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第十話 分岐点

“――オオォッ‼”


 自身の得物を失ったヴォルトールが咆哮を上げる。

 それに呼応して虚空より出現した幾条にも連なる紫紺の光帯をその身に纏う。

 ステータスアップのバフが掛かったのが見えた。


 思わず苦笑が漏れた。

 流石にこれは予想外だった。

 最初に想定した作戦では、これで負けていただろう。


 さっきまでならば。

 今はどう足掻いても負ける気がしない。


“ココデ チレ”

 

 地鳴りのような声と共に、無数の帯が槍となってこちらへ迫る。

 アリスは光壁を出してレナ達を守る。

 俺は防ぐ必要がなかった。


 “ゾーン”によって極限まで研ぎ澄まされた意識で、その槍撃を見切っていたからだ。

 攻撃の合間を縫い、俺はヴォルトールとの距離を詰める。

 スキルを発動しようとして――気付いた。

 

 初期スキルが見慣れたモノへ変異していることに。

 ここまでくると逆に嬉しくなる。

 もう二度と口にすることはないと思っていたスキルの名を、俺は叫ぶ。


「クリムゾンブレイズッ!」


 真紅の剣が応えるようにその輝きを増す。

 地面を蹴り飛ばし、跳躍。大地から緋の雷光が空へ翔ける。

 遅れ、両断されたヴォルトールの腕が宙を舞った。


“オノレ ニンゲンフゼイガ”


 動揺した様子はない。

 百条にも渡る紫紺の槍がその矛先をこちらへ向ける。

 キャンセル可能なスキルを持たない俺は、そこへ飛び込むしかない。

 串刺しのビジョンが脳裏を過る。


 しかし、それを良しとしない者たちが居た。


『来たれ真なる紅、穢れを祓う清浄なる焔――クリムゾンブレイズッ!』


 リアナの声に呼び起された緋色の炎がヴォルトールを足元から包み、紫紺のエフェクトを喰らう。

 バフが消え去り、逆に全ステータスダウンのデバフが掛かる。


「来たれ真なる紅、穢れを焼き尽くす浄化の矢――クリムゾンブレイズッ!」


 矢というには余りにも莫大な焔の奔流をレナが解き放つ。

 直後。

 

【スキルユニゾン 発動】


 ヴォルトールへと突き進んでいた焔の矢、その全てが俺の持つ真紅の剣へ集中し、収束する。

 ネームドボスが有していた剣など比ではない。

 天を衝く刃を、渾身の力を込めて振り下ろす。


「う、おおおおお――ォッ‼」


 巨兵は成す術もなくそれを受け――、炎に呑まれて消え去った。



      ◆



経験値:0

ゴールド:0

ドロップ:


 全てが終わったことを証明するようにリザルトが表示される。

 内容は素っ気ないものだった。

 本来倒される予定のモンスターではないため、設定されていなかったのだろう。


 前回のようにレベルが極端に上がると楽しみも減るため、逆に助かった。

 それに。


『……本当に、倒せてしまいました』


 唖然とした様子のアリスが呟く。

 本来ならばここで命を落としていたはずの少女がこうして生存している。

 それだけで充分だった。

 しかし、ただ一つ気がかりなのは。


「でも、このあとはどうなるのかしらね」


 同じ考えに至ったらしいレナが疑問の声を上げた。


「ゲームとかだと負けイベントに勝っても、負けたことにされた進むっていうのがザラだけど」


『それについては心配はいらないかな。

 前作のデータを完全に使い回しているなら、シナリオは“自動で更新されていくはず”だから』


 答えたのはリアナ。


「自動で……? どういうことだ?」


『リアルにもキャラや世界観を設定すると自動で絵本が出来るシステムがあるでしょ?

 それとVR以前のオンラインゲームでもあった、自動でクエストが生成されるシステムを組み合わせたものっていうとわかりやすいかな?

 それが前作には採用されていたんだよ。ユウトとレナを呼び出すために、私も利用させてもらったけどね』


 変な爺さんに果実を取ってくるように依頼された時のことか。

 しかし、シナリオもコンピュータが考えるとは凄い時代になったものだ。


『だから例えイレギュラーでアリスが生存してしまったとしても、そのルートをシステムが創り出してくれるはずだよ』


「そうか……」


 リアナの言葉に俺は安堵のため息を漏らす。

 

「そうしたら、これからどうストーリーを進めていけばいいのかしら」


『まあ、ここは元の順路通りにアリスが言っていた王国の神殿に行くのがいいと思うよ』


 異論はなかった。


「それじゃあ、アリス。転移を頼めるか?」


『はい』


 心なしか嬉しそうな声でアリスは頷き、転送陣を発動させる。


       ◆


 ――この“分岐点”が後に大きな役割を持つことを、あの時の俺達は知る由もなかった。

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