第二章 不思議な世界
「目を開けても良いですヨ。」
そんなセシルの声を聞いて、ゆっくりと瞼を開いた。
視界に広がるのは暗い、酒の匂いが立ちこめる空間だった。
「ここは…?」
ゆっくり暖炉から出ると、明らかにさっきいた場所ではない事を痛感した。
「ここはただの酒場です。こっちへ…」
進まぬ足取りでセシルの後を付いて行くと、その店から出て来ていた。
「そうですねェ……。”魔法界へ、ようこそ”って言っておきますカ。」
そんなセシルに導かれる様に外の風景を直視した。
「…………」
その賑やかな横丁を眺めると、様々なモノが視界に入り込んで来た。
不思議な物を売買している人、店の前に動物が入った檻が置いてあったり、ショーケースの中を羨まし気に見つめている少年達、お菓子専門店では看板に巨大なロリポップ・キャンディが飾ってある。
ふと空を見上げると箒を使って飛んでいる人もいた。
「面白そうですカ? この世界。」
セシルが少年の顔を覗き気味に言って来た。少年は驚いたのか少し顔を引っ込める。
独特な笑みを浮かばせると、セシルは少年から顔を遠ざけ、左目を左手で覆わせて横丁を一瞥した。
「そう視えるんでしょうネ。……下界ではどれもあまりにも幻想的な事ばかりですカラ…」
その言葉を聞いた少年は目を一瞬見開き、目線を当たりに漂わせた。
少年の反応を見ると急に笑みが消え、セシルは右の方にくるっと方向転換した。
「……?」
疑問符をセシルに向けると、セシルは顔を後ろに振り向かせて笑んだ。
「では行きましょうかネ? 時間は勝手に進んで行くモノなんで。」
少年は言葉を発さずにコクッと頷き、セシルの斜め後ろに足を進めた。
セシルは横目で少年の動きを感じ取るとそのまま横丁に進んで行った。
少年は横丁の店を目で見ながら楽しんでいた。これが魔法界という世界-モノ-か……
すると無意識に綺麗な桃色の唇から言葉を発した。
「なんで自分を魔法界-ここ-に連れて来たの」
セシルは急に歩みを止めると、いきなり笑顔で振り向いて人差し指と親指だけを出し、手首を傾けた。
「…此処、入りましょうカ?」
セシルの人差し指は、横にあった”不思議な飴”と書いてある店を指していた。
* * *
「何か食べたい物が在れば言って下さいヨ? 好きなの頼んであげます。」
セシルはメニューリストを少年に渡し、シルクハットを取って椅子に引っ掛けた。
「……」
少年は無意識に人差し指を口にくわえ、食べ物の名を目でなぞっていた。初めて目にする名前ばかりのせいか少し首を傾げている。
「そうですネェ……パフェなんてどうでしょ?」
「……ぱふぇ?」
人差し指を口から放し、メニューリストから目を離してセシルを見つめた。
そのあまりの無垢さにセシルは目を見開き、手を握り「ククク…」と笑った。
「パフェですね? 分かりましタ。……すみませ〜ん、チョコパフェとエスプレッソ1つ。」
ウエイトレスにそう注文すると「畏まりました」と答えてカウンターへ戻って行った。
「……さっきの話に戻ると、”なぜ自分の様な人間を魔法界へ連れて来たのか”―と言ってましたよネ?」
セシルは急に話題転換させると、少年の瞳を自分の紅い眼で直視した。
「理由は簡単デス。“アナタが魔法界の人間だから”…ですヨ。」
そう言うとセシルはいつの間にか来ていたエスプレッソを一口飲んだ。少年も暫くセシルの言葉を頭の中で繰り返してから運ばれて来たパフェのスプーンを手に取った。
「詳しくは教えられませんが。……上からの命令デスので。」
ニコッと笑むと、再び白いコーヒーカップを口元に運んだ。少年はスプーンを口に運び入れては頬をもう片方の手で覆っている。頬が桃色に紅潮したのを驚いているようだ。
セシルはそんな少年の様子をじーっと眺めていると、いきなり胸ポケットから懐中時計を取り出した。綺麗な細工が施されている。
「早く食べちゃって下サイ」
ボソッと呟くと再度エスプレッソを口にした。最後の一口を口に含んだ少年は、頬に手を置いたまま初めて犬を見た子猫の様な目をセシルに向けた。
「では行きましょうカ。」
独特な笑みで言うとサッと椅子から立ち上がった。少年も吊られる様に立ち上がり、セシルの傍に寄った。
「…次は銀行に行きましょうかネ? 入学する為の準備を色々としなきゃなりまセンから。」
店から出ると、開口一番にセシルが言った。少年はぽかーんとしている。そんな少年の鼻をふにっと人差し指で押さえるとセシルは近距離で少年に笑顔で言った。
「ボーっとしている時間はありませんヨ。それにもっと魔法界-ココ-が知りたいンなら丁度良いと思いますガネ?」
驚いた少年は少し身を引いたが、その言葉を聞くと案外素直にセシルの後について行った。