第二十九話 業【わざ】
『さあ、わかって頂けたところで、戻したくない話に戻りましょうか。
ナツメ・カミツキさん、できることならタブレットを呼び出して、ポチっとリタイアボタンを押していただけると嬉しいんですが』
くるりとナツメの方を振り返り、セリアは言った。
渦中の少女は、何を想っているのか。
色の無い表情でタブレットを手にし、その画面を眺めていた。
再び、会場中の視線がナツメのもとへ集中する。
セリアの横暴に抗って、無様に負けるか。
セリアの横暴を許して、無様に負けを認めるか。
二つの選択肢。
どちらも結果は同じ。
そのどちらを選んでも、ナツメが望む結末は待っていないだろう。
前者は同情を買い、後者は侮蔑を買う。
彼女は目を閉じて深呼吸。
そうして開かれた瞳には、諦観の色。
震える指先で、ナツメはタブレットの画面を弾く。
セリアの口元が、愉悦に歪んだ。
しょうがないと、俺は顔を俯けた。
次いでくるであろう彼女に対する嘆息や罵倒に、せめて彼女の心が折れないことを祈った。
だが、いつまで経ってもそんな声は聞こえてこない。
耳に届くのは会場のどよめき。
不思議に思って顔を上げると……、ナツメが日本刀を目前へ真横に構えていた。
『え? まさかあなた、戦うつもりですか?
初期ステータスでこのモンスター達と?』
目をぱちくりと。
信じられないモノを見るような表情を、セリアが栗色の髪の少女へ向けた。
「…………、」
答えず、ナツメは黒塗りの鞘と鍔を結んでいる紙縒りを、唇で挟んでしゅるりと解く。
その凛とした相貌はアイドルとしてのそれではなく、素の彼女のもの。
『へえ、日本刀を取り出して本気モードですか。
まあ、ちょっとした余興にはなるかな』
嘲弄し、セリアが指先を向けてモンスターへ指示を出す。
間近に居た五匹のウルフが時間差で女剣士へ飛び掛かる。
ナツメがウルフに引き倒され、牙と爪に蹂躙される様を俺は幻視した……直後。
鮮血が舞う。
「…………ッ‼」
地面に重低音を伴って、丸いモノが地面を転がる。
それが狼のものだと気付くのに時間は掛からなかった。
わからなかったのは、彼女が抜刀した瞬間。
あれだけ集中していたはずなのに、気付けばその刃はウルフの頭と胴体を分断していた。
遅れ、投げ捨てられた鞘が落ちる。
恐怖を持たない獣は、仲間が死してなお果敢に彼女へ飛び掛かる。
ナツメは自らその内の一頭へ向かって足を踏み出す。同時、上段からの斬撃。
その切っ先は、目で追うことすら叶わない。
視認できたのは左右へ両断されて消えるウルフの残骸のみ。
目標を見失った残りの狼三頭が斬り刻まれるのには、五秒も必要なかった。
残心から刀を翻し、ナツメは冷たい光を宿した瞳で中段へ構える。
派手さはない、ゆえに精練された剣技。
その様に、俺は見惚れた。
心を揺れ動かされた。
『ウルフ相手に無双されても、ねぇ。
なら、どうしようもないステータス値の違いって奴を教えてあげましょう』
淡い光を帯びつつある彼女へ向かい、人狼が大地を蹴った。
大砲から放たれた弾丸の如き速度。
ナツメは目立った回避行動を取ることはなかった。
すぅーっと。まるで氷上を滑るように、彼女の体が射線から外れる。
そして、一閃。
すれ違い様に放たれた剣撃が、上下にワーウルフの身体を分かつ。
「……すげえ」
「カッコいい……」
「美しい……」
感嘆の声が、ちらほらと耳に届き始める。
比例して、ナツメが纏う光は強くなっていく。
『はあ⁉ なんで初期ステータスでワーウルフが倒せるわけ⁉
全武器最高のクリティカル率を持つって言っても、そこまで壊れ武器にした覚えはないのに!』
反比例して、顔を曇らせるのは彼女を雑魚と呼んでいたセリア。




