縮まる距離、流れる涙
「あ、ドーラン様!」
「…リラ、こういうことは侍女たちに任せなさいと言った筈ですが」
リラが星の民の王宮へやって来てから、早くも5日が経過していた。
リラも大分落ち着きを取り戻し、ミーシャを始め侍女たちとの触れ合いや、ドーランが毎日通っているお陰で笑顔も戻っている。
特にドーランとの距離はすっかり縮まり、彼がやって来ると侍女を押しのけて扉を開けるの始末であった。
「それから、様付けは必要ないと言ったでしょう?」
「だって、偉い人だってミーシャが…」
「ただの兵士ですよ。」
「だって、貴族なんでしょう?」
ドーランは部屋へ入りながら、困ったように笑った。
確かにドーランは上位貴族の出身であるし、それ故に王・サリウスと友人関係にある。しかし彼自身は貴族だから、と理由を付けられるのを好まない。
だがリラはそんなこと知らないのだから、仕方ないこどだった。
「それでリラ、今日話したいことというのは?」
「あ、そうでした。忙しいのにわざわざありがとうございます。」
今日は、実はミーシャに頼みリラがドーランを呼んだのだ。
「わたし色々考えたんですけど、やっぱり話しておこうと思って…ここに来た経緯を。」
「…いいんですね、リラ。一個人としては助けてやりたいですが、陛下の命令に、私は逆らえない。貴女の話を伝えなければならないし、陛下から受けた命を貴女に下さなければならない。」
「大丈夫です。」
わかりました、とドーランが返事をすると、2人はミーシャに即され椅子に座り、テーブルで向かい合う形で話をし始めた。
リラが話す内容は、怪しい男に襲われ銀髪の青年に助けられたこと、その数日後に小鳥たちに導かれて扉を越えたこと。
どちらも最初は話さない方がいいと思っていたが、帰るための手がかりにでもなればと思ったのだ。
そしてドーランからすれば、その内容は“読めなかった”内容だった。
星の民は魔法を使うことに長け、特に上位の者たちはそれぞれ得意な能力が分かれている。
ドーランは透視をするのが得意で、実はそれを使いリラが来た初日にある程度のことは知っていた。
「黒服を来た男に、銀髪の青年ですか…。それに、貴女はここを異世界と考えてるわけですね。」
「はい。…あの、やっぱり信じてもらえませんか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、驚いているだけです。」
険しい表情をしたドーランを見て、リラは不安気に尋ねた。
ドーランは慌てて否定したが、リラの表情はあまり変わらない。
「心当たりがあります、黒服の男に銀髪の青年の話には…。それから、異世界という概念も存在します。1万年前以上前の記録に残っているんです。」
「1万年前…王様は、信じてくれるでしょうか。」
「…取り敢えず、報告はします。今少し忙しい時期で、もしかしたらどうなるかを伝えるのが遅れるかもしれませんが」
「大丈夫です。ありがとうございます、ドーラン様。」
「いいのですよ、リラ。先程も言いましたが、一個人としては貴女を救いたいですからね。」
「本当に、ありがとうございます。…わたし、王様は怖いんですけど…ドーラン様のことは好きです。同じ黒い髪だし、落ち着くんです。」
リラがそう言うと、ドーランは目を丸めた。王のことが怖いのはさて置き、まさか自分のことを好意的に思っているとは考えてなかったからだ。
何よりも黒髪を褒められたのが、ドーランには生まれて初めてのことだった。
「…あ、ごめんなさい…わたし、変なことを…」
ドーランが驚いていたのがリラにも伝わったのか、リラは恥ずかしそうに言った。
「あ、いえ…そうではないんですよ、リラ。黒髪を褒められたのが初めてなので、少し戸惑ってしまって」
でもありがとうございます、とドーランは続けた。
「どうにかして陛下を納得させるので、待ってて下さい。」
そう言ってドーランは立ち上がり、座っていたリラの肩に手を置くと彼女の頬にキスを落とした。
では、と言い残してドーランは部屋を出て行ったのだが、リラは見送ることもできずに目を丸めていた。
「今、ドーラン様がキスをなさいましたか!?」
「リ、リ、リラ様!」
控えていた侍女たちの方が早かった。
ミーシャは慌ててリラへ駆け寄った。
「わ、わたし今キスされたの?ミーシャ」
「そうでございますよ、リラ様!すごいことですわ!ドーラン様は、一族でも人気の高い方なんですよ!」
頬ではあったが、ドーランにキスをされた事を喜んだのはリラ本人ではなく侍女たちだった。
ミーシャが言うように、ドーランは整った顔立ちをしているし、上位貴族でもあるので一族の中では女性から人気があった。
羨ましいと口々に言われるリラだったが、リラは、ドーランが綺麗すぎるのと今まで経験がない所為か、嬉しいを通り過ぎて驚きと戸惑いしか感じられなかった。
「きっと、ドーラン様は黒髪を褒められたことがとても嬉しかったのだと思いますよ。」
「そんなに珍しいの?」
「ええ…リラ様は、一族から人間が嫌われている理由をご存知ですか?」
「…ううん、そう言えば聞いたことがない。」
「黒髪は、人間が持つ色なのです。…遥か昔、古の時代に我々を裏切った人間たちが持っていた色なのです。」
「え?…でも、ドーラン様は一族の人なんじゃ」
「はい。ですから、あの方も昔は苦労されたのです。ご家族にも黒髪の方はいらっしゃらないのに、何故自分だけとお思いだったでしょう…。ですから、褒められたことが嬉しかったのだと思いますよ、リラ様。」
ミーシャの話に、リラは言葉を失った。
人間が嫌われているという事の裏に、まさか大昔に裏切られたからという理由があるとは思っていなかった。
大昔の話を今も気にしているということは、深刻な裏切りだったに違いないと、リラはそう思った。
自分が嫌われているというのも忘れ、リラは当時裏切られた彼らを思うと胸が痛んだ。
「リラ様、泣いておられるのですか!?すみません、私がこのような話をしてしまったからですわ。貴女は人間でいらっしゃるのに…」
「あれ、わたし泣いて…?」
ミーシャの言葉で、リラは自分が泣いていることに気がついた。
しかしその涙は彼女の意思とは反するもので、リラ自身も驚いていた。
「違う、違うのミーシャ。わたしが人間だからとかじゃないの…」
涙を拭いながら、リラは必死に否定した。
でもどうして泣いていたかは、リラにもよくわからなかった。
ただ自分が人間で嫌われているからという理由でないことは、どういうわけか彼女にもわかった。
自分の中にある何かが、とても悲しんでいるのをリラは感じた。彼らを裏切ってしまったと、そういう悲しさだった。
『何故だ、どうして!』
いつかの夢でみた、誰かの叫び声が何故かリラの頭に思い浮かんだ。
その声を聞くと、胸が締め付けらた。
「(そういえば、あの夢の人…王様に似ていた気がする…)」
まだ涙が流れるのを感じながら、ふとそう思ったリラだった。




