第一話 新たな日々で
「暇だ……」
土曜日の昼下がり。窓から春の陽気が差し込む自室で、誰にともなく俺は呟いた。
自分以外誰も存在しない部屋で、しかし答える声がある。
『それなー』
リアナだった。
「…………、」
スマホの中で暇そうに欠伸をする彼女は、最近ネットで情報を漁りまくっているようで、時々覚えたての若者言葉を使い出したりする。
慣れることは慣れたが違和感はぬぐい切れず、反応に困る。
『ユウトがつまらないってことは私もつまらないんだよね~。
もうあれから半年も経つのにまだゲームの許可は下りないの?』
そう。早いものであの日本中を揺るがしたVRMMOの事件から半年が経った。
《サクセスオブスキル》を開発していた企業は倒産となり、その技術は開放特許として公となることとなった。
現在は安全装置などを付けることを条件とし、様々なVRMMOが開発されている。
それらに興味がないと言えば嘘になるが。
「俺も高三で受験生だからな、どう足掻いても来年までは許可下りないだろうなぁ」
嘆息まじりに俺は答えた。
そう、高校三年生と言えば受験生。勉強が最優先でゲームなど許されるはずがない。
例え、“その必要がないとしても”
『でも今のユウトならどんな大学でも余裕でしょ?
勉強なんてパパッと終わらせられるんだから』
「……まあ、そうなんだけどな」
あのVRMMOの事件で一つ、俺には副産物があった。
VR機器を通して人工知能であるリアナと精神が融合したことで、脳の回路が変な風に組み変わってしまったらしい。
“ゾーン”
「ボールが止まって見える」や「世界がスローモーションになる」などスポーツ選手の中でよく話題になる、いわゆる極限の集中状態。
そんな状態へ、俺は自由に入ることができるようになっていた。
その状態は勉学でも発揮可能で、自分でも怖いぐらいに勉強が捗る。
一を知って十を知り、まるで脳がスポンジのように様々な知識を吸収することができた。
スポーツについては言うまでもなく能力を発揮することが可能だ。
ただし、これに関してはあくまで自分の身体能力でできる範囲のみ。
いくらゾーンに入って周りがスローモーションに見えたとしても、自分の動きが速くなるわけではない。
100メートルを11秒台で走る人間に、14秒台の人間が追い付けないのは当然だ。
……まあ、絶対とは言わない。ゾーンの最中、なんとなく身体に掛けられたリミッターがわかる。それを外せば、可能だろう。
その結果どうなるかは考えたくもないので、リミッターを外すのは本当に非常事態にしようと心に決めている。
『でも、今のままだと本当に宝の持ち腐れだよね~。戦闘機のパイロットとか、狙撃兵として伝説を残しに戦場に行ったりしないの?』
「いや、リアルにそんなスリル求めてないし」
ゲームと違って死んだらコンティニュー不可の鬼畜仕様なのだから。
平平凡凡が一番幸せなのだ。
『つまんないなぁ。あの世界でユウトが見せてくれた“熱”、見てて気持ちよかったのに』
「…………、」
ぶうたれるリアナの言葉を、俺は肯定も否定もしない。
あの世界で感じた自分でも驚くほどの“熱”。
麻薬のようなそれに魅入られた結果……まあ“色々とあったが”結局のところ大団円を迎えるに至ったのか。
否定しようとして結果オーライだったことに気付き、何も言えなくなってしまったのだ。
正直、心地良くもあったから余計に。
『あっ、レナからメールが入ったよ。
駅前の喫茶店に来いだって』
プライバシーなんてあったもんじゃない。
そしてレナの奴、こっちに拒否権はないのか。まあらしいっちゃらしいが。
「……はあ」
少し口元が綻ぶのを感じながらそれをため息で誤魔化し、文句を言いつつ俺は着替え始めた。




