光の扉
「はぁ…」
リラはベッドに横たわり、天井を眺めていた。
謎の男に殺されそうになったり、同じ癒しの力を持った青年に助けられたりといった、夢だと思いたい体験から2日が経過していた。
あの日、リラはどれだけあの場所に居たかはっきりと覚えてはいなかったものの、帰宅した時祖父母が飛びついてきたため、長時間経ったということは漠然とわかった。
翌日、祖父に癒しの力を持つ青年のことを話したが、その存在は知らないと首をふられ、リラ自身も悩み耽っている。
そもそも祖父の話では、自分の家系以外に力を持った者はいないらしく、ありえないとまで言われ、リラが不信な目で見られる始末だ。
「星々の導きがあらんことを、か…」
唯一の手がかりは、青年が残した言葉である。リラ自身はよく知らないが、このフレーズは出会いや別れの場で使われる、一族のしきたりのような言葉らしかった。
言われてみれば、お母さんたちのお葬式でも言ってたな、と思い出したリラだった。
「うーん、わかんないなぁ。そもそもこの力って何なんだろう?」
結局たどり着くのはそこである。
リラは力についてよく知らないが、祖父も詳しく知っているわけではない。
つまり、長い長い時の流れがあったのたろうと、そう推測されているだけだった。
「気分転換に散歩でもしよう」
怖い体験をしたばかりだというのに、リラは祖母に散歩をしてくると伝えまたあの山へ向かった。
しかし今回は草原ではなく中腹にある湖へと向かう。
「ぴよぴよぴよ」
山へ入って少ししたら、いつかの小鳥たちがリラの周りへとやってきた。
「お前たち、元気そうね!よかったよかった」
今はすっかり元気になり、軽やかに飛びならが美しい囀り(さえさずり)をしている。
「そういえば、あの襲ってきた人…恨むなら血を恨めとか言ってなかった?」
肩に乗った小鳥たちを時折撫でながら進むリラ。考えるのは先日のことばかりだ。
「“血”ねぇ…。この力を持ってることかな?人質がどうこうも言ってたし」
考えれば考えるほど深みにはまっていくリラ。
湖に到着しても、水面に映る彼女の表情はしかめ面のままだった。
「はぁ。誰かわたしの悩みを解決してくれないかしら。」
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ」
「お前たちはいいね、楽しそうで」
「ぴよぴよぴよ…コタエハココニアル」
「え」
リラの肩に乗っていた小鳥が1羽、突如翼を激しく動かし始めた。
「ココニアル」
「ココニアル」
残りの3羽もつられるように羽ばたき、4羽は一斉に湖の中央を回りながら飛び始めた。
リラは呆気にとられながらその様子を見ていた。
「(え、答えがここにある?いや、それよりも鳥が喋ってる!?)」
小鳥たちの話す内容よりも、リラは小鳥たちが話したことに驚いていた。
「アナタハイカナケレバナラナイ」
「ミライノタメニ」
「ホシノタミノタメニ」
「え!?なに?」
小鳥たちの描く円の中が突如輝き始めた。
浮かび上がってきたのは、複雑な紋様。
先日のものほどではなかったが、異様な雰囲気を漂わせていた。
そして中央には、星を象ったようなマークがあった。
「(あれ…?わたし、このマーク知ってる…?)」
リラはそのマークに見惚れていた。
「サア、トビタテ」
1羽の小鳥が呟いた。
突如、リラの背後から猛烈な風が吹いた。
「きゃっ!?(おちる!)」
リラは咄嗟に目を瞑った。
しかし彼女の体は水の中へおちることはなく、光の中へと吸い込まれたのだった。
ーーーー
そこは満天の星空の下だった。
広い草原の中で、男女が言い争う声が響いていた。
「何故だ!?どうして!」
「どうして?…答えなければならないの?」
「くっ…」
「わたしが、お前たちを守る理由はなくなった。」
「裏切るのか!!」
「…さようなら。どうか、あなたたちの未来に星々の導きがあらんことを。」
ーーーー
「!?(ゆ、ゆめ…?)」
リラは自分の体を勢いよく起こした。
「(って…あれ?わたし、湖に落ちて…)」
リラは夢のことなど一瞬で忘れ去った。
というのも、体がずぶ濡れだったからだ。
しかし体は冷えておらず、むしろ温まっている。
「あれ、ここお風呂?」
「そうだ、ここは私の浴室だ。」
「へ?」
「何か言い残すことはあるか、侵入者よ。」
リラは背後から聞こえた声にゆっくり振り返った。
そこには、鬼のような形相をした裸体の男が座っていた。もちろん、下半身は湯に使った状態だった。
だが、男の片手には光でできた剣のようなものが握られている。
「き、」
「き…?」
「キャァァァァァァアア!!!」
「っ…!」
リラはこの世に生を受け19年、男性と付き合った経験などない。
ましてや、男性の裸など見たことがあるはずもなく、それを見てしまえば驚き叫ぶのが普通だ。
「陛下!」
「王!何事ですか!」
「ご無事ですか!?」
「女!?」
リラの叫び声は浴室の外まで丸聞こえで、おそらく外に待機していた者たちが次々と入ってきた。
「え、へいか⁇えっ!?」
「黙れ貴様!何者だ!!」
「動くな!動けば即座に首を斬り捨てる!」
「っ!」
リラは状況がいまいち把握できぬまま、首に剣先を当てられた。
少しでも動けば皮膚をやぶってしまいそうなほどだった。
「捕らえよ」
陛下と呼ばれた男のその一言でリラは両手を後ろ手でにされ、光の縄で拘束された。
びしょ濡れのまま浴室から即座に出されたが、首にはずっと剣が当てがわれたままだ。
おそらくその部屋は陛下と呼ばれた男の部屋で、実に豪華だった。
呼び集められたのか、いつの間にか部屋には兵士以外にも人が集められていた。
誰も口を開かぬまま、1番に開口したのは部屋の主だった。
「貴様、人間か」
「え?」
尋問でもされるのかと思っていたリラは、予想外の言葉に目を丸めるが、部屋に集まっていた者たちは口々に人間?と、戸惑いを露わにしていたのだ。
「王、この女が人間だと?」
「お前には分からぬか、ドーラン。この、忌々しい匂いが。」
「いや、しかし…人間など。一体どうやって⁇」
「それは知らぬ。お前たちが調べよ。私は気分が悪い。この部屋も捨てる。」
「陛下!?」
陛下、と呼ばれた男はそう言い残して一瞬で姿を消した。
残された者たちは、陛下がいなくなるとざわめき始める。
「(一体、なに?ここはどこ⁇人間が忌々しいって……)」
リラもリラで、みるみる生気を失いつつあった。
2日前、リラを助けた銀髪の男は不思議なことが起こると言って消えた。
怖いことは起こらないからと。
しかし、今の状況は全く言葉とは違う。
絶望と恐怖しか感じられない。
「取り敢えず、衛兵は下がれ。この場は私とビアード様とで収める。」
先ほどドーランと呼ばれていた男が、集まっていた人々を退室させ、残されたのはリラを含め10人にも満たない人数となった。
「まずはその格好をなんとかしましょうか、人間の少女よ。ミーシャ!」
「あの、わたし」
「疑問は様々でしょうが、先ずは着替えなさい。」
リラはドーランに即されて自分がびしょ濡れだったことを思い出したのだった。




