第四十一話 終わる世界
「……やれやれ。やっぱりこうなっちまうか」
男が肩を竦めて首を横に振る。
その頭を体から斬り落とそうと緋桜に手を掛けた、直後。
「ゼネラルマネジャー権限だ。
サリア、俺たち三人のステータスをカウンターストップまで引き上げろ」
気づけば、目前にセリアが居た。
交差された腕から繰り出される双剣による斬撃。鋏のように俺の首を刈り取ろうとするそれから、咄嗟に背後へ下がって逃れる。
不意に、足元が陰った。
「……ッ!」
反射的に見上げると、スーツの男が銀に輝く拳を振り下ろすところだった。
緋桜を真横に構えて受ける。
「オラァッ!」
ズンッと、足が地面にめり込むほどの一撃。
視界の隅でHPが二割ほど削られているのが見えた。
男はその衝撃を利用して真横に跳ぶ。
空間が生じる。
虚ろな瞳で虹色の煌く魔法陣を展開するサリアと、俺の直線上に。
その輝きには見覚えがあった。
「ドラゴンブレ――」
刹那。直視することも叶わぬ純粋な光が、俺の世界を白へ染め上げた。
◆
――解析完了。うん、危なかったね
脳内に響いた声に、瞳を開く。
そこには先ほどと同じ風景が広がっていた。
「は……? な、なんで魔力のカンストしたドラゴンブレスを喰らって死なないのよ!」
セリアの驚愕と苛立ちの混ざった声に、自分がまだこの世界から消えていないことを実感する。
「……はっ、簡単なことだろ。あいつのステータスもカウンターストップしてやがるんだよ」
「はあっ!? そんなことプレイヤーに許されている権限を越えてるじゃないですか!」
「ああ、だからやったのはこっち側の奴だ。
……そんなことをできる奴はお前しかいねえよな、リアナ?」
『大正解、腐ってもリアナの父親なだけはありますね』
男の問いかけに、答える声があった。
ふと隣を見ると、そこに赤髪の少女が立っている。だが、その姿は時折ちらついていた。
「父親って……、まさかこいつが?」
『うん。私とサリア、レイドやユニークボスの開発者。クルト・スギヤだよ』
「……まさか、お前がまだこのゲームに存在しているとは。いや、まあ、消しても消えないような奴だとは思っていたんだが、……くっくっくっ。
やっぱり俺は天才ってことか」
愉快そうに喉を鳴らすクルト。すかさずセリアが噛み付いた。
「喜んでる場合ですか! ゼネラルマネージャー権限まで掌握されて、もう本当に滅茶苦茶ですよ!?」
「安心しろ。サリアが居る限り、システム的な立場は同等だ。それに、あっちは一人でこっちは三人だ。同じ能力なら数が多い方に分がある」
「一人って……」
「見ろ。そこにリアナなんてキャラは存在しないだろう?」
クルトの問いかけに、俺とセリアがリアナを見る。
珍しく苦笑を浮かべる少女の上に、ネームは存在しなかった。それどころか、ステータスを読み取ることすらできない。
「その姿は残像というか、バグみたいなもんだ。
NPCであるリアナと、そこの坊主のデータが随分深いところまで重なっちまってるみたいだな。……いや、重ねたのか。
意味は見出せねえがな」
『そう、なら私の勝ちだね』
クルトの言葉に、リアナは不敵に微笑む。
「いや、お前の負けだ。
……いくぞ」
合図と同時、三人が再び臨戦態勢を取る。
双剣を構え、拳を握り、魔法陣が展開された。
……流石に、これは死ぬかもな。
そう心の中で苦笑いする俺に、隣のリアナは首を横に振った。
『ううん、ユウトは死なないよ』
どこか、既視感を覚える言葉と共に続ける。
『――あの子たちが来るから』
目の前の空間が歪む。そこから二つの人影が現れるのが見えるのと、クルトたちが攻撃を仕掛けてくるのは同時だった。
「――ヨルムンガンド」
それら全てを、大地を突き破って現れたマグマが飲み込む。
「ッ、これは……‼」
ダメージを追いながらも焔の奔流を抜けたセリアが、驚愕に目を見開く。
そこへ。
「“マジックエンチャント、ヨルムンガンド”」
勝ち気な魔術師の少女が、マグマを束ねた瑠璃色の大剣を手にセリアへ斬り掛かった。
「セリ――ッ⁉」
仲間の名を呼び掛けたクルトが、驚愕に目を見開く。
音も無く目前へ現れた、侍装束に身を包んだ少女の姿に。
「疾ッ‼」
刹那に振るわれた虚ろう刃が、男の横腹を捉えた。
な、なんで、あいつらがここに?
――それよりも、今のうちにサリアをッ!
二人の少女の登場に戸惑う俺を、リアナが叱責する。
顔を上げると再びサリアがドラゴンブレスの魔法陣を描いていた。
それが輝くのと、俺が地面を蹴るのは同時だった。
届く。脳が、体が、そう告げていた。
朱緋に輝くエフェクトをすべて緋桜に収束、収斂。
光の刀身を腰だめに、一拍で彼我の間合いを詰めた。
「これで、終わりだぁああああああッ!」
振り下ろした紅輝の剣が魔法陣を切り裂き、サリアの身体へ突き刺さる。
赤のゲージが一瞬で消え失せ、彼女の身体にノイズが走った。
それを確認した直後、糸が切れたように俺の意識は闇に落ちていく。
――さて、それじゃあもう一仕事行ってきますか
リアナのそんな言葉を最後に。




