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第十九話 ナツメ・カミツキ

 翌日。俺がログインした時、レナの姿はもう小屋になかった。

 朝早く出ていったのだろう。ちょっと寂しさを感じながら、俺もこの場所をあとにする。


 目指すは北にある街、シグナス。

 草原エリアの終点に位置し、複数の拠点の集合地点となるためにその大きさはリーレの五倍ほど。装備も充実しているようなので、まずはそこで初期シリーズを更新しようと考えていた。

 流石にこの恰好でインタービューを受けるのは気が引けるし。

いや、別に受けたくないけどね。うん、全然。でも、万が一に備えて損はないからさ。

 

 少し浮足立ちながら、俺は草原を進んでいく。

 

「ユウトさまっ、置いていかないでくださいよぉ」


 後ろから甘ったるい声を感じ、俺は嘆息と共に振り返る。

 いわゆるゴシック系のワンピースを着たナツメが息を切らしていた。


「いや、あのさ。さっきから言ってるけど、俺もそろそろ一人でこのゲームを進めたいから、用があるならまた次の機会にしてくれないか?」


 そう。ログインした時から今まで、このやり取りを十回ほど繰り返している。

 別にこちらは走っているつもりはないのだが、敏捷値の差が大きすぎて普通の速度では追い付けないようだった。

 置いていけばいいのだが、背後から名前を叫ばれると印象が……ね。他のプレイヤーからの視線が痛くてたまらないので、立ち止まざる負えなかった。


「えぇ。あたしの心を盗み逃げするつもりですか?」


 そんな大変なものを盗んだ覚えはない。


「……一体、お前はどうしたいんだ?」


「ユウトさまと一緒にゲームを楽しみたいだけです」


 無邪気そうに微笑んで見せるナツメ。

 俺は昨夜のレナの言葉を思い出し、辛辣だと感じながらも自分のためにそれを口にする。


「本当は、有名になりたいだけなんじゃないのか?

 エモーションハート。その効果を高めるために」


 そこまで俺も馬鹿ではない。これだけヒントがあれば、容易に想像できた。

 彼女は数秒固まったのちに瞼を閉じ、ふぅとため息を漏らした。


「――もう隠し通すのは無理のようですね」


 そうして開かれたダークブラウンの瞳に、先までの媚びた色はない。

 別人のように凛とした表情を見せる彼女に、驚愕の声すらでない。

 愕然とする俺の前で、ナツメは両膝を地面に降ろす。


「数々のご無礼、ご容赦ください。

 その上で、勝手を承知し、お願いいたします。どうか、私がアイドルになる手助けをして頂けないでしょうか?」


 三つ指を地面に着き、頭を下げる。

 綺麗な所作に、それが土下座だということに気付くのに俺は数秒を要した。


「よ、よくわからないけど、とりあえず頭を上げてくれ! 他のプレイヤーも見てるしさ」


 突拍子もない彼女の発言はまだ理解できていないが、慌てて俺は頭を上げさせた。

 ゴシック姿の少女に土下座する光景なんて、物珍しいにも程がある。


「話は聞くから、ちょっとこっちに来てくれ」


 なんか、こんなこと前にもあったな。

 既視感を覚えながらもナツメを立ち上がらせ、俺は人気のない場所を探した。



 都合。内緒話をする場所なんて、草原エリアに点々と建てられた休憩所替わりの小屋ぐらいしかなかった。

 しかし、今回は椅子がなく、薪を焼く囲炉裏のようなスペースの周りにゴザが敷いてあるだけ。その上に俺はあぐら、彼女は正座で向かい合って座っていた。


 雰囲気や仕草で可愛い系の女の子だろうと勝手に決めつけていたが、こうして改めてみると、美人という表現が一番しっくりくる。

 切れ長の瞳に通った鼻筋。きゅっと真一文字に結ばれた唇。

 その引き締まった表情やピンと綺麗に伸びた背筋は、華道、もしくは何かしらの武道の経験者であることを容易に想像させた。


 ゆえに服装とのギャップで違和感がひどいことになっている。


「……それで、一体何がどうしたって言うんだ?」


 ざっくりと、俺はナツメに問いかける。

 しかし、それ以外に聞きようがないのだからしょうがない。

 彼女は観念したように、今までのことを白状した


「昨日の出会い。あなたを利用しようと私が図ったものでした」


「利用……、図ったって、俺のことを会う前から知っていたってことか?」


 ナツメは首肯した。


「はい。先日、調合素材を取りに来たときにあなたが森で狩りをしているのを見て、名前とレベルを拝見させて頂きました。

 それでゴーレムを倒したプレイヤーだと気付き、一芝居打つことを考えたのです」


 まさか、見られていたとは思わなかった。


「しかし、なんでまた……というか、なんていうか。あんなキャラを?」


 今の彼女を前にすると夢でも見ていたのではないかと疑うほどだ。

 ナツメは、少し顔を俯け、蚊の鳴くような声でポツリと呟いた。


「――です」


「え?」


 聞き取れずに聞き返すと、彼女は頬を赤くして繰り返した。


「ゲームでは、あれが素なんです」


 ……ああ、いるよね。稀にゲームと現実でキャラが全然違う人。

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