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第十五話 王子さま

 リアナとの邂逅から一日。

 俺は再びエルリルの森を訪れていた。どういう仕組みなのか、一夜経ってレナに薙ぎ倒された木々はすっかり元通りになっていた。

 俺の畑もこれぐらいの生命力があれば……いや、やめておこう。もう済んだことだ……。


 昨日小屋へ帰った時の惨状を思い出して暗くなる気分を、俺は腰に提げた刀に手を置いて整える。

 これが昨日リアナのドロップしたユニーク装備、《緋桜【ヒザクラ】》だ。

 漆塗りの木製の鞘に、反りのある鋼色の刀身。その名を現すように、地金に浮かぶ波紋は桜の花びらのように見えた。

 装備の説明を見ると。


緋桜

レアリティ;ユニーク

武器種:刀

攻撃力:300

属性:無

武器スキル

連斬:パッシブスキル。通常攻撃時、確定で同威力の追撃。


 とある。

 レナみたいな派手な武器スキルでないのはちょっと残念だったが、MPを消費するとクリムゾンブレイズが使えなくなることを考えるとバッシブスキルで当たりだろう。


 しかし、同威力の追撃というのはどういう意味だ。一度切り裂くと、すぐにモーション補正が付いた攻撃が発動するとか?

 小屋で考えていてもわからないので、こうして森を訪れ、試し切り相手を探しているのだった。


 日本刀の戦い方の練習をしたいというのもある。

 剣とは扱い方が違うという話をよく聞くので、戦いの中で習得していこうと思ったのだ。


 しかし、日本刀はやっぱり良い。

 小さい頃から憧れていた分、こうして実際に差すとなんとも言えない高揚感がある。

 しかも、実際に振るってモンスターを倒せるというのだから、なんかこう血がたぎる。

 

 そんな俺のテンションに反して、森を進んでいても敵の出てくる気配は全くない。

 ユニーク装備を持っているとヘイトを稼ぎやすいとはいったい何だったのか。


 しょうがない。またこちらからモンスターを襲うか。

 そうして森の中を駆け出そうとした時だった。


「きゃぁあああああっ!」


 木立へ少女の悲鳴が響いたのは。

 咄嗟に声のした方を振り返る。すぐ近く。二十メートルほど先の木々の間から、俺と同じぐらいの歳の女の子が尻餅をついているのが見えた。

 彼女の視線の先を見ると、太く短い四肢をした巨躯の獣、フォレストベアの姿があった。

 この森の中では最も強いモンスターだ。

 しかも一頭ではない。後ろにもう二頭が控えている。


 どうひいき目に見ても、あの少女に敵う相手ではない。

 モンスターにびっくりして尻餅を着く時点で、このゲームに慣れていないことが伺える。

 っていうか、よく見たら防御力無視した見た目装備してるし。

 

 だが、服のことはよくわからない俺でも、センスが良いことはわかった。

 淡いピンク色をした花のようなスカート。フリルの付いた白いブラウスはウエストの辺りで革ベルトがキュッと絞められ、グラマーな肢体を強調していた。


「だ、誰か……ッ!」


 後ろで纏められた栗色の髪は、彼女が後ろ手に退がるたび、尾のように揺れた。


 どうする?

 と、自問しても答えは決まっている。

 見ない振りをすればいい。俺のレベルを見られたら面倒なことになる。広まれば、称賛より嫉妬の声の方が大きいのだから。


 ――そう、レナなら言うんだろうな。

 

 彼女の呆れた顔を頭に思い浮かべながら、俺は走り出す。

 今、自分にはあの少女を助けられる力があるのだから。

 見ない振りをして彼女に悲しい思いをさせるなんて、できる訳がない。


 たかが二十メートルの距離。数秒で踏破し、俺は少女の前に躍り出た。

 刀を抜く。昨日練習しただけあり、引っかかることなく鞘から白刃が現れる。


「え……?」


 背後の少女が呆けた声を漏らした。

 しかし、突然の闖入者に驚いたのは彼女だけではなくフォレストベアの方も同じだった。

 そして、そんな絶好な隙を見逃すなんてことはしない。


 下段から逆袈裟に剛毛で覆われた胸板を刀身で斬り上げ、切れずにその半ばで止まった。

 HPバーも三分の一ほど削れただけ。

 あれ? 剣なら一撃なのにって、ヤバい!

 フォレストベアが筋肉の膨れ上がった巨腕を振り下ろすのが見えた。鋭い鉤爪がギラリと光る。

 

 直前。ザシュッと。緋色の剣閃が走り、根元からその腕が地面へずり落ちた。

 一瞬疑問を覚えるも、それが緋桜のバッシブスキルだと即座に俺は認識する。

 半ばで止まった刃を、両手で力任せに横へ払う。

 残りのゲージと共に、フォレストベアの巨躯が弾け飛んだ。


 残り二頭が同時に飛び掛かってくるのが見えた。

 ステータスの差でダメージは受けなくても、あの巨体だ。まともに喰らえば押し潰されて身動きが取れなくなる。

 避ければ、背後の少女が餌食となる。


 俺は覚悟を決めて、一頭に切っ先を突き出して串刺しにする。

 今度は一撃でHPバーが消し飛んだ、

 視界の端からもう一頭が迫ってくるのが見える。あえて、その攻撃は受けることにした。

 ダメージはないに等しいのだから、肉弾戦ならこちらに分がある。


 そうして巨体が俺を押し倒そうとした、寸前。

 再び緋色のエフェクトが閃き、フォレストベアを縦に両断した。


「え?」


 俺が間の抜けた声を漏らす中、フォレストベアは光の粒子となって消え去る。

 ……今のはまさか、連斬の効果?

 え、一撃で対象を倒した場合は他のモンスターへ効果が及ぶのか?

 すげえ。なんか使いようによってはかなり反則じみたこともできそうだ。


「――様」


 ポツリと。聞き取れはしなかったが、少女の呟きで俺は我に返る。そうだ、彼女は無事だろうか。


 現れたタブレットをとりあえず消して振り返ると、栗色の髪の少女がぼーっとこちらを見ていた。気のせいか、頬が赤い。

 目が合う。彼女はその桜の花弁のような唇を開いた。


「王子さま……」


 ………………………………。

 ………………………………、………………………………はい?


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