第9話:冒険者 その1
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「冒険者……組合?」
なんだそれは、とレウルスは心中で疑問の声を漏らす。
この世界で初めて聞く言葉であり、組合と名前がついている以上は何かしらの目的を持って作られた団体なのだろう。
冒険者という単語自体は前世でも何度か聞いたことがあった。もっとも、ナタリアの言う『冒険者』がサブカルチャー的なものなのか、トレジャーハンター的なものなのかはわからなかったが。
困惑した様子のレウルスに、ナタリアはどういうことかとドミニクへ視線を向ける。
「坊やに話は?」
「まだだ。それは“受付”であるお前の役目だと思ってな」
「本当は説明が面倒だったからじゃないのかしら? あなたは口下手だものねぇ」
「…………」
からかうようなナタリアの言葉に、ドミニクは何も言わずに沈黙した。口下手だと自覚しているのか、それともこれ以上ナタリアの軽口に付き合うつもりがないのか。
ナタリアはそんなドミニクに苦笑を向けると、今度はレウルスに対して艶のある笑みを向けた。その笑顔を見たレウルスは何度目になるのか、『色っぽいな』と内心で呟く。
――同時に、距離と壁を感じる笑顔だとも思った。
「坊や、あなたの出身地は?」
「この町から徒歩で二日……三日? ぐらいのところにあるシェナ村……です。戻ることはないし、戻れるとも思わないし、戻りたいとも思わないですけど」
相手の立場がわからず、一応は敬語で答えるレウルス。シェナ村はこの世界において生まれ育った故郷になるのだろうが、頼まれても戻りたいとは思えなかった。
「ふぅん……体付きを見る限り農民ね。それもずいぶんと環境と待遇が悪い……逃げ出したクチ?」
「……そんなところですよ」
右手で煙管をいじりつつ、それでいて目だけは真っ直ぐに見詰めてくる。奴隷として売られたことは伏せたが、ナタリアはレウルスが情報を伏せたことに気付いたのだろう。
「坊や、ドミニクさんとトニーが推薦した時点であなたはこのラヴァル廃棄街の“身内”と認識されるわ。全部を話せとは言わないけれど、まずいと思うことがあれば話しておく方があなたのためよ?」
そんなナタリアの言葉にレウルスは驚く――よりも先に、ドミニクへ視線を向けてしまった。
「身内って……」
「……そのままの意味だ。ここは掃き溜めみたいな場所だからな。助け合うに足ると判断されれば身内として扱われる。町に入るだけなら余所者扱いだが、身内として受け入れると判断すれば大抵の人間が親身になる」
そうやって生きてきたんだ、とドミニクは締め括った。
レウルスとしては、出会って一日にも満たない時間で受け入れたことに関して聞きたかった。信用や信頼というものは時間をかけて積み重ねるものであり、一日程度で築けるものではないはずである。
しかし、ドミニクは受け入れた。その上でこの『冒険者組合』に連れてきたのだ。
「レウルス、お前がただの農民じゃないことはわかっている」
「……はい?」
ドミニクの思い切りの良さを半ば感心、半ば心配していたレウルスだったが、続いた言葉に思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。
ただの農民ではないとは、どういう意味なのか。まさか前世の記憶があることを見抜かれたのか。だとすれば一体どうやって気付かれたのか。世知辛いけどすごいなファンタジー世界、とレウルスは混乱する。
「だがな、この町に一度受け入れれば全員が平等だ。生まれも育ちも関係ねえ。このラヴァル廃棄街の身内だということ以上に優先すべきことなど、何もない」
「俺はただの農民……というのもおこがましいぐらい、最底辺な生まれと扱いだったんですが」
一体何を見て勘違いされたのだろうか。そんな疑問を込めて首を傾げるレウルスだったが、ドミニクは『ソレ』だと指差す。
「話し方もそうだが、食事の仕方にちょっとした立ち居振る舞い。その全部が俺の知る農民のものじゃねえんだよ」
「たしかに。わたしでも農民と言われれば疑うぐらいおかしいわね」
ドミニクが開示する根拠に乗り、ナタリアも同意するように頷いた。レウルスとしては恩人であるドミニクに失礼がないようにと、前世での社会人経験に加えて下手な言葉を吐けば殺されかねないシェナ村での経験から敬語を使っていたのだが、ソレが引っ掛かったらしい。
「話し方やドミニクさんへの態度を見る限り、自分よりも上位者がいることに慣れた商人か職人……兵士か貴族の線は薄そうね。あと、見た目通りの年齢には思えない仕草が見られるわ。それこそドミニクさん、この坊やが貴方と同い年と言ってもわたしは信じるわよ」
(なにこの人、怖っ)
上位者――上司がいることに慣れた、商人か職人。それはレウルスの前世がサラリーマンだったことを思えば当たっている。
さらに、前世を含めればレウルスとドミニクが似たような年齢というのも当たりだ。正確には数歳の差があるだろうが、四十歳前後という括りで見れば間違っていない。
この指摘が魔法によるものならば納得がいく。レウルスはこの世界で使われている魔法に関してほとんど知らず、人の素性を見抜く魔法があっても不思議ではないからだ。
だが、もしもナタリアの観察眼によって導き出されたのだとすれば恐ろしすぎる。外見ではなく所作だけで“実年齢”を見抜くなど、一体どれほどの人物眼を持っていればそんな芸当が可能になるのか。
(人事部にこんな人がいればな……使えないどころか、初出勤すらせずに退職する新人を採用することもなかっただろうに……)
ナタリアの慧眼を前に、思わず現実逃避するように前世での苦い記憶が甦る。
新年度を迎えて新入社員が入ってくると思えば出勤せず、そのまま退職してしまった新人がいたのだ。『今年は優秀な新人を採用したぞ』と息巻いていた人事部の節穴振りを露呈した形になったが、レウルスからすれば新人など皆等しく使えないのである。
学校で学んだことなど、余程長期間に渡って専門的に学ばなければ役に立たない。その会社で必要とされる技術は入社してから磨くのであり、学校で学べることなど最低ラインの“事前知識”でしかないのだ。
有名大学の卒業生を採った、入社試験の成績が抜群だった、などと表面だけ見て判断するぐらいなら、辛抱強くて真面目な新人を採ってくれるだけで良かったのである。
短い面接時間で性格の全てを見抜くのは非常に困難であり、出身校や入社試験の成績などに目が向くのも仕方ないが、現場にいた人間としては能力よりもまともな人格の新人を寄越してほしかった。新入社員が使い物になるには三年近い時間が必要であり、人格がまともならばレウルスも喜んで仕事を教えたのだが。
(能力と人格が両立してればうちの会社になんて来なかったか……人格がまともでも、うちの人事部は節穴だったから採られなかっただろうしなぁ)
十年にも満たず、長いとは言えない社会人生活しか送っていないレウルスだったが、結局当たりと思える新人が部下に入ってくることはなかった――と、そこまで考えたところで現実逃避をしている場合ではないと頭を振る。
レウルスが今を生きているのは現代社会ではない。魔法や魔物が存在するファンタジーな世界だ。やたらと世知辛く、生き辛いのは勘弁してほしいが。
「それで坊や、答えは?」
沈黙したレウルスのことをどう思ったのか、ナタリアが話を促してくる。それは問い詰めるというよりも、知れるなら知っておこうという程度のニュアンスしか感じられなかった。
「俺がただの農民じゃないっていうのは……まあ、正解です」
ほんの数分で色々と見抜いたナタリアに驚嘆しつつ、レウルスは苦笑を浮かべる。
「どこかの間諜というにはお粗末よね。言うつもりがあるのなら聞きましょうか」
「……間諜?」
一瞬ナタリアの言葉が理解できなかったが、つまりはどこかのスパイと思われたらしい。レウルスは目を丸くするが、ナタリアは冗談を言っている雰囲気ではない。
他の国か、町か、それともラヴァル廃棄街のような場所から間諜が来て情報を探るのだろう。レウルスは自分がこの町に来た理由を伏せておくのは危険だと判断し、悪い方向に転がらないよう祈る。
「農民ではなく……その、村の中では奴隷扱いされてて、村の外に出られたのも奴隷として売られたからでして。鉱山に連れて行かれる途中で魔物に襲われたんで、その隙に逃げてきたんです……」
「奴隷? いや、待て……シェナ村があるのはラヴァルから南西の方角だったな」
奴隷という単語に何か引っかかったのか、ドミニクは表情に少しだけ険しさを滲ませた。続いて、ナタリアへと視線を向ける。
「ナタリア、昨日ニコラ達が何か話してただろう」
「街道……と呼べるほどでもない小道で馬車の残骸と血だまりを見つけた件? たしかに辻褄は合うわね」
どうやらドミニクとナタリアも馬車が襲われたことを把握していたようだ。馬車の残骸と血だまりが、という話から、あのタイミングで逃げたのは正解だったらしい。早ければ獅子の魔物に目をつけられ、遅ければ馬車ごと潰されていただろう。
「それでレウルス、馬車を襲ったのはどんな魔物だったんだ?」
「デカい魔物でしたよ。ラ……いや、犬をこれぐらいの大きさにして、首を二本にして、ついでに尻尾も増やしたようなやつでした」
この世界に獅子――ライオンが存在するかわからず、今までに見たことがあった犬を例えに持ち出す。さらに大きさの単位もわからなかったため、身振り手振りで獅子の魔物の大きさを表現してみせた。
「頭には角が生えてて、手足の先が黒い石みたいな感じで……」
そこまで説明した途端、ドミニクとナタリアの視線が鋭さを帯びる。
「キマイラか……厄介だな」
「本当だとすれば裏付けを取るだけでも大変ね……」
どうやら獅子の魔物の名前はキマイラというらしい――が、レウルスは内心だけで疑念を露わにした。
(キマイラ? 聞いたことがあるような……キメラ?)
前世で聞いた覚えがある名前だった。ギリシャ神話か他の神話かまでは確信がないが、空想上の生き物として語られていた気がする。ゲームや漫画などで登場することも珍しくはなかったはずだ――多分、とレウルスは自信なく内心で呟く。
いくら世界が違うとはいえ、似たような名前がついた生き物も存在するということだろうか。
「貴重な情報ありがとう。でも坊や、さっきの質問には答えていないわよね?」
口調や仕草に関して獅子の魔物のインパクトで流そうとしたレウルスだったが、通用しなかったようだ。むしろ奴隷として売られるような立場でありながら、“それなり”に礼儀正しく、敬語も使えるとなれば誤魔化すのは難しいだろう。
「シェナ村だと上のお偉い方の顔色を窺いながら生きてきましたからね……この口調も態度も、難癖をつけられないよう必死に覚えただけですよ」
だが、レウルスにはこれ以上のことは言えなかった。前世でサラリーマンをやっていましたと言っても、通じるとは思えなかったのである。この世界にも転生の概念があるのかわからないが、魔女狩りよろしく説明した途端火炙りにされる危険性もあった。
「……まあ、いいわ。この町の住人になるのに不都合な背景もなさそうだしね」
レウルスの目をじっと見つめていたナタリアだったが、思った以上に追及もなく退いてしまう。その割り切りの早さにレウルスの方が困惑してしまった。
「どこかの貴族の御落胤というわけでもないでしょうし」
「……もしそうだったら、ここまで飢えずに済んだんですかねぇ」
レウルスとしては、生まれ変わるのなら今のような環境ではなく貴族に生まれたかった。少なくとも今以上に飢えることはなく、家畜小屋のようなボロ家で十五年も過ごすことはなかっただろう。
「それで坊や、あなたをこのラヴァル廃棄街の『冒険者』として登録するけれど、何か問題はあるかしら?」
「むしろ何の説明もないことが問題ではないでしょうか……」
ようやく話が戻ってきたと思えば、全ての過程を飛ばして『冒険者』とやらにされそうだった。疲れたようにツッコミを入れるレウルスだったが、ナタリアは不思議そうに首を傾げる。
「ドミニクさんが何も説明していないとは聞いたけど……本当に知らないの?」
「名前だけ聞くと、どこかに行って冒険でもしてくれば良いんですかね?」
実は知らないだけでダンジョンなどがあるのだろうか。もしくは未知の秘境を発見するべく旅にでも出るのだろうか。
もしもそうならば枯れ果てたと思っていた己の童心がくすぐられる、とレウルスは内心で呟く。これまでの十五年で機械などを見たことがないため、木造船に乗って新大陸を探してこいと言われたら断固拒否するが。
「『冒険者』なんて気取った名前がつけられているけど、要は自警団みたいなものよ」
「……はい?」
「魔物退治、ラヴァル廃棄街周辺の巡回、町中の治安維持……住民からの依頼を引き受ければ雑事も行うから“何でも屋”とも言えるかしら。あなたが会った門番のトニーも『冒険者』の一員よ。後ろの面々もみんなそう」
言われて振り返ってみると、事の成り行きを見守っていたらしい者達が口元に笑みを浮かべながら己の得物を掲げて見せる。彼らも『冒険者』らしいが、レウルスからすれば自警団と言われた方がまだ理解できた。
「ドミニクさんとトニーの推薦もあってあなたはこの町の住人として受け入れられる……でも、あくまで住人として受け入れただけ。あとはあなたが自分の力で生活を営まないといけないの」
「働かざる者食うべからずってことですか……」
「あら、良い言葉ね。誰かの受け売り?」
僅かに感心した様子で呟くナタリア。レウルスはそれに答えず、これまでの情報を整理していく。
(“推薦”のおかげで身内として扱われる。でも働かないと食っていけない。そこで魔物退治を始めとした色々な仕事を行う『冒険者』として登録する、と……)
専門的な技術が乏しいレウルスでは他の仕事に就くのは難しい。単純な肉体労働ならば得意だが、そもそも雇用自体があるのか。
「農業とか、肉体労働とかは……」
「そっちは人手が余り気味なの。魔物退治や荒事に向かない住人、引退した『冒険者』だけでも十分だもの。魔物と戦えて既に倒した実績がある以上、『冒険者』をお勧めするわ」
艶のある笑みを浮かべてそう説明するナタリアに、今更計算ができますと言っても遅すぎるだろう。そもそも、間諜と疑われた後に計算ができると言い出しては怪しすぎる。文字が読めないのに計算ができるなど、怪しんでくれと言っているようなものだった。
(本当に役に立たねえな俺の前世!)
環境が悪いのだ。パソコンが存在しないのが悪いのだ。そう自分に言い聞かせるレウルスをどう思ったのか、ナタリアは笑みを深める。
「坊や、お金もないでしょう? 『冒険者』になったら色々と優遇されるわよ?」
「……例えば?」
優遇と聞き、レウルスの眉がピクリと動く。
「水税の免除に、町の外で得た魔物の死体や取得物に関する税の減免。普通なら最大で五割取られるところをなんと最大で三割に――」
「やります。『冒険者』になります」
優遇の内容を聞き、レウルスは食い気味に承諾する。何せ水が飲めずに死にかけたのだ。水税が免除されるというだけで承諾するには十分である。
「無料と言っても無制限に使っていいわけじゃないのよ?」
「もちろんですよ」
可能なら風呂に入りたいが、お湯を沸かすための薪などを考えると気軽に風呂を焚くことなどできない。そもそもこの世界において入浴の習慣があるのかすらレウルスは知らなかった。
シェナ村にいた頃はボロ布を水に浸して体を拭いていたが、元日本人としては是非とも風呂に入りたいところである。後々ドミニクにも聞いておこうとレウルスが考えていると、ナタリアは羽根ペンらしきものと羊皮紙らしきものを取り出した。
「名前はレウルス、出身はシェナ村、元農家、と。年齢は? シェナ村で魔物や人を問わず実戦経験はある? 何か特別な訓練をしたことは?」
「十五歳です。魔物は昨日初めて戦いました。人と戦ったことはないです。特別な訓練どころか、農業以外に何かしようとしたら村の連中に殴られるんで、何もしてないです」
質問に答えると、ナタリアは慣れた様子で羽根ペンを滑らせていく。内容はわからないが、レウルスが答えたことを記録しているのだろう。
「一応聞いておくけど、魔法の訓練も魔力の計測もしていないわよね?」
「魔法を見たこと自体ほとんどないですよ……魔力の測定ってどうやるんです?」
魔法という童心を刺激されるような、口にするのが若干気恥ずかしいような要素が存在することは知っている。村の兵士が火の球を飛ばして魔物を攻撃していたが、驚くよりも先に冬の寒さを凌ぐのに便利そうだと思った程度でしかない。
体系的な技術として存在するのならば、訓練を行えば自分も使えるようになるのだろうか。そう考えたこともあったがシェナ村では魔法を使える者が少ない上に、魔法のことを聞こうとすれば即座に村の上層部が飛んできただろう。
魔力の有無など調べようもなく、魔法に関してはまったくの素人と言えた。そんなレウルスの反応にナタリアは小さく微笑むと、席を立って建物の奥へと姿を消す。そして数分とかけずに戻ってくると、布で包まれた“何か”を机の上に置いた。
「……それは?」
「『魔力計測器』よ。『魔計石』という鉱石を加工して作られるのだけれど……まあ、坊やが気にすることではないわね」
(そのまんまな名前なんですね……)
言葉には出さず、内心で呟くに留めるレウルス。ナタリアが『魔力計測器』の包みを解くと、そこにはこの世界で初めて見る物体が鎮座していた。
金属で作られた長方形の土台に円柱状の透明の石がはめ込まれ、さらには石の表面に目盛が刻まれている。よく見れば金属の土台にも細々と文字が刻まれており、何かしらの意味があるようだ。
「どちらの手でも良いから触れてみてちょうだい」
ナタリアに促されるまま、レウルスは『魔力計測器』に右手を乗せてみる。しかし何の反応も起きず、透明な石を見詰めていたナタリアは再び紙面にペンを走らせた。
「魔力はなし、と……」
「えっ、これでもうわかったんですか?」
体温計とてもう少し測定に時間がかかるだろう。三秒とかけずにレウルスに魔力がないと断定したナタリアに食い付くが、返ってきたのは笑みを含んだ声だった。
「あら、むしろ魔力を持っている人の方が珍しいのよ? 魔法使いが多い地域でも二百人に一人いるかいないか……それぐらい珍しいのだから」
言い聞かせるように話すナタリアだったが、レウルスとしては肩透かしを食らった気分である。そこまで都合良く魔法が使えるとは思わなかったが、魔力がないと言われれば惜しいと思う気持ちもあった。
「……この装置、壊れているってことはないですよね?」
一応確認のために聞いてみると、ナタリアは意味ありげにドミニクへと視線を向ける。その視線を受けたドミニクは心得たと言わんばかりに『魔力計測器』へ手を伸ばした。すると、それまで透明だった石に変化が起こり、端の方から藍色に光り始める。
「正常ね」
「ですか」
目の前で『魔力計測器』の使用に関して実演してみせたドミニクに、レウルスは小さく肩を落とす。故障などではなく、レウルスの魔力がないことが証明されてしまった。
前世ではなかったものなのだ。今の体に魔力がなくとも何も変わらない。マイナスではなくプラスもマイナスもなかったと前向きに考えるレウルスである。
(惜しい……滅茶苦茶惜しい……でも、元からないものだしな。うん、仕方ない仕方ない……でもやっぱり惜しいな)
それでも、心の中では魔法に対する憧れ――どこでも火を焚けたら便利だと利便性を求める気持ちがあった。肉があればその場で焼くことができ、どれぐらいの火力が出るかわからないが風呂を沸かすこともできるかもしれない。
魔法で他に何ができるか知らないが、あって困るものでもないだろう。希少性を考えれば色々と助かる面もありそうだった。
「って、ドミニクさん魔法使えるんですか!?」
魔法の有用性について考えるレウルスだったが、今更ながらにドミニクが魔力を持っていると知って驚愕の眼差しを向ける。
外見だけで判断するならば、魔法使いよりも戦士や武闘家の方が似合いそうな肉体だった。料理をしているからか、あるいは本格的に体を鍛えていたのか、ドミニクは筋骨隆々と評すべき屈強な体付きである。
レウルスが前世で知るテレビや漫画の中の魔法使いとは似ても似つかず、魔力を持っている、魔法が使えると言われてもいまいち納得ができなかった。
「魔法と言っても大したことはない……少しだけ、な」
それ以上は聞くなと言いたげな雰囲気を察し、レウルスは口を閉ざす。その代わりにナタリアへと話を振ることにした。
「魔法が使えないと『冒険者』にはなれないとか、不利になるってことは……」
「魔力の有無は関係ないわ。魔法が使えた方が強くなりやすいというのはあるけど、魔法使いの数が少ないというのは先ほど言ったでしょう?」
『魔力計測器』を再び布で包みつつ、ナタリアが苦笑しながら言う。レウルスとしては『冒険者』の数がわからないため気になったのだが、魔法が使えずともそれほど悪影響があるわけではないらしい。
(多くても二百人に一人ならそれも当然か……)
ラヴァル廃棄街の人口がどれほどかは知らないが、仮に一万人いても魔法使いは多くて五十人前後になる。それを多いと見るか少ないと見るかは人によって異なるだろうが、『冒険者』として活動するにあたりマイナス査定にならないのは嬉しい話だった。
(まあ、魔法使い以前に『冒険者』が何をすれば評価されるか知らないんだけどな)
その辺りも説明してくれるのだろうか。そんなことを考えつつ、レウルスはナタリアとの会話を進めていくのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
昨晩の更新分でのあとがきでは1話ずつ更新と書きましたが、ご感想やご指摘、評価ポイント等をいただけた喜びで勢い余って2話更新しました。
ご感想やご指摘を下さった方、評価ポイントを入れてくださった方、お気に入り登録をしてくださった方、ありがとうございました。
明日以降の更新は1話ずつになると思います。
いただいたご感想への返信でも書きましたが、このままずっと世知辛い状況が続くわけではありません。タイトルに掲げている以上どこかしらに世知辛さが残りますが、少しずつでも状況が上向きになる主人公の姿を見てもらえれば嬉しく思います。
ただ、いきなりすべてがひっくり返ったように状況が好転するということはありません。その点については前もってお知らせいたします。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。