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第99話:河原の風呂

 アクラへ向かう道中、ティリエを旅立ってから三日が過ぎた頃にレウルスは“目的”の川を発見した。


 思ったよりも時間がかかったが、話に聞いた通り街道に沿って歩いていると川のせせらぎが聞こえてきたのである。その水音を頼りに森の中に足を踏み入れると、そこにはたしかに川が存在した。


 川幅は十メートル程度で全体的に浅く、レウルスが川に入っても腰まで浸かるかどうか。それでもところどころに深い場所もあり、晩夏にも関わらず水が枯れている様子はなかった。

 河原はそれほど広くないが、丸みを帯びた岩があちらこちらに転がっている。川に近づくにつれて岩は石に、石は砂利にと小さくなっており、レウルスは都合が良いと笑った。


「……休憩か?」


 川を見つけると、エリザが小声で尋ねてくる。


 それを聞いたレウルスは空を見上げて太陽の位置を確認するが、あと一時間もすれば日が暮れるだろう。折角見つけた川ということで、今夜はこの場で休むことにした。


「歩きっぱなしだったし、今日はここで切り上げるぞ。河原でキャンプなんて心が躍るな」

「きゃんぷ? 何かわからんが、休むんじゃな?」


 ウキウキした様子でレウルスが答えると、エリザは不思議そうな顔をする。エリザからすればレウルスは時折“理解できない”言葉を使うのだが、『キャンプ』もまたそうなのだろうと納得した。


 レウルスは浮かれた様子を見せながらも、周囲の索敵を怠らない。特に、川の中に魔力が存在しないかを徹底的に確認していく。


(川の中もだけど、河原にも“おかしな”水たまりはないな)


 レウルスが警戒しているのはスライムである。以前ジルバから話を聞いたが、この世界におけるスライムはかつて一国を滅ぼしたことがあるらしく、『国喰らい』とも呼ばれる非常に危険な魔物なのだ。

 だが、レウルスが感じ取れる限りで魔力を発見することはできない。水中に目を凝らしてみるが、スライムが体内に持つという『核』も見当たらなかった。


 その代わりに、川魚が気持ち良さそうに泳いでいるのが見える。大きさは最大でも三十センチ程度だが、普段人が来ない場所なのか警戒心は薄そうだった。

 レウルスは川に近づくと、気軽な様子で三十センチほどの岩を持ち上げ――。


「ふんっ!」

「アンタ何してんの!? ねえ何してんの!?」


 川の中に突き出ている大きな岩に投げつける。それを見たエリザは驚きの声を上げたが、レウルスは防具や大剣を外して川の中へと入っていく。


「おおー……なんかこういう漁法があった気がしたけど、本当に効果があるんだな」


 水面を見てみると、プカプカと魚が浮かんできていた。それも一匹や二匹ではなく、十匹近い数である。


「晩飯確保、と。これに木の枝を刺して焼くぞ。魔物がいれば良かったんだけど、これから“作業”があるし」


 そう言いつつ、レウルスは獲れた魚を河原へと移動させる。木の枝を刺して焼くだけならばサラでもできるだろうと判断し、任せることにした。


 本命の作業はこれからである。レウルスは川岸を歩き回り、流れが緩やかになっている場所を探す。そしてある程度目星をつけると川に入り、川底にある大きな石を拾い上げて周囲に積み始めた。

 ついでに川底を素手で掘って少しずつ深くしていく。手で掬った細かい土砂は川の流れを遮るように積み上げた石の隙間に詰め、川の水が入ってこないようにする。


「……レウルス? 何をしておるんじゃ?」


 これまで歩き通しだったため岩に腰かけて休んでいたエリザだったが、さすがにレウルスの行動が気になったのか尋ねてくる。


「風呂を作ってるんだよ。ちょいと不格好だが……ま、温まれれば問題ないだろ」


 その間もせっせと川底を掘るレウルスだったが、エリザは虚を突かれたように目を丸くしている。


「……風呂?」

「おう。とりあえず川の水が入ってこないようにしたら、あとはサラをぶち込んで温めるだけのお手軽な風呂だ。火の精霊の『祭壇』にあった温泉みたいなもんだな」


 露天風呂だけど、と付け足しながら穴を掘り続けるレウルス。強化された身体能力は水の抵抗など物ともせず、貫手で川底を抉っては土砂を掬い上げていく。


「わたしの扱いが酷い! 断固として抗議するわ! 火の精霊を何だと思ってるの?」

「お手軽火炎放射器? 燃料いらずのガスコンロ?」

「いまいち理解できないけど馬鹿にされてる気がするわねっ!?」


 そう叫びつつも石で組んだ簡易な竈に折った薪を置き、火を点けるサラ。火打石で一から火種を作る必要もなく、瞬く間に薪が燃え上がっていく。


「うん、すごいぞサラ。さすがお手軽火炎放射器。その火力があれば冬場も困らんな」

「えっ? わ、わたし役に立ってる? ほんとに? わたしってばすごい?」

「ああ、すごいすごい。あとでここに飛び込んで水をお湯に変えてくれたらもっとすごい」

「わーい! 変える変えるー! まっかせなさい!」


 それでいいのか、と思わないでもないが、何故か大喜びしているので雑におだてながらレウルスは“風呂”を作っていく。

 川底を掘り返したため水が濁っているが、食事をしている間に土砂が沈んで水も綺麗になるだろう。風呂に入って温まったら、水風呂代わりに川に入っても良いのだ。


 そんなレウルスとサラのやり取りを呆然と聞いていたエリザだったが、徐々に理解が及んだのか表情が輝いていく。


「わ、ワシも手伝うぞっ!」

「ああ、それならこっちよりサラの方を手伝ってくれ。魚に木の枝を刺して、焦げ過ぎないように焼いてくれ。塩もちゃんと振ってな?」

「うむっ! 任せよ!」


 レウルスが料理を頼むと、エリザは喜色満面といった様子で駆けていく。そんなエリザの背中を見送ったレウルスは苦笑を浮かべると、川底を掘る作業に戻るのだった。








 そして二時間後、風呂場作りと夕食、周囲の索敵を終えたレウルス達は川辺に立っていた。


 レウルス達の前にあるのは、レウルスが作った風呂である。大きさは直径二メートルほどの円形で、川の流れを堰き止めるように石と砂利で周囲を囲んである。

 さすがに完全に流れを止めることはできていないが、水の流れで囲いが崩壊する様子もなかった。食事と索敵をしている間に舞い上がった土砂も川底に沈み、それなりに綺麗な水になっている。


「よし、あとはサラの出番だな」

「任せなさい!」


 レウルスの言葉を聞くと、サラは即座に服を脱ぎ捨てた。外見はエリザに似ているが、その脱ぎっぷりはむしろ男らしいほどである。


「ぎゃあああああぁっ! 風呂は入りたいが、躊躇なく脱ぐなと言っておるじゃろうが! ワシにそっくりな体で裸になるな!」


 既に日も暮れ、光源は焚き火と月明かりだけだ。今晩は半月で月光はそれなりに地上を明るく照らしており、近くに焚き火もあるため完全に暗闇というわけではない。

 そのためエリザは即座に止めようとするが、サラは不思議そうに首を傾げる。


「えー、なんでよぅ。どうせここにはわたし達しかいないし、別にいいじゃない! 減るものでもないし! むしろもとから減るものがないし!」

「レウルスがいるのが問題で――って誰の何が減る余地がないほど寂しいっていうんじゃオラアアアァァッ!」

「ぎゃふっ!?」


 サラの暴言を理解した瞬間、エリザは惚れ惚れするようなラリアットを繰り出す。その一撃は見事にサラの首を捉え、風呂場へと叩き込んだ。


「し、死ぬかと思った! ちょっとエリザ!? そっちがその気ならわたしにも考えがあるわよ! とりゃああああぁっ!」


 さすがは火の精霊というべきか、死ぬかと思ったと言いながらサラは微塵も堪えた様子がない。それどころか即座に立ち上がるとエリザへと飛び掛かり、服を脱がし始めた。


「あっ、ちょっ、な、なにをするんじゃ!? やめっ!?」

「やめろと言われてやめる馬鹿がどこにいるのよ! このこのっ!」


 この時エリザが着ていたのは、体の前面をボタンで留めるタイプの服だった。そのためサラは片っ端からボタンを外し、エリザの服を剥ぎ取ろうと奮戦する。


「風呂場の石を崩すなよー」


 エリザとサラを見慣れたレウルスから見ても、まるで双子の姉妹がじゃれているように見える。

 笑いながらエリザの服を脱がすサラと、それに必死に抵抗するエリザという割と酷い光景だが、レウルスは特に気にせず圧し折った薪を焚き火に放った。


(ちったあ元気になった、か……サラの明るさに感謝だな)


 パキン、と焚き火の中で木が爆ぜる。その音を聞きながらレウルスは内心だけで呟いた。『思念通話』はつながっていないため、正真正銘心中での独白である。


「あっはっは! 一枚目!」

「やめるんじゃ! は、早く返すのじゃっ!」


 エリザの上着を剥ぎ取り、続いてズボンを剥ぎ取ろうとするサラ。エリザは顔を真っ赤にしながらも、必死に抵抗している。

 レウルスはその光景を眺めながらも、思考は別のことを考えていた。


(アクラについたら二人を外で待たせて、俺だけで町に入って教会に……いや、それはそれで危険か? 子どもとはいえ女の子が二人で町の外にいたら野盗が寄ってきそうだし……ううむ)


 思ったよりもサラが戦えるため、短時間ならば問題はないだろう。

 下級の魔物ならばエリザの近くに寄ってこず、中級の魔物が寄ってきたとしてもサラの火炎魔法があれば撃退は無理でも抵抗は可能である。野盗に関しても魔法が使えない相手ならばサラ単独で燃やし尽くせるはずだ。


(できれば町の中でドワーフの情報を集めたいんだけどなぁ……どうするかねぇ)


 覚悟していたことではあるが、冒険者に対する“普通の人々”からの風当たりは非常に強いらしい。ティリエでは近くに廃棄街がないからか、野盗と大差ない扱いしか受けられないのである。


「し、下まで脱がすでない! っ! だ、だめええええぇぇっ!」

「脱がないとお風呂に入れないじゃない! 服を着たまま入るっていうの!?」

「脱ぐけどだめ! レウルスが見てるからっ!」


 切羽詰まった口調で、“素”の反応を見せるエリザ。口調を崩し、サラと二人で騒いでいるところを見ればますます姉妹のようで――レウルスの思考はアクラでの情報収集に向いていた。


(アクラも近くに廃棄街がないらしいんだよな……こういう時はなんだっけ? 情報を集めるのは酒場がいいんだっけ? でも、この前の風呂屋みたいに入店拒否されるかもな……)


 城塞都市の中でも、探せば廃棄街のようにスラムに近い場所があるかもしれない。だが、問題はそんな場所をどうやって見つけるかだ。

 町の住人の中でも、ガラの悪そうな輩を見つけて金を握らせてみるのはどうだろうか。そんなことを考えたレウルスだが、それで信頼できる情報が得られるとは思えなかった。


「ふっふっふ……これで残すは下穿き一枚! 覚悟しなさ――へぶっ!?」

「やめてって言ってるでしょ!?」


 二度目のラリアットが炸裂し、再び風呂へと叩き込まれるサラ。エリザは顔どころか全身を真っ赤にしており、胸元を両腕で隠しながらチラチラとレウルスを窺う。


「……み、見た?」

「……ん? ああ、見事なラリアットだったな。これからは杖じゃなくて、ジルバさんに素手での格闘を習ってもいいかもな」


 いつの間にかエリザも風呂に入る準備を進めている――そんな風に捉え、レウルスも上着を脱ぎ始めた。


「サラ……おい、サラ? そろそろ温めてくれ。川の水が入ってくるだろうし、少しぐらい熱めでもいいからさ」


 索敵を終えたばかりだし、魔物や野盗が寄ってくる前に手早く風呂に入ってしまおう。そう言葉をつなげつつ、レウルスは大剣を風呂の傍に移動させる。もしもの際、手の届く場所に武器があった方が良いのだ。


「……気にしているのがわたしだけなんて……もしかして、わたしの常識がおかしいの?」


 普段の言葉遣いを忘れ、呆然と呟くエリザだった。








 即席で作った風呂だったが、結果は良好だった。作りが粗かったため川の水が流れ込んできたが、全身に炎を纏うサラが水に浸かっていると丁度良い塩梅で適温になるのである。


 これまでの旅の汚れを落とし、リュックに詰めていた清潔な布で体を拭き、下着なども変えると気分が一新された。

 最初は顔を真っ赤にしていたエリザも、何かを諦めたように風呂を満喫していた。そして風呂から上がって着替えると、それまで落ち込んでいたのが嘘のように晴れやかな顔をしていたのである。


「これからも川を見つけたらこうやって風呂に入るか……今回無事にドワーフを見つけて武器や防具を作ってもらえて、金が余ってたら家に風呂釜を設置するかな?」

「はーい! 賛成さんせーい! お風呂って初めて入ったけど気持ちいいからさんせーい!」


 レウルスが呟くと、サラが即座に賛成の声を上げた。その反応の良さに笑うレウルスだが、風呂釜を設置するには色々と問題がある。


「その場合、まずは家を増築しないとなぁ」


 火の精霊であるサラが『契約』してくるなど考えもしなかったため、レウルスの家はレウルスとエリザの二人暮らしを基準に作ってある。風呂釜を置くには倉庫では狭く、風呂釜を置く前に浴室を増築する必要があるだろう。


「ワシも賛成じゃ。ただ、水がのう……」

「そこはほら、雨水を溜めてだな……」


 井戸の水は町の共有財産と言える。飲み水や体を拭く程度の水ならば問題はないが、風呂に使うとなると金を払っても得られるかどうか。

 そのため雨水を溜めて風呂を沸かすしかないだろう。問題があるとすれば、レウルスが知る限り日本と比べて雨が中々降らないことぐらいで――。


「…………?」


 ふと、妙な気配を感じた。


 レウルスは無意識の内に大剣の柄を握り、周囲を見回す。


「レウルス?」

「どうしたのよ?」


 魔力のような、魔力ではないような。


 視線のような、視線ではないような。


 そんな曖昧な気配を感じた気がしたのだが、エリザはともかくサラは何も反応していない。


「……サラ、周囲の警戒は?」

「はぁ? この前野盗に襲われたから欠かしてない――」


 そこまで言って、サラの目が大きく見開かれる。


「えっ? ちょ、嘘っ!? どこから入ってきたの!? “何か”いるわ! 数は……多分二人!」


 風呂に入っている間も警戒を欠かしていなかったサラだが、気が付けば索敵可能な範囲内に知らない“熱源”が増えていた。


「近づいてきてる……歩いてる? そんなに速くないわ!」

「距離は?」

「あっち!」


 サラが指さしたのは、川を挟んだ対岸の先――夜中ということで真っ暗な森の中だ。レウルスはサラが指さした方向に意識を向けてみるが、相変わらず曖昧な気配が漂っている。


(魔力……魔力か? 魔力なんだろうけど……なんだコレ?)


 感じ取っているのは、おそらく魔力だ。しかし相手が隠しているのか、それとも何かしらの『加護』でもあるのか、レウルスが普段感じ取っている魔力とは“別種”に思える。

 レウルスとしても表現に困るが、異質であるという点は揺らがない。


(強いというか、重い? いや、軽い? だんだん強まってる感じはするけど、距離感がつかめねえ……)


 既にレウルスは臨戦態勢を取っている。エリザとサラを背後に庇い、川向こうの森をじっと見据える。“相手”もレウルス達に気付いているのか、徐々に足音が聞こえてきた。


「――夜分に失礼する」


 響いてきたのは、男の声だ。わざわざ相手の方から声をかけてきたのは、敵対するつもりはないという意思表示だろうか。


 森の奥から姿を見せたのは、一組の男女である。森の暗闇で詳しい服装はわからなかったが、二人ともこの世界に生まれてレウルスが初めて見る、黒い髪が暗闇に溶けていた。


 男性の方は二十代前半、女性――少女は十代の半ばに届くかどうかといった風体である。


「俺の名前はシン」

「わたしはスノウ。スノウ=リトル」


 男――シンは落ち着きのある声で。


 少女――スノウは元気の良さを秘めた声で。


 両者とも敵意を見せることなく、名乗りを上げるのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

読者の方からいただいたご感想で気付いたのですが、プロローグを含めると拙作も100話に到達しました。

三ヶ月弱で100話……途中でPCが寿命を迎えた時以外毎日更新をすることができました。

これも毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただけたおかげです。感謝感謝です。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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