scene:難民*
久しぶりに前に登場したキャラクターを登場させる。
scene:難民
「ここは――?」
テオドールは目を覚ました。額には生温いながら濡れたタオルが置かれている。目ヤニで汚れた瞼が睫毛を引き千切るような音も聞こえる錯覚と微睡みの中、薄汚れた視界で見付けたのは自分を覗き込む影達だった。
「vんdぬあlhふぁ?」
「は?」
声のする方に視線を向けると、切れた襤褸布のようなフードを被った数人の異世界人がいた。耳にまるで馴染まない音が何かを問いかけている内容だと気付いたのは、アクセントが最後の方で不自然に上がり、且つ心配そうに見つめる彼らの表情から推測出来たものだった。
「そうか、ここは異世界か」
肩の荷が下りたかのような溜息を零した直後、不意に大きな悲しみが襲って来た。アニエスが殺された。レオナールが殺した。裏切り者……くそ、何だ、どうしてあんな事に。テロリストだったのか。それとも米軍だったのか。もはや問い掛けるのが精一杯で誰かの応えは期待出来ない。そもそも自分は異世界のどこに来たのか。鈍重な身体を起こしたテオドールは、涙で濡れる顔も拭わぬまま、心配そうに見つめる異世界人の後ろに広がる世界へ意識を向けた。
「しかし、これは――――」
荒涼とした大地の上に無数のテントらしきものが並んでいる。ひとつやふたつではない。何百……いや、何千とあるかも知れない。遊牧民と言う事はないだろう。やせ細ってはいないが、見える人々の殆どは疲れ果てている。格好は小汚く、凡そ衛生的な環境にあるも思えなかった。全体に漂う重々しい雰囲気は、かつて医療団として赴いた事もある難民キャンプのそれにそっくりだった。
「難民キャンプのような所なのか?」
異界人と思しき数人が顔を突き合わせ、何事と話している。時には指を差し出し、遠くを望みながら。テオドールも異界の言葉には詳しくない。彼らが何を話しているのかは分からなかった。身振り手振りで意思の疎通を図ろうにも思うようにいかなかった。
「hfkhkn luekvjblue?」
少しばかり英語のようなアクセントも聞こえたがまるで文法にならない。兎に角、何かの情報を得たいと伝えようとするテオドールにひとりの老父が近付いてきた。
「vんfぁんヴふぇw」
何事を優しく語る老父から差し出される手の上にはパンらしき塊が乗っていた。
「げjっぃvkn」
「食べろと言っているのか?」
口元に指先を持っていたテオドールに老父が頷いた。
「あ、ありがとうございます」
取り立てて空腹と言う訳ではなかったものの、与えられた好意を拒絶しては今後の関係に波風が立つかも知れないと判断したテオドールは、パンらしき塊に手を伸ばした。口に含むと、パサパサの上に硬かった。失敗した丸いフランスパンのようだった。
口の中の水分が奪われるまま、胃袋へと押し込んだテオドールは噎せ返る。パンは素朴な味。どんな原料を使っているのかは知らないが、ややほろ苦い中にも甘味があった。すると老父の伴侶らしき婦人から汚い色の液体が差し出された。状況からすればお茶だが、環境から察すれば汚いながら水だろう――。勿論、お世辞にも綺麗とは言えない。例えるなら、ろ過の不十分な水の入ったグラスである……を受け取ったテオドールは、恐らく水だろうと判断する一方で、意を決する思いでグラスの中身を飲み干した。
「あ、ありがとうございます」
伝わるかどうかは別にして、笑顔を作り、老夫婦に礼を述べたテオドールは、今にも噎せ返りそうになる……いや、嘔吐きそうになるのを我慢した。やや生臭い水。加えて泥臭い。そして何とも言い難い不純物が混じったと思わせるのど越しと味。昔、インドに旅行した際に触れたガンジス川のそれに似ている。
「……はぁ」
人心地付いたのだろうか。と思いながら、扉をくぐる前の事について考える。とは言え、真実が見えてくるものではない。決して小規模とは言えない集団が襲って来たのだ。幾ら自分らも警備の目を掻い潜っていたとしても、あれだけの規模のテロリストが逃げ果せる訳ではないだろう。レオナールがアニエスを殺害したようにも見えた。が、間もなくして米軍らが駆け付けていれば助かっている筈である。兎に角、向こうに戻りたい。アニエスの容態が心配だった。
「情報が欲しいッ」
テオドールの知る限り、異世界との境界線となる扉は割と一方通行だ。異世界側から地球への移動は容易でも、逆は難しい。異世界の住人と、地球での住人でも差異がある。地球人であるうテオドールはそれら統計的に得られた傾向にどこまで縛られるのか。いや、そもそも自分が通ったであろう扉は何処にあるのか。また、使える扉は何処にあるのか。異世界での情報が兎に角不足している。ここが難民キャンプであり、また地球と同じような救済する団体がいれば、何処かにここを統率し、或いは支援する団体が駐留しているだろう。言葉が通じるかは知らないが、先ずは結果的に期待通りに行けば効率の良い案件から可能性を潰していこう……と思ったテオドールは難民キャンプの中を歩き始めた。
難民キャンプのどの辺りにいるのか、見当も付かない。規模は大きい。流石に何万人はいなさそうだが、何千人は駐留していそうだった。まるで民族の大移動である。規模も然る事ながら、驚いたのは人種が混在している事だった。向こうでは異世界人と亜人は戦争状態だと聞いている。勿論、政治に於ける衝突や、宗教に於ける諍い、民族に於ける紛争などが、互いの人種の相容れぬ関係にイコールではないとは言え、ほぼ半々で、尚且つ両者がひとつの共同体を問題なく運営している事は想像さえしていなかった。
「何らかの自然災害か、それともパンデミック。いや、戦火から逃げてきたと言うところだろうか」
辺りを見回しながら、適当なテントを覗いた。大きい物から、新しい物から順に見ていったが、目ぼしいものはなかった。人が多い。太陽らしき光源の位置から推測すれば、昼時だろうか。若しかしたら配給があるのかも知れない。ならば期待する組織や団体との接触があるだろう――と踏んだテオドールは、人垣を押し分けていった。
「,kvblszgbkjvB;!」
怒鳴られているのが分かった。列に割り込むな。と言いたげな口調と、非難するような鋭い視線。とは言え、目的が違うのだ。多少は目を瞑って欲しい。しかし、綺麗な隊列が見える。充分に発展しても文化的な、或いは慣習的なやり方はなかなか変わらないものだ。取り分け、極端な人種が共存する、事ここに限ったコミュニティで、このような秩序が維持されている事は、それなりに精神的な発達が進み、文化水準に伴い各人の教育も優れている事が予想され、即ち、この先に何らかの支援団体の窓口となる人材がいるだろう事をテオドールに期待させた。
「vんkせうhbぅんらhんv!?」
今度は亜人とぶつかった。その巨体は優に二メートルを超えるだろうか。昔に見た狼男を彷彿とさせる。あまりの体重差があったのか、一方的に弾かれる形となったテオドールは尻餅を突いてしまった。
「fvlkんzづzn?」
見上げた狼男がこちらを覗いていた。
「す、すみません」
やはり伝わっているかは分からなかったが、あまりの迫力に思わず飛び出すように謝罪の言葉が口を衝いた。
「vべうz、kjbvfんd。う……Dez、Why――、た、てるか?」
「????」
「立てるか?」
「????」
「これなら伝わるかと思ったんだが……」
獣と同じような見た目通り、表情筋が乏しいのか狼男の感情は読み取れない。が、不意に耳へ聞こえてきた言葉は、馴染んだ母国の言葉だった。
「言葉が分かるのか?」
「あぁ」と頷いた狼男は、テオドールの手を引っ張った。
「悪かったな。しかし、向こう側の人間がいるとは。ま、この混乱だしな」
「ここは何処なんだ?!」
急に張り上げた声に周囲の視線が集まる。
「おい、落ち着けよ」
狼男は戸惑った。
「教えてくれ! 帰りたいんだ、元の世界に!!」
突如として目の前に舞い込んだ機会に縋りつくテオドールの必死さに狼男も気圧される。
「落ち着けって。ったく、久しぶりに向こう側の人間がいるなと思って声を掛けてみれば……」
「あぁ、……すまない」
どうやら本当に配給の列だったらしい一群から離れた狼男は、テオドールを適当な瓦礫の上に座らせると、彼の気持ちが落ち着くまで暫くの沈黙を続けた。
「改めよう――私はテオドール。地球の、向こう側のアメリカと言う国の人間だ」
「自分はジェイカだ」
握手を組み交わしたテオドールは、ジェイカに幾つか質問した。ここは何処なのか、何が起きているのか、向こう側に帰る為の扉はあるのか、何故向こう側の言葉が話せるのか、どうして自分が向こう側の人だと知ったのかなど、欲求の趣くままに真相に対する回答をジェイカに要求した。
真直ぐな狂気と情熱、そして焦燥に見舞われるテオドールに呆れながらもジェイカは答えられるものには誠実な返答をくれた。ここは中立地帯からやや≪#&$≫の領土に近い場所。≪○。/】_≫の副次的な災害に巻き込まれた難民が駐留している場所だった。
「扉はない。少なくとも勝手な出入りができるような物は、な」
「こっちでは、扉はどういう扱い……存在なんだ?」
全ての始まり……いや、正確を記せば、向こう側の世界を取り巻く状況の理由、契機にもなった原因でもある扉が、こちら側ではどのような存在なのか、テオドールは気になった。
「国境だよ。ただの。厳重な警備と、厳粛な手続きがあり、無視すれば厳刑も辞さない、厳存するただの扉だよ」
全くの未知の存在だった扉が、こちら側ではまるで宗教的な意味を持たない事にテオドールは少しばかり驚くと同時に拍子抜けした。
「どうすれば帰れる?」
「簡単に帰れる者もいれば、自由に行き来できる者もいる。一概に、一応の定義が付けられるものじゃない……」
「そう――なのか?」
「らしい。こっちでは扉に感けていられるほど、今は平和な世の中でもないんでな」
尤もな皮肉に、テオドールは苦笑した。
しかし、分からない事もある。いや、気付いたと言うべきか。――こちら側の人間を愚弄する訳ではない。全く見下すような心持がない。とも言い切れない。が、ジェイカの説明には節々の知性が感じられた。
「詳しいな。こちら側の人はみなそのような知識を持っているのか?」
「いや、昔にな。アンタが言うところの向こう側の人がこっち側に落ちてきてな。その人の手伝いをやらされてな。そっちの言葉とかも、その時に覚えたんだよ」
「どうすれば良い?」
「帰りたいって訳だろ?」
腕を組んだジェイカが首をひねる。
「難しいな……。お嬢も結局は帰る手段を特定、と言うか体系化するまではいかなかったしな。まぁ、自分が手伝ってた当初の話だが」
「お嬢?」
協力した人物の表し方から、どうやらその人物が若い女性らしい事が読み取れ、且つジェイカが親近感を抱いてのだと想像出来る。
「あぁ、今以てあの変な名前も覚えてる。それに、つい最近の出来事のように思い出せるよ。それくらい長い付き合いになったし、色々とあったからな」
感慨深げに、と同時に郷愁に浸るような視線でそう告げたジェイカにテオドールは、そのお嬢について聞いてみた。
「名前か……。フェアフィールドを名乗っていた。英語でfair、field。公正な土地と言う意味なのだろう? 本名かどうかは知らないが、そいつは両世界を結ぶ懸け橋になると宣っていたよ」
「フェアフィールド……」
「ペンネームだ。自分はお嬢と呼んでいたが、名前は別にある」
勿体ぶった言い方に苛立つ一方で、テオドールは冷静さも取り戻していた。焦っても仕方ない。という諦めが沸き起こる一方で、徐々に徐々に頭も回って行った。
「その人の行方は?」
「さぁな。アンタが同じように向こう側とを繋ぐ方法を解明しようとすれば、何れ会う事もあるだろうよ」
首を振ったジェイカが付け加える。
「後に続くだろう向こう側の人間にたいし、自分は最先端を歩く義務がある、とか」
「そうか」
収穫はなし。取り巻く状況が分かっただけである。絶望するほどではないにしろ、楽観的になれるほど先に光明が見えている訳でもなかった。テオドールは向こう側に置いて来てしまった、置かざるを得なかった、放置してしまった諸々の事情は、向こう側で解決していると信じ、自分は自分に出来る事に集中しようと思った。勿論、願わくば、機会があれば、向こう側へ帰りたいという想いは変わらずである。
「しかし、君は何で私が向こう側の人間だと分かったんだ?」
再び配給の列に戻る中、テオドールはその他に気になった事についても訊いてみた。
「あぁ、それか」
ジェイカはテオドールに向けて指を突き出した。
「こっち側にお前のようにやや緑がかった蒼い目の人間はいないんだ」
「そ、そうなのか」
「気を付けろよ」
「何をだ?」
「ここら辺は≪○-|≫と≪#&$≫が共存しているから人種差別などないが、場所によっては差別の対象にもなる。向こう側の人間と知れれば問題もあるだろうしな。何よりも注意すべきは、その目に資産的な価値があるって事だ」
「価値?」
「そういう人体の蒐集家もいるし、宝石と同一視する文化圏もあるって事だよ」
「宝石?」
背筋が凍った。臓器売買や人身売買などは耳にしたことがある。だが、人体のコレクターなどフィクションの中でしか見た事がない。現実にいたのか。と訊かれれば、存在の有無から信じられず、想像も出来ないと答えるのが精一杯だ。
「だが、フェアフィールドは片目を売ったぞ」
「売った?」
恐らく麻酔などは向こう側と比べるべくもないだろう中、いや、術式に同様の効果を生み出すものがあったのかも知れないものの、いかなる方法に関わらず自ら目を奪う事に恐怖さえ覚える。
「二つあったものが一つになっても問題ないなら良いじゃないか。とか言って、平気で好事家に売ってたぞ。スゲー女子だったよ、お嬢は」
見た目は全く異なる人種でもある亜人からの敬愛されるフェアフィールドとは一体どんな女子だったのだろうか。いや、昔の話だ。今は女史と言った方が良いのかも知れない。何れにせよ、向こう側との往来を目指すのならば、遅かれ早かれ出会いたいものだった。
「sんd!」
「あっ、す、すまない!」
テオドールは少年とぶつかった。
「気を付けろよ」
ジェイカが呆れながら注意すると、テオドールに代わって少年を立ち上がらせた。
「vzrbhふ」
「vないshgrぅhlsz」
少年は服に付いた土などの埃を叩くと、ジェイカに頭を下げた。被っていたフードがずれ、上げたときには痩せこけた顔が明るみにさらされる。不衛生な上、傷のある皮膚は乾いていた。焦げたように全てが縮れた髪の色艶は薄れ、脂の乗った色を映している。身体も赤く、爛れたように膿んでいる所も見付けられた。
「えたぷhz;?」
どうやら気を付けろよ。と忠告したらしいジェイカが少年に手を振り、見送ろうとしたときだった。
「ちょっと待って!」
去ろうとした少年の腕をテオドールが掴み、引き留めた。
「おい!」
言葉も通じず、ただ恫喝するように聞こえただろうテオドールの態度にジェイカが苦言を呈する。
「ジェイカ! この傷……何時から有るのか訊いてくれ?!」
「はぁ? 何だよ、急に。お前の通訳者じゃねえんだぞ?」
テオドールは少年の腕を隠すボロ布をまくり、爛れた患部に触れた。ねっとりとした白い膿のような体液が見える。血と言うよりは鉄錆に似た分厚い独特な角を立てた瘡蓋が幾重にも乗っていた。皮膚は乾燥しており、痩せた肉の下の血管が黒っぽい色で浮かび上がっている。よく見れば皮膚の色が悪い。汚いと単に表するに違和感のある個所が目立った。瞳の色が濁っている。息も臭い。僅かに覗いた舌苔も黄緑と思しき色に染まっていた。
「二週間くらい前からあるってよ。こっちに避難してから暫くしてからに出来た傷だって言ってるけど。……で、それが何だってんだ?」
「感染症だ」
「は?」
「知ってるぞ、私はこれと同じ症状を別の難民キャンプで見た事がある!」
少年の腕を強く握ったテオドールが遠くを望む。
「この集団の代表か、支援団体の人に会いたい! 潜伏期間を考えれば感染源が近いかも知れない!」
「どう言うこった? 感染症って何だ?」
「バクテリアの一種だ! 水などで感染、蔓延する! 潜伏期間は一週間から二か月か三か月。年齢が若いほど発症が早く、青年くらいをピークにまた期間が短くなる。向こうで見付かった新種だよ!」
バクテリアが宿主の何を基準に潜伏期間を決定しているのかはまだ分かっていない。幾つかの仮説はあるが、脳内の物質の多寡で動きを決定しているらしい節が見込まれている。活動範囲の狭い若い、或いは老いた人物はコミュニティー内にいる事が多い為、効率よく他への感染が可能であり、逆に活動範囲の広い青年から成人では遠くへ移動する事を目的に潜伏期間を長くしているとの予想が立てられた新種のバクテリアだ。一説では生物兵器の噂も聞こえたが、飽くまでも噂だ。ただ共通しているのは汚染のひどい水辺での生息が確認されている。
症状は段階的に酷くなるが、末期になるまでは割と活動に影響が出ない。初期症状としては傷が出来、爛れ、膿が出る。乾燥肌でやや痒みが強い。内臓系に多少の負担が出るものの、熱があまり出ないのを特徴としており、運動する事を妨げないのだ。バクテリアは水辺に生息しているが、動物などに移ってからは、潜伏期間に限り体液を介して別の水辺に移動出来る。体温くらいで活性化する一方で、潜伏期間中は簡単な熱処理……体温を高くする事で不活化したバクテリアを排泄出来る。また、発症してからは抗生物質で症状の緩和が可能だ。但し、末期になると脊髄へ薬品を打ち込み、脳への感染を防ぐ必要が生じる。致死率は1%を切る。勿論、末期になるまでだ。末期になると致死率は跳ね上がり、三割に近付く為、出来るだけ早い処置が推奨されている。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
ジェイカが戸惑う。確かに少年の外傷は何らかの病状を疑わせる。が、そのような症状が蔓延しているなどの話は聞こえてこない。フェアフィールドとの付き合いからこちら側の文明の水準が低い事は知っている。こちらでは術式で片付けられる技術も向こうでは科学によって機械的に再現されている。不治の病も未知の病状も、向こうでは解明されている事も珍しくないらしい。とは言え、こちら側でその治療法を再現出来るかはまた別問題でもある。
「hヴあlzぶえ!」
少年はテオドールの強引さに恐怖心も抱いたか、逃げようとしている。必死に抵抗し、腕を振り解こうとしていた。
「落ち着けよ。ガキもビビってんだろ?」
「お前は分かっていない! 処置が遅ければこのくらいのコミュニティなんて全滅だぞ?!」
「うーu-~!」
必死な様子の少年が遂には呻き声を上げ始め、周囲の視線が俄かに集まり始める。
「ほら、嫌がっvんぃうあrてんだろ! 事jヴぁ情は;ksj説明ふlする! 取りhfu+OU敢えず、落vznsliuhち着けって!」
憤りか、ジェイカの言葉も混乱していた。
「hfPUV!」
「fhUE!?」
「vんlUDg; d!」
人々が集まって来た。が、テオドールは譲らない。少年も抵抗を続けている。
「おい!」
ジェイカが近付いて来たとある人物に気付き、声を顰めた。
「だから、状況は!」
状況は一刻の猶予もない。と、また言い返そうとしたテオドールの目にも異様な人影が写り込んで来た。まるで絵に描いたような猿人。いや、逆を言えば限りなく人に近いと言う事だろうか。既知の言葉で表せばオラウータンに似ている。或いはただ毛深いだけの男性だ。だが、明らかに人とは違う骨格と体格の作りから、男が亜人である事に疑う余地はなかった。
「vj;OIえ?」
「ヴぁ+Orjg」
「g@*IBR@」
「gじゃ:ウィrhjbNKFmwrki\; kFS]W」
「だ、誰なんだ?」
思わずその佇まいに圧倒されたテオドールが力なく少年の腕を解いてしまった時だだろうか。互いに離れた僅かな隙間に風が吹き荒び、テオドールの前髪を靡かせた。
「g@oH*rwNB ?lsfjGBNl /JF/H:NPAIGZNX.KDJBG*n?lJSFCN/V lsjBNslg?Bn*sl/JDN sfjk,GDJN*a」
「下がれッ!!」
異様な言葉の羅列の中、不意に耳へ飛び込んで来た指示にまるで突き飛ばされるようにテオドールが半歩ほど後退した直後、目の前に影が噴き上がった。ボトリと言うよりも、ボテっと落ちる、切断された腕が地面に転がる。切断面から血が溢れ、文字通り血の気が失われていく。そして当たり前のように出血の勢いは徐々に弱まり、身体から力が抜けていった。
「vn;LJKRhnva;:orjgLSKngvLSKEhG*snE;lihv;riom;zitLG;vnir;gzcm;nbz.rihc;zlxdinh;mzdithlkdjewiibnf:rjtg:prifb:ifbnPIWhbng;jhs;ubklfng\SKRNHG_KSN_SROjg!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
少年とは思えない奇声が響き渡たった。耳を劈くというよりも、むしろ物理的に何かを突き刺されたかのような衝撃にテオドールの頭が軋む。まるで金縛りに似た突然の硬直がテオドールを支配した。膝から崩れ落ち、地面に突っ伏しそうになるテオドールが一方で、少年は飛び上がる。空を見上げるほどに高く、恐らく数メートルは優に超える跳躍は、跳んだ、のではなく、飛んだ、いや、むしろ下向きのベクトルである筈の重力に反発し、且つ、引っ張り上げられるような勢いだった。
「hfh;Wrughう!」
「v+N+ERSuh!」
その時だった。少年の影が太陽に重なり、一際と黒く染まったときに、それが更なる頭上から強力な一撃を少年の頭に叩き付けた。
「いしうぃん、あわりッ!」
跳躍したときの勢いの倍以上の速度で、叩き落された少年の身体が地面にぶつかる。巨大な土埃の柱が上がり、地面を大きく撓ませた。穴が穿たれ、破片も舞い散る。
「クロイ!」
それは固有名詞だったのか、テオドールの耳にもはっきり聞こえた。どうやら頭上の高くに未だ滞空する、いや今まさに落ちようとしている何者かを呼んだものらしかった。
着地するクロイと呼ばれた何者かのそれはむしろ不時着、落下そのものだった。少年は落ちてくるクロイを避けるように横へ飛び出し、転がり出る。その腕はなく、血も今は出ていない。ただその目は眩しいほどに赤く輝いてる他、口元には泡を蓄えていた。もはや獣。亜人のようなものではない。純粋な獣、化物そのものだった。
「クロイ*。******、*******≪「;=#≫******!」
ジェイカの口からまた聞き慣れない言葉が飛び出してきたが、テオドールは目の前の状況を理解しようと、ただ観察するだけでも精一杯だった。
「ぃやぇぬあちさもんず≪|・||・|≫、じぃびぃあちおん、ぐべみぐべみ、あやんも、ぃくいだちおん、いびぬ≪、)%~&≫!」
立ち昇る土埃を薙ぎ払う黒い一閃。いな疾風か。砂塵の晴れた、穿たれたクレタ―のような穴の上から飛び出してきたのは、見るからに少女だった。拘束具のような装いは民族衣装のように見える。だが、過剰に肌の露出が多い。まるでジャパニメーションのコスプレ衣装だった。
「nvunlzrunVIHglznurnyvz.h!」
まさしく獣のように四つん這いとなった……正確には腕が一足らないから二本の足で地面に立ち、腕を突き立てた姿勢になったかと思えば、少年の背中が弾け飛んだ。黒い砂が吹き零れ、それらが荒れ狂い、触手のような無数の腕を吐き出したかと思えば、何本も、何本も、無数に増殖させていった。
「hva;ヴぁhぃうgs¥uhrg;SV;あいszugvlうsrhbhぁlにvaeuhaうshgん!!!!!!!!!」
まるで吹き荒ぶ竜巻のように無数の触手が少年を蓋い、囲い、握り、そして潰したかと思われた直後、その塊が卵だと見る者に突き付けるように砕け散った。
中途半端に終わっていますが、戦闘回は後編になります。