第二話 涼宮玲奈
「リアル分が充填されている気がするなぁ~」
そう訳のわからないことを呟き、レナ――こちらの世界では涼宮玲奈という名前の少女が目の前のケーキをスマホでパシャリと撮る。
「男友達とカフェで食事中……っと」
恐らくSNSに上げているのだろう。
「なんだよ、リアル分って」
「リアル分はリアル分よ。リア充度を上げるのに重要な要素で、大学だと高ければ高いほど優位に立てるらしいわ。姉さんが言ってたの」
土曜の昼下がりにカフェに呼び出されて俺は何を聞かされているのだろうか。
しかし、この春から大学デビューを果たす予定の玲奈だが、まさかそういうのを気にするとは意外だった。
「見下すのは好きだけど、されるのは好きじゃないし」
うん、やっぱり玲奈は玲奈だった。
新生活を意識してか、夏に会った時よりも今日の彼女は大人びた服装をしている。
白のニットに淡いラベンダー色のスカート。夏の頃より少し伸びたセミロングの艶やかな黒髪にはふんわりとウェーブが掛けられ、後ろでハーフアップにまとめていた。
「っていうか、玲奈に姉ちゃんなんて居たんだな」
「こう見えて妹なのよ。ギャップ萌えでしょ」
「いや、年上なのは変わらないし。
……で、半年ぶりに呼び出して一体何の用なんだ? まさかリアル分補充するためにわざわざ俺を呼び出したわけじゃないんだよな?」
「ありそうでしょ?」
悪戯に玲奈が笑う。
本当に自分の性格を良くわかっていやがる。
「もうすぐ高校卒業だからセンチになって勇人に会いたくなったから……は、ないな」
「ああ、ないだろうな」
イキイキとした表情でクスクスと俺をからかう玲奈は、ショートのチョコレートケーキにフォークを伸ばす。
その姿を見て嘆息とともに俺は呟く。
「――はあ。お前と居ると夏芽の優しさが恋しくなるよ」
ガチンッ‼ っと。
突如として響いた金属音に恐る恐る顔を上げる。
「あはは。手が滑っちゃったぁ」
玲奈がフォークでチョコケーキに突き差していた。笑顔で。
……おかしい。店内は暖房が効いてるはずなのに寒気を感じる。
「あれ? ごめん、今何か言ったよね? 聞こえなかったからもう一度言ってもらえる?」
どうやら俺は今、地雷の上に足を乗っけているようだ。
妹との小競り合いの始まりはいつもこんな感じなのでわかる。
アイツ相手ならそのまま踏み抜くところだが。
「いや、お前と居るとあの世界でのことを思い出すなって」
「確かにこうして面と向かって食事してると懐かしいかも。
一週間ぐらい同棲生活みたいなことしたっけ。
あの頃は全然料理が上手くできなくて、リアルでも勉強したっけなぁ」
フォークを抜き、ケーキを切りながらしみじみと玲奈が呟く。
どうやら地雷の処理は成功したようだ。
「あったあった。特に最初の料理は酷かったよな。まだリアルの俺の舌に味が刻まれて……」
気が抜けた俺は、黒塊と化した兎肉のことを思い出して余計なことを口走る。
もはや修正不可能なところで恐る恐る玲奈の顔色を窺うと。
「へえ、そうなんだ。でもあれから結構料理の腕上がったんだから」
微笑を浮かべるほどに、なぜか機嫌が直っていた。
どこに地雷が埋まっているのかよくわからんなぁ……。
「実家を出たから自炊もしなくちゃだしね」
大学入学を機に一人暮らしか。
よく聞く話だが、実際に知人がそうなると一気に大人びて――。
「で、それが今日の本題。
リベンジしてあげるから、これから私の家に夕飯食べに来てよ」
…………、………。……はい?
彼女の言葉の意味を理解するのに、俺はしばしの時間を要した。




