏のため、木の葉も散っていない。木の葉が大量に生えている木があれば雨宿りもできるはずだ。


 そう判断したレウルスはエリザとサラに指示を出して駆け出し――“地面”の土が抉れて舞った。

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