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第二十話 元凶

 まさか、VRゲームでもお目に掛かることができるとは思わなかった。


「そ、そうなんだ……」


 自分で聞いておいて返す言葉が見つからず、相槌を打っておく。

 彼女が顔を上げ、不安そうな瞳でこちらを見た。


「あの、やっぱりおかしいですよね」


 うん、おかしい。

 そう面と向かって言えるほど、俺は勇者ではなかった。

 曖昧な笑みと沈黙を答えと受け取ったのか、ナツメは肩を落とした。


「自分でもわかってはいるんです。

 ですが、どうしてもやめれなくて。

 夢だったんです、あんな風に女の子らしく生きて、アイドルになるのが」


「夢って……。そんなに――いや、お前だったら現実でも可能性があるんじゃないのか?」


 そんなに美人なら、と言い掛けて慌てて言い直した。

 たらしじゃあるまいし、恥ずかしくて言えるか。

 だが、無情にも彼女の体は微光に包まれる。すげえ、やりづらい。


 ナツメはそのことには触れず、首を横に振った。


「いえ、無理なんです。

 私には、女流の剣道道場を継ぐという使命がありますから」


 道場。普段の生活で全く関わりのない単語だ。

 しかし、彼女の覚悟を映す眼差しと真剣な声音は、到底冗談を言っているようには見えない。


「でも、お姉さんがいるんだろ?」


「姉はもう結婚していますし……、ゲームに夢中で剣道には触る程度にしか取り組んできませんでしたから。

 もし仮に熱意を注いできたとしても、ダメだったでしょう」


「なんで?」


「私が、強すぎたからです」


 そう言い切る彼女の顔に、傲慢や自負の色は伺えない。

 ただ当然だというように、自嘲すらして続けた。


「最も強い者が継ぐ。

 ありきたりですが、それが道場の掟です。残念なことに、門下生十八名。

 いずれも剣道界で名の知れた方たちですが、私に勝てる人も、勝つ回数も減少の一歩を辿っています。

 最近では小娘に負けることを恐れてか、挑んでくる方も少なくなりました。

 このままいけば、そう遠くない未来に祖母の後を継ぐことになるでしょう」


「なら、手を抜けばいいんじゃないか? お前が強いことを示さなきゃ、道場を継がなくてもいいんだろ?」


 そんな安直な俺の考えを、ナツメは首を左右に振って否定した。


「真剣勝負を挑んでくる相手に、手を抜くなんてことはできません。

 相手を酷く侮辱する行為ですから」


「じゃあ、いっそのこと抜け出しちゃえばいいんじゃないか? お姉さんの家に転がり込むとかさ」


「……できません。

 私も剣道が嫌いなわけではないんです。幼い頃からの祖母との絆ですから。

 期待を裏切り、築き上げてきた思い出を壊すような真似はできません」


 なら、夢を追うことなんてできないじゃないか。

 そんな俺の心中を悟ったように彼女は言葉を続ける。


「だから、私も夢を諦めて生きることを決めていました。

 そんな折、姉が結婚に際して実家の荷物を私に預けていったんです。

 今まで無縁だった少女漫画や少し型落ちしたパソコンなど、雑貨がほとんどでしたが」


 少女漫画。

 それに少し不穏なものを感じつつも、俺は彼女の話に耳を傾ける。


「ちょっとした好奇心でパソコンを立ち上げてみると、デスクトップにあるオンラインゲームのアイコンが並んでいました。

 今でもしっかりと覚えてます。興味が湧いてそれをクリックするとウィンドウが開き、ゲームが始まりました。スタートの文字を押して、真っ暗な画面からどこかの広場に切り替わったんです」


 そう語る少女の瞳に、先までの暗さはない。

 その時のこと思い返すナツメの表情は、年相応に緩んでいた。


「そこには沢山の人が居て、私のキャラを見るなりすごい量のチャットが流れました。

 お辞儀をする人や拍手をする人も居ました。

 姉はなんていうか、そのオンラインゲームで結構有名なプレイヤーでアイドル的な存在だったみたいなんです。結婚を機に引退してたみたいで、すごい反響でした。


 ちょっと怖くなってすぐにウィンドウを閉じてしまったんですが、そのあともあの光景が忘れられなくて。

 そんなある日、思ったんです。現実では無理でも、ゲームの中でならアイドルになれるんじゃないかって」


 なるほど。

 俺はようやく、彼女の言っていたことがわかってくる。


「流石に姉のアカウントを使うのも気が引けたので自分で作って始めたんです。

 でも、オンラインゲームなんて初めてだったので、いわゆる地雷プレイを繰り返して、ファンどころかフレンドすらできない状態でした。

 言葉遣いも古風なものだったので、男性だと誤解されたこともあります。そこで姉の残した少女漫画のキャラクターを演じてみたんです。

 そしたら結構評判が良くて、私自身もどんどんハマってしまって」


 ああ。つまりはあれか。

 あの強烈なキャラクターが爆誕した元凶は、彼女の姉さんだったということか。



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