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第102話:異国の旅人 その3

「すまないな、我が儘を言って」

「いや、情報の礼代わりってことでそれはいいんだけど……」


 シンが謝り、レウルスが受け入れる。レウルスは大剣を肩に担ぎ、シンは二メートル近い棒を構えていた。


 手合わせをするのは良いが、根本的な問題がある。


「そっちはともかく、こっちは剣だぞ? 峰打ちするとしてもかなり危険なんだが」


 峰打ちしたから大丈夫、などということはありえない。レウルスが持つ大剣は十キロ近い鉄の塊だ。峰で殴っても、当たり所が悪ければあっさりと死ぬだろう。


「構わん……少し理由があってな。“今の”俺は死ににくいんだ。それにスノウは治癒魔法が得意でな。死んでいないのならなんとかなるだろう」

「……木の棒が相手だと、こっちもやりにくいんだけどなぁ」


 これまでレウルスが戦ったことがある相手――人間に限れば、必ず何かしらの刃物を使っていた。それと比べればシンが構える木の棒というのは、脅威に映らないのだ。


 レウルスが戦ったわけではないがジルバという例外も存在するものの、ジルバの場合素手の一撃で殺すため別の意味で脅威――恐怖である。


 そんなレウルスの言葉を聞いたシンは苦笑し、握っている棒を軽く叩いた。


「これは木の棒ではなく(こん)と言うんだ。これもちゃんとした武器でな……『強化』と『無効化』が『付与』された魔法具だ」

「……『付与』?」

「『魔法文字』ではなく、魔法そのものを込める魔法……そんなところだ」


 どうやらただの棒ではなく、きちんとした武器らしい。それもレウルスが持つ大剣以上に高性能な魔法具のようだ。


「なるほど……『強化』がかかってるなら刃物が相手でも打ち合えるってわけか」

「さて、“それだけ”かどうかは戦いの中でお見せしよう」


 棍を一振りし、両手で構えて腰を落とすシン。その構えは堂に入ったもので、我流のレウルスと比べて洗練された技術が感じ取れた。


 レウルスがシンの申し出を受けたのは、ドワーフに関する情報をもらったことが理由の大部分だ。しかし、他にもマダロ廃棄街への救援依頼を受けた際に技術の大切さを痛感したというのもある。

 これから直接戦うわけだが、己の勘が間違っていなければシンはジルバ並に腕が立つだろうとレウルスは見ている。手合わせという形ではあるが、そんな相手と戦えるのならば幸運なことだと思うことにした。


「もし危なくなったらわたしが止めるからね? だから安心して戦ってほしいな……でもシンさん、やりすぎたらだめだよ? シンさんったら普段は大人なのに、戦うとなると子どもみたいになるんだから」

「……善処しよう」


 スノウがレウルスとシンの間に立ち、右手を前に出す。そしてレウルスとシンの体勢が整ったのを見ると、勢い良く右手を振り上げた。


「じゃあ――はじめっ!」


 そう言うなり、スノウの姿が掻き消える。邪魔にならないよう後方に跳んだのだが、その動きの速度を見ただけでレウルスは驚愕を覚えた。

 それでも今は目の前の戦いに集中するべきだろう。レウルスは大剣を両手で握り、右肩に担いで前傾姿勢を取る。


 河原の中でも砂利ばかりの場所を選んでいるため、足場はそれほど悪くない。シンはレウルスの出方を見るつもりなのか、棍を構えたままで動かなかった。

 だが、レウルスとしても簡単には動けない。シンの隙が見つからないというのもあるが、どうにもやる気が出てこないのだ。


 技術を盗む絶好の機会ではあるが、これまで殺し合いばかり経験したからか手合わせという状況がどうにも馴染まないのである。

 棍を構えるシンからは戦意は感じるものの殺気は微塵も感じない。殺し合わずに済む現状に安堵するべきなのだが、それはそれで“スイッチ”が入らないのだ。


(我ながら殺伐としてんなぁ……)


 相手が自分や仲間を殺すつもりなら、容赦なく斬れる。魔物が相手ならば本能のままに襲ってくるため、悩む必要もない。


(……動いてから考えよう)


 やる気がどうのと悩むよりも、まずは動いてみるべきだろう。立ち振る舞いから判断しただけだが、自分が殺すつもりで斬りかかってもシンならば大丈夫だろうとレウルスは判断した。


「オオオオオオオオオオォォッ!」


 大きく息を吸い、咆哮を上げながら突撃する。砂利を抉る勢いで地面を蹴り付け、シンとの間合いを瞬く間に潰す。

 『熱量解放』は使っていないが、サラから送られる魔力でレウルスの身体能力は『強化』並に上昇している。十メートル近く離れていた距離を一秒で詰め、シンの頭蓋目掛けて大剣を振り下ろした。


 レウルスが握る大剣とシンが構える棍では、棍の方が長い。レウルスの持つ大剣もそれなりに広い間合いを持つが、柄を含めても棍の三分の二に届くかどうか。


 レウルスが斬撃を叩き込むにはシンの棍を掻い潜る必要があるが、シンは攻撃ではなく防御を選択した。

 風を切って振り下ろされる大剣。直撃すれば岩すら断ち割りそうな一撃を、棍の先端で軽く叩いて逸らす。


 大剣の腹を叩かれた――レウルスがそう認識した時には斬撃が逸らされ、シンではなく地面へと叩き込まれる。

 僅かな動きでレウルスの斬撃を逸らしたシンはそのまま棍を引き、レウルスの額目掛けて打突を繰り出す。


 ある程度加減をしているのだろうが、“点”で放たれる一撃は“線”で大剣を振るうレウルスよりも遥かに速い。


「チィッ!」


 しかし、レウルスが反応できない速度でもない。レウルスは地面に向かって振り下ろしていた大剣を咄嗟に手放すと同時、首を左へと傾けながら前へと出る。

 棍が右頬を掠める感触を覚えながら、レウルスは固めた右拳を棍に重ねるように突き出す。それは奇しくも、前世で言えばクロスカウンターの形になっていた。


「っ!?」


 いきなり大剣を手放したこともそうだが、棍越しに拳が飛んでくるとは思わなかったのだろう。シンは僅かに目を見開きつつも棍を跳ね上げ、レウルスの拳を上方へと逸らした。


 レウルスが手放した大剣が勢い良く地面へと落下し――勢いが良すぎたのか砂利を巻き散らしながらバウンドする。


「シャアアアアアアアァァッ!」


 右手を瞬時に引き戻しつつ、レウルスは空中の大剣の柄を左の逆手で握った。そしてその場で回転すると、シンの胴体を狙って真横へと薙ぐ。

 シンは瞬時に間合いを開けて斬撃を回避し、レウルスは間合いが開いた隙に左手一本で握っていた大剣を両手で握り直した。


「むぅ……やっぱり当たらないか」


 結果的に意表を突く形になったが、一撃も当たらなかった。そもそも大剣を持って立ち会っているというのに拳を出して良いのかという疑問もあったが、シンはレウルスの行動を咎めはしない。


「君は……躊躇がないな」

「躊躇したら死ぬ環境にいたんでね」


 足場が砂利ということで、砂利を蹴り上げて目潰しをしてもいいかもしれない。そう思ったレウルスだが、手合わせということでさすがに自重した。

 実戦ならば躊躇なく目潰しをするが、今は手合わせである。そう自分に言い聞かせつつ、レウルスは大剣を肩に担ぎ直す。


「……ふむ」


 そんなレウルスの様子を見ていたシンは、何かに納得したように頷いた。


「たしかに我流もいいところだな。剣術を意識してもいない……実戦の中で磨かれた戦闘術か」

「これでも剣の振り方ぐらいは意識してるんだぜ?」

「意識していたら、途中で剣を手放しはしないだろう?」

「そりゃごもっともで」


 こうやって手荒く扱うから剣も折れるのだ。そう思うレウルスだが、剣が折れることを気にしすぎて命を落としていたら意味がない。


 レウルスとシンは互いに示し合わせることもなく、同時に動き出した。先ほどの意表を突いたものではなく、レウルスも正面から大剣を振るう。


 振り下ろし、薙ぎ払い、時には突き。膂力に物を言わせ、振ればいつかは当たるといわんばかりに斬撃を繰り出していく。

 それを迎え撃つシンは、レウルスと違って必要最小限の動きで斬撃を逸らし、反撃に棍を突き出していく。


 駆け回ることもなく、足を止めての打ち合いだ。レウルスは繰り出す斬撃が空気でも斬るように逸らされていることに内心で舌を巻きつつ、顔面や首、心臓といった急所を的確に突いてくる打突を強引に弾いていく。


 時には剣で、時には手甲で、時には蹴りで。五体全てを活用し、シンの打突を弾いて逸らす。


 状況は一進一退――傍目からそう見えたが、実際のところはレウルスが遥かに不利だった。シンと比べて大きく動くため、体力の消耗が激しいのである。


(ははっ……なんだこいつ! 思った通りやべえな!)


 それでも、レウルスは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。


 シンの動きには、レウルスには存在しない長年の“積み重ね”が見て取れる。良い師の元で精力的に、長い間鍛錬に励んできたのだろう。武術に関しては門外漢なレウルスでさえそう思えるほどに、シンの動きは洗練されていた。


(でも……なんだろうな、この……)


 殺す気で攻め立てるレウルスに対し、シンは冷静沈着に攻撃を捌いている。その様子は舞踏のようですらあり、一種の美しさがあった――が、レウルスにはどうにも引っかかるものがある。


 レウルスの見立てでは、シンはジルバと同等かそれ以上の使い手だ。手合わせとはいえ実際に戦ってみてもその認識は覆らない。

 しかし、レウルスとしてはジルバの方が戦いたくない。ジルバと戦ったことはないが、ジルバには得体の知れない“怖さ”があった。


(殺し合いじゃないからか? いや、でもなぁ……)


 シンが殺すつもりで襲ってきたのならば、その認識もなくなるのかもしれない。しかし、今のレウルスが感じるのは恐怖ではなく一種の楽しさである。


「――考え事か?」

「っと!」


 レウルスの疑問を打ち抜くように、棍が突き出される。レウルスは上体を逸らして打突を回避すると、シンの腕を狙って右手だけで大剣を切り上げた。

 シンは半身開いてレウルスの斬撃を回避すると、棍を手早く動かしてレウルスの足を払おうとする。だが、レウルスはバク転の要領で後方回転し、足元を狙った薙ぎ払いを回避した。


 レウルスは砂利を巻き上げながら着地すると、大剣を下段に構え直す。


「最初は手合わせってどうすりゃいいのかって思ったけど……やばいな、ちょっと気分が乗ってきた」

「それは何よりだ」


 殺し合いと違い、一種のスポーツのようだ。それもこれも、シンがある程度加減をしているからだろうが――ここまでくると、シンの本気が見たくもある。


「なあ、シンさん。アンタみたいな腕を持つ人と殺し合わずに、こうやって“平和的”に戦えてるのは思ったよりも楽しいんだけど……せっかくだし、本気で戦ってもいいか?」


 大剣と棍。振るう得物は違えど、これほどの技量を持つ相手と“手合わせ”ができる機会は今後訪れないかもしれない。


 ならば、これも一つの運命のようなものだろうとレウルスは思った。


「構わん……こちらも楽しくなってきたところだ」


 レウルスの言葉を聞き、シンが楽しげに笑う。いきなり手合わせを申し出てきたことからもしかして、とレウルスも思ってはいたが。


(大人しそうな見た目だけど、案外好戦的だよなこの人……)


 実直というべきか、朴訥というべきか。実に真面目そうな風貌を持つシンだが、戦いに関しては別のようだ。


 そんな相手にどこまで迫れるか――あるいは凌駕するか。レウルスは意識を集中させ、深呼吸を繰り返す。


(魔力は……まあ、短時間なら問題もないか。これからはもっと積極的に魔物を探して食べていけばいいだろ)


 “全力”を出してもニ十分はもつだろう。己の魔力量からそう判断したレウルスだが、決着がつくのにそこまで時間がかかることはないとも思っている。


 ――『熱量解放』。


 ガキン、と歯車が噛み合うな音が脳裏で響く。それと同時に全身を魔力が駆け巡り、力がみなぎる。 


「オオオオオオオオオオオオオオォォォッ!」


 力強く咆哮し、シンとの距離を瞬時に詰めた。そして首を狙って大剣を薙ぐが、轟音と共に大剣の切っ先が弾かれる。


「速いな……それに力も強くなった!」


 大剣を弾いた勢いのままに、突きではなく棍が振り下ろされる。レウルスは真横に跳んで瞬時にその場から姿を消すが、シンは即座に追従してくる。


「そっちも速いっての!」


 『熱量解放』を使っているレウルスだが、シンは僅かに遅れる速度で追いついてきた。おそらくは走り方か間合いの取り方が上手いのだろう、などと思いながらレウルスは再び大剣を振るう。


 風を切り、直撃すれば大木すら容易く両断せしめるレウルスの斬撃。それも放たれるのは一撃だけに留まらず、『熱量解放』によって息もつかせぬ連撃となってシンへと襲い掛かる。

 鉄塊とも呼ぶべき大剣を、小枝のように振り回しているのだ。並の魔物ならば容易く細切れにされ、並の魔物でなくとも三合凌げれば称賛に値するだろう。


 ――だが、届かない。


 如何なる奇術か、あるいは魔術か。暴風の如く振るわれる大剣がシンを捉えることはなく、放った斬撃の全てが受け流されていく。


「チィッ――どんな手品だよ!?」


 シンが行っていることを言葉にするだけならば簡単だ。レウルスの斬撃に合わせて棍を振るい、大剣の切っ先を叩いて軌道を逸らしている――ただ“それだけ”だ。


 それがコンマ数秒の間に、次々と繰り出される斬撃全てに行われている。レウルスの斬撃に逆らわず、棍の先端で弾いていくのだ。

 ただし、『熱量解放』を使う前と比べて弾き方が荒々しい。最初は純粋な技術だけで弾いていたが、やがて技術に“力”が混ざり始める。


 レウルスの斬撃はシンに届かない――だが、シンの打突もレウルスには当たらない。


 『熱量解放』によって強化された身体能力と動体視力を活かし、棍が振るわれる軌道を見切って掠らせもしない。時折フェイントが混ざるが、レウルスはフェイントも含めて全てを回避する速度で動き回る。


「こちらからすれば理不尽な動きだがな!」


 シンからすれば、当たると思った攻撃が回避されている状態だった。


 斬撃を弾いても瞬きよりも速く再度斬撃が振るわれ、隙を突いてもしっかりと反応されて回避される。


 シンはレウルスの斬撃を技術と経験で捌き。


 レウルスはシンの打突を身体能力と動体視力、そして獣のような勘で避ける。


 レウルスとシンは互いに次々と切り結び、その勢いは徐々に増していく。


「ガアアアアアアアアアアアァァッ!」

「ハハッ!」


 獣のような咆哮と共に大剣を振るうレウルスと、口の端を吊り上げながら棍を繰り出すシン。


 そうやって三分ほど――時折拳や蹴りを交えながら数えきれないほど打ち合っていたが、互いに有効打は生まれなかった。


 このまま戦い続ければ、魔力が切れてレウルスが負ける。現状は一進一退だが、魔力切れという弱点がある以上レウルスの方が不利なのだ。


 その感情が焦りとなったのか、レウルスの動きが僅かに鈍る。そしてシンはそれを見逃すほど甘くはなかった。

 即座にレウルスの顔面を目掛けて棍が突き出される。その速度は閃光のようで、レウルスは上体を横にずらしながら首を捻り、直撃を回避するだけで精いっぱいだ。


 口先を掠めて通過していく棍の先端。レウルスは無理矢理回避した影響で体勢が崩れており、棍を引き戻されれば隙を突かれるだろう。


 ――故に、レウルスは歯で棍を止めた。


「なっ!?」


 口先にある棍に噛みつき、ほんの少しとはいえシンの動きを妨げる。そしてその隙に右手だけで大剣を握り、体を開く勢いでシンの胴体を薙いだ。


「ふぁっ!?」


 窮地が一転して好機になった。そう思ったレウルスだったが、シンが取った行動を見て間抜けな声を漏らす。棍に噛みついているため、そんな声しか出なかったのだ。


 シンはレウルスが振るった斬撃に対し、右肘と右膝を打ち合わせて白刃取りをした。棍を手放すこともなく、胴体を斬らせることもなく、レウルスの斬撃を受け止めたのだ。

 レウルスは咄嗟に左手で棍を握るが、右手に握る大剣もシンが肘と膝で固定しているため動かない。


「――それまでっ!」


 ここからどうやって崩すか。それを思考するレウルスだったが、すかさずスノウから終了の合図が入る。


 反射的に視線を向けてみると、スノウはレウルスとシンに呆れたような視線を向けていた。


「二人とも、やりすぎ……なんで手合わせが殺し合いになってるの?」


 その言葉にレウルスとシンは顔を見合わせ、同時にそれぞれの得物を離す。


 いつの間にか殺し合いへと発展しかけていた手合わせは、勝者なしの引き分けという形で決着したのだった。

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