第103話:異国の旅人 その4
「熱くなるのはわかるけど、やりすぎるのはいけないと思うの」
「……すまん」
「気分が乗ってつい……」
シンとの手合わせを終えたレウルスだったが、スノウからのツッコミに頭を掻く。
短時間とはいえ『熱量解放』まで使い、最後にはシンの胴体を叩き切るつもりで大剣を振るっていたのだ。肘と膝を使った白刃取りという離れ業で止められてしまったが、たしかに熱が入り過ぎたと反省するしかない。
それでも、届かないと思ったシンにある程度肉薄できたのは大きな収穫だった。長期戦にもつれ込めば負けるだろうが、そうなる前に仕留めれば良いのである。
そんなことを考えつつ、手合わせが終わった証としてレウルスはシンと一礼を交わし合った。そして示し合わせることもなく握手を交わす。
「無理を言って受けてもらった甲斐があったというものだ……異国の剣、堪能させてもらった」
「俺は剣士じゃないんだけど……こっちこそ、色々と勉強になったよ」
やっぱり技術は大事だな、などと思いながらレウルスは笑った。
レウルスがシンと渡り合えたのは、高い身体能力による力押しができたからだ。互いに有効打が与えられないほど白熱していたが、レウルスとしてはシンの技術に舌を巻くばかりである。
「俺としては戦い方を教えてほしいぐらいだけど……」
今回の戦いでも、大剣を思い切り地面に叩きつけてしまった。大切に使おうと思いつつも、いざ戦いになるとそんな余裕はなくなってしまうのである。
故に、シンに戦い方を教えてほしいぐらいだと思った――が、シンは首を横に振る。
「いや、それはやめておいた方がいいだろう。君の長所を潰すだけの結果になる」
「というと?」
「……一つ、実践した方が早いか。剣を借りたいが構わないか?」
握手を解いたシンは、レウルスに断って大剣を借り受けた。
両手で大剣を握ると、上段に構えて二度、三度と剣閃を奔らせる。続いて正眼に構えて突きを繰り出し、最後には下段に構えて下から上へと切り上げる軌道で大剣を振るった。
その動きは洗練されており、シンが棍だけではなく剣術にも通じていることが窺える。一連の動作は剣舞のようでもあり、シンが大剣を振るい終えるなりレウルスは拍手を送っていた。
「棍を使ってた時も思ったけど、やっぱり大したもんだなぁ……動きが綺麗で見惚れるぐらいだ」
「動きが綺麗……か」
レウルスが素直に感心していると、シンは大剣を返しながら苦笑を漏らす。その反応は自嘲しているようでもあり、レウルスは思わずエリザとサラに視線を向けた。
「ワシは剣など使えんから何も言えんぞ? レウルスの言う通り、綺麗な動きだったとは思うが……」
「わたしも同意見よ! レウルスとは全然違ったわね!」
どうやらエリザとサラも同意見らしい。だからこそレウルスにはシンの苦笑の意味が読み取れない。シンのような“技術”があれば大剣を折ることもなさそうだ。
「気を悪くしないでほしいのだが……」
そんな前置きをしてから、シンは表情を真剣なものに変える。
「君に剣術は必要ない……いや、覚えない方が良いと思う」
「剣術が必要ない?」
どういうことだ、とレウルスは首を傾げた。剣を振るう以上、剣術を覚えていて損はないと思うのだが――。
「君の戦い方は獣のようだった。剣を使うのも、相手を殺すための手段の一つでしかない……そんな印象を受けた。何度か目線が下を向いていたが、砂利を使った目潰しをしようとしなかったか?」
「手合わせなんで自重したけどな……そうか、獣みたいか」
以前、ジルバにも似たようなことを言われた記憶がある。その時はジルバにも技術は必要ないと、レウルスの持ち味を潰すだけだと言われた。
ジルバもシンも高い技術を持つが、その二人からすると下手な技術は覚えない方が良いらしい。ジルバは何故そんな結論に至ったのか教えてくれたが、シンはどう思ったのか。
「俺の戦い方は長い練習の積み重ねで作り上げたものだ。その点、君の戦い方は“実戦だけ”で磨いた印象があった……まだまだ磨いている途中という印象だが、正攻法で戦う相手には有効な戦法だろう」
「実戦って言っても、ほとんどが魔物を相手にしただけなんだけどな。人間は……まあ、例の狂信者を何人もぶった切ったけどさ」
レウルスの場合、冒険者として魔物を相手にした場合の戦い方を体に叩き込んできただけだ。それが原因なのかグレイゴ教徒には苦戦し、最終的には取り逃がしている。
(逃げた相手はジルバさんが殺したって話だったけど、俺が勝てていればなぁ……)
グレイゴ教徒と戦って以来、高い戦闘技術を持つ相手には苦手意識があるような気がする。ヴァーニルのような相手の方が戦いやすく思えるぐらいで、細やかな技術を持つ相手には特に注意をする必要があるだろう。
「それと、これは弱点というほどのものではないが君は殺気が強すぎる。それはそれで相手を怯えさせるだろうが、君の殺気に耐えられる者が相手ならどこを攻撃するか教えるようなものだ」
「……思いっきり弱点に聞こえるんだけど?」
「いや、君の場合は攻撃を見切られてもそれを無視できるだけの腕力と速度がある。もっと虚実を織り交ぜて戦えば、更に強くなるだろう。それに、それだけ殺気が強いとそれは一つの武器になる」
要は殺気をフェイントに使えということらしい。
(殺気ってどうやって使うんだろう……)
助言はありがたいが、どのように実現させれば良いのか皆目見当もつかない。それでもシンが親切心から助言をしてくれていると感じられ、レウルスは素直に頷く。
そうやってシンと戦い方について話していると、エリザとサラはスノウに近づいて女性陣だけで何やら話し込んでいる。時折笑い声や驚いたような声が上がっており、何やら盛り上がっているようだった。
「参考までに聞きたいのだが、これまでの実戦の中で効果的だと思えた戦い方は何かあるか?」
「あー……血や指で目潰ししたり、石で殴ったり、斬り飛ばした腕の肉を食べてみたり?」
「……実戦を知らない道場剣法の使い手が相手なら、非常に有効だろうな」
これまでの戦いを思い返し、自分がしてきたことを話すレウルス。仕方のないことだが、シンの戦い方を見た後では自身の戦い方は血生臭いのだな、などと思ってしまう。
「全力で振るえる剣を作ってもらいたいと言っていたな……差し出がましい助言だろうが、切れ味よりも頑丈さを優先した方が良いだろう。君の腕力なら、切れ味皆無の鈍器でも相手を撲殺できる」
「手荒に扱う以上、やっぱり頑丈さが一番大事か……そのためにもまずはドワーフを見つけないとな」
思ったよりも実のある話を聞けて、レウルスとしても感謝の気持ちが湧いてくる。ドワーフの情報が聞けたこともそうだが、シンのような優れた使い手に武器の助言を聞けたのは望外のことだった。
「急ぐ旅を邪魔したようだな……すまなかった」
「いや、こっちも色々と面白い話を聞けたよ。そっちはこれからどうするんだ?」
シンの言葉に笑って言うと、シンは空を見上げて太陽の位置を確認する。
「とりあえず東へ進もうかと思っている。目的はないと言ったが……色々とやることがあるんだ」
「そうか……それじゃあここでお別れだな。もしもラヴァル廃棄街って町に寄ることがあったら顔を出してくれよ。そこが俺の“故郷”でね。依頼で外に出てるかもしれないけど、俺の名前を出してくれれば悪いようにはされないはずだ」
そう言って、レウルスは右手を差し出す。それを見たシンは小さく笑い、レウルスと握手を交わすのだった。
「のう、レウルスよ。少しばかり気になったのじゃが、あの二人には随分と簡単に気を許したように見えたぞ? 何かあったのか?」
シンとスノウの二人組と別れ、一時間ほど。当初の予定通りアクラへと向かうレウルス達だったが、ふと思い出したようにエリザが尋ねてくる。
「ん? そうか?」
「うむ。いつのもお主なら、もっと用心深いというか……ほれ、サラを見ればわかるじゃろ?」
「あー……」
言われてみれば、たしかにそうだとレウルスは思った。相手の方が強いと直感したため下手なことは言えなかったというのもあるが、いつもならばもっと警戒していたはずである。
最初こそ警戒を解かなかったものの、いつの間にか気が抜けていたのだ。
「なんだろうな……滅茶苦茶強いんだろうけど、お人好しな感じがしたから……とか?」
シンと手合わせをした時も感じたことだが、どうにもあの二人は“危険”だと思わなかった。
強いという点では間違いがない。殺し合いになれば勝ち目は薄い――が、そもそも殺し合いに発展しないような、平和で牧歌的な印象があったのである。
例えるならば、外国に旅行に行ったら現地で日本人に会ったような感覚だろうか。
「エリザこそ、スノウちゃんと何か話してたじゃないか。気が合ったのか?」
その感覚が何なのか、レウルスも明確に言い表すことができない。そのためエリザに話を振ってみると、エリザは何故か視線を逸らしてしまった。
「む……いや、その、こちらの大陸の通貨を持っていないらしくてな? 荷物の中からいくつか売ってもらっていただけで……」
「変な布切れを買ってたわよ? なんかこう、穴が三つ開いてるやつ。頭にかぶれそうな形だったわ!」
だが、サラが笑顔で暴露する。どうやらスノウから買い物をしていたようだ。
「穴が三つ開いてる変な布切れ? なんだそりゃ……ん?」
“何か”が記憶に引っかかる。以前、似たようなことでエリザとひと悶着あった気がしたのだ。
「せっかくだからわたしもお小遣いで買ってみたわ! エリザとお揃いよ!」
そう言ってサラが懐から取り出したのは、白い布切れだった。サラの言う通り、その布切れには三つの穴が開いている。
――ラヴァル廃棄街の服屋で見かけた、女性用の下着だった。
「…………は?」
それを見たレウルスは、数秒置いて心からの疑問を込めた呟きを漏らす。
何故、そんなものをスノウが持っていたのか。
「なんかねー、よく破いちゃうらしいから売れるぐらい替えを持ってたのよ。服もたくさんあったけど大きさが……あ、もちろんこれは未使用よ? スノウがいた国で流行ってたんだって! ところでこの布、どうやって使うの?」
きょとんとした顔付きで首を傾げるサラだが、レウルスは激しい戦慄を覚えてそれどころではない。
(え? 破ける? なんで? 何がどうすればそんなことに? 服ごと破れるのか? おい、まさかシンさん!?)
一瞬、シンとスノウが“ただならぬ仲”なのかと邪推したレウルスだったが、シンがスノウを見る目は優しかった。それこそ娘でも見るような目つきだったと思い直し、レウルスは頭を振る。
(いやいや、そういえばスノウは何かが『変化』で姿を変えてるって話だったな。サラみたいにうっかり燃やす……じゃない、『変化』が解けて服が破れるんだろ、きっと)
そう自分に言い聞かせたレウルスは、気を取り直してアクラに向かって歩き始める。
(しかし、スノウねぇ……前世じゃ雪って意味だったっけ? 雪……ユキ……ん?)
そこまで考えたレウルスは、サラが右手に持って振り回している下着に視線を向けた。
以前、ラヴァル廃棄街の服屋で見つけた下着には製品タグがつけられていた。タグに縫われていた文字は――。
「まさかっ!?」
音が立つ速度で振り返り、シンとスノウに出会った川があった方向へ視線を向ける。
既に一時間以上歩いているため二人の姿が見えるはずもなく、レウルスは思わず頭を掻きむしった。
「な、なんじゃ? どうしたんじゃ!?」
「いきなり何!? 頭痛が痛いの? わたし燃やすぐらいしかできないわよ!?」
レウルスが感じたその衝撃は、エリザもサラも共感できないだろう。
「騙された……ちくしょう、可愛い顔してやるなぁ。次に会うことがあったら問い詰めてやる……」
故に、レウルスにできたのは小声でそう呟くことだけだった。
どうも、作者の池崎数也です。
ここ数話で色々とご感想をいただき、本当にありがとうございます。
こうやって世界観が共通している物語を書くのが初めてで、描写が下手な部分が多くて反省することしきりです。いただいたご感想を糧に、もっと精進したいと思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。