第十一話 王都
転移によるホワイトアウトは一瞬で、徐々に視界に色が戻っていく。
そこにはRPGでよく見るような王都と呼ぶに相応しい街並みが並んでいた。
色彩豊かな煉瓦造りの屋根の間から城壁が覗いているところを見ると、ここはどうやら城下町のようだ。
「へえ。色んなゲームやってるけど、やっぱり王都ってあんまり変わり映えしないのね」
『あんまり変わり映えし過ぎるとゲームに触ったことのない層の人間が戸惑っちゃうからね。
こういうありきたりなぐらいの方が敷居が低くてちょうどいいんだよ』
メタな会話をする二人はさておき。
一抹の不安と共に後ろを振り返るとそれは杞憂に終わった。
『…………』
ぽかーんとした表情で二人の横へ佇むアリスの姿を見て。
「……アリス、どうした?」
まさか開発の想定外の状況にバグったのではないかという新たな不安を胸に、恐る恐る俺は訊ねた。
『――あっ、いえ……。
知識の中には入っていたのですが、実際に訪れるのは初めてだったのでつい』
見入ってしまったということだろうか。
レナが言っている通り、俺達にはもう見慣れてしまった光景だが、人工AIの彼女にとっては新鮮な体験なのだろう。
少し頭に引っかかるものは感じるが。
『まったく、アリスは真面目過ぎるのよ。
私たちの世界なんだから、あんな陰気臭いイベントなんてほったらかしてもっと自由に出歩けばいいのに』
いや、お前は好き勝手やりすぎだったろう。
前作のリアナの“大活劇”を思い返して喉元までそんな言葉が出かかったが、一枚俺も噛んでいたところもあったため、抑える。
代わり、彼女の言葉で気になったことをアリスに訊ねた。
「そういえば、アリス。お前は俺たちに着いて来てるけど、他の新規プレイヤーのイベントはどうなっているんだ?」
『ご心配なく。そちらの方は“滞りなく進んでおります”』
俺の問いかけに、彼女はなんてことないようにそう答えた。
思考が鈍った。脳がその言葉の意味を理解するのを拒むように。
『ああ。つまり、絶賛死に続けてるってことね』
だが、リアナが淡々と辛辣にその事実を突きつける。
「どういうこと?」
『私はオンリーワンな存在だけど、アリスはその逆。ワンオブゼムな存在ってこと』
ワンオブゼム。
大勢の中の一人。その言葉が意味するのは。
「つまり、アリスは一人じゃないってことか?」
『そういうこと。
新規プレイヤーが増える度に自動で生み出されては消えていく人工知能を有したNPC。
それがアリスの正体』
プレイヤーの数だけアリスがいる。いや、“いた”ということ。
「でもなんで?
あんなイベントなら人工知能もってなくても、それこそ普通のNPCでもいいはずだろ?」
俺の問いかけに、リアナは珍しく首を横に振った。
『それが、私にもわかんないんだよねぇ……』
「本当か?」
ハッキングでもなんでもござれ。ここまでアリスの情報を仕入れていたリアナが、その先を知らないとは考えづらい。
俺とレナの疑いの視線に、彼女は再度首を横に振ってみせた。
『本当だよ。
調べられる限りは調べたけど、アリスとは別の人工知能がプロテクトしてて中々情報を掴ませてくれないんだよ』
そう言って、さらにリアナは続けた。
『でもまあ、何か理由があるのは間違いないと思うよ。
人工知能なんてバカみたいな容量食うんだから、新規プレイヤーが増える度に生み出してたらあっという間にサーバーがパンクしちゃう。
だからこそ、再序盤で消えるように仕組んだんだろうね。
それなのにどうして生み出すのか?』
「……そうしなければならない理由があるってことか?」
『そういうこと。それが開発者の意図なのか、それとも“想定外の事態”が起きているのかはわからないけどね』
前作の事件のことを思い出し、背筋に悪寒が走る。
『だから、さらに想定外の事態を起こして様子を見ようと思ってさ。
開発がどうしても序盤で消したかったアリスを生存させた先に、一体どんな展開が待っているかを』
爛々と、愉しそうに瞳を輝かせてリアナが言う。
そんな彼女の様子を見て、ようやくすべてが繋がった気がした。
「……お前がこのゲームを俺にプレイさせたかった理由はそれか」
間違いなく、レナも巻き込んで外堀から埋めて。
『まあね。でも、ユウトも毎日詰まんなそうだったし、ちょうどいいでしょ?』
「……まあな」
もはや相棒と呼んでも差し支えのないリアナの言葉に、俺は口元を綻ばせた。
そんな時。
「――二人で雰囲気出してるところ悪いんだけどさ。アリス、ふらふらとどっか行っちゃったけど?」
「『え?』」
レナの横槍に、我に返って周りを見るとさっきまでそばにいたはずのアリスの姿がなくなっていた。




