幸せになるなら、一緒がいい ~悠翔編~
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これは短編『幸せになるなら、一緒がいい』の悠翔視点です。
個人的に糖度としては紗姫視点と同じくらいかと思います。
五歳になったある日の事。
父に連れていかれたホテルでのパーティーは、桐生家との顔合わせの為だった。
九条家と桐生家の繋がりを深める為の婚約だ。移動中にそう言われた。
家の為と言われても正直、理解出来ない部分もあるが、父の言い付けである以上、拒否する事は出来ない。
だからだろう。俺はこれから会う事になる婚約者に全く興味無かった。ただ面倒な事を遣ったり、言ったりする奴じゃなければ良い。その程度にしか思っていない。
その程度だと思っていたのに――。
父が主催者と挨拶を交わしている中、婚約者だと紹介された少女・桐生紗姫が、彼女の父親と思われる男性の背後からこちらをジッと見ていた。
淡いラベンダー色のドレスを着て、ふわふわした色素の薄い茶色の髪をドレスと同じ色のリボンで纏めている。
こちらを見ている少し垂れ目気味の瞳は澄んだ茶色。化粧をしているのか、少しだけ開いた唇は綺麗な桜色をしていた。
はっきり言って……かなり、可愛い、と思った。
澄んだ瞳を見返していると、徐々に頬が朱に染まっていく。
同時に少し開いていた唇がふるりと震え、微かな吐息が耳に届き――思わず、反応してしまった。
何故息を吐いたのか。その意味を問いたくて、ゆっくり瞬く。
そして、邪魔が無い所で話したい誘惑に駆られ、紗姫に手を差し出していた。
びっくりしたのか、目を真ん丸に見開きながら、俺の顔と手を交互に見比べる紗姫。
それが余りにも可笑しくて――可愛くて。俺の顔には自然に笑みが浮かぶ。
もっと色んな顔を見てみたい。その声を聴き、会話したい。
その思いのまま、声が出る。
「少し、外に行こう」
「あの……」
躊躇う様に小首を傾げ、零れる紗姫らしいと思える小さく澄んだ声。
しかし、その手は宙に浮き、差し出した俺の手の方に伸びてくる。
嫌な訳じゃないと嬉しくなり、紗姫の手をギュッと握っていた。
うん。柔らかくて、温かい。
離したくない。邪魔されたくない。
その思いだけで身を翻し駆け出す。
ついてくる足音。微かに聞こえた父の呆れた様な声。
父の声に応えたら最後、紗姫と話せるかもという折角のチャンスを無駄にしてしまう。そう思い、無視したまま先を急ぐ。
この気持ちは何だろう。紗姫だけと一緒に居たいと思う、この気持ちは。
ライトアップされている庭園に繋がる扉を押して体を滑り込ませる。
少し涼しいが、中が熱気で暑かった為、気持ち良く感じる。
結構重い扉だったので閉まらないよう手を放し両手で支え、紗姫が出て来るのを待つ。
紗姫は急いで扉をすり抜けて来ると、こちらを真っ直ぐに見ながら笑った。
「ありがとうございます」
「――っ! い、いや。当然だろう」
素直な礼に照れてしまい、返事と同時に目が彷徨う。
初めて礼を言われた訳でもないのに、何故こんなにも照れくさいのか分からない。
落ち着け! と自分に言い聞かせ、扉を支えていた手を放し、紗姫の手を再び握る。
「行くぞ」
誤魔化す為に態とぶっきらぼうに言い、明るい庭園へと歩き出した。
庭園は光で溢れていた。
七色の光でライトアップされた噴水。季節の花にも控えめなライトが当てられていた。
その中でも一番綺麗だったのは――紗姫のキラキラ輝く瞳だった。
何を見ても嬉しそうで、楽しそうで。それを見ているだけで、俺も楽しかった。
繋いだ手はやっぱり柔らかくて温かで、離す気には最後までならなかった。
これが――俺と紗姫の始まり。数年後、気付いた。この時、俺は紗姫に一目惚れしたのだと。
パーティー以降、俺は時間を遣り繰りして紗姫と頻繁に親交を深めるようにした。
将来に備え、多くの習い事を既に始めていたが、時間を少し後にずらし、明るいうちに紗姫と会う。
通っている幼稚舎の話や何かを見付けたという雑談ばかりだったが、紗姫が笑うというただそれだけで、会っている時間が何より尊いものだと感じていた。
そんな時間が約一年程続いたある日の事。
「紗姫は小学校、どうするんだ?」
「私は幼稚舎からそのまま初等部に入ります。女の子ばかりなので、緊張しなくて済みそうです」
「そうか」
そういえば、以前聞いたが紗姫は男が苦手だったなと思い出し、ふと聞いてみた。
返ってきた答えは紗姫にとっては一番安心出来るもの。
良かったなと思いから口元が緩み、手は紗姫のふわふわな髪を撫でる。
紗姫は撫でられるのが好きなのか、どこか嬉しそうに笑い掛けてくる。
その顔、反則だろう。可愛過ぎる。
「悠翔様もそのまま初等部に上がるのですか?」
「ああ。こちらは共学だから賑やかだな」
更に緩みそうになる口元を頑張って引き締めていると、紗姫が無邪気に問い掛けてきた。
撫でる手を止め頷きながら答えると――何故か紗姫の瞳が少しずつ曇り始め俯いてしまう。
紗姫の笑顔を曇らせる様な事を言ってしまったのだろうか。
心配になりながら紗姫の頭を見ていると、紗姫はゆっくり俯いたまま首を傾げ……俺も意味が分からず、首を傾げる事しか出来なかった。
初等部に進学した。
幼稚舎時代以上に習い事が増え、それに加え付き合いや学校行事等、拘束される時間が増えた。
そんな邪魔にもめげず、何とか時間を遣り繰りして紗姫と会う。
一緒に居られる時間は短いが、他の何より得難いものだと自覚している。
紗姫の笑顔をもっと見たい。もっと一緒に居たい。
――ずっと、一緒に居たい。
そう思う様になるのに、そんなに時間は掛からなかった。
――紗姫と毎日一緒に居て、全てを独占したい。
他の誰にもその笑顔を見せないで。
他の誰もその瞳に映さず、俺だけを見ていて欲しい。
湧き上がる独占欲。
どうせなら同じ学校に通い、俺の傍にずっといて欲しいという、浅ましい思いに捕らわれる。
こんな俺、紗姫には気付かれたくない。
必死に隠してはいたが、六年生に上がる春休み。
俺の家で紗姫とお茶を飲みながら話していたら、爆弾が落とされた。
「もう最高学年か」
「ふふ。何だか、あっという間な気がします」
「そうだな」
最初はいつもの雑談だった。
「悠翔様。確か以前に、児童会長になられたとおっしゃっていませんでした?」
「うん? ああ、言ったな。前期はその仕事に追われそうだ」
「そうですか……」
以前話した事を覚えていたのか問い掛けてきて――直ぐに落ち込んだ。
この頃になれば俺も何となく分かってきていた。
紗姫もこうして俺に会える時間を楽しみにしてくれているのだと。
だからこそ今まで以上に会えなくなるかもしれないと思い落ち込んだのだろう。そう、容易に想像が付く。
「そういえば、悠翔様の学校は共学でしたよね?」
「何だ、話題が飛んだな。――まあ、そうだな。共学だ」
落ち込んだのを誤魔化す為の話題転換に、思わず笑ってしまう。
紗姫も強引だった自覚があるのか、顔を赤くし、隠すように頬に手を添え微笑んだ。
「申し訳ありません。ただ私も、中等部に上がると共学になる事をふと思い出しまして」
「――えっ!?」
思わず、声が出た。
初等部と同じではなかったのか?
「女子校のままではないのか!?」
「はい。中等部は、同じ付属の男子部と合流するそうです」
「……」
「ずっと女子ばかりでしたので、そう考えると、今からちょっと緊張してしまいます」
紗姫の言葉に絶句する。
俺は女子校のままだと思っていた……だから……。
顎に拳をあて、必死に考える。
女子校ではなくなるのなら……緊張するというのなら……封印していた『同じ学校に通い、傍に居る』というこの願いを口にしても良いだろうか?
視界の端で紗姫が首を傾げたのが分かった。
俺は顔を上げ、緊張しながら紗姫の瞳を覗き込んだ。
「紗姫……」
「はい」
「中等部だが……俺の学校に受験し直さないか?」
「え!?」
俺の提案に、紗姫の目が大きく見開かれる。
「前から考えてはいたんだ。紗姫と……同じ学校に通いたいと」
「悠翔様……」
「紗姫の今の学校と、俺の学校。通学時間はあまり変わらないだろうし……どうだ?」
紗姫と一緒に居たい。毎日、その姿を見たい。声を聴きたい。その手に触れたい。
最後は祈る様な気持ちで紗姫に言葉を投げ掛ける。
すると――紗姫は満面の笑みを浮かべ頷いてくれた。
そう、頷いたのだ。
その笑みを見て、ここでも同じ気持ちだったのだと、気付いた。
紗姫も……一緒に居たいと思っていてくれたんだな。
それから一年。紗姫と俺は同じ中等部の生徒になっていた。
入学式の日。
俺は早く紗姫に会いたくて迎えに行った。
玄関から出てきた紗姫は真新しい制服に身を包み、にこにこと嬉しそうに笑っている。
それが余りにも可愛くて、するっと素直な言葉が口から飛び出した。
「その制服、似合う。可愛い、な」
「――ありがとうございます」
言って、照れてしまう。
言われた紗姫も照れたのか、赤くなりながらお礼を言ってきた。
その可愛さを見て、心に心配が浮かぶ。
これでは、厄介な虫が絶対に寄って来る筈だ、と。
だから、心に誓う。
――全て排除する! と。
学校に着き車から降りると、紗姫へと手を差し出した。
微笑み、紗姫は手を重ねてくる。
その手を離したくない。そんな思いを込めて指を絡める様にしっかり繋ぎ歩き出す。
隣から感じる熱。繋いだ手の温もり。
その幸福感に浸っていたら、紗姫が繋いだ手に力を入れてきた。
珍しいと思いつつもそれが嬉しくて、応える様にギュッと握り返した。
今日からは、紗姫が近くに居る。
例えクラスが違っても――……まずい、忘れてた。
そうだ。クラスが違う可能性があった。
しまった! コネを使って裏から手を回し、同じクラスになる様に仕向けておけば良かった!!
後悔しても後の祭り。違っていたらどうしようもない。
取り敢えず、二、三年はクラス替えがないから、その時は同じクラスになれるよう、今のうちに手を回しておこう。
結果的に――俺と紗姫は同じクラスだった。
助かった。これで、虫の駆除が容易になった。
後は……仲の良さをしっかりアピールして、名乗りを上げる気力を根こそぎ奪わなければ。
それでも紗姫の虫になる様なら……きっちり叩き潰す。
紗姫の全てを守り、見る特権は、俺だけのものだ。
それから三年間、俺は初心を貫いた。
友人には「悠翔は桐生の事になると人が変わる」と言われた。
放っておいてくれ。
また、こうも言われた。
「桐生は悠翔しか見てないよな」
そうだな……それは俺も感じる。
紗姫はその瞳で、そして全身で俺が好きだと言ってくれていると思う。
それを感じる度、俺も紗姫が好きだと感じる。
何よりも――誰よりも愛しい存在だと心が叫ぶ。
どうすれば良いのだろう。そろそろ……
抑え込んでいるのが、苦しい。
高等部進学を控えた春。
自室で寛いでいた俺は父の部屋に呼ばれた。
家の為の婚約だと言われた五歳の時同様、父は決定事項を口にした。
「悠翔。お前には高校を卒業したら帝王学を学ぶ為、留学してもらう」
「……分かりました」
そう、これは決定。逆らう事など出来ない。
父に一礼し、その場を辞す。
自室に戻りながら俺は考える。
このままでは三年後、紗姫と離れ離れになってしまう。
この三年、傍に居た。
その幸せを知ってしまった今、片時も離れたくない。
紗姫と共に居て、同じ時間を過ごしたい。
一緒に、幸せになりたいんだ。
浮かんだ一言に、自分でドキッとする。
そうだ。何を悩んでいたのだろう。
俺の心は、既に答えを出していた。
だったら、その言葉に従い行動するしかない。
俺は急いである場所に向かい、真剣に悩み、一つの物を手に入れた。
高等部に進学した。
中等部時代と変わらず迎えに行き、その手を取って傍に居る。
変わらない時間。だが、過ぎ去った積み重ねがある為、募った想い。
タイムリミットがある分、変わらない筈のものが大切になる。
「紗姫――」
想いを込めて名前を呼ぶ。
微笑みに笑い返し、指を絡め握る。
そして決意は強くなる。
毎年恒例になった紗姫の誕生日パーティー。
五歳の時から欠かさず出席しているそれ。
紗姫が十六歳になる今回も婚約者として隣に立ち祝う。
月日が流れた分、紗姫への祝いの言葉は増えていく。
それでも、一段落ついたタイミングを見計らい、紗姫を誘って初めて会った時と同じく庭へと抜け出す。
今年も庭園はライトアップされていた。
当たり前の様に二人で肩を並べ、手を繋いで庭園の中を歩く。
暫く進んで人の喧騒が聞こえなくなった時。
俺は紗姫と繋いでいた手を離し、その細い肩を引き寄せ、抱き締めた。
「紗姫――」
「悠翔、様……?」
戸惑い、顔を上げようとする紗姫の動きを封じる様に、片方の手をその背に回し、抱き締める腕の力を少し強める。緊張で、鼓動が早くなっているのが自分でも分かる。
俺の胸元で、紗姫が少し熱い息を吐く。
次の瞬間。紗姫は俺に凭れ掛かり、ほっそりした腕を俺の背に回すと、しっかり抱き締めてきた。
その行動に俺はホッとし、体の力が抜ける。
拒絶されなかった嬉しさを噛み締めながら、紗姫の肩に回していた手を浮かせ、背に流れる髪をゆっくりと梳く。
「紗姫」
「……はい」
紗姫の髪を弄びながら、その耳に唇を近付け囁き掛ける。
「俺は、高校を卒業したら帝王学を学ぶ為、留学するのが決まっている」
「――!」
「だから紗姫……ついてきてほしい」
「……え……?」
紗姫はゆっくり顔を上げ俺を見た。
至近距離で、俺と紗姫の視線が絡まる。
「――高校を卒業したら、結婚してほしい」
容易していた言葉を緊張で震えない様気を付けながらはっきりと紡ぐ。
俺の手は既に汗ばみ、微かに震えていたが、必死に握り込み押さえ付ける。
どのくらいの時間が経っただろう。
紗姫の顔がいきなり真っ赤になり、信じられないと言わんばかりの瞳が俺を見た。
今の言葉を――俺の決意を聞き間違いになんてさせない。
真剣な想いを乗せ、紗姫を真っ直ぐに見据える。
「昔から、傍に居るのは紗姫だけだと決めていた。だから紗姫。結婚して傍に居てほしい。一生」
独占欲を必死に隠していた時があった。
だが今は、それを隠そうとも思わない。
紗姫が欲しい。その想いをシンプルな言葉で伝える。
「――はい」
瞳を潤ませ、震える声で紗姫が言った。
たった一言だったが、それ以上は言葉にならないようで、唇がただ戦慄いている。
ああ、通じた。
拙くもはっきりした承諾に、俺の顔が蕩けていくのが分かる。
本当に嬉しかった。何よりも幸せだった。
この想いがどうしても言葉にならず――俺は無意識に、紗姫の震える唇に自分のそれを触れ合わせる。
一瞬だが、確かに気持ちが通じた気がした。
見開かれる紗姫の瞳が俺を覗き込んでくる。瞳の奥にチラリと揺れる炎。
それに惹かれる様に、俺は再び唇を重ねる。
ここに俺と紗姫が居る事を、言葉が嘘で無い事を確かめる様に。
俺と紗姫の鼓動がお互いの気持ちを伝え合う。
夢では無いと確かめたくて、紗姫を抱き締める。
温もりが、俺に現実を信じさせてくれた。
「紗姫」
「は、い」
呼び掛けると、俺の服の裾を微かに握りながら紗姫が答える。
俺は抱擁を解き、背中に回っていた紗姫の左手を自分の左手で取ると、右手でポケットの中から小さな箱を取り出し紗姫に笑い掛けた。
「……気が早いとは思うが、紗姫は俺のものだとはっきりさせたい」
そう言って、紗姫の左手の薬指に口付けを落とし、小さな箱を開け、中からある物を取り出す。
取り出したのは――ピンクダイヤの指輪。
高等部進学前、父に留学を告げられた時、紗姫へ想いを伝えようと用意した物。
それを紗姫の左手の薬指に嵌め、指輪にもキスを落とす。
紗姫の指にぴったり嵌まったそれを左手の親指で撫でながら、紗姫の顔を少し見上げるように見詰める。
「ずっと決めていた。幸せになるなら、紗姫と一緒が良いと。紗姫しか要らないと」
「……悠翔様……」
「幸せになろう。俺と一緒に」
「はい……はいっ!」
感極まったのか、紗姫は俺に縋り付く様に抱き付いてきた。
紗姫の積極的な行動に俺は一瞬驚いたが、直ぐにそれは嬉しさへと変わり、堪え切れない笑みと共に紗姫を抱き締め返す。
腕の中の温もりは、俺だけの幸せの結晶だと思えた。
「悠翔様……」
「どうした?」
「私も、」
「うん?」
「私もです」
「?」
「私も――幸せになるなら、悠翔様と一緒が良いです。悠翔様だけが、良いです」
「紗姫――」
不意を突く言葉に気持ちのコントロールが利かず、自分でも分かるくらい甘い声で紗姫を呼ぶ。
擽ったそうに紗姫が身動ぎ、顔を隠すかの様に俺の胸に頭を擦り付けてきた。
可愛過ぎる行動に、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。
光溢れる庭園で、俺と紗姫は未来へ続く約束を交わした。
この輝く光以上に俺達の明日は明るいと、腕の中の紗姫が証明している。
紗姫――誰よりも愛している。
だから、俺が心にずっと秘め、今、解き放った言葉と共に歩いて行こう。
幸せになるなら、二人一緒が良いと――。
途中、悠翔のキャラが崩壊していった様な気が……。
個人的にツッコミは色々あるけれど、二人が幸せならそれで良いかと納得(?)して終わります。
ここまでお付き合い、ありがとうございましたm(_ _)m