表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/56

第二十九話 業【わざ】

『さあ、わかって頂けたところで、戻したくない話に戻りましょうか。

 ナツメ・カミツキさん、できることならタブレットを呼び出して、ポチっとリタイアボタンを押していただけると嬉しいんですが』


 くるりとナツメの方を振り返り、セリアは言った。

 

 渦中の少女は、何を想っているのか。

 色の無い表情でタブレットを手にし、その画面を眺めていた。


 再び、会場中の視線がナツメのもとへ集中する。


 セリアの横暴に抗って、無様に負けるか。

 セリアの横暴を許して、無様に負けを認めるか。


 二つの選択肢。

 どちらも結果は同じ。

 そのどちらを選んでも、ナツメが望む結末は待っていないだろう。

 前者は同情を買い、後者は侮蔑を買う。


 彼女は目を閉じて深呼吸。

 そうして開かれた瞳には、諦観の色。

 震える指先で、ナツメはタブレットの画面を弾く。


 セリアの口元が、愉悦に歪んだ。

 しょうがないと、俺は顔を俯けた。

 次いでくるであろう彼女に対する嘆息や罵倒に、せめて彼女の心が折れないことを祈った。


 だが、いつまで経ってもそんな声は聞こえてこない。

 耳に届くのは会場のどよめき。

 不思議に思って顔を上げると……、ナツメが日本刀を目前へ真横に構えていた。



『え? まさかあなた、戦うつもりですか?

 初期ステータスでこのモンスター達と?』


 目をぱちくりと。

 信じられないモノを見るような表情を、セリアが栗色の髪の少女へ向けた。


「…………、」

 

 答えず、ナツメは黒塗りの鞘と鍔を結んでいる紙縒りを、唇で挟んでしゅるりと解く。

 その凛とした相貌はアイドルとしてのそれではなく、素の彼女のもの。


『へえ、日本刀を取り出して本気モードですか。

 まあ、ちょっとした余興にはなるかな』


 嘲弄し、セリアが指先を向けてモンスターへ指示を出す。

 間近に居た五匹のウルフが時間差で女剣士へ飛び掛かる。


 ナツメがウルフに引き倒され、牙と爪に蹂躙される様を俺は幻視した……直後。

 鮮血が舞う。


「…………ッ‼」


 地面に重低音を伴って、丸いモノが地面を転がる。

 それが狼のものだと気付くのに時間は掛からなかった。


 わからなかったのは、彼女が抜刀した瞬間。

 あれだけ集中していたはずなのに、気付けばその刃はウルフの頭と胴体を分断していた。

 遅れ、投げ捨てられた鞘が落ちる。

 

 恐怖を持たない獣は、仲間が死してなお果敢に彼女へ飛び掛かる。

 ナツメは自らその内の一頭へ向かって足を踏み出す。同時、上段からの斬撃。


 その切っ先は、目で追うことすら叶わない。

 視認できたのは左右へ両断されて消えるウルフの残骸のみ。


 目標を見失った残りの狼三頭が斬り刻まれるのには、五秒も必要なかった。

 残心から刀を翻し、ナツメは冷たい光を宿した瞳で中段へ構える。

 

 派手さはない、ゆえに精練された剣技。


 その様に、俺は見惚れた。

 心を揺れ動かされた。


『ウルフ相手に無双されても、ねぇ。

 なら、どうしようもないステータス値の違いって奴を教えてあげましょう』


 淡い光を帯びつつある彼女へ向かい、人狼が大地を蹴った。

 大砲から放たれた弾丸の如き速度。

 ナツメは目立った回避行動を取ることはなかった。

 すぅーっと。まるで氷上を滑るように、彼女の体が射線から外れる。


 そして、一閃。

 すれ違い様に放たれた剣撃が、上下にワーウルフの身体を分かつ。 


「……すげえ」


「カッコいい……」


「美しい……」


 感嘆の声が、ちらほらと耳に届き始める。

 比例して、ナツメが纏う光は強くなっていく。


『はあ⁉ なんで初期ステータスでワーウルフが倒せるわけ⁉

 全武器最高のクリティカル率を持つって言っても、そこまで壊れ武器にした覚えはないのに!』


 反比例して、顔を曇らせるのは彼女を雑魚と呼んでいたセリア。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ