[5/24 18:30] 始まった悪夢
その日、私は学校帰りに近くのレンタルビデオ屋へと寄り道をしていた。
「ふぅ〜…」
部活の練習からだろう。
走りすぎて、足が相当痛かった。
私が在学中の篠波学園は勉学とスポーツ、両面において、名門校と言われている。
篠波学園を卒業生徒のほとんどは今では有能な人物として社会で活躍している。
私も陸上の能力を学園側に認められて、特待生として入学の誘いを受けた。
初めはそれを喜び、浮かれていたが、やはり名門校。
練習も凄く厳しいものだった。
しかし、その練習のおかげで私は昨年、地方大会で長距離走2位を取る事ができた。
それまで耐えてきた厳しい練習も、この成果を上げて意味があったのだと思った。
「あ! これ、この前レンタルできなかったDVDだ」
前回、レンタルビデオ屋で借りる事ができなかったDVDを手に取り、中身を抜き取る。
私はそれ手に持ちながら、レジへと向かいレンタルした。
「家に着いたら、早速見よ〜っと」
私はレンタル屋を出て、暗くなった帰り道を一人で歩いていった。
現在、西暦2010年。
日本は2008年に銃刀法が改正され、一般人でも銃を持つ事が普通になった。
銃刀法が改正されて、日本は銃を簡単に入手する事が可能になってしまった。
また、銃の保持許可にも年齢制限が16歳から、と大幅に下げられた。(その際、私は銃の保持許可を取りに行った)
こうも簡単に市民が銃を持てば、犯罪が起こるのではないか?
普通なら誰もがそう思うだろう。
だが、政府が立案した新警備システム「C.H.A.システム」(control.human.action)を採用してからはそのような危険も無くなったのだ。
自宅の玄関の扉の鍵を開けて、ゆっくりと扉をひらいた。
私はアパートで一人暮らしをしている。
アパートと言うと、狭いイメージが強いが一人暮らしの私から見れば十分な広さだ。
両親は健在しているが、実家と篠波学園があまりにも離れていたために、私は一人暮らしを余儀なくされた。
とは言ったものの、週末には実家へちゃんと帰っているし、寂しい事はない。
生活に関しては、家からの仕送りとバイトで十分足りている。
ただ家にいる間はずっと一人なので、なにしろ暇だった。
「疲れた〜…」
リビングへと行き、ソファへとぐったり倒れこむ。
部活の疲れから、今やっと解放されたような気分だった。
グゥゥゥ〜〜〜〜ッ!
気が緩んだと同時にお腹が鳴る。なんだか、無性に甘い物が食べたくなってきた…。
私は何か食べ物があるか冷蔵庫を開けてみたが、あいにく、たいした物がなかったために諦めた。
再び、ソファに倒れこみ、そのまま寝る体制へと入った。
テレビのリモコンから電源を入れる。
チャンネルを回していくが、これと言っておもしろい番組がなかったため、ニュースに変えた。
『…続きましては銃火器消失事件です』
チャンネルをニュース番組に変えた早々、興味深いニュースが聞こえた。
――銃火器消失事件…?
私はニュースキャスターの言葉に耳を傾ける。
『昨夜、大塚市の自衛隊軍の基地から大量の銃火器が消失していたのがわかりました。調べによると、犯人はかなりの複数犯と警察は見ており、軍のセキュリティが掛からなかった事から、軍に内通者がいるのではないか、と調査する方針で、大塚町では現在、警察による緊急パトロールが行われ、今後の対策にも検討している模様です。続いて―――』
――なんて危ない…。
一般市民にとって、これほど恐い事はそうないはずだ。
大塚市と言ったら、私が住んでいるこの篠山市と同じ県内だ。
もし今後、外を歩くときにこのニュースで話していた、銃を盗んだ犯人達と偶然に遭遇してしまったら、と演技でもない事を考えてしまう。
まぁ、警察も巡回中なので一応安心だろう。
実際に遭遇するなんて事はまずありえないと思うし…。
その内にきっと警察がなんとかしてくれるだろう。
「さて…っと」
テレビのチャンネルはそのままにして、私はさっきから空腹をうったえているお腹を抑えながら、今日の晩御飯は何にするかを考えた。
気分的にはハンバーグが食べたいのだが、その材料のミンチ肉が冷蔵庫になかったために作る事ができない。
また、今から食材を買いに行くのもありだが、部活の練習のせいで疲れて気力が無くなっているために、面倒くさい。
今、材料が揃っていて作れる料理と言ったら、ミートスパゲッティぐらいだろう。
…仕方ない。
私は、ハンバーグを諦めてミートスパゲッティを作る準備にかかった。
まだ、時間は18時50分。
楽しみにしているテレビ番組まで40分もあった。
――よし。それまで、気長に料理を作ろう。
キッチンに立ち、自分が食べる量のパスタを計り、それをお湯が沸騰している鍋に入れ込む。
約7分間。パスタが茹で上がるその時間までにソースを作る。
私のバイト先はスパゲッティ屋さんの厨房なので、スパゲッティを作るのにはかなりの自信がある。
パスタを茹で上がる前に細かく切っておいた肉を炒めて、味付けをする。そして、炒め終わったら、冷蔵庫に作り置きしていた自家製のミートソースを100CC注ぎ込む。
そのころには、ちょうどパスタも茹で上がっていたので、フライパンに入っていたソースにパスタを入れて、少し火を当てながら、混ぜ合わせれば完成。
用意したお皿にパスタを出来映えよく乗せた。
ミートソースから香ばしい匂いに食欲がそそられる。
匂い・見た目からして、そこらの洋食店の食べ物にも劣らないと我ながら思った。
コップにお茶を注ぎ込んで、パスタが乗ったお皿と一緒に机に持っていく。
そして、それを机に置いた後にフォークとスプーンを食器棚から出して、椅子に座った。
「それじゃあ…いただきま〜す!」
食事の挨拶をして、私はフォーク・スプーンを手に持った。
その時だった…。
――きゃあーーーッ!!
バンッ!! バンッ!!
女性の叫び声と同時に銃声が下の階から、聞こえてきたのだ。
「え…? な…なに、今の…」
私はいきなり聞こえた叫び声に動揺した。
――今…銃声が鳴った…よね? あはは…、そんな…。
先ほどニュースで流れていた銃火器消失事件を思い出す。
まさかとは思うが…。嫌な想像ばかり浮かんでしまう。
――うわぁーーーッ!
バンッ!!
まただ…。
今度は男性の声と一発の銃声。
だんだんと銃声が近づいてくるのがわかる。
嫌な恐怖心がだんだんと心に積もっていき、その恐怖に煽られる。
「はぁ……、はぁ…」
いつの間にか息が荒れていた事に私は気づく。
それほどに、あのいきなり聞こえてきた銃声と叫び声に動揺しているのだ。
――警察に連絡しないと…!
ようやく、対処方法に辿りついた私は、すぐに携帯から110番を押して警察へと連絡を入れる。
プルルルルッ、プルルルルッ、ガチャ!!
『はい、こちら篠山青田警察勝美区下塚所です。何か御用ですか?』
「あ…あの! 銃の音と悲鳴が聞こえて…そ、それで!」
動揺のせいか、上手く警察に私の状況を伝える事ができない。
『落ち着いてください。まず、あなたのお名前と今いる場所はどこですか?』
「お…大羽唯! 藤間町の自宅のアパートです!」
『わかりました。もう一度落ち着いて説明してください。何がありました?』
「わ、私が住んでいるアパートから銃声と悲鳴が―――!」
ドンッ!!
そこまで言った時に隣の部屋から、ドアをぶち破る音が聞こえた。
同時に隣の住居人の叫び声が聞こえる。
――う、うわぁーッ! だ…誰か、助けて―――!!
バンッ!! バンッ!!
隣の部屋から銃声が鳴り、お隣さんの声が聞こえなくなった。
そっと、辺りが静まりかえる。
『今聞こえたのは銃声!? 大丈夫ですか! 返事をしてください! もしもし、もしもし―――!』
警察の人が必死に私に呼びかけているのに対して、私は放心状態となっていた。
ドンッ!
手に持っていた携帯電話が私の手からすらりと抜け落ち、床に転がる。
手が震えだし、心臓の鼓動が急激に早まっていく。
「あ……、う…あ…」
もはや、今自分がどうすればいいのかさえ、考える事ができなかった。
コツッ、コツッ、と隣の部屋からこっちへと足音がだんだん迫り来るのがわかった。
その足音が私の部屋の玄関扉で止まった。
――殺される…!
それだけが、今の私に考える事ができた唯一の思考だった…。
大羽 唯
[所持品]
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